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羽入と紅 Ⅲ

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 俺は群馬から東京の中野区へ引っ越した。
 引っ越しの荷物なんかほとんど無い。
 まあ、服だけは多い方だろうが、それだけだ。
 家具は一式石神さんが揃えてくれていた。
 食器やその他の生活に必要な細々としたものもあった。
 引っ越し業者が今日の午前中に荷物を運んでいるはずだった。
 俺は新幹線で昼頃に着いた。
 
 出迎えはいなかった。

 新しい家は、随分と豪華だった。
 二階建ての8LDKで、鉄筋のカッチョイイ家だった。
 庭が広く、多分新しく回した塀は高さが10メートルもあった。
 つまり、周囲から俺の家は見えない。
 庭で訓練しているのが隠されるようにだろう。

 俺が石神さんから預かった鍵で新居に入ると、紅が掃除をしていた。

 「よう」
 「やっと来たのか」

 それが俺たちの挨拶だった。
 一緒に二階のリヴィングへ上がり、テーブルに座るように言われた。
 紅も対面に座る。
 紅が俺にこれからのことを説明した。

 「まず、私たちは一緒に住む。お前の食事や掃除洗濯は私の仕事だ」
 「へぇー」
 「私には家事の機能が石神様と蓮花様によって万全に仕込まれている。それを使ってやる」
 「そうか」
 「どのタイミングでも、早乙女さんから要請があれば出掛ける。そして命じられた任務を遂行する」
 「ああ」
 「お前は車が運転出来るな?」
 「出来る」
 「石神様が特殊改造をしたハイエースがある。それで移動する」
 「そうなのか」
 「大使館ナンバーだから、警察に関わることはない」
 「それはいいな!」
 「でかいモーターエンジンに換装している。時速500キロまで出るそうだ」
 「おい、すげぇな!」
 
 後で見よう。

 「それと重要なことだ」
 「なんだ?」
 「ここに入れるのは我々とごく一部の人間だけだ」
 「あ?」
 「当たり前だろう。石神様とそのご家族。早乙女さんとハンターなどの「アドヴェロス」の人間たち。それ以外は石神様が許可した人間だけだ」
 「そうなんだ」
 「おい、だから女は連れ込むなよ?」
 「ああ?」
 「連れ込めば私が処分する。いいな」
 「なんだよ!」
 
 紅が立ち上がった。

 「お前! 連れ込む気か!」
 「しねぇよ!」

 「ここでは一般人に見られては不味いものも拡げることもある」
 「分かってるよ!」
 「特に「カサンドラ」だ。お前の武器になる」
 「お前は使わないのか?」
 「場合によってはな。でも私には必要ない」
 「そうかよ」
 「私には専用の武器がある」
 「なんだよ?」
 「まあ、いずれ見るだろう」
 「今言えよ!」
 「嫌だ」
 「何でだよ!」

 「お前が嫌いだからだ」
 「!」

 なんて奴だ。

 「早乙女さんからの連絡が無ければ自由にしていていい」
 「それはどーも!」
 「但し、あまり出掛けるな。咄嗟の時に出撃出来ない」
 「心掛けるよ!」
 「私と毎日訓練することが日課だ」
 「あ?」
 「毎日5時間はやるぞ。庭を使っての訓練だ」
 「冗談じゃねぇ!」
 「これは命令だ。桜さんに聞くか?」
 「くっ……」

 俺はアスリートじゃねぇ。
 のんびり女と一緒に過ごすのが俺の生き方だ。
 折角コワイ上の人間がいない東京に来たから、楽しみにしていたのに。
 この家に連れ込めないのなら、俺が外に出るしかねぇ。
 それが出来ねぇのか。

 「いつまでだよ!」
 「聞いていない。お前が死ぬまでじゃないのか?」
 「なんだって!」
 「早く死ねよ。私もお前といたいわけではない」
 「このやろう!」

 「ああ、やる気になったのならすぐに訓練を始めるぞ」
 「先に飯だぁ!」
 「分かった」

 朝から何も喰っていなかった。
 紅が立ち上がった。
 エプロンを着けてキッチンに入り、最初に丁寧に手を洗った。
 そして手際よく作り始めた。

 すぐに俺の前に天ぷら蕎麦とオクラと里芋の煮ものが出て来た。
 
 「おい」
 「早く喰え」
 「ああ」
 
 礼を言おうと思ったが、紅の横柄な態度に頭が来て辞めた。
 しかし、天ぷらは驚く程に美味かった。
 海老、ナス、ゴボウ、大葉、小エビとタマネギのかき揚げ。
 蕎麦のツユも出汁が効いていて、叫びたい程に美味かった。
 煮物も美味い。

 「おい、美味かったぞ」
 「そうか。お前にはもったいなかったがな」
 「お、おう」

 本当にそうだ。
 こんなに美味い蕎麦は滅多に喰えない。

 「じゃあ、着替えて庭に出ろ」
 「おう!」

 身体に何か大事なものが入った気がした。
 紅は気に入らないが、こいつの作る飯は悪くはないと思った。

 「おい!」
 「なんだ」

 「御馳走様でした!」
 「?」

 紅がちょっと驚いていた。
 礼を言わなければならないと思うほどに美味かった。

 俺は着替えるために荷物を抱えた。

 「おい!」
 「なんだ、しつこいな!」
 「俺の部屋ってどこだ?」
 
 紅が心底嫌そうな顔をして案内した。

 「ここを使え!」
 「お! いい部屋だな!」

 16畳だそうだ。
 でかいベッドにソファセットまである。
 ウォークインのクローゼットを見て狂喜した。
 大きなテレビとデスクまである。
 デスクなんぞ使わないが。
 本棚は空っぽだ。
 ずっとそうだろう。

 「必要なものがあれば言うように石神様が仰っていた」
 「そうか。でも十分だぜ」
 「私の部屋は隣だ」
 「あ?」

 「絶対に来るなよ?」
 「行かねぇよ!」
 「来たら殺す」
 「だから行かねぇって! 大体もっと別な部屋があんだろう!」
 「これも命令だから仕方が無い」
 「チッ!」

 紅が出て行き、俺は着替えた。
 これからが思いやられる。
 一体いつまであいつと一緒にいなければならないのか。




 ジャージに着替えて庭に出た。
 紅は白いコンバットスーツを着ていた。

 「まず組み手をやる。お前の弱さは分かっているから、合わせて手加減してやる。その次は武器を持ってやる。お前は木刀を持て」

 紅が勝手にメニューを決めていた。
 恐らく石神さんの決めたことだろうから、俺も逆らわない。

 組み手は紅の言う通り、俺にはまったく手が出なかった。
 先日の戦いは俺の本気もあって紅に一矢報いたが、もう恐らく解析されてしまっているだろう。
 俺は「真言」を使うことなく紅に向かった。
 ボコボコにされた。
 ただ、紅の言う通り、俺の動きがわかっているので後遺症が残るようなことはない手加減をされた。
 情けないが、相手は戦闘の化け物だから仕方が無い。

 地面に伸びた俺を、紅が転がしながら診た。
 勝手にジャージを捲られ、下半身も脱がされた。

 「やめろよ!」
 「ふむ、少しやり過ぎたか」
 「ばかやろう!」

 紅が地面に置いたバッグから軟膏を取り出して俺に塗り始めた。

 「なんだ、それは?」
 「「Ω軟膏」だ。よく効くぞ」
 
 本当に、塗られた個所から痛みが消えて行った。
 下半身にも塗られたが、俺は大人しくしていた。

 「お前! 何勃起させてるんだ!」
 「しょうがねぇだろう!」
 「私のことを何か勘違いしてるんじゃないのか!」
 「お前が勝手に俺のチンコをいじってるんだろう!」

 何をやってるのか、俺にも分からない。
 少し休憩し、今度は木刀を持たされた。
 紅は素手のままだ。

 「それを「カサンドラ」のソードモードと思って使え」
 「よし!」

 プラズマの刀身になるので、今度は紅は受けられない。
 しかし、俺の木刀は紅にかすりもしなかった。
 木刀ではなく腕をはたかれ、度々俺は木刀を落とした。

 「お前、本当に使えないな」

 木刀を拾おうとした俺の胸を蹴り上げた紅が言った。
 俺は地面に四つん這いになって咳き込んでいた。

 「アレを使わないのか?」
 「うるせぇ」

 息を整えて立ち上がった。
 仕方が無い、少しは見せておくか。

 《夢幻水月》

 振り上げた木刀は裂帛の気合で振り下ろされる。
 紅は余裕で左に避けた。
 紅の右腿に木刀が突き刺さる。

 「!」

 そのまま俺は紅の全身を殴打した。
 実際にダメージが無いため、紅は直立して木刀を受けるようになり、俺も止めた。

 「なんだ、今のは?」
 「《無限水月》という技だ」
 「驚いたぞ、虫けらのお前によもやそんな高度な技が使えたとはな」
 「何言ってやがる。お前、今の攻撃でバラバラになったんだぞ」
 「その前に私がお前を100回殺していただろう!」
 「うるせぇ! 今の攻撃の話だ!」
 「ふん! 次はかわしてみせる!」
 「戦場じゃ死んで終わるんだぁ!」
 「それはお前が先だっただろう!」

 どうもこの女とはソリが合わない。
 優しさの欠片もない。
 だから俺もいつも以上にムキになってしまう。
 最悪の相手だ。

 その後も訓練を続け、室内のトレーニングルームでマシンを使ったりした。
 紅にはその必要が無いので、壁の鏡の前でシャドーなどをしていた。
 先に紅がいなくなった。
 何なのかと思ったが、夕飯だと言われて分かった。
 俺のために作ってくれたのだろう。

 苦手な女だったが、あの料理の腕だけは気に入った。



 俺はニコニコしてリヴィングに上がった。
 俺の体調を考えてのことだろうが、野菜の一杯入った鳥鍋だった。
 顔が綻ぶほどの美味さだった。
 礼を言うと、また紅がヘンな顔をしてやがった。
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