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御堂、衆院選 小島将軍 Ⅱ

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 御堂の言葉を聞き、小島将軍の目が光った。

 「エクソダスだと?」
 「はい」
 「一部の人間だけを助けると言うのか!」

 小島将軍の怒声は護衛の人間たちですら震えた。
 しかし御堂は揺るぎもしなかった。

 「その通りです!」
 「貴様ぁ!」
 「「人間」を取り戻すための戦いです!」
 「!」

 腰を浮かしかけた小島将軍にダフニスとクロエが反応した。
 俺が止めた。

 「「人間」を救いたい! 次の世代のために「人間」の世界を遺したい! 私はそれを望んでおります!」
 「そのために「人間」以外は見捨てるのか」
 「今の日本人を殺したり、死なせたりするつもりはありません」
 「どういうことだ?」
 「ただ、「人間」であろうとしなければ、恐らく憐れなことになるでしょう」
 
 小島将軍が俺を見た。

 「石神! お前が説明しろ! どうせお前の考えなのだろう」
 「いえ、御堂や正巳さんと一緒に考えたことですよ」
 「いいからお前が話せ!」

 俺は笑った。
 その俺を護衛たちが驚いて見ていた。
 威圧している小島将軍の前で笑える人間は少ない。

 「御堂がエクソダスと言ったのは、もちろん聖書にある『出エジプト記』のことです。古代エジプトで圧制が始まり、ユダヤ人はエジプトを出て40年間荒野を彷徨った」
 「今の日本人が何に迫害されていると言うのだ」
 「「人間」が迫害されています。今の世界では、本当の「人間」であろうとすることが出来なくなっている」
 「どういうことだ?」
 
 「みんなが自分が大事だと思っていることですよ。それは「人間」ではありません。動物です」
 「!」
 「俺たちは、自分以外の何かのために行動する「人間」を取り戻したいんです。小島将軍だって、そうなんじゃないんですか?」
 「……」

 小島将軍は黙っていた。
 先ほどまでの烈火の如くの怒りはもう無い。

 「小島将軍なら知ってますよね? 戦前は配給制だった。だから子どもにちゃんと食べさせたくて、親たちは自分の分まで子どもに飯をやっていた。自分たちは痩せ細ってね。死んだ人間も多い。戦後は法を犯して闇市に行った。酷い時代でしたが、「人間」の世界でした」
 「……」

 「今、どんな世界です? 殺人事件で過半数が家族殺人だなんて、こんな国どうかしてますよ。自分しか大事じゃないんなら、まあそうなりますよね?」

 俺は次々と実例を挙げて行った。

 「もういい。それでお前たちが具体的に何をやるのだ。法の改正でもするのか?」
 「幾つかの改正はあるでしょう。特に軍事力に関する保有と徴兵については設けるつもりです」
 「ふむ。それで「人間」はどうするんだ」
 「そちらは法的にはあまり。ただ、「御堂帝国」に繋がらなければ経済的に困窮するようになると思いますよ」
 「なんだと!」

 再び小島将軍が激高した。

 「今は経団連に加入する企業と直接話し合ってますけどね。これからは社会の中で御堂帝国との関係が密接な人間が社会の中枢に据わります。エリートですよ」
 「お前は選民国家を作るつもりか!」
 「その通りです。今は金を持っている連中がそうですが、これからは「人間」であることが価値になります」
 「一体どうやって!」
 「教育が中心になりますけどね。その他では具体的にマスメディアを通じていろいろやって行きますけどね」
 「洗脳か」
 「そうですけど、今も同じですからね。自分のために生きなさいって洗脳を受けている。それを「人間」的なものにするだけですよ」
 「マスメディアとは? どのようにコントロールするのだ?」
 「美しいものを見せて行きます。自己犠牲、他人のために生きることが美しいのだということを見せて行きます。もちろん、エンターテインメントはそのままで。ああ、任侠映画も復活しますよ! 小島将軍もお好きだったでしょ?」
 
 小島将軍が笑った。

 「分かった。お前たちはそれをやり遂げるだろう。わしも協力しよう」
 「「「ありがとうございます!」」」

 三人で礼を言った。
 小島将軍はまだ笑っていた。

 「ふん。もうお前たちは地盤を固めているのだろう。日本の代表的な大企業が全てお前たちの傘下に入っている」
 「よく御存知で」
 「エネルギーと資源を押さえたのだな」
 「はい」
 「恐ろしい力だ」
 「まあ、そうですね」
 「稲毛会や神戸山王会を支配したのは何故だ?」
 「まあ、最初は票田のためでしたが。今では「人間」教育のテストケースになってますね」
 「どうも最近はおかしな動きをしていると思ったぞ」
 「裏社会から、徐々に表社会に転換しているばかりじゃありません。これから社会に役立つ組織に変わって行きますよ」
 「どうしてヤクザだったんだ?」
 「ああ! ぶん殴れば言うことを聞く連中ですからね。それに、バカな分やりやすい」

 小島将軍が大笑いした。

 「喧嘩好きなら戦う者に。人を騙すのが好きな奴らはマスメディアに。まあ、全員に近隣の掃除をさせてますけどね」
 「それだ! 何故ああいうことをさせる?」
 「損をさせているんですよ。早起きをさせて一円にもならないことをさせる。それで何が起きるのかを教えているんです」
 「なるほどな」

 小島将軍には分かったようだ。
 最初はいろいろな反感や批判もあった。
 しかし、徐々に近隣からの評価が得られるようになった。
 そして自分たちが町のために貢献していることを知る。
 そこに喜びを感ずるようになる。

 これは実際に以前からやっていた団体があってのことだ。
 警察も持て余す地元の暴走族が、それで改心した実例もある。
 そんなことでと思う人間は、掃除の効果を知らない。
 まあ、自分が一年もやれば誰にでも分かるのだが。

 一つを知れば、人間はどこまでもそれを拡大できる。
 「美しさ」という確かなものを実感するからだ。
 今の日本にはその機会が無い。
 口先の正しさは教えても、それを実行させる機会が無い。
 また、出来もしないことを教え、それをしないでも誰も何も言わない。
 口にすればいいとみんなが思っているからだ。

 「みんな笑顔で幸せに」

 出来るものならやってみろ。
 でも、泣いている人間に声を掛けることは出来る。
 悩みを、苦しみを聞いてやることは出来る。
 温かい飲み物をやることは出来る。
 がんばれと言ってやることは出来る。

 もしかしたら、力になれるかもしれない。
 自分が出来なくても、出来る人間を紹介することは出来るかもしれない。
 
 ほんの少しでも、何かが出来る。
 それが「人間」だ。




 「石神は友人の山中の子どもたちを引き取りました」

 御堂が言った。

 「知っておる」
 「少しも躊躇しませんでしたよ。自分が苦労を背負い込むことは分かっているのに。そんな義理は一つもないのに」
 「そうだな」
 「私の娘も、石神に助けられました」
 「そうか」
 「川で流されて行くのを、石神が必死に追いかけて助けてくれました」
 「そうか」
 「自分が岩で身体を削られて大怪我をしていました。血だらけになって石神が言ったんです」
 「なんと言ったのだ?」

 「悪かった。気持ちの悪いものを見せてしまった、と」
 「ワハハハハハ!」

 「こいつは自分のためなんて少しも考えない男なんです。大事な人間が虎に襲われたら、自分が喰われている間に逃がそうとする奴なんですよ。一度自分を助けてくれた女のために、一生を捧げようとする男なんです」
 「そうか」
 「だからみんなが石神のためになんでもやろうとする。石神の子どもたちもそうです。千万組の人間たちも、石神の下で死にたいと言っている。そういう人間が石神の周りにはいる」
 「そうだな」

 小島将軍が立ち上がり、後ろの護衛の一人に向いた。
 護衛の男は大きな楽器ケースを開いた。
 軽機関銃ミニミ「Mk 48 mod 1」が入っていた。
 その脇の筒を取り出し、小島将軍に手渡した。
 俺に渡す。

 「これはわしの「塾生」の名簿だ。お前にやろう。存分に使え」
 「えーと、どういう方たちで?」
 「自衛隊よりも鍛え上げている。500人いる」
 「はい」

 「お前ほどではないが、幾らかの戦場は全員が経験している」
 「……」
 「「虎」の軍に編入しろ。きっと役立つぞ」
 「でも、俺の下についても」
 「大丈夫だ。お前のことは全員が知っている。お前に心酔している」
 「え?」
 「もう名前も決めてある。《虎酔会》だ。いい名前だろう!」
 「そんな!」
 「仕上がりが不満ならお前が鍛えろ。お前が満足する連中に必ずなる」
 
 予想外の申し出だった。

 「お前たちの戦闘はこいつらも見ている。米軍からの提供が多いがな」
 「入手してたんですか!」
 「苦労したがな。新宿公園でのフランス外人部隊。ジェヴォーダンとの海上戦。そして去年の御堂家襲撃の映像もな」
 「参りましたね」
 「お前の子どもたち、実にいいな! 女たちもいい! それとお前の親友の聖という男は最高だ」
 「アハハハハ」

 「あの花岡斬がお前の下についたと聞いた時には驚いた。そういう男ではなかったはずだがな」
 「まだ跳ねっ却ってますよ」
 「アラスカではとんでもないものを作ったな」
 「はい。何とかやりましたよ」
 「警察と自衛隊も、お前が変革した」
 「まだまだですけどね」
 
 「もうわしがやることが無いわい!」

 小島将軍は上を向いて大笑いした。

 「そんなことはありませんよ。小島将軍のお力をお借りしなければ、これからは難しい」
 「なんでもしてやる。何でも言え」
 「ありがとうございます」
 「御堂家のことも調べた。お前の親友はまだ若いが期待できる人間と分かった。わしに任せろ」
 「宜しくお願いします」

 御堂と正巳さんも頭を下げた。
 最後に俺たちに名刺をくれた。
 おそらく、これを持っているだけで多大な影響力がある。

 「何かあればいつでも連絡しろ。待っているぞ」
 「はい、分かりました!」

 小島将軍が部屋を出て行った。
 しばらく三人で立ち尽くしていた。

 ルーとハーが部屋に入って来た。
 俺たちはソファに座った。

 「おい、御堂と正巳さんの肩を揉んでくれ」
 「「はーい!」」
 「その後で俺もな」
 「ちょっと待っててね」

 二人が肩を揉み始める。
 御堂も正巳さんもぐったりしていた。

 「ダフニス、エスプレッソを淹れてくれ」
 「かしこまりました」

 「10分間休憩だ。クロエ、次の約束は?」
 「自由党幹事長です。お約束は10分前で」
 「小島将軍の後だ。まあ、少し待ってもらおう」

 流石に疲れた。
 あの威圧は尋常ではない。
 
 「御堂、大丈夫か?」
 「ああ、物凄い人だったね」
 「そうだろう。前に食事に誘われたんだ。何喰ったか覚えてねぇよ」
 「あははは」
 「石神さんでもダメか」
 「人間としての器が違うんですよ。俺なんて全然若造で相手になりません」
 「でも、気に入られているよね」
 「何だかな。俺にはよく分からんよ」
 「そうかな。僕には分かる気がするけどな」
 「お前はあんなのになるなよな」

 「アハハハハハハ!」

 ハーが俺の肩を揉んでくれた。
 ルーは正巳さんを横にして腰と背中を揉んでいた。

 「オチンチンも頼むな」
 「バカ!」

 頭を引っぱたかれた。




 御堂が笑っていた。 
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