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眠りはまぶたを蔽うや、善きも悪しきも、すべてを忘れさせるもの(『オデュッセイア』より)

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 4月第三週の土曜日。
 俺は夕べ、子どもたちに散々肉を食べさせた。
 子どもたちが、ああいうバカなことを考えるのもいいものだ。
 すっかり元気を取り戻し、俺も安心した。
 子どもたちに好きなように肉を食わせ、俺は1階の仏間に入り、奈津江の位牌に手を合わせた。

 「あいつらといると、退屈しないぜ」

 奈津江の写真はいつものように、優しく笑っている。

 「まあ、俺がだらしなくていい加減なせいだけどな。あいつらも苦労するよ」

 自分で苦笑しながら奈津江に話し掛けた。
 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺は高原の草原の中にいた。
 白いパラソル付きのテーブルに座っている。
 奈津江が目の前で笑っている。

 「奈津江……」
 「高虎!」

 奈津江が笑っていた。
 白いレースの生地のドレスを着ている。
 相変わらず、最高にカワイイ。

 「ここは前にも来たな」
 「うん。高虎がまた死に掛けた時ね!」
 「おい!」

 奈津江と再会した興奮は無い。
 嬉しさは最高だったが、俺は落ち着いていた。
 こうして奈津江と話すことが、何度もあったことを覚えている。
 
 「また、この記憶は消えてしまうのか」
 「うん。だからいろいろ話せるんだよ?」
 「そうだったな」

 記憶が消えてしまっても構わない。
 俺は奈津江と再会し、こうして話せるだけで有難い。

 「そうだ。絶対に出来ないことが出来た。俺はそれで十分だよ」
 「ウフフフ」

 奈津江が笑い、俺も笑った。

 「お前は「光の大天使」になったんだよな?」

 以前に聞いたことを確認した。

 「そう。でもそれは高虎のせいよ?」
 「俺の?」
 「だって、あなたは「神獣の王」なんだもん。そのあなたを助けたんだから、私、いきなりこんなになっちゃった」
 「そうなのか?」
 「ほら、今も高虎の中で、何となく分かってるんでしょ?」
 「うーん」

 理解は出来ないが、どこかで納得している俺がいた。
 自分が「神獣の王」だなんて、とてもじゃないが信じられないが。

 「今の高虎はその世界で受肉したから、余りにも上の次元のことがよく分からなくなっているだけ」
 「そう言われてもなー」
 
 「山中さんたちの運命もそう。特に山中さんは私と同じように高虎を助けてしまったからね。だから早く亡くなることになったのよ」
 「なんだって!」
 「ショックなのは分かるけど、でもこれも全て超高次元から見れば必然なのよ。高虎の傍に、亜紀ちゃんたちがいるために必要なことだったの」
 「そんな!」
 「高虎のせいでもないし、誰のせいでもない。山中さんたちも今は全部分かってる」
 「でも……」

 「喜んでいるわよ? 時々お話しするけど、高虎が子どもたちを大事にして、子どもたちが元気で楽しく生きてるって。いつも嬉しそうに話すの」
 「そんな、俺は全然逆で」
 「もう! 高虎は堂々として!」
 
 奈津江だった。
 いつでも俺を俺にしてくれる、最高の女だった。
 それは全然変わっていない。
 多分、「光の大天使」としての存在から、大分下降して俺に合わせてくれているのだろう。
 そういうことも、何となく分かる。

 「この世界に、善悪はないのよ」
 「でも「業」は……」
 「あなたが受肉したから「業」も生まれたのよ。エントロピーも秩序も善悪じゃない。高虎がいる次元ではどう見えてもね。その上のもっと高次元になれば、それが善悪では無いと分かるわ」

 「でも、じゃあどうして俺たちは戦わなければならないんだ?」
 「それも必然なの。相反するものだから、としか言えないわ」
 「そうなのか」

 「時々、大きなぶつかり合いがあるの。今回のものは相当大きいけどね。だから高虎が受肉したんだし、「業」も同じ。あなたたちはぶつかる運命なのよ」
 「不思議だな」
 
 俺と「業」は、超質量の銀河同士がその巨大重力で近づいてぶつかるように、ただ互いにぶつかり合うだけなのだと奈津江が言った。

 「ロボちゃんは特別。それも高虎も何となく分かってるんじゃない?」
 「まあ、とんでもない存在らしいな」
 「そう。何しろ、過去にこの宇宙の半分以上を消し飛ばしちゃったんだからね!」
 「そうなのかよ」
 「あ、驚かないのね?」
 「うーん」

 信じられないような内容だったが、俺の中の何かがそれを肯定していた。

 「ロボちゃんがいるから、この戦いは本当に分からなくなってるの」
 「どういうことだ?」
 「ロボちゃんが高虎の味方だからよ。本当はぶつからなきゃいけないんだけど、それが無くなるかもしれない」
 「え?」
 「だって、ロボちゃんが「えい」ってやれば、「業」なんか簡単に消えちゃうもの。まあ、それはタカトラが「クロピョン」とか「百万もめん」とか、あ、あ、アハハハハハハ!」
 「どうした!」

 「だって! おかし過ぎるよ、高虎! あれほど巨大な存在に、そんな名前付けちゃってさ!」
 「しょうがねぇだろう! 粛々とやる余裕なんてないんだから、あいつらには!」
 「それはそうだね! でもおかしい!」

 奈津江が楽しそうに大笑いしていた。
 自然に俺も笑っていた。

 「だってよ、「クロピョン」なんて山脈よりずっと大きい奴なんだぜ? 俺なんか簡単に「プチュ」って潰されちゃうだろうよ。だから精一杯で「舎弟にしてやる!」、なんて言ったんだよ」
 「そうだよね」
 「「百万もめん」だってそうだよ。何千キロもあるんだから。俺、そこに一人で連れてかれてさ! どうしろって言うんだよ!」
 「アハハハハハ!」

 奈津江は大笑いしている。

 「でもさ、普通は絶対に出来ないよ。出来たのは、高虎が「神獣の王」だからだよ?」
 「そうは言っても、俺には記憶はねぇからなぁ。おい、奈津江。俺、ほんとに必死だったんだって」
 「アハハハハハハ!」




 「お前に死なれてさ。俺、本当に苦しかったんだ。何度も死にたいと思ったよ」
 「うん、知ってる」
 「聖や佐藤先輩やいろんな人のお陰で、なんとかギリギリ乗り切った。20年も掛かったけどな」
 「うん、知ってる」
 「お前にこうしてまた会えた。それがこの上なく嬉しいよ」
 「知ってるよ!」

 奈津江が俺を抱き締めてくれた。

 「高虎はやっぱり最高! あなたを愛して良かった」
 「俺もだ。奈津江を愛して本当に良かった」

 俺たちは抱き合ってキスをした。

 「あのね、今日は高虎にレイを会わせたかったの」
 「レイ!」

 草原の向こうから、虎が駆けて来た。
 虎が嬉しそうに俺に向かっているのが分かった。

 「レイ!」

 俺は叫んで手を振った。
 虎が一層スピードを上げて駆け寄って来た。

 「レイ! 会いたかったぞ!」

 俺はレイの大きな頭を両手で抱えた。
 レイは俺の顔を舌で舐め回す。
 レイは以前に見たよりもずっと巨大になっていた。
 体長は6メートルもあるか。
 顔はダンプカーのタイヤのように大きかった。

 「高虎、レイも神獣になったの」
 「そうなのか!」
 「だから高虎の傍に行くからね」
 「ほんとかよ! 嬉しいよ!」

 奈津江が微笑んで言った。

 「それとね。レイは「レイ」だから」
 「え?」

 レイの巨大な背中から、人間の上半身が現われた。

 「レイ!」

 アメリカで死んだレイだった。

 「石神さん。いいえ、高虎」
 「レイなのか!」

 俺はレイの背中に飛び乗って、レイを抱き締めた。

 「本当にレイか! お前も来てくれるのか!」
 「はい。レイと一緒に響子を守ります」
 「ほんとか!」

 虎のレイが俺たちを振り向いて笑っていた。

 「奈津江! この記憶も消えてしまうのか?」
 「そうね。虎のレイは高虎にもそのうちに見えるけど、人間のレイは見えない。でも、きっとレイの中にレイがいることを、いつか気付くわ」
 「そうなのか!」

 「二人は常に私の傍にいる。同時に虎のレイは同時に響子の傍にいるけどね。高次元と繋がっているけど、高虎にはそれは分からない」
 「構わないぜ! レイたちと一緒にいられるんだからな!」
 「ウフフフ。じゃあ、レイたちを宜しくね」
 「おう! 任せろ!」

 俺は大笑いし、また奈津江を抱き締めて抱え上げて回った。
 奈津江が喜んで、輝く美しい笑顔を見せた。
 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「タカさーん! ごはんですよー!」
 「タカさーん! パンツは脱ぎませんよー!」

 双子がいつものように起こしに来た。

 「じゃあ、俺がパンツを脱ぐかぁー!」
 「「ギャハハハハハ!」」

 いつもながら下品な朝だ。
 双子は俺が起きたので、笑いながら走って降りて行った。
 俺は顔を洗ってリヴィングへ降りた。
 もう双子も好きなだけウインナーを焼いている。
 
 「あれ? タカさん、何かいいことあった?」
 「タカさん、なんでそんなに笑ってるの?」
 「お前らがウインナーを食べてるからな」
 「へぇ!」

 自分で笑っているつもりはない。

 「でも笑ってるよ! なんで?」
 「なんだよ、いいじゃねぇか」
 「よくないよー!」
 「タカさんが笑ってると嬉しいもん!」
 
 俺は本当に笑った。

 「そうかよ! そんなに俺のウインナーが見たいのかぁ!」
 「「ギャハハハハハ!」」

 柳が真剣に俺を見ていた。

 「ほら、柳! 食べてもいいぞ!」
 「やめてくださいー!」

 俺がパンツを降ろして近づくと、逃げて行った。

 「なんだよ」

 みんなで笑って朝食を食べた。
 みんな笑いながらウインナーを齧っていた。

 「おい、食事は上品に喰え!」

 みんなで日本舞踊を踊った。




 みんなで大笑いした。
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