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李愛鈴 Ⅲ

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 私の名前は李愛鈴。
 私は中国河北省の山間の村で生まれた。
 子どもの頃から見た目が美しいとのことで、芸能プロダクションの人間が村に来た時にスカウトされ、多額の契約金と引き換えに山東省の都会に連れ出された。
 よくある話であり、私は運のいい方だった。
 私が10歳のことだった。
 様々な稽古をさせられる中で、私の身体能力の高さに目を付けた人間が、アクションスターとしての才能を見出した。
 歌やダンスが中心だったレッスンが、武術を習うものへ方向転換された。

 ある古武道の老師から言われた。

 「お前は龍(ロン)に会ったことがあるな」
 「はい」

 私の過去を言い当てられた。
 私は聞かれるままに、その時のことを話した。

 私が8歳の時。
 村の近くにある湖に一人で出掛けた。
 理由などない。
 村では私くらいの年齢になると、親から仕事を手伝わされた。
 だから、言われる前に遊びに出掛けただけだ。

 その日は何となく、湖を見たくなった。

 そこで「龍」を見た。




 「龍」は真直ぐに空から湖に向けて身体を潜らせ、大きな波を立てながらまた頭を持ち上げた。
 岸辺で驚いている私を見つけた。

 「我が見えるのか」
 「はい」

 不思議なほどに恐れは無かった。
 「龍」はじっと私を見詰めていた。

 「ふむ、面白い」

 そう言って頭を私の近くへ寄せて来た。

 「お前は面白い運命を持っている」
 「……」
 「お前は後に「神獣の王」の配下となる」
 「……」

 私は何も答えられなかった。
 私は身が潰されそうな程の圧力を感じていた。
 「龍」の言う意味も分からなかった。

 「但し、それはお前が試練を乗り越えてからだ」
 「試練ですか?」

 初めて声が出た。

 「そうだ。「神獣の王」の敵によってもたらされるものだ。お前はその試練に打ち勝たなければならない」
 「私などに出来るでしょうか?」
 「お前はどう生きたい?」
 「私は誰かの役に立ちたい! 誰かのために生きようとする人を応援したい!」

 「龍」が私を見ていた。
 やがて大きな目を閉じ、そして笑った。
 巨大な口を大きく開いて、私の身体が後ろへ飛ばされるほどの大笑いをした。

 「お前は叔母の愛蘭のようになりたいのだな」
 「はい!」

 「龍」は私の全てを理解していることが分かった。
 叔母の名前まで知っている。

 「ならば、お前を助けよう。お前が諦めぬ限り、我が力がお前を守るだろう」
 「!」

 「龍」はそう言って空へ昇って行った。
 美しい光の帯が、その航跡に続いて行った。




 私が家に帰ると、叔母の愛蘭が微笑みながら抱き締めてくれた。
 叔母は歩けない。
 二年前に野犬に足を喰われた。

 あの日、村を100頭を超える野犬の群れが襲った。
 全員が家に避難しようとした。
 猟師の男だけが銃を持ち、頑丈な檻に自ら入った。
 何頭かの野犬を撃ち殺せば逃げて行くかもしれない。
 そんな雑な作戦しかなかった。

 逃げ遅れた子どもがいた。
 遠くへ遊びに行き、帰りが遅くなったところを、野犬が村に入って来た。
 子どもはたちまち野犬に食い殺されるはずだった。
 誰もがそう思っていた。
 仕方が無かった。

 その時に、子どもの後ろに駆け寄った人がいた。
 それは叔母の愛蘭だった。
 叔母は自分が囮になり、子どもに近くの家に入るように言った。

 子どもに追いつこうとする野犬を猟師が撃った。
 子どもは家の中へ入った。

 「あんたも早く!」

 猟師が叫んだ。
 しかし、子どもと反対側に逃げた叔母は、もう走ることさえ出来なかった。
 野犬は頭がいい。
 足を攻撃して、まず動きを止める。

 猟師が二十頭を撃ち殺して野犬の群れを追い返した時には、叔母の足は無残なものになっていた。
 命は取り留めたが、神経まで食い千切られた足はもう動かなかった。

 子どもは助かった。




 それは私だった。




 後に、どうして自分を助けてくれたのか、叔母に聞いた。

 「愛鈴は魂が綺麗だよ。きっと将来、多くの人を助ける人間になるだろう」
 「私が?」
 「そうだよ。きっとそうだよ」

 そうならなければいけないと思った。
 絶対にそうなろうと思った。




 叔母は私の家で暮らし、父が面倒を見た。
 家の中で機織りを中心に仕事をするようになった。
 叔母の織る布はいい値段で売れた。
 私は諦めない人間の生き方を、叔母から教わった。




 時が過ぎ、私は古武道の老師に引き取られ「龍拳」を学んだ。
 老師も若い頃に「龍」に会ったことがあるのだと、後に聞かされた。
 「龍拳」は、その「龍」から授けられたと言った。
 そして老師は「太陽界」と関わるようになり、中国支部の一つを任されるようになった。
 老師とその門下生たちは「太陽界」に加わり、その中でも優秀だった私は日本へ呼ばれた。

 数年間、日本語を徹底的に教えられた。
 「健康診断」と言われ、身体を調べられた。
 そして、私は「太陽界」の若い女性の幹部から極秘に「デミウルゴス」を与えられた。

 「あなたの身体は、相性がいいの。この「デミウルゴス」は、きっとあなたをもっと強くしてくれる」
 「はい、分かりました」

 老師が信頼する「太陽界」に、私も従うつもりだった。
 私はここで役に立つ人間になりたかった。
 「太陽界」は、多くの人間を救う組織だと信じていた。

 それは間違いだった。

 数か月後、私の身体は変化した。
 醜い青黒い鱗に覆われた自分を見て、私は泣いた。

 「あら、あなた泣いているの?」

 幹部の女が言った。
 
 「じゃあ、まだ意識が残っているの?」

 私は変身を解いた。

 「何故、こんな姿に……」
 「「デミウルゴス」の成果よ。普通は悩まないわ。あなたは人間を超える力を得たの。それを「太陽界」のために使いなさい」
 「一体どのような?」
 「「太陽界」の敵を殺しなさい。これから、私たちは聖戦を始めるの。あなたたちは、戦士として戦うのよ」
 「!」

 「今の汚れた世界を浄化しなければならない。教祖様がきっと成し遂げてくれる。あなたは思う存分に戦いなさい」
 「……」
 「それに、あなたの姿は他に見たことがないわ。まるで恐竜のよう。きっと強い戦士になれたのね」
 「私は怪物になってしまった」
 「そう。もう後戻りはできないわ。あなたは人間の中では生きられない。「太陽界」のために戦うしかないの」

 幹部の女は、私を新宿の「太陽界」の拠点に移した。
 そこで蹶起の時を待つように言われた。
 しかし、「太陽界」は潰された。
 残った拠点は本山とは別な指示を受けていたようだった。
 それまでと変わりなく、私は「表」の仕事を続けていた。
 大きなキャバレーだったが、時々客が喰われた。
 「デミウルゴス」によって怪物化した者は、定期的に人間の脳髄を食べたがった。
 私は一度もそういう衝動は無い。
 自分が他の連中と違うことは分かっていた。
 人間を食べたがらない私は、喜ばれた。
 
 私は絶望していた。
 それでも、ここ以外に行く場所はない。
 いずれ、指示があれば私も人間を襲わなければならない。
 その日を思って絶望した。
 私はそんなことをするために生きて来たのではない。




 そして私は早乙女さんに出会った。
 一目で分かった。
 この人は綺麗な心を持っている。
 警察の人間であることはすぐに察した。
 私はこの人を守らなければと思った。
 それが「人間」としての最後の仕事になるだろうことを思った。

 店に入って来た時、早乙女さんは部下だという若い女性を連れているだけだった。
 そして、店の中で自分たちの身分を明かした。
 盗聴器が仕掛けられていることを伝える間も無かった。
 私は必死に二人を守ろうとした。


 その必要はまったく無かった。
 連れていた部下の女性は恐ろしく強かった。

 早乙女さんは怪物化した私を「人間」だと言ってくれた。

 「愛鈴さんは綺麗な心を持っている。それだけが大事なことだと、俺は思うよ」

 そう言われて、私はまだ生きていていいのだと思えた。






 私は正式に早乙女さんの組織「アドヴェロス」に加わることが出来た。
 警察の組織でありながら、変わった仲間がいる。
 まだ少年の美しい神宮寺磯良君。
 もう高齢の十河さんは優しい人だ。
 武道家の早霧さんは豪快で明るい。
 みんな特殊な能力を持っている。
 私も自分の身体を変化させた。
 
 「愛鈴さん、明日から一緒に訓練しましょうよ!」
 「いいな、磯良! お前だけだと身体が鈍りそうだったんだ」
 「早霧さん、俺は武道なんてやったことないんですから」
 「ワハハハハハ!」

 誰も気味が悪いなどと言わなかった。
 十河さんが紅茶を持って来てくれた。
 私の肩に手を置いて微笑まれた。

 「あなたが危なくなったら、私が必ずお助けしますよ」

 涙が出た。






 本当に嬉しくて、涙が出た。
 私は、自分がずっと泣かずに生きて来たことを思い出した。






 涙が出た。
 止まらなかった。
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