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羽入と紅 Ⅴ

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 翌日。
 俺たちは改造ハイエースで出発した。
 午前10時。
 モーター車であるため、怖い程に音が無い。
 昼前に早乙女さんが指定したビルの駐車場に入った。
 簡単にブリーフィングがあった。
 地図を拡げ、説明された。

 「ここから500メートル先に、廃工場がある。仲間が見張っているが、中には30人程がいる」
 「分かりました」
 「建物の高さは8メートルほどだ。元は木材の加工をしていたようだが、中には幾つか部屋が仕切られている。工場部分は吹き抜けで、事務所部分は二階まである」

 図面を別に開いた。

 「人員がどのように配置されているのかは分からない。ここの鉄骨の無い壁を壊して突入してくれ」
 「「はい!」」
 「紅さんが破壊してくれるかな?」
 「分かりました。突入の後は私の判断で宜しいですね」
 「うん」
 「では羽入。外で待っているように」
 「何言ってんだ!」
 「私が全てやります。お前は安全な場所で見ていろ」
 「このやろう!」

 早乙女さんが笑いながら言った。

 「ダメだよ、紅。君たちはバディなんだ。一緒に突入してくれ」
 「そうですか」

 紅は不満そうな顔をしたが受け入れた。
 なんなんだ、このやろう。





 現場までは「アドヴェロス」の車両で向かった。
 大分改造した装甲車だった。
 
 「車が停止したらすぐに始めてくれ」
 「「はい!」」

 俺も紅も黒のコンバットスーツを着ている。
 胴体部分は防弾仕様で、顔にも同じく防弾仕様の覆面を被っている。
 胴体はケブラー繊維のものだが、身体は柔軟に動く設計だ。
 
 程なく装甲車が止まり、俺と紅は後部から飛び出した。
 紅は迷うことなく壁に取りつき、「螺旋花」で一気に破壊した。
 幅4メートルに渡って消え失せた。
 粉塵が室内に舞い上がる。
 紅が即座に俺を見てから中へ飛び込んだ。
 俺も後ろに続く。

 紅は壁を駆け上がって妖魔化した人間を探す。
 中では銃を握った男たち10人程が紅を追って銃口を向けようとしていた。
 俺はそいつらに襲い掛かる。
 ただのヤクザなので、瞬時に5人の急所を撃って戦闘不能にした。
 俺に銃口を向けようとした男たちは、紅が「槍雷」で仕留めて行く。
 殺傷力は押さえているようだが、男たちの手足が折れ曲がり、幾本か吹っ飛んで行く。

 事務所から残りの男たちが飛び出して来る。
 全員がアサルトライフルやマシンガンで武装し、5人が変身していた。
 紅が妖魔化した連中に襲い掛かる。
 素晴らしいスピードだった。
 銃撃をかわしながら、瞬時に目の前に立ち、身体を粉砕していく。
 俺も「カサンドラ」を抜き、手前の妖魔化した男の胴を払った。
 一閃で身体が真っ二つになった。

 武装した連中にも「カサンドラ」を使う。
 ガンモードで撃ち込むと、身体が四散しながら吹っ飛んだ。
 生かして置ける状況ではなかった。
 ただ、幹部らしい恰幅の良い男が事務所の二階部分に残っていたので、俺は確保に向かった。
 その間に、紅が残りの連中を始末していた。

 

 「大人しくしろ。そうすれば生かしておいてやる」
 「お前は「アドヴェロス」か!」
 「そうだ。お前らはもう終わりだ」
 「ふざけんな!」
 「吼えるな、チンピラ」

 俺は男の顎を蹴り上げて黙らせた。
 一瞬で脳震盪を起こして意識を喪う。
 派手に倒れたが、命に別条は無い。

 俺は100キロ程のデブを肩に担いで下に降りた。
 紅が周囲を警戒しながら、俺に駆け寄って来た。

 「怪我はないか?」
 「大丈夫だ。お前も?」
 「当たり前だ」

 確かに、物凄いスピードと的確な攻撃だった。
 紅がまだ全然本気でもないことはよく分かっていた。

 俺と紅が工場の扉を開けると、「アドヴェロス」の隊員たちが入って来た。
 早乙女さんが微笑んでいる。

 「素晴らしい動きだった。これほど鮮やかに終わるとは」
 「こいつがここの責任者だったようです」

 早乙女さんが隊員に命じてデブを運ばせた。

 「これで作戦終了だ。ご苦労様。明後日には羽入の口座に振り込まれるはずだよ」
 「はい?」
 「え! もしかして、聞いていないのかい?」
 「なにが?」

 早乙女さんがちょっと慌てた。

 「まいったな。そういうことは最初に伝わっていると思っていた」
 「お金がもらえるんです?」
 「そうだよ! こんな危険な仕事なんだ! 基本手当で一回の出撃で500万円。後は現場の状況で別途手当てが付くよ。今回は妖魔化した奴が5体いたから500万円。武装した人間は一人10万円だよ。だから全部で2300万円だね。ああ、税金は掛からない収入だから」
 「なんですって!」
 「そういうことだ」
 「じゃあ! 俺と紅で1000万円以上も貰えるんですか!」
 「あ、いや。紅さんは無いよ。人間である羽入だけだ」
 「!」

 俺は早乙女さんに近寄った。

 「早乙女さん! それはダメだ! 紅と俺で半々、いや今回は紅の方が敵を撃破した。だから俺よりも多くしてくれ!」
 「羽入、でもそういうことは……」
 「早乙女さん! もしもそうならなければ、俺はこの仕事は今後一切受けない!」

 紅が俺と早乙女さんの間に割って入った。

 「羽入! バカなことを言うな! 私はアンドロイドだ。お金なんか貰ってもしょうがない」
 「使えよ! お前みたいな美人は幾らでもいい服を買って着飾ればいいだろう!」
 「私には興味は無い」
 「無くたってそうしろ! 俺だけが金を貰うなんて、冗談じゃねぇ! 命を懸けてるのはお前も同じだろうが!」
 「バカ! 私には命なんてない」
 「あるよ! お前には命がある!」
 「!」

 紅が俺の剣幕に圧倒されたか、押し黙ったまま目を見開いて俺を見ていた。

 「分かった羽入。俺が間違っていた。石神に話して紅さんの口座を作ろう。紅さん、申し訳なかった」
 「いえ、早乙女様! 私には必要の無いことですから!」
 「いや、俺が間違っていたよ。命の無い者ならば、羽入とバディは組めない。羽入、ただ、金は半分ずつ均等に分けるよ。撃破数じゃない。同じ任務を果たした二人だからな」
 「分かりましたよ。じゃあ、宜しくお願いします」

 「バカ羽入!」
 「うるせぇ!」

 俺たちはまた改造ハイエースに乗り込んだ。
 紅はムスッとした顔で助手席には座らず、後ろのシートを取り払った荷台に入った。
 俺も構わず発進した。




 その夜、またでかいステーキが夕飯に出て、今日は高そうなワインまで付いていた。

 「好きなだけ飲め」
 「なんだよ、このワインは?」
 「私にはお金の使い道は無い。お前に使うのはもったいないが、他に思いつかない」
 「ばーか! じゃあ俺が教えてやるよ」
 「なに?」
 「明日買い物に行くぞ! お前に必要なものを俺が選んでやる」
 「いらない」
 「じゃあ、俺が勝手に選んで来るからな。俺の金でな!」
 「ば、ばか!」
 「嫌なら一緒に来い。どぎつい下着なんか辞めて欲しいならな」
 「お前ぇ!」
 「バイブレーターを買おうかな! お前もオナニーをしろよ!」
 「バカを言うな!」

 紅は仕方が無いから一緒に行くと言った。

 俺が風呂上がりにビールでも飲もうとキッチンに行くと、紅がまた俺の「カサンドラ」の手入れをしていた。
 微笑んでいたのを俺に見られたのに気付き、一瞬で鬼のような顔になった。

 「何しに来た!」
 「ビールだよ! なんだ、今のお前の顔は?」
 「き、今日は石神様の御役に立てた。だから嬉しかっただけだ!」
 「なら笑って手入れしてりゃいいだろう!」
 「お前の顔を見たから気分が悪くなったんだ!」
 「なんだ、このやろう!」

 俺が冷蔵庫からビールを出すと、紅がキッチンに立った。

 「枝豆を煮てやるからゆっくり飲め」
 「ヘッ!」

 一気に飲もうかと思ったが、急いで用意をする紅を見て辞めた。
 



 ビールに枝豆なんて最高だ。
 癪に障るが、ちょっとだけ待ってやろう。
 俺は一口飲んで顔を綻ばせた。

 「おい、早くしろ!」
 「黙れ! 今やってる!」

 俺は笑いながら紅を見ていた。
 あいつ、また手を丁寧に洗ってから始めやがった。
 まったく、バカ丁寧な女だ。
 
 俺なんかのためによ。
 
 俺は紅の背中に頭を下げた。
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