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挿話: でぶトラちゃん Ⅱ

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 何とか風呂で綺麗になり、俺は自分の居場所を考えた。
 取り敢えず、メシだ。
 猛烈に腹が減っている。
 一度自分の部屋へ戻り、シーツを身体に巻いた。
 キングサイズのベッドのものだったが、一枚では足りずに二枚使った。
 ちょっと歩くだけで暑くて汗が出た。
 
 「ルー」
 「なに、でぶトラちゃん」
 「俺の部屋の布団を干しておいてくれ」
 「えー!」
 「ベッドパッドや布団カバーなんかは洗濯だ」
 「分かったよ」
 「マットには消臭スプレーな」
 「はーい」

 喋っている間に、亜紀ちゃんが俺の朝食を用意してきた。
 椅子に座れないので床で食べる。
 亜紀ちゃんが茶碗を「ゴン」と置いた。
 
 「亜紀ちゃん」
 「え」
 「俺の着る物を買って来い」
 「分かりましたー」

 「それとな」
 「はい」
 「全然足りねぇ。何かねぇか?」
 
 亜紀ちゃんが鼻を摘まみながら離れ、ハムを一本出して俺の皿に置いた。
 ムシャムシャ食べた。
 足りないと言うと、やっとステーキを焼き始める。
 10枚喰って、何とか満足した。

 「朝からステーキ喰ってるよ」
 「お前らもよくやるだろう!」

 コーヒーを1リットル飲んだ。
 喉も乾いていた。

 食事の後で、俺は裸になって身体のサイズを測らせた。
 首回り89センチ。
 胸囲2メートル。
 ウエスト4メートル。
 ヒップ4.3メートル。
 体重290キロ。
 
 「おい、オチンチンも測れ!」

 大事なことだった。
 皇紀が腹の肉を持ち上げて亜紀ちゃんが測った。
 いつものサイズで安心した。

 「なんか臭いです!」
 「う、うるせぇ!」

 全身の写真も撮らせた。
 「ちびトラちゃん」の時とは違い、みんなウンザリした顔をしていた。

 それだけでまた汗を掻いた。
 全身がヌラヌラする。

 「暑いなー!」
 「ウッドデッキとかどうです?」
 「おお!」

 自分の部屋をこれ以上汚したくない。
 いい提案だった。

 冷たい1月の空気が心地よかった。
 だが、生憎俺が座れる椅子が無かった。
 仕方なく床に座り、壁に背中を預けた。

 「あー、涼しいな!」

 子どもたちが窓からこっちを見ている。
 ロボも足の間から覗いていた。

 「おい、冷たい飲み物をくれ!」

 亜紀ちゃんがピッチャーに紅茶を入れ、氷を突っ込んで持って来た。

 「でぶトラちゃん」
 「あんだ?」
 「あの、トイレは庭でやってくれません?」
 「あ?」
 「家のものでは無理ですので」
 「そうだなぁ」

 自分の思考が、やけにのんびりしてきたのを感じた。
 いつもなら激怒している場面だ。

 「よし、分かった! 適当な場所でやろう。そうだ、洗車用の水場で身体も洗えそうだな!」
 「良かったですね」

 亜紀ちゃんは顔を顰めて中へ戻った。
 窓に鍵を降ろす音が聞こえた。





 昼前に亜紀ちゃんが服を買って来た。

 「一応、三着です。大事に着て下さいね」
 「おう!」

 半袖の白いTシャツ3枚、半ズボン2枚、パンツ3枚だった。
 俺は早速着た。
 亜紀ちゃんが目を背けている。

 「ちょっと小さいな」
 「贅沢言わないで下さい。それで一番大きいサイズなんです」
 「しょうがねーなー」

 昼食は、特大中華鍋一杯の中華丼が運ばれた。
 
 「タカさん、寒くないですか?」
 「ああ、涼しくてさいこー」
 「あの、すみません。ショックで酷い態度を」
 「いいよ」

 気にしてない。

 「さっき柳が出掛けたな」
 「はい、また顕さんの家に」
 「そうか、俺も行きたかったなぁ」
 「やめてあげて下さい」
 「そうだな」

 床でも踏み抜いたら大変だ。
 それに、車の中に俺の臭いが充満する。
 亜紀ちゃんが俺のスマホを置いて行った。

 「何かあったら呼んで下さい」
 「サンキュー!」

 ガスマスクを付けた亜紀ちゃんが家の中に戻った。
 箸もスプーンも無かった。
 俺は手で食べた。




 しばらくうとうとしていた。
 猛烈に喉が渇き、小腹も減った。
 何か頼もうとスマホを手にした。

 「……」

 指が太すぎて操作出来なかった。

 「おーい!」

 大声で呼んだ。
 誰も返事しなかった。
 窓にはやはり鍵が掛かっていた。

 「……」

 仕方なく、洗車用の水場に行き、水を飲んだ。
 冷たくて美味しい。

 「ふー」

 また汗が出た。
 喉が渇く原因はこれか。
 ついでに服を脱いで庭の隅をトイレとした。
 裸で全身を水洗いする。
 ホースを固定すると、お尻も洗えた。

 「こりゃいいや!」

 拭くものが無かったので、裸のままでいた。
 演舞をする。
 全然動けない。
 汗を掻いたのでまた水浴びをした。

 柳のアルファードが戻って来た。

 「何やってんですか!」
 「ああ、ちょっと暑くてな」
 「風邪ひきますよ!」
 「だいじょーぶ」

 柳が中からバスタオルを持って来てくれた。

 「さんきゅー」
 「いいえ」

 ガスマスクを付けた柳が中へ戻って行った。

 「……」

 


 亜紀ちゃんが置いて行った電波時計を見ると、午後の3時だった。
 いつもならお茶の時間だ。
 また猛烈に腹が減った。

 「おーい!」

 呼んでも誰も出て来ない。
 結構防音性の高い家だ。
 俺は窓を叩いた。
 リヴィングの下に行って跳び上がった。
 サンルーフのガラスを叩く。

 全員がコーヒーとケーキを食べているのが見えた。
 驚いた顔でこっちを見る。

 皇紀がウッドデッキに喰い掛けのケーキとコーヒーを持って来た。

 「すいません。お姉ちゃんが「でぶトラちゃん」」はダイエットした方がいいって」
 「まあ、いいけどさ!」

 俺は一口でケーキを食べ、コーヒーも一気に飲み干した。
 
 「さんきゅー」
 「いいえ」

 ガスマスクを付けた皇紀が中へ戻った。

 「皇紀!」
 「はい」
 「窓は開けておいてくれよ。呼ぶのが大変なんだ。汗掻くしな」
 「でも、お姉ちゃんが必ず鍵は掛けろって」
 「……」

 まあ、汚すかもしれないし、何しろ臭いが籠もるだろう。
 俺は「虎温泉」の用意をするように言った。




 1時間後。
 皇紀(ガスマスク)が俺を呼びに来た。

 「用意出来ました」
 「おし!」

 また冷たい飲み物と何か摘まめるものを頼み、「虎温泉」に向かった。
 皇紀(ガスマスク)がピッチャーに氷水を入れ、駅前の安い菓子屋で買って来たらしいビスケットやポテチを大量に置いて行った。

 「水かよ」

 まあいい。
 俺はスナック類をガンガン食べ、氷水を飲んだ。
 湯に浸かる。

 汗がどんどん出るが気持ちいい。

 寛いでいると、子どもたち(ガスマスク)が来た。

 「でぶトラちゃん、一緒に入ってもいいですか?」
 「おう!」

 全員が裸になって湯船に入って来た(ガスマスクなし)。

 「すみませんでした。ちょっと、あの……」
 
 亜紀ちゃんが言う。

 「いいよ。大分臭かったしな。でもここなら浄化されていくみたいだな」
 「はい、そう思って来ました。謝りたくて」
 「いいって」

 俺はそう言って足を伸ばそうと腰を動かした。
 腹が鳴って、オナラが出た。
 洗面器以上の大きさの泡が昇って弾けた。

 「「「「「グウェッーーー!!」」」」」

 全員が鼻を押さえる。
 俺も押さえた。
 耐えがたい臭いだ。

 「あ、あれ!」

 ハーが指さした。
 湯面に茶色の棒状のものが浮いている。

 「ああ、ちょっと実が出ちゃったな」
 「「「「「!」」」」」

 全員が湯船から跳んで逃げた。

 


 その瞬間、俺の身体が戻った。

 「「「「「タカさん!」」」」」
 「おう!」

 俺は湯船から上がり、身体を洗い始めた。
 全員が寄って来て、手伝う。

 「いいよ、お前らあっち行けよ」
 「「「「「タカさん!」」」」」

 立ち尽くす5人の前にガスマスクを置き、俺は家に戻った。

 


 しばらく、険悪な雰囲気だった。
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