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トラ&六花 異世界召喚 Ⅸ

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 俺と六花はアイザック領を後にし、王都へ向かった。
 シエルで一気に進んでも良かったのだが、六花の鍛錬をしつつ、徒歩で移動した。
 剣を中心に戦っていると、次第に俺の中に「剣技」が目覚めて行く感覚があった。
 まるで、俺の血に折り畳まれていたものが開かれていく感じだった。

 「石神先生、また新しい技ですよね?」

 六花が毎回、目敏く気付く。

 「ああ、思いついた動きをなぞってみたんだ」
 「すごいですね!」
 「東大出てるからな!」
 「はい!」

 東大は偉大だ。

 


 ギガオーガの群れを狩り取った後。
 俺は離れた場所で立木稽古をしている音を聞いた。
 打ち込んだ時の音が普通の剣よりも大きい。
 相当な大型の剣を使っていると分かった。
 
 「おい、六花! ちょっと……どうした?」
 「いえ、これって食べられるかなって」
 「やめとけよ。人型だぞ?」
 「はい」

 物騒な奴だ。

 「それよりも、あの音が聞こえるか?」

 六花は耳を澄ます。

 「あ、何か叩いてますよね?」
 「ああ。ちょっと見に行こう」
 「はい!」

 俺たちは音のする方向へ進んだ。
 ギガオーガは全て回収してストレージに仕舞ってある。

 10分も森を走ると、一人の大柄な男が巨大な剣を振るっているのが見えた。
 離れた場所で、六花としばらく眺めていた。
 男は移動しながら、周囲の木に斬り付けている。
 男の身長は2メートル弱で筋肉も逞しい。
 見えている個所に、多くの傷があった。
 顔にも、頬に長い切り傷がある。
 そして、振るっている剣が異常にでかかった。
 男と同じくらいの長さ、180センチはある。
 しかも幅広で、50センチくらいか。
 総重量で200キロを超えているはずだが、男はそれを見事に扱っていた。
 30センチもある立木が両断されていく。
 俺たちの前で10分程も動き、男は剣を置いた。
 俺と六花で近づいて行く。

 「やあ、見事なものを見せてもらった」

 男が俺たちを見た。
 元は精悍な顔だったろうが、今は何かを思い詰めて険しい顔になっていた。
 
 「あんたらは?」
 「旅の者だ。獲物を狩っていたら、あんたの稽古の音が聞こえた。尋常の腕前じゃないと思って、興味を持ったんだ」
 「そうか」

 男は流石に息を荒げて地面に座った。
 俺は良かったら一緒に食事をしないかと尋ねた。

 「ありがてぇ。こんな剣だからよ、狩には向かなくてな」
 
 男は黒い革鎧を着込んでいる。
 胸にスローイングナイフを何十も吊るしている。
 狩が苦手と言うのは嘘だろう。
 恐らく、空いた時間のほとんどを鍛錬に注ぎ込んでいる。
 何のためかは聞かない。
 男の顔を見れば、それが復讐のためだと分かった。

 俺はウマヘビの肉を出し、六花に火を起こさせて焼いた。
 塩コショウだけの味付けだ。
 男は貪るように食べた。
 俺は野菜スープも作り、一緒に飲めと言った。
 出来るだけ多くの野菜を入れた。
 明らかに男は栄養のバランスを崩している。
 男はスープもガブガブと飲んだ。


 「助かった。美味い飯だった」
 「ずっとここにいるのか?」
 「ああ、3か月になるかな」

 俺はトラと六花と名乗り、男はガンサーと名乗った。

 「あんたは結構な剣士なんだろう。それなのに、どうしてそんなに必死に鍛えているんだ?」
 「相手が強いからだよ。まだ俺なんかじゃ全然届かない」

 ガンサーは人間の剣士としては、恐らく最上の部類に入る。
 あの豪剣と踏み込みをかわせる人間は殆どいないだろう。

 「人間じゃねぇのか?」
 「!」

 俺の言葉にガンサーは驚いていた。

 「そうだ」

 ガンサーは自分の身の上を語り始めた。





 ガンサーは大きな傭兵団の一員だった。
 主に国から依頼を受けて、小競り合いの戦場や盗賊団の討伐、また時には災害地区の救援活動なども担った。

 「団長に惚れ込んでな。俺なんかを拾ってくれて、信頼してくれてた。俺は斬込み隊の隊長でよ。団長の命ずるままに部下を引き連れて真っ先に飛び込むんだ」

 ガンサーは懐かしそうな顔をしていた。
 亡霊のような顔だったガンサーが、優しい顔で笑っていた。

 「隊の中で女も出来てな。身体は小さいのに強い女だった。俺と違って華麗な剣でなぁ。美しい女だった」

 喧嘩も多かったが、全員が団長の下でまとまっており、互いに大事に思ういい団だったと言った。

 「でもな、一人だけ違ったんだ」

 後から入って来た若い男。
 魔法を使えるその男は恐ろしく強かった。
 広域魔法も使え、一撃で100人を殺したこともある。
 団長は喜び、魔法部隊の副官に据えた。

 「邪悪な奴だった。最初に見た時から分った。村に盗賊団が逃げ込んだ時には、村ごとそいつが焼き払った。流石に団長も処罰したよ。鞭打ちの上で一ヶ月の禁固だ。まあ、それでも相当軽い罰だったけどな」

 本来は除名処分の所を、そいつの能力の高さで団に留めた。

 「他にもいろいろあったんだがな。戦場でのことだし、残虐な趣味での殺しは目を瞑った。だけど噂じゃ、気に喰わない団の仲間も戦場で殺していたということだ」

 そしてついに、男の裏切りが起きた。

 「遠征の途中の野営で、突然周囲が暗くなった。見たことの無い魔獣に取り囲まれた。俺たちは必死で応戦したが、ほとんどの武器も魔法も通用しなかったんだ」
 「それで?」
 「全員が死んだ。団長も俺の女も他の仲間もな。魔獣に食い殺された」
 「お前はどうして助かったんだ?」
 「女がくれたお守りのお陰かな。気休め程度と思っていたんだが、本物の効果があった。俺が振るう剣だけは、魔獣を殺すことが出来た」

 ガンサーの女が大金をはたいて旅の占い師から買ったらしい。
 バカなことをしたとは思ったが、ガンサーは自分のためにしてくれたその行為を感謝し、身に着けるようになった。
 
 「てめぇの分は買えなくてよ。俺はお前が持っておけと言ったんだが、俺のために買ったんだと言い張った。仕方がねぇ」

 ガンサーは何とか生き延びた。
 仲間たちの血と臓物の上で戦い続け、自分の剣も折れ、仲間の剣を拾って戦った。
 気が付くと元の野営地に戻っていた。
 誰もおらず、血の痕すら無かった。

 「あの場所で、あの男が笑っていやがった。魔獣たちに傅かれ、魔獣たちに俺たちを皆殺しにするように命じていた」
 
 ガンサーの顔が再び苦渋に満ちて来る。

 「俺はあいつを斃すと決めた。そのために、あいつを殺せる力を磨く」
 「その男の名前は?」
 「「ガルマ」。今は行方も分からないが、必ず探し出して殺す」
 「「!」」

 「あいつは団の仲間を生贄にしやがったんだ。自分の力を高めるためにな。だから俺も強くなる。必ずな」
 「そうか」

 話は終わった。

 「ガンサー、実は俺たちもガルマを追っているんだ」
 「なんだって!」
 「俺たちも行方が分からない。これから王都に行く予定だ。そこで情報を集めてみる」
 「そうか」
 「ガルマを敵にするなら、お前は仲間だ。特別な剣をやる」
 「なんだと?」

 俺はストレージから「黒笛」を取り出し、ガンサーに渡した。
 
 「お前の剣も相当な業物らしいけどな。この「黒笛」ならば、どんな相手でも斬れる」
 「本当か!」
 「ああ」

 ガンサーの剣は団の残った金を使って、有名な鍛冶師に打たせたようだ。
 ガンサーが「黒笛」を持った。

 「なんだ、これは!」
 「重さや長さは自由に出来る」
 「!」

 ガンサーが様々に振ってみる。
 森の木が易々と斬られ倒れて行った。

 「これは本当にあの魔獣たちも斬れるのか!」
 「ああ。その剣と一緒に持ち歩けよ」
 「ありがたい!」

 
 

 俺たちは別れ、俺と六花は再び王都を目指した。

 「なんだか、可愛そうな人でしたね」
 「そうだな」

 六花は、きっと「紅六花」の仲間たちを思い出しているのだろう。

 「一緒に連れて来なくて良かったんですか?」
 「あいつは独りでやりたいだろうよ。そういう道もあるんだ」
 「そうですね」

 また後ろから木々が倒れる音が聞こえた。
 休む間もなく、稽古を再開したのだろう。
 俺と六花は、何となく足を速めた。

 きっと、誰にも聞かれたくはないだろうと思った。
 ガンサーの涙であり、慟哭なのだ。
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