上 下
1,325 / 2,806

早乙女家の「柱」

しおりを挟む
 11月の三連休。
 石神たちは蓮花さんの研究所に出掛けると言っていた。
 もちろん、何かあればすぐに連絡するようにとも言ってくれている。
 本当に有難い親友だ。

 しかし、時折とんでもないことをされる。
 目下最大の悩みは、石神が持って来た「柱」だ。
 それ以前に、うちにはちょっと不思議で怖いものはあった。
 道間麗星さんから送られて来た日本人形だ。
 
 夜中に時々歩いている。
 眩しいくらいに光ることがある。

 怖い。
 それでも、悪霊退散をしてくれているようなので、有難いものでもある。
 だから新居では3階の寝室隣の俺の服などを置いている部屋に飾っている。
 ちなみに、石神に言われて服が大分増えた。
 石神から貰ったものも多い。
 俺は洋服などに興味は無かったのだが、石神に窘められた。

 「早乙女も部下を持つ「長」になったんだ。いい加減な服は着るな」
 「!」

 そうだ、服装というのは、自分の楽しみだけのものではないのだ。
 社会的地位、責任というものを背負う、その意味もあるものだ。
 だから石神は高級なスーツなどを沢山持っている。
 俺も石神に誘われてブリオーニやダンヒル、ヒッキーフリーマンやアクアスキュータムといった高級な店に連れて行かれ、どんどん服を買わされた。
 確かに良い服を着ると気分も良くなった。
 雪野さんも同様に買わされた。
 エルメスやシャネル、クリスチャンディオールやエスカーダなどの店で、また沢山買うことになった。
 雪野さんはそれなりにいい服を持っていたが、それ以上の高級服を着るようになって、やはり気分が良くなったと言っていた。
 石神はやはり有難い。

 


 しかし、「柱」だけは困った。
 最初に石神が担いで来た時にもギョッとした。
 石で出来ているようだが、下に四本の足がある。
 それが日本人形のように向きが変わっているのに、最初に気付いた。
 石神に相談すると、「幸せの方角を向く」と言っていた。
 でも、石製の足がどうして動く?

 俺はちょっと怖かったが、あの石神が俺たちのために持って来てくれたものだ。
 そう考えると、段々有難いものに見えて来た。
 石神の友情を感じて来た。

 だから新居に引っ越すにあたり、毎日眺めて石神に感謝したいと思った。
 とんでもない家だったが、奥の豪奢なエレベーターホールに置くと、物凄く見栄えが良く見えた。

 「今日からここでお願いします」
 
 俺が「柱」にそう言うと、ちょっとカタカタ音がして怖かった。
 


 翌朝に改めて「柱」を見ると、薄いピンク色だった。
 夕べは暖色系の照明のために分からなかった。
 しかし、新居への引っ越しの日に、その色が石神が最初に見ていた色と違うと言われた。
 どういうことかよく分からなかったが、石神は白い色だったと言う。
 石神がイヌイットの長老だったという元の持ち主に聞いてくれた。
 なんでも、100年の家の繁栄をもたらす、奇跡なのだと言われた。
 俺と雪野さんは喜んだ。
 その後で、「柱」が紫色になった。
 また石神が問い合わせてくれたようだが、何しろとんでもない幸福になるのだと言われた。
 最初の喜びがあったので、俺も雪野さんも、喜んだがもう想像を超えてしまってよく分からなかった。



 
 そして、最大の事件が起きた。
 石神と子どもたちを誘って、家で夕食会を開いた。
 「怜花」の誕生祝だ。
 楽しく食事をしていると、警報が鳴った。
 この家には防衛システムを統合する量子コンピューターのAIが備わっている。
 石神たちがいるので安心はしていたが、あの「柱」が歩いて俺たちのいる部屋まで来たのだった。
 全員が驚愕している中で、石神が意思疎通を諮った。
 あの不思議で楽しい「ヒモダンス」を一緒に踊り、みんなで踊った。
 「柱」は満足したようで、元の場所に戻った。

 俺はあれが歩くことに恐怖した。

 その夜は俺が無理を言って石神とロボさんに泊まってもらった。
 石神が「柱」に顔を描いて行った。
 でも翌日には石神も帰り、俺と雪野さんとでこれからどうするのかと話し合った。

 「あの場所から移動させようか」
 「でも、歩けるんですよね? そうすると結局……」
 「そうかぁ。じゃあ、何かで固定するとか」
 「ダメですよ! あれは神聖なものなんでしょう?」
 「うん。弱ったなぁ」

 二人で話しても、上手い方法は見つからなかった。
 とにかくしばらく様子を見ようということになった。

 


 ある朝、モハメドさんに起こされた。
 雪野さんは美しい顔で隣で眠っている。

 「綺麗だなー」

 モハメドさんに叩かれた。

 「おい! あっちを見ろ!」
 
 モハメドさんは、枕の上で小さな手を伸ばしていた。
 その方向を見て、ギョッとした。
 「柱」が、怜花のベビーベッドを覗き込んでいる。

 「あの!」

 俺は声を掛けて近づいた。
 危険な感じは無かったが、何しろ突然すぎるし、何の目的で来たのか分からない。
 「柱」は俺の方を向いて(石神の描いた顔を向けた)、短い手で伶花を示した。

 「はい?」

 俺は怜花を見た。
 苦しそうにしている。

 「雪野さん!」

 雪野さんも目を覚ました。
 「柱」がいるんで驚いている。
 悲鳴を上げないように、両手で口を押えた。

 「雪野さん! 怜花が苦しそうなんだ!」
 「え!」

 雪野さんもすぐにベッドから出てこちらへ来た。
 怜花の額に手を置く。

 「あなた! 熱が高いわ!」
 「なんだって!」

 俺はすぐに石神に電話し、雪野さんは水枕を作って来た。
 石神は早朝にも関わらず、すぐに来てくれた。
 いつものニャンコ柄のパジャマのままだった。
 非接触型の体温計で熱を測り、怜花の目や口の中を診察する。
 
 「大丈夫だ。一応、明日も熱が下がらないようなら、病院へ行ってくれ。赤ん坊はよく熱を出すものだ。そうやって免疫力を獲得するんだよ」
 「そうなのか!」
 「ああ、心配するな」
 「ありがとう!」

 「いいよ。ところでよ」
 「ああ! なんだ!」
 「この「柱」って?」

 石神がまだ部屋にいる「柱」を指差して言った。

 「ああ、「柱」さんが最初に教えてくれたんだ!」
 「そうなの?」
 「うん!」

 石神が上に手を挙げて左右にすると、「柱」も同様にした。

 「おう! ありがとうな!」

 柱は一礼して歩いて出て行った。
 エレベーターに向かって行く。

 「お、俺はあっちの階段から帰るな!」

 そう言って、石神は走って帰って行った。
 怜花の熱は、夕方にはすっかり下がった。




 それから時々、「柱」が怜花をあやしているのを見掛けた。
 それ以外にも、散歩(?)の途中のような感じで出会った。
 お互いに出会うと、会釈するようになり、そのうちに口に出して挨拶するようになった。
 もちろん「柱」は無言だ。

 雪野さんも段々慣れて来た。
 買い物に出掛ける際には声を掛けて行き、帰るとまた挨拶する。
 ラン、スー、ミキも「柱」の移動を気にすることはなくなった。
 一度夜中に大きな音がして行ってみると、「柱」が階段から落ちて横になっていた。
 ランたちも出て来て、みんなで助け起こしてやると、「柱」が顔の横を手で掻いて何度も頭を下げた。

 「危ないですから、エレベーターで移動して下さいね」
 
 指で「OK」マークを作った。
 見た所壊れた部分は無いようだが、心配になって石神に診てもらおうと電話した。

 「俺は人間相手の医者だぁ!」

 怒鳴られた。




 もうすっかりうちの家族の一員のようになった。
 時々3階のリヴィングにも遊びに来て、「ヒモダンス」を踊ったりして笑わせてくれる。
 週末に「柱」の掃除をするのが、俺の楽しみになった。
 柔らかい雑巾を少し濡らして全体を拭き取る。
 乾いたネルで全身を磨き上げる。
 ピカピカになっていった。
 「柱」も喜んでいるよで、必ず両手を挙げて左右に身体を揺らす。

 ただ、石神が描いてくれた顔が、段々薄くなってきた。
 石神にまた描いてくれと頼むと断られたが、何度も頼むと来てくれた。

 「おい! なんだよ、ピカピカじゃねぇか!」

 石神が驚いていた。
 俺は嬉しくなって、毎週磨くのが楽しみなのだと言った。

 「へ、へぇー」

 石神は今度はマジックではなく、強力な塗料を持って来てくれた。
 「柱」の全体に新聞紙を巻き、その下の床面にも広範囲で敷いて行く。
 顔の部分にパラフィン紙を当て、丁寧に目と口の型取りをして穴を空けた。
 スプレー式の塗料を何度かに分けて軽く吹き付けて行く。
 丁寧にパラフィン紙を取って、仕上がりを確認した。
 
 「いいな!」

 新聞紙を取って片付けた。
 何度も丸めた新聞紙を石神にぶつけられた。
 雪野さんが降りて来ると辞めた。

 「これでいいだろう!」

 「柱」が「ヒモダンス」を踊った。
 嬉しいようだ。




 石神は、慌てて帰った。
 お茶でも飲んで行けばいいのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

新婚の嫁のクリトリスを弄り倒す旦那の話

おりん
恋愛
時代背景その他諸々深く考え無い人向け。 続かないはずの単発話でしたが、思っていたより読んでいただけたので小話を追加しました。

処理中です...