上 下
1,404 / 2,806

PRISON BREAK! ANOTHER SIDE

しおりを挟む
 俺は早乙女を家に呼んでいた。
 当然のように、雪野さんも一緒にいる。
 
 「じゃあ、しばらくの間、モハメドを借りるからな」
 「ああ、大丈夫だ」
 「モハメドの分体がお前の方に残る。東雲の任務が相当ヤバそうなんでな。済まない」
 「いや、いいんだ。俺は石神のために戦うだけなんだから。俺のガードは自由に設定してくれ」
 「なるべく早くモハメドを戻すから」
 「うん、分かっているよ」

 早乙女も雪野さんも不安そうな顔はしない。
 
 「あの、石神さん」
 「なんです?」
 「モハメドさんの分体も、お刺身を食べてくれるんでしょうか?」
 
 俺は笑って頷いた。

 「お願いします。本体の方にも渡りますしね」
 「そうなんですか!」
 
 雪野さんは嬉しそうに笑った。
 この後、ヘッジホッグで東雲に会う。
 任務を話しながら、密かにモハメドを忍ばせるつもりだ。
 東雲にはまだ話さないが。

 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 発端は、吉原龍子が俺に遺した能力者を記したノートだ。
 俺は能力者の概要から、優先的に行方を捜している人間たちを選んでいた。
 その中の一人が「千石仁生」だった。
 格闘技の能力者であり、自分が会得した技を他人に伝播させることが出来るという。
 そして、自分自身も技の会得の才能が高い。
 俺は、恐らく「花岡」も千石は会得し、多くの人間に渡すことが出来ると考えた。
 そうすれば、俺たちの戦力は格段に上がる。
 非戦闘員も、ある程度の自衛が出来るようにもなる。
 是非とも欲しい人材だった。

 しかし、行方が知れなかった。
 吉原龍子も、定住することの無い千石の所在は記していなかった。
 俺は様々な伝手を利用して探した。
 漸く掴んだのは、千石がイスラム系のテロ組織に身を寄せ、アメリカでのテロ活動の末に捕まったということだった。
 アメリカでは死刑制度の無い州が多くあり、千石は幸いにも死刑にはならずに、終身刑となった。
 刑期500年。
 他国の文化なのであまり言いたくはないが、バカじゃないかとも思う。
 「終身刑」とせずに、期限付きの刑だと言いたいのだ。
 まあ、どうでもいいが。

 そして特別な重犯罪者が収容される「ADXフローレンス刑務所」に収監された。
 有名な、過去に一度も脱獄者を出したことのないという厳重な警備の刑務所だ。
 米大統領を通して司法機関の情報を当たらせて入手したことだ。
 俺の権限を使えば、千石を手に入れることは出来る。
 しかし俺は、それでは千石の信頼を得られないと思った。
 千石の行動規範は、恐らくは「恩と縁」だ。
 思想的なことでイスラムのテロ組織に入ったのではない。
 その経緯を調べることは時間が掛かるので、俺は自分の勘の通りに動くことにした。
 
 そのためには、力づくで解放することではダメだ。
 それでは恩を押し付けることになる。

 「ADXフローレンス刑務所」の情報を集めると、更に困難なことが分かった。
 完全に独房生活であり、他の囚人と接触する機会が無い。
 俺はモハメドを潜入させ、事前の情報を得ようとした。
 千石の様子も知りたい。

 思いも寄らぬことが分かった。




 「我が主、ここは大変ですよー」
 「どうだったんだ?」
 「「業」に汚染されてます! 囚人が妖魔化されて、実験を行ってるようですー」
 「何だって!」
 
 モハメドは食事や飲料水を使って、囚人に「デミウルゴス」のような特殊な麻薬を摂取させていると言った。
 
 「全員ではないようですがー。半分以上がもうダメですねー」
 「そうか」
 「千石仁生はまだ無事のようですー。あれは特殊個体ですからねー。慎重にやりたいみたいですよー」
 「それは良かった。でも急がないとならないな」
 「はいー!」

 毎晩、妖魔化した者を戦わせているようだ。
 その中で強化の方法を実験しながら、一定の強さを持つ者を選別しようとしているらしい。

 俺の中で計画が固まった。
 



 東雲に潜入させることに決めた。
 あいつの純真さは、千石の何かを動かすかもしれない。
 東雲は仲間を思う心が強い。
 俺が仲間に欲しいと言う千石のために、あいつはきっと何かをしてくれる。
 
 俺は東雲が超人的な拳法の使い手であるという情報を乗せ、司法機関を動かして「ADXフローレンス刑務所」に収監させる手続きをした。
 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 東雲の状況は、モハメドの本体から分体へ、逐一伝わって来た。
 俺の予想を外れ、東雲には最初から麻薬が投入されたようだ。
 俺はモハメドに指示し、麻薬の混入した食べ物を外させた。
 飲料水にも入っていたようなので、それも止めさせた。

 「東雲さんがお腹空いてますー」
 「そうだな、でもどうしようもねぇな」
 「私が何とかしましょーかー?」
 「出来るのか!」
 「はいー!」

 まあ、任せるしかない。
 それと同時に、俺はモハメドに早い時点で千石と合流出来ないか相談した。

 「じゃー、いっそ、格闘実験に出しちゃいましょーかー?」
 「出来るのか!」
 「はいー。ここのコンピューターを操れば、組み合わせ順番は操作できそうですー」
 「お前、コンピューターなんか使えんのかよ!」
 「いいえー。タマさんを寄越してくださいー」
 「え?」
 「タマさんにー、人間を操ってもらいますー」
 「なるほど!」

 頼りになる奴だった。
 タマを送ったその夜に、東雲は千石と共に妖魔と戦い撃破した。
 しかし、また予想外の展開になった。
 実験結果に満足した管理者たちは、二人を優遇するかと考えていた。
 それがどういうわけか、二人を殺すように考えたようだった。
 サブマシンガンが数十あると聞き、俺はモハメドに二人を守るように指示した。
 東雲はモハメドの能力は知らない。
 だから咄嗟に「金剛花」を使って千石を銃弾から守ろうとした。
 無理だ。
 単発の銃弾ならばともかく、東雲の能力では連射して来る数十の銃弾は防げない。
 それを知りながら、東雲は千石に覆いかぶさった。
 モハメドも万能ではない。
 東雲が数発喰らったようだ。
 もちろん致命傷ではないが、左足と左肩に弾丸が食い込んだ。
 まったく無茶をしやがる。

 結果的にはモハメドが全ての銃弾を「死なせ」、東雲に指示しながら刑務所を脱獄した。

 「追手が掛からないように、刑務所は破壊しとけ!」
 「はいー!」

 指示通りにした。

 「刑務所は全壊しましたー」
 「なに?」
 「もう何も残ってないですよー」
 「おい! あいつらの実験記録とかは!」
 「御指示になかったのでー」
 「ねぇのかよ!」
 「はいー!」
 「……」

 仕方ねぇ。
 危急の際に、俺が細かな指示をしなかったせいだ。
 あいつらのせいじゃない。

 ヘッジホッグへ向かわせた。
 俺も双子を連れて、向かった。

 また問題が起きた。
 東雲のバカがマッハで飛行して、抱きかかえていた千石が死に掛けた。
 もう一つ、これは俺の指示ミスだが、真直ぐにヘッジホッグへ向かったために、防衛システムが起動した。
 慌てて双子を迎えに行かせ、事なきを得た。
 ふー。
 東雲ももちろんだが、俺も脱獄計画なんてド素人だ。
 まあ、いろいろ手違いがあってごめん。
 その日は双子に東雲を歓待させ、俺の家族たちしか使えない「虎温泉」を許可した。
 その後で、雑賀が直接振る舞う、「ほんとの虎の穴」のVIPルームで飲み食いさせた。
 俺は二日後に東雲に会った。




 「おう! ご苦労!」
 「石神さん!」

 東雲が嬉しそうな顔で俺を見た。
 俺は威厳のある態度で労った。

 「お前、ギョクを喰らって、何で話さなかった?」
 「ああ、大したことはありませんでしたので。すぐに医療班が出してくれましたし、ルーさんとハーさんが治療してくれて、もう何でもありません」
 「そうかよ」
 「それよか、千石さんは?」
 「ああ、あいつも無事だ。お前に会いたがってたよ」
 「え! あの、会ってもいいですか?」
 「もちろんだ。まだ入院してるがな。行ってやれよ」
 「はい!」
 「その前に俺と飯だ! 美味い物を食わせてやる」
 「はい!」

 俺はまたVIPルームへ連れて行き、俺だけしか飲めない「光明」を出し、俺だけしか注文出来ないシャトーブリアンの最上級ステーキを食わせた。
 東雲に、刑務所のあれこれを改めて聴いた。
 
 「モハメドさんが、お尻からマグロを出してくれたんですよ」
 「ワハハハハハ!」
 「まあ、美味かったんですけどね」
 「そうか!」

 俺は最上のマグロの柵を頼み、それも東雲に食べさせた。

 「明日、俺も尻から出してやるからな!」
 「勘弁して下さい!」

 親のウンチが喰えねぇのかと怒鳴ったが、もちろんだと言いやがった。
 
 「まあいいや。それで、お前何か欲しい物はあるか?」
 「いえ、別に」
 「何か言えよ。今回はお前に本当に世話になったんだから」
 「じゃあ、一つだけお願いしていいですか?」
 「何でも言えよ!」
 「千両の親父に会いたいです」
 「……」

 「すみません」
 「お前はここに来たからには、自由には外へ行けねぇんだ」
 「そうでしたね。無理を言いまして申し訳が……」
 「だからよ、千両をここへ連れて来てやるよ」
 「!」

 「ちょっと時間をくれな。いろいろ調整が必要だからな」
 「石神さん!」
 「なんだよ、そんなことで良かったのか。いつでも言ってくれりゃいいのによ」
 「石神さん!」
 「じゃあ、ボーナスは別途にな。レッドダイヤモンドでいいか?」
 「勘弁してください!」
 「ああ、女か!」
 「え、そっちならいつでも」
 
 「「ワハハハハハハハハハ!」」

 


 まったく、純真で優しく頼りになって、助平で、本当にいい奴だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...