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「ほんとの虎の穴」にて

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 大妖魔と遊んでみんなが楽しんだ後。
 子どもたちは夕飯を作り、他の連中は風呂に入った。
 ロボは士王と寝る。

 俺は栞と鷹と一緒に入った。
 二人でグッタリしている栞を洗い、マッサージする。

 「なんだよ、楽しく無かったのかよ?」
 「ごめんなさいー」
 「もういいって」
 「だって! 言っとかないとまたどんな目に遭うか!」
 
 鷹と笑った。
 湯船に入ると、多少戻って来た。

 「鷹は楽しかったろ?」
 「まあ、みんな一緒でしたし」
 「士王が大喜びだったよな!」
 「はい! やっぱり石神先生の御子さんですね」
 「意味がよく分からんが」
 「ウフフフフ」

 「でも、あんなものがここを守ってるのね」
 「そうだよ。まあ、この土地自体が最高にいいらしいけどな」
 「そうなんだ」
 
 俺が麗星の羅盤が爆発した話をすると、二人が笑った。

 「なんか最大感度に調整したんだよ。そうしたら物凄い勢いで回り出してさ」
 「なんなの?」
 「分かんない。でも麗星が「ぷぷぷぷぷ」って言いながら窓から放り投げたら爆発した」
 「「アハハハハハハ!」」

 「あの「ぷぷぷぷぷ」って何なのか聞いてみたいんだけどなー」
 「なんなんでしょうね?」
 「分かんねぇ。ショック状態らしいんだけど、今一つ緊張感がねぇんだよな」

 三人で笑った。

 風呂を上がり、みんなが揃うまで待って、夕飯を食べた。
 士王は寝ているので後だ。
 ロボは当然来た。

 ビーフシチュー(ビーフ多目)。
 アサリとマッシュルームのアヒージョ。
 米ナスのチーズ焼き。
 タコとブロッコリーのマリネ。
 ポトフ。
 炊き込みチキンライス。
 シーザーサラダ。

 桜花たちも一緒に食べ、美味しいと喜んでいた。

 食事の後、俺は桜花たちを誘って「ほんとの虎の穴」へ行った。
 VIPルームは改装中のため、他のラウンジで雑賀がバーテンダーをやってくれた。

 「石神様、私たちにこんないい場所を」
 「なんだよ、遠慮するなよ」
 「でも、このお店にも入ったことありませんのに」
 「そうなのか? じゃあ、今後はお前たちもVIPルームを使えるようにするからな。雑賀さん、お願いします」
 「かしこまりました」
 「そんな!」
 「おまえー! 俺がそうしたんだから、絶対に来いよな!」
 「え!」
 「あれ? 蓮花はお前たちに俺に逆らうように教育したんだ」
 「そんなことはありません!」
 「じゃあ、いいな!」
 「「「はい」」」

 俺は笑って、雑賀にカクテルを頼んだ。
 もちろんお任せだ。
 俺には「ヨコハマ」が来た。

 「珍しいな」
 「石神様は横浜の御出身ですよね?」
 「よく知ってますね」
 「はい」

 いろいろな奴らが話しているのを聞いて来たのだろう。

 「じゃあ、今日は俺の横浜の話をしてやろうか」

 三人が嬉しそうな顔で俺を見た。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺は親父とお袋と三人で、横浜の市営住宅に住んでいた。
 一つの棟を二つに仕切って、二家族が住むという昔の作りだ。
 隣は一つ年上のノブくんと、その姉のいる家族だった。
 薄い壁は、お互いの家の会話も物音も全部筒抜けだ。
 よく隣の家で、夫婦喧嘩があった。
 三日に一遍はしていた。
 激しい怒鳴り合いはちょっちゅうで、よく包丁を持った奥さんが旦那さんを追い掛けているのを見た。

 ある日、俺が寝ているとまた喧嘩が始まった。
 突然、頭の方の壁がぶち抜かれた。
 驚いてみると、血を流した隣の旦那さんの頭がこっちに突き出ている。
 
 「おっちゃん! 大丈夫か!」
 「おう、トラ! へっちゃらだよ」

 頭が引っこ抜かれ、奥さんが顔を出した。

 「どーも、すいませんでした! 明日壁は直しますから!」
 
 お袋が「どーも」とか言っていた。
 取り敢えず、布が掛けられた。



 隣はもちろん、どこの家も仲が良く、お互いの家のことも全部知っていた。
 みんな同じように金が無い人間たちで、でもみんな明るかった。
 日本中が似たようなものだった時代だ。
 だからこそ、お互いに助け合うのが当然と思っていた。

 

 風呂が家にあったが、今から思えば非常に狭い風呂だった。
 半畳の広さに風呂釜と風呂桶があった。
 大人は座って入るしかない。
 ある日、お袋が風呂から上がろうとして、背中を煙突に押し付けて酷い火傷をした。
 数日後。

 敷地内に新しい風呂を作るのだと親父が言った。
 近所の男連中が集まり、たった一日で風呂場が出来た。
 驚いた。
 今度は六畳ほどの広さがあり、壁の一部がガラスブロックになっていた。
 様々な色のガラスブロックがあり、俺はその美しさに感動した。
 いろんな人たちが材料を持ち合って来てくれた。
 ガラスブロックも、誰かがどこかで入手してくれたものだったのだろう。

 俺は前の風呂の記憶が無い。
 あの、新しい、美しい風呂場が俺の「風呂」の記憶の全てになった。
 俺の風呂好きは、あの風呂から始まったのだと思う。
 毎日、風呂に入るのが楽しみになった。
 薪風呂だったので、薪を用意するのが俺の役目になった。



 母方の祖母が一緒に住むようになった。
 明治の生まれの人で、豪放磊落な性格は、お袋と全然違った。
 後から聞いた話では、旦那は戦争で亡くなり、女手一つで長男と娘三人を育てたそうだ。
 そのため、お袋は仙台の親戚に預けられて育った。
 だから性格が違ったのかもしれない。

 祖母には一つの自慢があった。

 「あたしはね、会津の小鉄に可愛がられたことがあるんだよ!」

 何十回もその話を聞かされた。
 嫌いな話では無かったが、何度も聞かされて困った。

 ある日、隣のノブくんと近所の栗を集めた。
 俺が栗が大好きだと言うと、一緒に回ってくれた。
 他所の家の敷地の栗。
 農家の育てている栗。
 どこのだれのか分からない栗。
 大量に集まった。

 その日の夜。
 うちに大勢の大人たちが集まった。
 俺が栗を盗んだと、みんな怒っていた。

 祖母が俺を外へ連れ出した。

 「分かった! オレが始末を付けてやる!」

 そう叫んで、薪を割る鉈を手に取った。

 「高虎! 覚悟せいやぁー!」

 叫んで俺に向かって鉈を投げた。
 
 「おい、ばーちゃん!」
 
 俺は咄嗟に避けた。
 塀をぶち割って、鉈は隣の庭に落ちた。

 「おばあちゃん! 落ち着いてぇー!」

 みんなで祖母の身体を掴んで止めていた。

 「分かった! もう分かったから!」
 「いや! オレの手でこのバカを!」
 「もういい! 栗は全部やるから! 何もいらないから!」

 「そう?」

 みんな帰って行った。
 俺は呆然と立っているだけだった。
 祖母が俺に近づいて言った。

 「な? 上手くいっただろ?」
 「ばーちゃん……」

 親父は武家の血を誇りにしていた。
 そして、俺の中にはそれだけではない血が流れているのを知った。

 その日は、お袋が美味い栗ご飯を作ってくれた。
 流石の親父も、その日だけは俺を叱ることが無かった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 桜花たちが笑っていた。

 「な、俺がちょっと無茶なとこがあるのは、俺のせいじゃないんだよ」
 「まぁ!」
 「血がな。俺にはどうしようもねぇ」
 「そういうことにしましょうか」
 
 なんだか分からないが、みんなで乾杯した。

 「その後、おばあ様は?」
 「ああ、金沢文庫で、住み込みの寮母をしていたんだ。日立造船のな」
 「そうなんですか」
 「流石の親父も、俺の教育を考えたんじゃねぇの?」
 「「「アハハハハハ!」」」

 三人が笑った。

 「よく遊びに行ったんだ。海が目の前にあってな」
 「そうなんですか」
 「ああ。それでな」
 「はい?」
 「ばあちゃんが死んで、葬儀で初めて知ったんだよ」
 「なにを?」
 「ばあちゃんの名前だよ。いつも「ばあちゃん」としか呼んで無かったからな」
 「何ていう名前だったんですか?」
 「それがよ、珠美って言うんだよ」
 「え!」

 「あんまり似合わねぇもんだから、葬儀場で爆笑した」
 「「「えぇー!」」」

 「流石にお袋に怒られてなぁ」
 「そりゃそうですよ!」
 「まあな。でも、思い返すとカワイイとこもあったんだよな」

 俺は思い出して笑った。

 「ああ。近所にカッチョイイ爺さんがいてな。どうも、その人に惚れてたらしい」
 「「「えぇー!」」」
 「俺が仲の良かった人でさ。日露戦争に行ったって人だから、よく遊びに行って菓子とかもらって話を聞いてたんだ」
 「はぁ」
 「それで、そのうちにばあちゃんが一緒に来るようになってよ。「孫が世話になって」なんて言っちゃって。でも、一緒に来たのに、一言も喋らねぇ」
 「そうなんですか」
 「いつも真っ赤になってうつむいててな」
 「ああ、カワイイですね」
 「奥さんは先に亡くなってたんだ。だから自由に恋愛しても良かったんだけどな」
 
 俺は「ヨコハマ」を飲み切り、次のカクテルを頼んだ。

 「じゃあ、どうして」
 「その爺さんがな、部屋に奥さんの写真を立ててたんだ」
 「そうですか」
 「その写真を見る目がな。いつも優しかった」
 「……」

 「まあ、昔の人はみんなそうだ。自分の気持ちよりも相手の気持ちよ。だからみんな優しくて、だからみんな仲良しだったんだよ」
 
 桜花たちがニコニコしていた。

 「いいですね」
 「お前らもな。同じだよな」
 「「「はい!」」」

 三人もカクテルを呑み干し、雑賀が次のものを作ってくれた。




 また、どれも美味いカクテルだった。
 俺たちは楽しく話し続けた。 
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