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羽入と紅 Ⅱ

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 「お前! 幾ら何でも弱すぎだろう!」

 俺はすぐにダメージを確認した。
 何も不味くは無い。
 吹っ飛ばされたが、どこも壊れてはいない。
 桜さんも、まだ止めてはいない。
 ならば。

 俺はゆっくりと紅に近づいた。
 両手を前方に構えている。
 紅が俺の左側に回り込んで行く。
 スピードは無い。

 俺は3メートルの距離で止まり、移動する紅を前方に維持していく。
 突然紅が右方向へダッシュした。
 俺は右手を振るって、吹っ飛ばされた時に拾っておいた小石を投げた。
 紅の前に小石が拡がった。

 「てめぇ!」
 
 紅は叫んだ。
 俺は投げたと同時に紅に「縮地」で迫り、紅の鳩尾に前蹴りを放った。
 今度は紅が吹っ飛んで行く。
 しかし衝撃はそれほど伝わっていない。
 どういう身体操作か、紅は蹴りの衝撃を全身に逃がしていた。
 派手に転がっては行ったが。

 「ざまぁ!」

 俺はダメージはないが無様に転がった紅を嘲笑った。

 紅が真直ぐに突っ込んで来る。
 俺はその右側に向かって跳んだ。
 交差する一瞬で、互いに撃ち込み合う。
 右肩に衝撃を感じながら、俺は紅のレバーにブローを突っ込んだ。
 二人とも大したダメージはないが、俺の方が急所を突いた分有利だった。
 
 しかし紅はあり得ない身体の回転で、俺のこめかみにハイキックを放って来た。
 回避出来なかった。
 咄嗟に不動明王真言を唱えた。
 今度はまともに喰らってしまった。

 《ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン》

 頭が真っ白になり、俺は何も考えられなくなった。

 「まずい! 霧島の奴やりやがった!」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「桜、霧島を止めろ」
 「はい!」

 千両が桜に命じた。
 霧島は紅のハイキックを喰らい、横に吹っ飛んだ。
 しかし何のダメージもなかったかのように立ち上がった。

 それまでと雰囲気が違う。
 追撃しようとしていた紅も、何かを感じて後ろへ跳んだ。

 霧島は紅を見ていない。
 しかし、霧島は一気に紅の前に跳び、無数の攻撃を放った。
 紅は防御に全力を注いでいた。
 恐らく、一発でも入れば相当なダメージを喰らう。
 
 桜は霧島に迫ったが、蹴り一つで距離を取らされた。
 その間にも一瞬の隙も出来ず、紅は防御に専念していた。
 徐々に紅の動きが鈍って来る。
 激突と同時に何かをされているようだった。
 
 桜が裂帛の気合で霧島を怒鳴った。

 「それまで!」

 霧島が突然倒れた。
 両手両足から血が噴き出していた。




 空いている部屋に布団が敷かれ、霧島が寝かされた。
 俺が処置をした。
 圧迫止血するとすぐに血は止まり、打撲傷はあるが大したものではなかった。
 結局、「Ω軟膏」を塗ってやっただけだ。
 
 紅は自己診断モードに入っていたが、それも異常が無く終わった。
 何かの電磁的なものを撃ち込まれていたようだった。
 蓮花が紅を解析して、そのようなことを言っていた。

 「千両、羽入のあの状態はなんだ?」
 「はい。あれは特殊な拳法のようで、真言を唱えることで一時的にリミッターを外すようです」
 「それだけではないようだったがな」
 「はい。詳しくは存じませんが、随分と古い流派だそうです」
 「そうか」

 羽入もあまり話していないのだろう。
 これまで羽入が戦った敵には、あのモードが必要になる者がいなかったのだと思った。
 羽入は尋常では無い強さを持っていた。
 紅が本気に近い戦闘モードになったにも関わらず、それで潰されなかった。

 羽入は30分程で目を覚ました。

 「どうだ、気分は?」
 「あ、石神さん! すいません!」

 羽入が慌てて布団の上に正座した。

 「いいよ、大丈夫か?」
 「はい。まあ、全身が痛いんですが」

 筋肉の限界を超えて動いたためだろう。
 それにあの激しい攻撃の最中、呼吸を殆どしていない。
 倒れたのは、多分酸欠が要因だ。

 大丈夫そうだったので、羽入を連れて千両の部屋へ戻った。
 紅と蓮花も来た。

 「二人とも、やり合って分かったか?」
 「はい。この男が全然ダメなことは十分に」
 「なんだと!」

 桜が止めようとしたが、俺が大笑いしたので何もしなかった。

 「まあ、分かったのならそれでいい」
 「石神さん!」
 「お前らがどう思おうと、俺の命令は変わらん。お前たちは東京で一緒に暮らし、一緒に戦うのだ」
 「石神様の仰せのままに」
 「わ、分かりました」

 羽入は渋々納得した。

 「ああ、羽入。言い忘れていたんだが」
 「はい、なんでしょうか?」
 「この紅はアンドロイドだ。人間の女じゃねぇからな」
 「えぇ!」
 「お前が惚れ込んでも、何もできねぇぞ」
 「そんな! とんでもないですよ!」
 「綺麗な女だろう?」
 「そりゃまあ。ちょっとシャーリーズ・セロンに似てるなとは思いましたが」

 俺は蓮花を顔を見合わせて、どうなんだと話し合った。
 まあ、シャーリーズ・セロンも俺は好きなのだが。

 「とにかく、お前らは一緒に暮らせ。別に仲良くなる必要はねぇ。一緒に暮らして一緒に戦えばそれでいい」
 「「はい!」」
 「羽入! お前も身辺整理があるだろう。二日後に来い!」
 「はい!」




 俺は蓮花と一緒に紅を連れて帰った。
 ハマーの中で紅に話し掛けた。
 
 「紅、霧島羽入はどうだ?」
 「全然ダメですね。本当の戦場じゃ生き残れませんよ」
 「そうか」
 
 紅は「生き残れない」と言った。
 使い物にならないとは言わなかった。
 誰かが守らなければならないことを示唆していた。
 そして、それを自分の役目だと認識している。

 「甘い人間です」
 「そうか」
 「あいつ、私の顔にはただの一度も攻撃して来ませんでした」
 「そうだな」
 
 紅が黙った。

 バックミラーで、幽かに微笑む紅の顔が見えた。
 蓮花も振り返って微笑んでいた。

 「羽入のことを宜しく頼むぞ」
 「はい、お任せ下さい!」

 蓮花がやっぱり「ツンデレ」というものではないのかと俺に小声で言って来た。
 そうかもしれないと言うと、蓮花が笑った。

 紅は目を閉じて黙っていた。
 今日の戦闘を解析しているのだろう。
 紅も結構本気を出していた。
 人間ではあり得ない関節の動きで攻撃していた。
 それを出す相手は、全力で掛からねばならない敵に限る。
 そういう動きを見せれば、相手に対抗策を練られてしまうためだ。
 だから、出したからには相手を潰さなければならない。
 しかし、羽入は甦って来た。
 遙かに強くなって。

 紅もまた攻撃を進化させる。
 二人の成長が楽しみだった。

 今は四月の上旬。
 桜は散り、新しい息吹がいよいよ本格的に目覚めていく季節。

 


 いがみ合いから始まったこの二人が、今後どのような関係になっていくのか楽しみだった。
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