上 下
1,473 / 2,840

みんなでテレビを

しおりを挟む
 左門とリーが帰って、俺はロボとのんびりとした。
 部屋で寝転んで本を読んでいると、御堂から電話が来た。

 「おう! いよいよ明日だな!」
 「ああ。期日前投票も不在者投票もどんどん来ているらしいよ。今回の選挙は投票率が過去最高になるよ」
 「当然だな! 御堂が出るんだからな!」
 「アハハハハ! でも嬉しいよね?」
 「そうだな。今選挙事務所か?」
 「うん、もう離れられないよ」
 「車で選挙区を回るとか言って、サボればいいじゃんか」
 「なるほど! 発想になかった」
 「お前は真面目だよなぁ」

 御堂の声は疲れを感じさせなかった。
 慌ただしいのだろうが、元気なようで安心した。

 「澪さんも大変だろう」
 「ああ、来客が途切れないからな。応対で苦労を掛けるよ」
 「正巳さんは?」
 「親父はこういうのに慣れているからね。それに今回は僕に会いに来る人間が多いから。親父の方にはそれほど行って無いみたいだ」
 「そうか」

 選挙区が被らないように、二人は別な事務所を構えている。
 山梨の二つの選挙区に分かれているのだ。

 「石神、僕はいよいよお前を助ける仕事が出来るよ」
 「頼むぜ、親友!」
 「任せろ!」

 御堂は気合が入っていた。
 政治家になって欲しいと言った時には戸惑っていたが、今は違う。
 自分が何をするのかをはっきりと見据えている。
 自分の道を決めたのだ。

 俺は忙しいだろうからと、電話を切った。




 「あれ? タカさん、出掛けるんですか?」
 「ああ。夕方までには帰るよ」
 「そうですか、いってらっしゃーい!」

 俺はライダースーツを着て、スーパーレッジェーラに跨った。
 無性に奈津江に会いたくなった。

 まだ少し寒いが大型エンジンの熱が心地よい。
 先行車をどんどん追い抜きながら、軽快に走った。
 30分程で、奈津江の墓のある寺に着いた。

 近所の花屋で見繕って花を買い、本堂に賽銭を投げてから紺野家の墓に行った。
 墓を丁寧に洗い、線香を焚く。

 「奈津江、御堂が総理大臣になるんだぞ」

 俺は奈津江に話し掛けた。

 「こないだ、子どもたちに昔みんなで羽田空港に行った話をしたんだ。あの時には誰も想像もしなかったよなぁ。俺もまさかと思ってるよ」

 「明日総選挙なんだ。もう確実なんだけどな。いろいろ手を尽くしたよ。ああ、テレビまで出たんだぞ。お前と一緒に出てから二度目だよ。まあ、今回は変装してたけどな」

 「御堂がさ、堂々としちゃって、もう総理大臣の風格があるんだぜ? お前にも見せたかったよ。立派になっちゃってまぁ」

 俺は笑った。

 「あの大人しい御堂がだぜ! 「僕は日本を変えたい!」なんて言うんだよ。なあ、おかしいよな?」

 話すことは幾らでもあった。

 「お前が死んじゃって、山中と奥さんも死んじゃって。御堂は総理大臣だ。ああ、俺はヤクザ社会の頂点だし、謎の軍団の総司令官だ。アハハハハ! あの時誰も考えなかったし、俺たちもそんなものになりたくも無かったんだけどな。まったく人生は儘ならないぜ」

 「お前、俺のお嫁さんって言ってたじゃないか。どうしてこうなっちゃったかなぁ。それが一番さ……まあ、しょうがないか。俺が悪かったんだよな」

 「でも、今でも思うよ。あの日、奈津江がそう言ってくれてさ。俺は最高に嬉しかった。あんなに嬉しかったのは他にないよ。御堂がいて、山中がいて、栞がいて。その中で俺たちは一番の夢を語ったんだ。最高だよ。なあ、そうだろう?」

 「俺はあの日があったから、何とかここまで来たのかもしれないな。夢はさ、果たせなくてもしょうがないと思うよ。でもさ、夢を見てそこへ向かおうとした俺たちが確かにいた。今はこんなだけど、それでもあの日の俺たちは永遠に消えない」

 俺は立ち上がって墓を見た。

 「奈津江、愛している。今も、これからもずっと」




 俺はその足で、足立区の山中たちの眠る墓にも寄った。
 同じく墓を洗い、花を活けて線香を焚いた。

 「山中、奥さん、子どもたちは元気だぞ。もう大きくなっちゃって、俺も振り回されることが多いよ。本当に元気でいい子たちだ」

 「それでな、御堂が衆院議員になって、それでよ、総理大臣になるんだぜ! お前、信じられるかよ!」

 「御堂がさ、亜紀ちゃんと皇紀に祝いの品をくれたんだ。亜紀ちゃんは東大医学部に合格したのな。それで御堂から金の虎の置物をもらった。喜んでたよ」

 「皇紀はさ、散々進学を勧めたんだけど、あいつもう道を決めていてな。研究者としてこれからやって行くんだと。もう学校で教わるようなことは無いからって、中学を卒業したら研究者としてやって行くんだ。やっぱりお前の子どもだよ。俺も進学させようと思ってたけど、皇紀の決意に感動しちゃった」

 「それでな、御堂が皇紀に写真を額装してくれたんだ。あの、俺と御堂がお前の家に行った時に撮った写真だ! 御堂がカメラを持って来て撮ってくれたじゃない。三脚まで持って来ててさ。あの写真だよ。お前の家の前でみんなで撮った。懐かしくて泣きそうになったぜ!」

 「お前と奥さんがルーとハーを抱いて真ん中にいてさ。亜紀ちゃんと皇紀がその両側で。俺と御堂が両端にいるさ。みんな笑ってた。自然にな。みんなあそこで幸せだった。いい家だったよなぁ!」

 「悪いな。今思えばあの家も買って残しておけばよかった。俺は子どもたちを引き取った時に、早く新しい生活に慣れて欲しいと思ったからな。前の家まで残すことは考えて無かったんだ」

 「家具とか持って来れるものは全部残したんだけどな。こないだ行ったら取り壊されて、アパートになってた。御堂から写真を貰って後悔したよ。みんなの思い出が詰まっている家だったのにな。ごめんな」

 「亜紀ちゃんがさ、時々家具なんかを見ているよ。俺がいると遠慮してるのか、あまり部屋には入らないんだけどな。皇紀や双子も時々見ている。みんな忘れて無いよ。今でもお前と奥さんを慕ってる。当たり前だけどな! お前たちだもんな!」

 「三人掛けのソファさ。俺が行くといつも座らせてくれたよな。お前と奥さんは後ろのキッチンのテーブルに座ってみんなでテレビを観てさ。俺は亜紀ちゃんたちに群がられてさ!」

 「亜紀ちゃんとルーが俺の膝に乗って、ハーが俺の肩に乗って。皇紀はいつも他の連中に譲って俺の足の間に座ってたよな。そうなると、もう何を見たって、何でも面白かったよな! 最高に楽しかった! 本当にいい家だった!」

 「ああ、俺もああいう家にしたいな! 何があるとか無いとかじゃなくてさ。みんがいるだけでいいっていうな。お前の家は最高だったよ」

 「じゃあ、また来るな。今度は御堂も一緒に連れて来るよ。じゃあ、またな!」





 俺は家に戻り、みんなで夕飯を食べた。
 今日は鳥鍋で、味噌仕立てだった。
 みんなで楽しく奪い合って食べた。

 夕飯の後、俺はリヴィングのテレビの前のソファにみんなを誘った。
 ソファは四人掛けだ。
 亜紀ちゃんと柳を膝に乗せ、ルーとハーは片足ずつ肩に掛けさせた。
 皇紀は足の間に座らせ、ロボは亜紀ちゃんと柳の膝の上に乗せた。

 「タカさん、狭いですよ」
 「いいからこのままテレビを観るぞ!」
 「アハハハハハ!」

 テレビはどこの明日の選挙に関する番組だった。
 自由党の圧倒勝利が予想され、そこから御堂の新リーダー体制についての話題が中心になっている。
 狭い姿勢だったが、子どもたちはみんなテレビに夢中になり、ワイワイと騒ぎながら観ていた。
 御堂や俺が出て来るとみんなで騒いだ。

 「あ! なんか昔、こうやってテレビ観てましたよね!」

 亜紀ちゃんが気付いた。
 皇紀も双子も思い出した。

 「石神さん! うちに来た時も、いつも私を膝に乗せてくれてましたよね!」
 「お前が勝手に乗って来たんだろう」
 「えぇー!」

 みんなが笑った。

 


 子どもたちの笑い声や騒ぐ声の中で、俺は後ろのテーブルで笑っている声を聞いた気がした。
 子どもたちにくっつかれて、生憎振り向くことは出来なかった。




 でも、俺は温かい、幸せな気分になった。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...