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吹雪の町

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 俺が熱を出したりすると、亜紀ちゃんは寝ない。
 幾ら大丈夫だと言っても聞かない。
 クロピョンの試練で俺が死に掛けたことが、亜紀ちゃんの中で大きな傷になっている。

 「アラームはセットしただろう」
 
 非接触型の体温計は、設定温度でアラームが鳴る。

 「今もアラーム温度を超えています」

 42度だ。
 せめて40度以下にならなければ、亜紀ちゃんも不安が拭えない。

 「分かった。でも、亜紀ちゃんが起きていてもやることはないぞ?」
 「氷枕を替えます。タカさんが苦しそうだったら何でもします」
 「亜紀ちゃんが寝ないと、他の子どもたちも寝られないだろう」
 
 亜紀ちゃんは自分が見ているからみんな寝るように言った。
 呆気感くみんな部屋を出て行った。

 「亜紀ちゃん、お願いね」
 「亜紀ちゃんが倒れたら、私たちがやるからね」
 「お姉ちゃん、頼むね」

 柳は俺の隣に横になった。

 「私が温めますから」
 
 もう寒くはなかった。
 熱が上がり切った証拠だ。
 ガンガン上がっている最中は寒さを感じる。
 しかし、上がってしまえば、あとは普通だ。
 むしろ高熱の場合、熱くすら感じる。
 そういう話をしても、今の亜紀ちゃんは聴き入れないだろう。

 仕方なく俺は眠った。
 柳の身体は温かく、柔らかく、そしていい匂いがした。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 深い雪の中を若い女が走っていた。

 (なんだ?)

 自分がどこにいるのか分からない。
 気が付くと、雪深い町の中におり、尚も酷い吹雪が町を覆っていた。
 ただ、俺は寒くは無かった。
 俺の方へ女が駆けて来る。
 近くへ来て、ようやく分かった。
 吹雪が視界を悪くしていたためだ。
 女の顔を見て、俺は驚いた。

 「タケか!」

 若い女の顔がタケに見えた。
 しかし、随分と若い。
 まだ十代のようだ。

 「あれ?」

 タケにそっくりな女は俺を見もせずに駆け抜けて行った。

 (やはりタケではなかったのか。だけど、やけに似ていた)

 俺は気になって、同じ方向へ駆け出した。
 身体が軽い。
 それに。

 (足が地面についてねぇ!)

 俺は自分の体重すら感じることが無かった。
 おかしい。
 女と同じ方向へ向かってはいるが、身体が地面を蹴ることが出来ず、スピードも上がらなかった。
 女と一定の距離を保ちながら進んでいった。





 女は古いアパートの1階の部屋の前で止まった。
 チャイムを押しながらドアを叩く。

 「総長!」
 (!)

 タケによく似た女が大声で叫んでいる。

 「夜分にすいません! 総長! いらっしゃいますよね!」

 返事が無いようだった。
 タケによく似た女が「総長」と叫んでいる。
 ならばここは……。
 タケがドアノブを回すと簡単に開いた。

 「総長! 入ります!」

 玄関に入り、電灯を点けた。
 タケが靴を脱がずに駆け込んだ。

 「総長!」

 俺も中へ入った。
 キッチンのような小さな部屋の奥で誰かが倒れている。
 作業着を着ていた。

 「総長! しっかりして下さい!」
 
 タケが抱き上げた。

 「急に嫌な予感がして来てみれば! 総長!」
 「六花!」

 俺も叫んだ。
 紛れもなく、倒れていたのは六花だった。
 随分と若いが、あの世界最高の美しさは間違いない。

 「じゃあ、お前はやっぱりタケなのか!」

 俺が叫んでも、タケは振り向かなかった。

 「総長! しっかり! すぐに病院へ運びます!」
 「おい! 俺も手伝うぞ! いや、俺が運ぶ!」

 俺は靴も脱がずに中へ入った。
 身の細いタケが六花を背負う。
 無理がある。
 女性にしては力はそこそこは強いが、やはり体格がそれほど大きくない。
 六花を背負うと足元が揺れた。

 「おい! 俺が担ぐから!」

 タケは俺を無視して玄関へ向かった。
 


 俺の身体を抜けて行った。



 「!」

 俺は悟った。
 俺はここで観ているだけの存在なのだ。
 どういうことかは分からない。
 しかし、俺は六花のことしか気にしていなかった。

 「ちきしょう! おい、タケ! 俺はどうにもできないらしい。お前に任せるぞ!」

 「総長! ちょっと我慢して下さい! すぐに自分が!」
 「おい! 六花に何か着せろ! 外は相当寒いぞ!」

 俺の声が聞こえたわけではないだろうが、ドアを開けた瞬間に冷気が襲った。
 それでタケは一度六花を降ろして自分のコートを脱いで六花に着せ、また背中に担いだ。

 「タケ! お前が凍えるぞ!」
 「総長! ちょっとの辛抱ですから!」

 アパートを出て、タケは必死に歩いた。
 道路のあちこちで車が乗り捨てられている。
 救急車は来れないだろう。
 だからタケは間髪入れずに自分で担いだのだ。
 タケは200メートルも歩くと、足が震えて来た。
 しかし、休もうともせず、六花を背負いながら歩き続けた。

 二人の身体に雪が吹き付けて行く。
 風は前から吹き、タケの身体の前面を白く凍らせていく。
 徐々に頭髪にも雪が付き、そのまま凍って行った。
 タケの体温が低下していることを示していた。
 車はおろか、誰一人すれ違わなかった。

 「おい! 頭に何か被れ! 脳が冷えると動けなくなるぞ!」

 俺の声は届かない。

 「総長! 自分が必ず!」

 タケは度々六花に声を掛けた。
 六花は一度も返事をしなかった。




 500メートル進んだ所で、タケの限界が訪れた。
 細身のタケがここまで担いで歩いただけでも無理を超えていた。
 タケが崩れた。
 自分が下になり、少しでも六花を地面から放そうとしていた。

 「チクショォー!」

 タケが叫んだ。
 這いつくばった手足が痙攣している。
 筋力の限界の上に、寒さで身体の限界だった。

 「総長、今立ちますからぁー!」
 
 叫んだタケが激しく咳き込んだ。
 恐らく肺に入った冷気が肺をショック状態にしている。
 それだけ体力を喪っているのだ。
 
 タケが崩れた。
 呼吸困難に陥り、意識を喪いかけていた。

 「タケ! しっかりしろ! 呼吸を小さくしろ!」
 
 俺の声は聞こえない。





 「六花ぁ! タケぇ! 頼む! しっかりしてくれぇー!」

 俺は空しく叫ぶしかなかった。
 俺は叫び続けた。 
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