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初詣

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 翌日の4日。
 早乙女たちが9時にうちに来た。
 そのままハマーに乗ってもらう。
 ロボは留守番だ。

 「昨日はありがとう」
 「いや、こちらこそだ」

 走らせながら聞くと、二人とも高尾山は行ったことがないらしい。

 「俺は以前から崇敬会に入っているんで、毎年行っていたんだ」
 「そうなのか」
 「ここ数年は忙しくて行って無いんだけどな。今年は何とか行けた」

 「タカさんは幾つも崇敬会に入っているんですよ!」

 亜紀ちゃんが二人に話した。

 「石神は信心深いんだな」
 「当たり前のことだよ。俺たちは生かされているんだからな」
 「なるほど」

 早乙女と雪野さんで怜花を挟んで座っている。
 一応チャイルドシートを付けた。
 夕べ気付いて、慌ててドンキに買いに行った。

 高尾山は近い。
 11時には着いて麓の駐車場にハマーを入れた。
 俺と早乙女たちはケーブルカーに乗り、子どもたちはリフトに乗った。
 予想通り、人は多いがそれほどでもない。
 薬王院下の茶店で、味噌田楽をみんなで食べた。

 予約している護摩焚きまで時間があるので、早乙女たちに境内を案内する。
 そしてみんなで祈祷予約をしに行った。
 早乙女たちも御札を頼んだ。
 俺は予約の旨を伝え、亜紀ちゃんが風呂敷を解いて渡した。
 一千万円の帯封が7つある。

 「な、7千万円!」

 窓口の女性が驚き、早乙女と雪野さんも驚いていた。
 祈祷内容は「御礼」だ。
 俺と子どもたち、柳、ロボの分だ。
 
 護摩焚きの場所へ行った。
 すぐに俺の顔を知っている人間が、護摩壇の前に連れて行く。
 
 「あ! 石神先生!」
 「北さん!」

 大御所歌手の北一郎とお弟子さんたちがいた。

 「お久しぶりですね!」
 「はい、忙しくてなかなか来れなかったもので」
 「僕もなんですよ、テレビとかで今日やっと」
 「そうだったんですか」

 北さんがお弟子さんを動かして隣に場所を空けてくれた。
 俺は子どもたちに、後ろで座るように言ったが、またお弟子さんたちが気を遣って俺の傍に座らせた。

 「またお子さんたちと一緒なんですね」
 「はい。それと、この二人は親友とその奥さんです」
 「それは! 北一郎です」

 北さんが名刺を出した。
 早乙女と雪野さんが恐縮している。
 超有名歌手を間近で見たためだ。
 護摩焚きが始まるまで、北さんと話した。

 護摩が始まると、みんな真剣に祈っている。
 しばらくすると、前の様子がおかしい。
 祈祷をしている僧侶はさすがにそのままだが、周囲にいる人間が慌てていた。

 「何でこんなに燃えるんだ」

 そう話しているのが聞こえる。
 祈祷をしていた僧侶が手で制して座らせた。
 天井まで伸びる巨大な炎になっていた。
 離れて消火器を持っている人間が数人見えた。




 何とか無事に護摩焚きを終え、俺たちと北さんたちが直会に呼ばれた。
 子どもたちは以前に知っているが、早乙女たちは初めてだ。
 俺はまた北さんに誘われて隣に座った。

 住職が最初に言った。

 「先ほどの護摩はこれまでにないほど大変な大きさでした。これは、この中にどなたか大きな運命を持たれる方がいらっしゃる証です。有難いことでございます」

 直会もこれまでにない豪華な膳になっていた。
 酒が振る舞われ、北さんに勧められた。
 断るわけには行かないので、亜紀ちゃんに運転を頼もうと見た。
 とっくに飲んでいた。

 「石神、俺が運転するよ」
 
 笑って早乙女が言ってくれた。

 「すまんな」
 「いいよ」

 亜紀ちゃんの膳から焼肉の皿を奪ってやった。

 「あーん!」

 北さんが俺に言った。

 「石神さん、今年こそは歌って下さいよ」
 「え! それはダメですって。お弟子さんにどうか」
 「いいえ、石神さんの歌がいいんです。こいつらに勉強させてやりたい」

 亜紀ちゃんが俺たちの前に来た。
 CDを取り出して北さんに手渡す。

 「タカさんのCDです!」
 「おい!」
 「これは!」

 北さんが喜んで受け取った。
 そして何度か頼まれたので、俺も仕方なく歌った。
 山本譲二の『みちのくひとり旅』を歌った。
 我流もいいところだが、盛大な拍手を頂いてしまった。

 「すばらしい! いいか、「生きていたなら」という所を聴いたか! これが石神先生の魂なんだ!」

 散々素人の歌のいい講評を頂き恐縮した。
 恥ずかし過ぎた。

 「サビを聞かせるために他を抑えることは多い。でも石神先生は違う! 全ての言葉に魂が籠もっているんだ!」
 「いや、北さん、もうその辺で」

 お弟子さんの数人が涙を流していた。
 おい。

 「あの! ギターはありませんか! タカさんはギターが上手くて! 弦楽器なら何でもいいです!」

 亜紀ちゃんが叫んだ。
 僧侶の何人かが外へ出て来る。

 「おい! 何言ってんだ!」

 俺が怒っていると、でかいものを持って戻って来た。
 袋から出して俺の前に置く。

 「……」

 琴だった。
 亜紀ちゃんを手で呼ぶ。
 亜紀ちゃんは素直に俺の前に頭を差し出した。
 拳骨を落とした。
 みんなが笑った。

 双子が俺に『昭和枯れすすき』を歌っていいか聞いてきた。

 「絶対にやめろ!」

 俺が止めると、北さんが聞いて見たいと言う。
 双子がノリノリで歌った。
 
 「デビュー!」

 北さんが大声で言い、全員が爆笑した。
 双子が手招かれ、北さんから直接お年玉を頂いてしまった。
 俺は止めたが、北さんでは強いことが言えない。
 結局亜紀ちゃんも皇紀も頂いた。
 
 北さんは怜花の所へ行った。

 「なんてカワイイ子なんでしょう!」
 
 早乙女と雪野さんが喜んだ。

 「光の子かぁ。久しぶりに見たなぁ!」
 「!」

 俺はその言葉に驚いた。
 雪野さんも驚いている。
 早乙女はただ喜んでいた。
 もしかしたら早乙女は記憶がまだ完全に戻っていないのかもしれない。
 何かがあるのだろうと俺は思った。
 もちろん、北さんにも聞けなかった。
 恐らくは厳しい人生の中で、そういうことも知ったのだろう。

 直会が終わり、俺は北さんとお弟子さんたちに丁寧に礼を言って別れた。
 北さんたちは車でここまで来ているので、一緒に誘われたが断った。




 麓で蕎麦をみんなで食べた。

 「毎年この店で蕎麦を食べるのが楽しみだったんだ」
 「そうなのか」

 子どもたちに一人3人前までと言い、全員別途鮎の塩焼きを注文した。

 「美味いな!」

 また早乙女が感動していた。
 雪野さんは店の人に断って小部屋を借り、怜花に母乳を与えに行った。

 「お前も飲んで来いよ」
 「石神!」
 「「ギャハハハハハ!」」

 双子がやっぱり下品に笑った。

 「タカさん! 前は来れなかったですよね!」
 「そうだな」
 「こんなに美味しかったんですね!」
 「美味いだろ?」
 「はい!」

 俺は別な場所でそばつゆを売っているのだと言うと、亜紀ちゃんが買い占めると興奮していた。

 


 帰りの車の中で、雪野さんが俺に言った。

 「あの、さっき北さんが「光の子」だとおっしゃいました」
 「ええ、言いましたね」
 「あれって、吉原龍子さんが言っていた……」
 「そうですね。怜花には何かあるんでしょう」
 「石神さん……」
 「まあ、カワイイ子ですよ。それでいいじゃないですか」
 「はい」
 「俺たちも全力で守りますからね!」
 「はい! お願い致します!」
 「じゃあ、武神をもう一体追加しますから」
 「それはちょっと!」

 俺たちは笑った。
 早乙女も運転しながら笑っていた。
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