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顕さんと冬の別荘 Ⅸ

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 中へ入ると、芳樹が俺の手を握って俺を引っ張って行った。
 
 「ばかやろう! 大物はゆったりと歩くもんだ!」
 「何言ってんだよ! 早く行かないと乗り物に乗れないぞ!」

 俺は笑って一緒に走った。
 最初にジェットコースターに乗った。
 芳樹は俺の隣で万歳をしながら、勇気を示した。
 俺にもやれと言うので付き合った。
 楽しかった。
 丁度昼時になった。

 「おい、腹が減ったな」
 「うん、何か食べようか」
 「芳樹は何が喰いたい?」

 レストランを幾つか見て回った。

 「カレーにするか!」
 「おし!」

 二人でカレーとたこ焼きの店に入った。
 前に子どもたちと一緒に来たことを思い出した。
 二人でカレーを頼み、別にたこ焼きを頼んだ。
 芳樹に好きなだけ喰えと言った。

 「前にうちの子どもたちを連れて、ここで喰ったよ」
 「へぇー」
 「カレーだけで、一人5杯は喰ったな」
 「なんだってぇ!」
 「大食いなんだよ。四人兄弟でな。ステーキなんか、一人10キロ喰うからなぁ」
 「なんだよそりゃ!」
 「ああ、だからよ。ウンコも半端じゃなくてな。前はよくトイレが詰まって困ったんだ」
 「ゲェー!」
 「だからさ、うちのトイレには割箸が置いてあんだよ。それで砕いて少しずつ流すようにな」

 「おっさん!」
 「あんだ?」
 「カレー喰ってる時にウンコの話はやめろよ!」
 「あぁ!」

 俺はもっと喰えと言って、もう一杯ずつ二人で食べた。

 「割箸持ってトイレに入れよ!」
 「やめろよ!」

 芳樹とまたアトラクションを回った。
 芳樹の案内が上手いのか、一通り回ってしまった。

 ベンチで一休みする。
 俺はジュースを買って来て、二人で飲んだ。

 「あ!」

 知らない子どもが俺を指差した。

 「ん?」
 「おじさん、前にも来たでしょう!」
 「あ、ああ」
 「またやって!」
 「ああ!」

 そう言えば、ここでパフォーマンスをした。
 俺は笑って演舞を見せてやった。
 鋭い突きや蹴りを放ち、段々人垣が出来て行く。
 芳樹も目を丸くして見ていた。

 空中に50m跳ね上がった。
 突きや蹴りを幾十も放ち地上へ降りる。
 大喝采を浴びた。

 「すげぇー!」

 芳樹が興奮していた。
 俺は手を振って去り、芳樹とクレープ屋に入った。

 「おっさん! すっげぇな!」
 「おう!」
 「びっくりしたぜ! なんであんなに高く跳べるんだ?」
 「親父がバッタだったからな」
 「おい!」

 響子と違って騙されない。

 「まあいいじゃねぇか。男って言うのは秘密の一つや二つは持ってるもんだ」
 「そういうもんか」
 「そうだよ」

 芳樹は黙ってニコニコしながらクレープを食べた。

 芳樹がまた俺を誘って幾つかのアトラクションを回った。
 俺も楽しかった。
 こんな子ども用の遊園地なんて、俺が楽しむものは一つもない。
 しかし、芳樹が一緒だと、本当に楽しかった。




 夕方まで一緒に遊んだ。

 「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
 
 芳樹が俺をまたベンチに誘った。
 二人でジュースを飲む。

 「おっさん、もう大丈夫か?」
 「なに?」

 芳樹が俺を見て言った。

 「もう大丈夫かって」
 「何のことだよ?」
 「おっさん、すげぇ寂しそうだったからよ」
 「あんだと?」

 「大事な人がいなくなったんだろ?」
 「!」
 「俺、分かるんだ。俺の母ちゃんも死んじゃったからな。同じ悲しさの人は分かる」
 「お前……」

 芳樹が前を向いた。

 「俺の母ちゃんさ、ガンだったんだ。みるみる痩せちゃって、可愛そうに。最後に俺を抱き締めて死んでった」
 「そうだったのか」
 「あれからさ。俺は俺みたいな悲しい人を放って置けないんだ」
 「そうか」
 「時々いるんだよな。俺みたいに、どうしようもなくて困っても泣けない人がさ」
 「……」

 「だからさ、一緒に遊んでやるんだよ」
 「俺よ、もう40歳過ぎてるんだけどな」
 「だから?」
 「お前みたいなガキに慰められてもなぁ」
 「関係ねぇだろう、大事な人を失くしたら、年は関係ねぇ」
 「……」
 「おっさん、相当大事な人だったんだろ?」
 「まあな」
 「絶対に死んで欲しくなかった人だろ?」
 「その通りだ」
 「だったら関係ねぇだろう」
 「そうだな」

 なんだこいつは、と思う一方で、芳樹の言うことが心に染みた。
 ガキに慰められる不甲斐なさを感じることも無かった。

 「おっさんは強い人だよな」
 「そうでもねぇな」
 「強い人ってさ、泣くことが出来ないんだよ」
 「そうなのか」
 「だから一層辛いよ。そういうもんだよ」
 「そういうもんか」

 俺の電話が鳴った。
 出ると、芳樹の父親だった。

 「今、花屋敷の前にいるんです」
 「そうなんですか。こっちもそろそろ帰ろうかって話してたんですよ」
 「じゃあ、入り口で待ってます」
 「分かりました」

 俺は芳樹と一緒に出口へ向かった。
 芳樹が、また俺の手を握ってくれた。




 外へ出ると、私服姿の男が手を振って立っていた。

 「芳樹の父親です」
 「石神高虎です。今日は芳樹君が俺に付き合ってくれて、本当に楽しかったです」
 「そうですか、ご迷惑をお掛けしました」
 
 父親は俺に金を渡そうとしたので、断った。

 「俺が付き合ってもらったんですから」
 「そうですか。こいつはちょっと変わった子どもでして」
 「そうですね!」

 父親が笑った。
 俺は良ければと、一緒に食事をしようと話した。
 父親は笑って、じゃあ、と言ってくれた。
 近くの焼肉屋に入る。
 俺は好きな物を頼んでくれと言い、自分でどんどん注文した。
 ビールも頼む。

 「今日は芳樹君に本当に楽しませてもらったんですよ」
 「そうですか。それは良かった」

 父親は嬉しそうにそう言った。

 「こいつの母親が死んじまってね。それ以来、どういうわけか寂しそうにしている人を放って置けないようで」
 「ああ、聞きました」
 「最初は危なっかしいんでやめるように言ってたんですけどね。どうにも言うことを聞かなくて」
 「そうでしたか」

 だから見ず知らずの俺と一緒にいることを許してくれたのだろう。
 これまでも、何度もあったようだ。
 芳樹は美味い美味いと騒ぎながら焼肉を食べていた。
 
 「自分にはよく分からないんですけどね。こいつが一緒にいたいって人は、みんな大事な人を失くした人間ばかりで」
 「はい」
 「石神さんも?」
 「そうです。一月前に大事な恋人を」
 「そうでしたか」

 芳樹が俺にどんどん喰えと言った。

 「言われるまでもねぇ!」

 俺はガンガン焼いて食べた。
 父親には言わない。

 「おっさん、喰い過ぎだぜ」

 父親に頭をはたかれていた。
 俺は笑った。

 「お父さんもどんどん食べて下さいよ」
 「はい、遠慮なく」

 うちの子どもたちの「喰い」の話をし、二人が爆笑した。

 「高い箸がバキバキ折られるからさ、チタンの箸にしたら、今度は火花が散るわ刺される奴が出るわで。だから割箸にして、折れたら1分休みにしたのな」
 「「アハハハハハハ!」」
 「うちは客もよく来るんで大変なんだ。客が肉が喰えなくてさ。だから「お手」を覚えさせた。そうしたら物凄い目で俺を睨んでくるしよ!」
 「「アハハハハ!」」

 「最近は「もっと上品に喰え!」って言うと、日本舞踊を踊るのな。でも2秒間だけな」

 爆笑した。

 「芳樹、うちに今度喰いに来いよ」
 「いいよ」
 「なんでだよ! 怖いのか?」
 「違うよ」
 「じゃあ、どうして?」

 芳樹が笑って言った。

 「おっさん、もう大丈夫だろう?」
 「え?」

 「おっさん、顔が違うよ。最初は見てらんないくらいに辛そうだった。でも今は大丈夫になったよ」
 「そうか」
 「俺も結構忙しいんだ。おっさんみたいな人が他にもいるからな」
 「そうか。そりゃ大変だな」

 芳樹が俺を見て微笑んだ。

 「おっさん、優しい人だろ?」
 「全然!」

 「おっさんは優し過ぎるんだよ、それに強すぎる。だから悲し過ぎるんだよ」
 「そうか」

 亜紀ちゃんにも、似たようなことを言われたことを思い出した。
 自分では全然分からない。

 「優しいよなぁー! 堪んないくらいにさ!」
 「お前のお陰だよ。俺は芳樹みたいな優しい人間に囲まれてるからな。こんな俺も、自然に少しは優しくなるんだろうよ」
 「逆だけどな。まあ、いいや。おっさんはもう大丈夫だしな」
 「芳樹、ありがとうな」
 「いいって」

 不思議な奴だった。
 ガキには違いないが、生意気とは全く思えなくなっていた。
 俺は芳樹に助けられた。
 俺の中で凍っていた何かが溶けて行ったのを感じた。




 支払いは自分がすると言う父親を止めて、俺がすべて払った。
 当然だ。
 あの父親も、芳樹の不思議な力を分かっているのだろう。

 「芳樹」
 「なんだ?」
 「今日は世話になった。これは恩義だ。今度はお前が困っていたら、必ず俺が助けるからな!」
 「いいって」
 「ダメだ。人間は恩義を果たさなくてはならん。いつか必ずな」
 「分かったよ」
 「じゃあ、またな!」
 「ああ、おっさん、がんばれよ!」
 
 芳樹が父親に手をつながれて帰って行った。




 俺は二人の姿が見えなくなるまで、頭を下げ続けた。
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