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最悪の敵 Ⅳ

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 「雅さん! 菖蒲さん! いつまで寝ているんですか! そいつらを殺して下さい!」

 親父が叫んだ。
 俺との激しい攻防の中でだ。
 まだ親父には余裕がある。
 俺は自分が攻撃力を跳ね上げれば親父を殺せることは分かっている。
 でも、俺には絶対に出来なかった。
 親父が亜紀ちゃんを傷つけたことは分かっている。
 それでも、だ。
 俺のために命を、人生を喪った親父を、俺は殺せないでいた。

 今も意識がある。
 俺との記憶があり、親父の人格が残っている。
 ならば、何とか出来るかもしれない。
 いや、俺は必ずそれを成し遂げなければならない。
 そのためには、親父を降さなければならない。
 殺さずに、無力化する。
 俺はそのために徐々に上昇する親父の攻撃力に合わせて、打ち合っていた。


 「高虎、お前が考えていることが分かるぞ」

 親父が笑顔を作りながら言った。

 「そうだ、俺には意識がある。お前、助けてくれよ」
 「親父!」
 
 親父の攻撃が一段と鋭くなった。
 これまでとは雲泥の差がある。
 俺は必死に合わせて攻撃を防いだ。
 危なかった。
 俺の心が乱れている。

 それに気になっているのは、親父の刀だ。
 俺が「虎王」で斬っているのに、親父の刀が斬れない。
 親父の超絶の技量のせいもあるが、「虎王」と打ち合って折れもしないものなどあるはずがない。
 
 「不思議か。この刀は「業」様の力で生み出されたものだ。「虎落笛」と呼ばれている。この世の現象を無効化し「終わらせる」ことが出来るのだ」
 「!」
 
 親父は俺の思考を読んでいた。
 もちろん、特殊能力ではない。
 俺の親父として、俺の考えをなぞることが出来るのだ。

 「お前は本当に強いな。でも、お前が俺の息子である限り、お前には俺は斃せん。でも、高虎、頼む。俺を助けてくれ」
 「……」

 俺は親父から大事な何かが欠けていることを感じていた。
 それでも尚、親父を殺すことが出来なかった。

 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「ふん! なんじゃ、これは」

 斬さんが立ち上がった。
 全身から吹き出していた血が止まっている。
 多くの血を流したはずだが、斬さんがしっかりとした足取りで立ち、軽く手足を動かして確かめていた。
 凄まじい「Ω」と「オロチ」の粉末の力だ。

 「おう、向こうも起き上がったようじゃ。さあ、始めるか」

 そう言って、斬さんは二人の男女に向いた。
 私はその二人を見て驚いた。
 ハーも気付いた。
 栞さんのご両親、雅さんと菖蒲さんだった。
 じゃあ、今タカさんが戦っているのは誰!

 「ルー! 集中して! 心臓が動き出したよ!」
 「うん!」

 ハーに怒鳴られた。
 そうだ、今はこっちに集中しなければ。
 
 少し離れた場所で、斬さんが二人を相手に戦っていた。
 やはり弱っている。
 斬さんの美しさすら感じる、いつもの純粋な残酷さが無い。
 でも、確実に二人を削って行った。

 「親父、衰えたな」
 「何を言うか! お前などまだまだ足元にも……」

 そう言った斬さんが、一発喰らった。
 腹の肉が大きく抉れた。

 「ふん! ならば」

 斬さんが二歩後ろへ下がった。
 二人が同時に斬さんに仕掛ける。

 「月光花!」

 斬さんの突き出した両手が光った。
 そして、周囲が闇に閉ざされた。
 
 光の帯が雅さんと菖蒲さんに向かった。
 二人の身体が激しく燃え上がったと同時に、何も無くなった。

 その痕には、堆く積み上がった灰だけが残った。
 斬さんは黙って自分の着物を脱いで、その灰の上にかけた。

 「やっと、お前たちの墓を作ってやれるな」

 そう呟くのが聞こえた。
 斬さんはこちらに背中を向けていたが、その背中が小さく震えているのが見えた。




 「タイガー・ファング」が庭に降りた。
 中から慌てて出て来る蓮花さんとミユキさんたちが見える。

 「輸血をお持ちしました!」
 
 転げそうになる蓮花さんをミユキさんが抱え、蓮花さんに言われて輸血器具を持って私たちに駆け寄って来る。
 私もハーも器具の使い方は分かっている。
 即座に亜紀ちゃんの静脈に針を入れ、最初から最大の20ミリリットルで始めた。
 前鬼さんと後鬼さんが別の輸血器具や他の機材を抱えて降りて来た。
 蓮花さんもようやく近くに来て座る。

 「御容態は!」

 私が到着してからの状態と処置を話した。
 
 「輸血をもう一本入れましょう!」
 
 蓮花さんが通常ではありえない処置を提案した。
 私もハーもすぐに同意する。

 「亜紀ちゃんなら!」
 「「Ω」と「オロチ」が入ってる! きっと大丈夫だ!」

 3分後、亜紀ちゃんが目を覚ました。
 
 「亜紀ちゃん!」

 ハーが叫び、私は亜紀ちゃんの状態を確認する。

 「大丈夫。もう大丈夫だから。いろいろありがとうね」
 「「亜紀ちゃん!」」

 心停止はあったが、亜紀ちゃんの意識がはっきりしていることが嬉しかった。

 「タカさんはまだ戦っているのね」
 「「うん!」」

 亜紀ちゃんが点滴を入れながら立ち上がった。

 「亜紀ちゃん、ダメだよ!」
 「まだ寝てて!」

 「すぐに私がやらないと。タカさんは虎影さんを殺せないから。そのうちに反対に殺されちゃうから!」
 「亜紀ちゃん!」

 亜紀ちゃんがとんでもない名前を口にした。
 でも私もハーも、そのことについて何も言わなかった。 
 亜紀ちゃんが点滴を抜いた。

 「ごめんね。また後で入れてね」
 「ダメだって! まだ血が全然足りてないんだよ!」
 「大丈夫、私が今やらなきゃ」

 亜紀ちゃんが微笑んで言った。
 顔は蒼白のままだ。
 でも、私もハーも、他のみんなも亜紀ちゃんを止められなかった。

 「《Les dernieres larmes(レ・デルニエール・ラルメ:最後の涙)》を使う。大きな声が出せないから、ルー、タカさんに知らせて」
 「分かった!」

 私は大声で戦闘中のタカさんに叫んだ。
 タカさんの悲し気な叫び声が聞こえた。
 全員が、その声に込められた悲痛を感じた。

 タカさんの動きが一瞬更に速くなった。
 タカさんが虎影さんから離れた。

 亜紀ちゃんが舞い、右手を鉤爪のように曲げながら前に突き出す。
 五指から何かのエネルギーが飛び出し、五本の螺旋となって前に伸びた。

 虎影さんはこちらを向いて立ち止まっていた。
 そして、両手を上に拡げながら、螺旋の光を浴びた。
 虎影さんの身体が爆散し、その破片を追うようにして花火のようにプラズマ光が拡がり、全てが消失した。
 その後方200メートルの幅で、約1キロが消滅した。
 そこにも同様に、激しいプラズマ光が拡がっていった。
 
 本来は大都市規模が消失する技だ。
 亜紀ちゃんが手加減したのか、体力の限界だったのか、それは分からない。
 亜紀ちゃんは直後にまた意識を喪い、私とルー、蓮花さんで急いで点滴を入れた。
 今度はゆっくりと5ミリリットルずつ入れる。
 

 一瞬の間に、私は見た。

 
 タカさんが拡がるプラズマ光に飛び込んで、叫びながら必死に何かを掻き集めようとしていた。
 そのためタカさんの身体が何か所もプラズマ光に撃たれはじけ飛んで、タカさんも血に塗れた。
 それでも、タカさんは必死に両手で何かを掴もうとしていた。





 栞さんたちを呼びに行き、私が知っている限りのことを説明した。
 栞さんも大きなショックを受けていたが、桜花さんたちに斬さんの着物の下の灰を丁寧に集めるように命じた。
 そして意識を喪ったタカさんが握っていたものは、栞さんが大事に受け取り、皿に入れてラップをかけた。
 椿姫さんと睡蓮さんが、作業のために残った。

 瀕死の亜紀ちゃん、そして全身傷だらけのタカさんと斬さんをストレッチャーに乗せ、私たちは蓮花さんの研究所に帰った。
 誰も、何も話さなかった。
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