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顕さんと冬の別荘 Ⅷ

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 話し終わると、全員が黙っていた。

 「俺たちは、大事な人間も大事な物も、喪ってしまう。それは仕方が無いんだよ」

 俺と顕さんは奈津江を喪い、親を喪い、亜紀ちゃんたちは両親を喪い、そして全員がレイを喪った。
 
 「でもな、全てが消えたわけじゃない。俺たちの中で、尚それが存在している。そうだろう!」
 「「「「「はい!」」」」」

 「それを大事にしながら生きるのが人生だ。喪ったことを悲しみ、喪っていないものを愛する。愛するからこそ、喪った悲しみもある。しかしだからと言って、愛は絶対に捨てるな! 愛があれば、喪っても残るものがあるんだからな」
 「「「「「はい!」」」」」

 顕さんが俺を見て言った。

 「そうだよね。僕の中にも奈津江がまだいる。それに、どこかにまだ奈津江がいるんだって、石神くんたちに教えてもらった」
 「そうですよね」

 もう触れ合うことも語り合うことも出来ないが、確かにいる。
 モニカが顕さんの腕を握っていた。
 喪いたくないに決まっている。

 「まあ、その時までは、一緒に生きて行こう。頼むぞ!」
 「「「「「はい!」」」」」
 「顕さんが帰ったら、またメザシだけどな!」
 「「「「「アハハハハハハ!」」」」」
 「空き缶、いっぱい拾いますよ!」
 「おう!」

 みんなで笑った。
 顕さんが俺のCDを見ていた。

 「ああ、早く聴きたいなぁ」
 「大したものじゃないですよ。録音もうちの地下でしたし」
 「そうなのか?」
 
 亜紀ちゃんが言った。

 「でも、ソニーのスゴイ機械を使ったんですよね?」
 「ああ、よく分からないけど、大したものらしいよな? なんだっけ」
 「もしかして、「PCM-D100」か!」
 「ああ、それです!」

 亜紀ちゃんが覚えていた。

 「あれはスゴイよ! 幾分古いものだよね。でも今でも最高にいいレコーダーだ。一部の機能でもっといいものはあると思うけど、アナログの録音では未だ最高峰だよね」
 「そうなんですか!」

 顕さんが詳しいので驚いた。

 「いや、僕の友人が自然の音を録るのが趣味でね。川のせせらぎや鳥の鳴き声とかね。たまに聴かせてもらってたけど、あの録音機のものは、本当に素晴らしかった」
 「いい趣味の方ですね」
 「ああ、ほら、前に石神くんに紹介した」
 「ああ! 小林さん!」
 「そうそう。あいつはバイクであちこちに行って、そういう録音をしているんだ」
 「なるほど!」

 俺がクロピョンの試練で死に掛けた時に、顕さんに紹介してもらった。
 長野でクロピョンの眷族を見た後で、俺と同様で高熱を出したと聞いたためだ。

 「今でもよく連絡は取っているんだ。しょっちゅう、録音のデータを送ってくれるんだよ」
 「へぇー」
 「そういえば、10月の初めにまた不思議なものを見たって言ってたな」
 「そうなんですか」
 「横浜で舟に乗って、波の音を録音してたんだって」
 「はぁ」
 「そうしたら突然大波が来て、舟が引っ繰り返ったらしいんだ」
 「大丈夫だったんですか!」
 「うん、何とかね。でも、そのあとで物凄く大きな半円球のものが沖合に浮かんでね」
 「え?」
 「山みたいに大きなものだったらしいよ。ちょっと信じられないんだけどねぇ」
 「……」

 それってさ……。

 「引っ繰り返った舟に必死で捕まりながら、それがいなくなるまで見てたそうだ」
 「ははは」

 海の王じゃん。
 俺が呼び出して、麗星と一緒に行って舎弟にした。

 「それが続きがあってね」
 「はい」
 「引っ繰り返った舟を元に戻してくれたものがいたんだって」
 「へぇ」
 「それがさ、半魚人みたいな生物だったんだって!」

 顕さんが大笑いした。

 「な、信じられないだろう?」
 「そ、そうですね」

 アマゾンだ。

 「PCM-D100は水中に落しちゃったらしいんだ。だけど、命が助かったんで良かったって言ってたよ」
 「あの、俺がプレゼントしますよ!」
 「えぇ?」
 「ほら、以前に本当にお世話になったし!」
 「でも、それは悪いよ。あれは高いものなんだから」
 「いえ! 是非ともやらせて下さい!」

 申し訳なさ過ぎる。

 「じゃあ、今度話してみるよ」
 「絶対にお願いします!」
 「ああ、分かったよ」
 「亜紀ちゃん! 後で買っておいてくれ!」
 「分かりました!」

 しばらくみんなで楽しく話した。

 「でも、タカさんと門土さんとの知らない話が聞けて良かったです」

 亜紀ちゃんが言った。
 貢さんの話も、門土の話も、最初は亜紀ちゃんに話したことだ。

 「そりゃな。何でも全部話すっていうのは無理だからな」
 「それはそうですけど」
 「まあ、後から思うことだけど、本当に悲しい出来事の後には不思議に救いのようなことがあるんだよな」
 「あ! それはよく分かります!」

 亜紀ちゃんが言い、皇紀も双子も顔を輝かせる。

 「レイが死んだ時にもな。俺は独りで浅草に出掛けたんだ」
 「え! 知りませんでした!」
 「そりゃ、お前たちには黙っていたからな。浅草はレイとデートをした場所なんだよ」
 「はぁ」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 レイが死に、一か月後に俺はタクシーで浅草寺まで出掛けた。
 外国人がよく訪れる街だから、レイを誘って出掛けたのだ。
 二度もレイと一緒に出掛けた。
 行きたい場所を聞くと、レイはいつも俺と一緒ならばどこでもいいと言った。
 その言葉通り、いつもレイは楽しそうに俺と浅草を一緒に歩いた。

 酒を飲みたくなるのを予想して、俺は車ではなくタクシーで向かった。

 レイと歩いた道を思い出しながら、花屋敷へ向かう。
 二度目の浅草のデートでは花屋敷に入った。
 今日は流石に中へ入る気はない。
 入り口の前で、なんとなく出入りする人間を見ていた。

 「おっちゃん、入らないのか?」

 背中で声を掛けられた。
 振り向くと小学3、4年生くらいの男の子だった。

 「ああ、見てるだけだよ」
 「なんでだよ? 入ればいいじゃん」
 「いいよ。独りで入ってもつまらない」
 「ふーん。じゃあ、俺と入るか?」
 「あ?」
 「付き合ってやってもいいぞ」
 「お前とか?」
 「なんだよ」
 
 厚かましいガキだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
 俺にたかろうという気が無いのが分かったためだ。
 俺のためにそう言ってくれている。

 「遊園地って好きじゃないんだ」
 「入れば楽しいって! 俺が案内してやるよ!」
 「だけどよ、知らない子どもを連れ歩いたら不味いって」
 「大丈夫だよ!」
 「なんでよ?」
 「俺の父ちゃん、警察官だから!」
 「あぁ!」

 俺は笑って一緒に入る気になっていた。

 「じゃあ、父ちゃんに連絡しろ。許可が出たら一緒に入ろう」
 「おし!」

 俺はスマホを渡し、電話をさせた。
 自己紹介をし、俺は医者をやっている石神高虎だと言い、ガキは芳樹という名前だった。

 「父ちゃん! 今さ、ちょっとカッチョイイおっさんと一緒にいるんだ!」

 芳樹は父親と話し、俺に電話を替われと言った。

 「石神高虎です。突然芳樹君に声を掛けられてしまって」
 「申し訳ない! 母親がいないもんで、街中をうろうろしやがって。ご迷惑でしょうから、頭を引っぱたいてお帰り下さい」

 そう聞いて、俺は芳樹と一緒にいようと思った。

 「あの、良ければちょっと芳樹君と遊んでもいいですか?」
 「え?」
 「今、花屋敷の前にいるんです。一緒に中へ入ってもいいですかね?」
 「そりゃ、ご迷惑でしょう」
 「いいえ、俺が遊びたいんです。俺のことは病院へ問い合わせて頂いて構いません。家の住所は……」

 俺が真面目に頼むので、芳樹の父親は恐縮しながら承諾してくれた。

 「では申し訳ありませんが」
 「こちらこそ」





 警察官にしては甘いような気がしたが、俺は気にせずに芳樹と花屋敷へ入った。
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