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雪の日に

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 ヨシさんの葬儀は都内で行なわれた。
 私とタカさんが参列した。
 千万組が取り仕切った、大きな葬儀だった。

 「千両、いい男を亡くしてしまったな」
 「はい」

 タカさんが千両さんや桜さんと話していた。
 私はずっと棺の前に立っていた。
 ヨシさんの大きな遺影があり、あの優しい笑顔で笑っていた。

 葬儀の間、私はずっと遺影の笑顔を見詰めていた。
 喪主の方が弟さんだと思った。
 まだ30歳前後で、ヨシさんによく似ていた。
 ずっと大泣きしていた。

 



 葬儀の後、千両さんたちに連れられて、ヨシさんの御宅へ行った。
 中央公園の近くにあるマンションだった。
 3LDKの間取りで、綺麗に片付いていた。

 四人でリヴィングのソファに座り、桜さんがコーヒーを淹れてくれた。

 「あいつ、石神さんが大好きでして。あんなにカッコイイ御仁はいないって」

 桜さんが話し始めた。

 「ほら、服装なんかも石神さんの真似をしてたって話しましたでしょう? 最初はお店で値段を聞いて引っ繰り返ってましたよ」
 「そうか」

 「親父がその話を聞いてね。だったら幾らでも金をやるから、好きなように買えって。でも遠慮して自分で頑張ってやってました」
 「ああ」

 桜さんがタカさんと私を連れて、別な部屋を見せてくれた。
 多くの服が丁寧に仕舞われていた。
 大きなタンスが一つあった。
 桜さんがそれを開いた。

 「石神さんに服を貰ったでしょう? あいつ、本当に嬉しそうでして。すぐにこのタンスを買って、特別な服だからってこんな大事に」
 
 桜さんは明るく話していたが、言葉を詰まらせた。

 「本当に大事に……だから一回も袖を通さないで、あいつ……」

 タカさんが桜さんの肩を優しく叩いて、タンスの中を見た。
 タカさんはしばらく眺め、手を合わせてタンスを閉じた。
 リヴィングへ戻った。

 「ヨシさんは弟さんがいるそうですね」
 「ええ、よく御存知で」

 私はヨシさんから以前に聞いたと話した。

 「はい、今千万組にいます。ヨシのことが大好きでしてね。一緒に連れて来ようと思ったんですが、ショックが大きくて」
 「喪主をなさっていた方ですか?」
 「そうです。ヨシも弟を可愛がってましてね。ヨシはカタギにしたかったようですが、弟が言うことを聞かないで」
 「そうですか」

 千両さんが立ち上がり、線香を持った。
 桜さんが鞄から線香立てを取り出し、キッチンのテーブルに置いた。
 線香の煙が漂う。

 タカさんが立ち上がり、前に行って「般若心経」を唱えた。
 私たちも一緒になって唱えた。

 「このコーヒーもね。あいつ、コーヒーなんか飲まなかったのに、石神さんがお好きだって聞いたら自分も飲むようになって。新宿でも美味い店を幾つも知っててね」
 「私も前に連れて行ってもらいました」
 「そうですか」
 「私や千両がここに来ると、いつも「前より腕が上がりました」って、コーヒーを飲まされるんですよ。参りました」

 みんなで笑った。

 「石神さんの家のことをまた聞きたがってね。私らだって何度もお邪魔したこと無いのに。でも間取りがどうだとか、置いてあるものが何だとか、そりゃしつこくって」
 「あいつ、一度来たじゃねぇか」
 「そうなんですよ。でも、石神さんの前じゃもう縮こまっちまって。てめぇで何でも見ろってねぇ」
 「アハハハハ」

 「あの時お持ちした絵もね、実はヨシが探して来たんですよ」
 「そうだったのか!」
 「ええ。前に東雲から話を聞いたらしくてね。方々探して見つけて。私たちが、早速石神さんに送ってやれと言ったんですけど、あいつビビりやがって」
 「そうなのか」
 「はい。自分なんかが生意気だって。じゃあ、何で探したんだってねぇ」
 
 またみんなで笑った。

 「こないだは丁度いい機会だって、千両と私で説得して。そうしたら、自分が探したなんて言わないでくれって泣きつかれて」
 「そうか」
 「でも石神さんが喜んで下さったんで、あいつも嬉しそうでした。本当にね、喜んでましたよ」
 「ああ、そうか」

 みんなで死んだヨシさんの話をした。
 私は、こうやって死んだ人を送るのだと分かった。

 「夏くらいですかね。ヨシが好きな女が出来たみたいで」
 「え?」

 私は驚いた。
 必死で表情を構えた。

 「下のもんから聞いたんですよ。しょっちゅう女物の店なんか通い出して、新宿で美味い店とか聞いて来て。どうも惚れた女が出来たらしいと、あいつらも喜んでまして」
 「へぇ」
 「こないだね、下の奴に、クリスマスに若い女が喜びそうなプレゼントは何かって聞いてたらしくて。そいつも困ってしまったようで、「マフラーなんかどうですか」って言ったんですよ。ヨシが喜んで「そうか」ってね」
 「!」

 千両さんが、タカさんと私を別な部屋へ連れて行った。

 「先日、やっと警察から戻って来ました。申し訳ありません、中が改められてて、私共も見てしまいまして。ヨシが贈りたかった相手の方に渡したくてね」」

 寝室のテーブルの上に、綺麗なクリスマスの包装の掛かった箱があった。
 一部の角が少し潰れていた。

 「包装を掛け直そうかとも思ったんですが、そのままの方がいいだろうと。亜紀さん、受け取ってもらえますか?」
 
 私はまた泣いてしまった。
 タカさんに肩を押された。

 包みのリボンに、カードが刺さっていた。

 
 《亜紀さんへ いつまでも、お守りいたします》


 頽れる私を、タカさんが支えてくれた。
 そのままベッドに腰かけさせられた。

 「石神さん、亜紀さん、申し訳ない。ヨシはどうやら亜紀さんに惚れていたようだ」
 「……」
 
 タカさんが隣に座り、私の肩を抱いてくれた。

 「千両、俺の娘は最高なんだ。誰が惚れたって無理はねぇ」
 「はい」

 タカさんが、私に包みを解くように言った。
 警察では開かれなかったようだ。
 ヨシさんの買い物の記録で、中身は分かっていた。

 ロロピアーナのオレンジを基調にした幾つもの色が挿している品の良いマフラーだった。

 「あいつ、相当店を見て回ったな」

 タカさんがそう言った。

 「散々見て回って、亜紀ちゃんに一番似合いそうなものを選んだんだろう。これを観ればよく分かるよ。亜紀ちゃん、よく似合うぞ」

 タカさんがそっとマフラーを巻いてくれた。




 千両さんが、タカさんにヨシさんの遺品を何でも持って行って欲しいと言った。
 タカさんはもう一度衣装部屋へ行き、ネクタイを見た。
 
 「じゃあ、これを頂こうかな」

 タカさんは、白地に炎の意匠のあるネクタイを一本選んだ。
 それは、夏の日にヨシさんが締めていたあのネクタイだった。
 私も素敵な柄だと思っていた。

 「そのネクタイはヨシのお気に入りだったんです。何でも、それを締めて惚れた女と一緒に初めて食事をしたんだそうで」
 
 「私、前に真夜と一緒に牛タンをご馳走になったんです。その時、思わず60万円も使わせてしまって」

 みんなが笑った。
 私はヨシさんとの思い出を全部話した。
 話し切れない思い出であることが、話しているうちに自分でも分かった。
 みんな笑いながら聞いてくれた。

 ただ一つ。
 あのカフェバーの話を除いて。




 あのお店の思い出は、私とヨシさんだけのものだ。
 私たちの、温かい、甘く、切なく、悲しい思い出。
 タカさんは人間には思い出が必要だと言っていた。
 そのことがよく分かった。

 ヨシさんは自分の思いを絶対に口にしない人だった。
 でも、私はそれを持っている。
 タカさんも、千両さんも桜さんも、それは持っている。

 あの日のヨシさんの瞳。
 私は決して忘れない。


 《自分も少し酔ってしまったようだ》


 私もでした、ヨシさん。




 外に出ると、雪が降り始めていた。

 「おう、寒いな! ちょっとマフラー貸してくれよ」
 「絶対に嫌です!」

 タカさんは明るく笑って玄関前に回してくれた桜さんの車に乗った。




 マンションの玄関で、千両さんがずっと頭を下げて見送ってくれていた。
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