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誕生日には「リッカチャンハン」を

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 遡ること約2か月前。
 10月13日の朝6時。

 「紅六花」の全メンバー81人がタケの店「弱肉強食」に集合していた。
 早朝にも関わらず、全員の意気は高い。
 副総長を任じているよしこが駐車場に集まった面々の前に立った。
 並んで幹部のタケ、ヒロミ、ミカがいる。
 
 「傾聴!」

 ヒロミが号令を掛けた。
 全員が姿勢を正す。

 「みんな! よく集まってくれた!」

 怒号が湧いた。

 「今日は我らが総長の御生誕日だぁ! みんなで祝うぞぉ!」

 《オォォォォォォーーーー!》

 全員が満面の笑みを浮かべ、飛び上がって喜ぶ。
 「紅六花」の全メンバーは総長・一色六花を崇拝している。

 「今年は我らが「虎」の旦那から、特別に御下賜されたぁ! 「リッカチャンハン」の最高の材料だぁ!」

 《オォォォォォォーーーー!》

 「今日一日! 俺たちは我らが総長の化身! 「リッカチャンハン」だけを存分に喰うぞぉ!」

 《オォォォォォォーーーー!》

 何故、そうなったのかは分からない。
 誰かが言い出して、それが誰にも反対されずにそう決まった。
 最高の祝い方だと全員が考えた。
 全員が楽しみにし、昨晩は嬉しくて眠れない者も多かった。

 それがどういうことになるのか、誰も考えなかった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 9月の月末頃。。
 石神からタケに連絡が入った。

 「よう!」
 「石神さん!」
 「タケ、元気か!」
 「はい、みんな元気にさせていただいてます!」
 「まあ、お前らの取り柄はそれだけだからな!」
 「アハハハハハ!」

 石神は、大量の米の処分に困っているのだと言った。

 「何しろ1トン近く送られちまってよ。流石にうちの猛獣でも喰い切れないんだ」
 「そんなにですか!」
 「ああ、俵で160もな。幾ら何でもなぁ」
 「何ですか、それ!」
 「だからさ、お前の店なら捌けるだろ?」
 「そりゃ、うちは飲食店ですからね」
 「な! 頼むよ!」
 「そんな! うちは嬉しい限りです」
 「暁園にも送ってくれ。ああ! 味は最高だ! それは保証するよ」
 「ありがとうございます!」

 聞くと、長野の御親友の御堂さんかららしい。
 広い田を持っているとのことで、今年は異常な豊作になったそうだ。
 本当に困っているという石神の言葉を聞き、タケは半分の80俵480キロをもらい受けることにした。

 「助かるぜぇ!」
 「いえ、こちらこそ!」

 それが始まりだった。



 数日後。
 本当に石神から大量の米が届いた。
 試しに小鉄が炊き、タケとよしこで味見をした。

 「う、うっめぇー!」
 「なんだ、こりゃ! こんな美味い米は喰ったことねぇぞ!」
 「本当に美味しいね! さすがは石神さんだ!」

 三人でもりもりと食べた。
 8合炊いた米は三人で全部食べ尽くした。

 「幾らでも喰えるな、これ」
  
 その米を使ってチャーハンを作ると、また絶品だった。
 だが、常に提供できるものでもない。
 タケは正直に期間限定の特別メニューとして「スペシャル虎チャーハン」「スペシャル・リッカチャンハン」として出した。
 連日大好評だった。

 ヒロミの店で飲んでいた時。
 誰かがもうすぐ総長の誕生日だと言った。
 誰かが、みんなで「リッカチャンハン」をその日に食べようと言った。
 全員がいいアイデアだと賛成した。

 「よし! じゃあその日はみんなで「リッカチャンハン」だけを食べて過ごそう!」

 店にいた全員がやろうと盛り上がった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 1階の店内は貸し切りだ。
 時々、夜に貸し切りにしてみんなで集まって飲むことはある。
 しかし、朝からの貸し切りはない。

 厨房では小鉄と料理人たちが早朝から集まって「リッカチャンハン」を作っている。
 店の四つの業務用ガス炊飯器で50合ずつ炊いて行く。
 それを小鉄を中心に、どんどんチャーハンにして炒めて行く。
 他の料理人はひたすらに具材のカットと肝心のラードの精製に集中する。

 その間に、またよしこが全員に伝えた。

 「いいかぁ! 今日は総長の御生誕祝いだ! そのために、今日は全員「リッカチャンハン」しか食べない! 飲み物は総長がお好きなバドワイザーか、飲めない奴は水だ!」

 しょうもない縛りだった。
 しかし、全員が石神が送った米で作られる「リッカチャンハン」の美味さを知っていた。
 誰も文句を言わない。

 「小鉄! まだかよ!」
 「早く出しやがれぇ!」
 
 待ちきれない連中が叫ぶ。

 「もうちょっとです! 待って下さい!」

 小鉄は必死だ。
 30分後。
 最初の「リッカチャンハン」が出た。
 幹部と先輩たちから配られる。

 次々と出て来る。
 全員が「リッカチャンハン」を食べ、その美味さに叫んでいる。

 「本当に幾らでも喰えるよな!」
 「総長! おめでとうございます!」
 「おい、お替り!」

 みんなでガンガン食べて行った。
 ビールを飲みながら、ワイワイと舌鼓を打ちながら。
 女性だけの集まりだが、みんな結構食べる連中だった。

 午前10時頃。
 流石にみんな満腹になった。

 「最後の釜が炊けましたよー!」
 「おう!」
 
 丁度いい。
 ゆっくり、話しながらみんなで食べようと全員が思っていた。

 「姉ちゃん、この四つの釜で8周ずつするなんて初めてだよ」
 「なに?」
 「1600合だぜ!」
 「お、お前ぇ!」
 「なんだよ?」
 「釜で1回ずつでいいんだよ!」
 「え?」
 「あたしはそう言っただろう!」
 「何言ってんだよ! 俺がどれだけ炊くのかって米俵を見て言ったら、姉ちゃん指で「4」ってやったじゃん!」
 「お前、俵四つだと思ったのかぁ!」
 「そうだよ!」
 「バカァ!」

 小鉄がぶん殴られた。
 俵四つで240キロ=1600合。
 精米で削られるとしても、炊き上げた重量で約480キロ。
 「紅六花」は81名。
 一人当たり、6キロ喰う換算だ。

 タケが厨房に入ると、大量の米とチャーハン用の食材が既に用意されていた。
 炊いてしまったからには、もう食べるしかない。
 タケはよしこを呼んだ。
 事情を話す。

 「すまん! あたしがちゃんと小鉄に指示してなかったから」
 「うーん、しょうがねぇ。石神さんから頂いた米を腐らせるわけにはいかん」
 「だけど一人6キロだぞ?」
 「まあ、根性で乗り越えよう」
 「そうだな」

 こうして、一人当たり20合を喰う計算になった。
 よしこが全員に向かって説明した。
 「紅六花」のメンバーたちは、思わぬ試練に燃えた。

 「「虎」の旦那が俺らのために送ってくれたんだ!」
 「よし! 気合を入れるかぁ!」

 よしことタケは涙ぐんで全員に感謝した。
 項垂れていた小鉄も、みんなの熱い魂を感じ、一層の情熱をもって「リッカチャンハン」を作り始めた。





 午後2時。
 もう誰もビールは飲んでいない。
 誰もが一口のスプーンを見詰めて固まっている。

 「どうしたみんな! 根性を出せ! お前らの「紅」を見せろぉー!」

 叫んだよしこももう口に運んではいない。
 まだ半分も食べていない。

 「ちょっと、おにぎりにでもしませんか?」

 若いメンバーがそう言うと、先輩から頭をはたかれた。

 「お前! 今日は総長の御生誕日だ! 死んでも「リッカチャンハン」だけしか喰わねぇ!」
 「すんません!」

 午後4時。

 「あの、「暁園」の子どもたちにも食べさせてあげませんか?」
 「それだぁ!」

 よしこが電話し、今日の夕飯に「リッカチャンハン」はどうかと持ち掛けた。
 他ならぬよしこの頼みだったので、園でも喜んでと言ってくれた。
 子どもたちは他の料理も食べさせようと、幾つかのメニューを厨房に出す。

 「姉ちゃん、もう俺限界」
 「てめぇ!」

 しかし小鉄が無理なのは見ても分かる。
 仕方なく料理が出来るヒロミやミカ、キッチなどが厨房に入り、子どもたちのために餃子や野菜炒めなどを作った。

 マイクロバスで27人の子どもたちや、「暁園」のスタッフたちが来た。
 「紅六花」のメンバーたちは大歓迎で迎えて席に付かせた。
 子どもたちは美味い「リッカチャンハン」に大喜びでどんどん食べてくれる。
 「紅六花」のメンバーたちも、負けじと頑張った。
 



 「ごちそうさまでしたー!」

 子どもたちが帰って行った。
 残り80キロ。
 もう本当に限界だった。
 白米であれば何とかなったかもしれないが、油を吸ったチャーハンはきつい。
 人体の消化の限界が訪れていた。

 「最後の手段だ」

 よしこは石神に電話した。

 「あの、突然なんですが」
 「おう、どうしたよしこ!」
 「今日は総長の誕生日でして」
 「ああ! 六花もここにいるぞ! 一緒に祝ってんだ」
 「そうなんですか! それでですね、ちょっと「リッカチャンハン」を作り過ぎてしまいまして」
 「あ? なんだそりゃ」
 「宜しければ、石神さんたちにも召し上がって頂きたいと」
 「なんだと?」
 「やっぱ無理ですよね」

 石神が少し沈黙していた。

 「いや、ご馳走になるよ! 子どもたちも連れて行くからな!」
 「ほんとですか!」
 「お前が俺に電話して頼むなんてな。分かったよ、俺に任せろ!」
 「ありがとうございます!」

 


 石神一家が「飛行」で来た。
 六花もいる。

 「総長!」

 全員が涙を流し、歓迎した。
 



 残り80キロは、あっという間に消えた。
 石神の子どもたちが喜んでいた。

 「お替りあります?」

 長女の亜紀が聞いて来た。

 「小鉄!」

 小鉄は厨房で倒れていた。
 石神の子どもたちが笑って自分たちで作り始めた。
 タケやよしこは、「紅六花」の全員が笑っているのを見た。
 そして総長の六花が石神の隣で最高の笑顔で笑っているのを見た。

 正直に石神に自分たちの失敗を話し、迷惑を詫びた。
 石神は笑って何のことも無いと言ってくれた。

 「お前らが六花のためにやったんだろ?」
 「それはそうなんですが」
 「だったら、それが全てだ。俺は絶対に何とかするぜ」
 
 タケとよしこが泣いた。
 
 小鉄は石神の双子に介抱されて目を覚ました。
 石神に呼ばれ、温かい茶を飲まされる。

 「実はよ、こないだ御堂の家に行った時に、うちの双子が畑や田んぼに面白がって「手かざし」をしたようなんだ」
 「はぁ」

 タケやよしこたち幹部が石神に聞かされた。

 「そうしたらさ、作物が異常に育っちゃってな! 米なんかいつもの何倍も。しかも絶品に美味いんだ」
 「ああ、確かに!」
 「そうだろ? だから御堂家も困った半分、感謝半分で、俺の家にあんなに送って来たんだよ」
 「そうだったんですか!」
 「まあ、お前らにも苦労させてしまったようだけどな」
 「それは、あの、自分らがバカだっただけで」
 「まあ、そうだな!」

 咄嗟に事情を察して飛んできてくれた石神の優しさに、タケたちは感謝した。





 その中で、作るばかりで一口も食べていなかった小鉄が、夢中で「リッカチャンハン」を食べていた。
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