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最悪の敵 Ⅲ

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 俺が斬の屋敷に着いた時、すぐに状況が逼迫していることが分かった。
 屋敷の車門が大破し、一人の男の刀身から黒い何かが放たれている。
 扇状に拡がったそれは、亜紀ちゃんと斬を襲っている。
 斬は亜紀ちゃんに覆いかぶさり、斬の身体から血煙が舞い上がっていた。
 斬の「大闇月」が防ぎ切れずに肉体を破壊されているのだ。
 亜紀ちゃんは動けずにいるらしい。

 俺は「ブリューナク」を男に放った。
 男の身体の周囲で霧散したが、男から発する黒い波動は止まった。
 俺は「虎王」を抜いて地上に降りた。

 「ようやく来たか。随分とのんびりしていたな」
 「何だと?」

 男は下を向き、長い髪が顔を覆っている。

 「おい! そいつは「虎影」と名乗ったぞ!」

 瀕死の斬が叫んだ。
 身体のあちこちが裂けたか、血が噴き出している。

 「!」
 「久しぶりだな、高虎」

 男が真直ぐに立ち、髪を左右に分けた。

 「まさか……」
 「どうした。動揺しているぞ」
 


 「親父!」

 「おう!」



 一瞬、俺の思考が乱れた。
 戦場にあって、嘗て無かったことだった。

 「まさか! 親父! 生きていたのか!」
 「生きているかどうかは微妙だな。ただ、俺はここにこうして立っている」
 「「業」に何かされたのか!」
 「お前を殺すためだけにここに来た。お前を苦しめるためにここに来た」
 「なにを!」
 「さあ、来い。来なければまた、ここにいる奴らを全員殺す。娘の方はもうダメだがな」
 「!」

 亜紀ちゃんは動かない。
 
 「その老人の後は、中へ逃げた女たちだ。ああ、赤ん坊もいたな」
 「親父!」
 「もしかしてあれはお前の子か? ならば俺は孫を見たということか」
 「親父! しっかりしろ!」
 「さあ、続けるぞ」

 親父がまた剣を構えた。
 俺は「虎王」を構えることは出来なかった。

 親父がニタリと笑った。
 親父の笑みでは無かった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 意識を喪った私は、やがて目の前に拡がる空間に気付いた。
 刺された胸の痛みは退き、軽く疼く程度になっていた。

 「ここは?」

 攫われた。
 最初にそう思った。
 だが、すぐに安らかな気持ちになり、そうではないことが理解出来た。
 一面の花畑。
 優しい風が吹いている。

 遠くから歩いて来る人影があった。
 身構えながらも、私は敵ではないことが分かっていた。
 不思議なことに、近くに来るまでその姿が分からなかった。
 二人の男女が目の前に立った。


 「まさか!」
 「亜紀」

 死んだはずの父と母だった。

 「どうして!」
 
 二人は笑って私を見ていた。
 懐かしい、懐かしくてたまらない、何度も思い出そうとして上手く思い出せなかった笑顔。
 私は二人に駆け寄って抱き着いた。

 「会いたかったよー!」
 「亜紀……」
 「何で突然死んじゃったの!」
 「亜紀」
 「悲しかった! 苦しかった! でも、タカさんが引き取ってくれて!」
 「分かっている亜紀。苦労を掛けたね」
 「そんな! 悲しかったけど、今は幸せなの!」
 「うん、知っているよ」
 「タカさんが、いつも私たちに優しくしてくれて!」
 「そうだね。石神は俺との約束を守ってくれた。あいつには感謝している」
 「石神さんは本当に亜紀たちのためにいろいろしてくれるね」

 私は泣きながら何度も頷いた。
 両親は優しく私を抱き締めて言った。

 「さあ、戻りなさい。石神が待っている」
 「そうよ。まだ亜紀はこっちに来てはダメ。石神さんと皇紀や瑠璃、玻璃たちと楽しくやって行きなさい」
 「お父さん! お母さん!」
 「僕たちはずっと待ってる」
 「二人でいつも見守っているからね」

 二人が私の背中を押し出した。

 「待って! もう少し話を!」
 「石神が苦しんでいる」
 「亜紀、あなたが助けてあげて」
 
 「!」

 

 私はまた苦痛の中に戻った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 




 ルーとハーが飛んで来た。

 「亜紀ちゃんと斬を頼む!」
 「「はい!」

 二人は状況を瞬時に把握し、倒れている二人に駆け寄った。

 「わしは大丈夫じゃ。娘を診ろ! 「Ω」と「オロチ」を使え!」
 「「はい!」」

 血塗れの斬が二人に言った。
 双子は意識を喪っている亜紀ちゃんを診ているようだった。

 「「!」」

 驚いている波動があったが、俺は親父から目を離すことは出来なかった。

 「なんだ、また二人も来たのか。高虎、一杯死んで嬉しいな」
 「親父! 何を言ってるんだ!」
 「さあ、始めよう。お前はお前自身と、他の四人を守れ。出来なければ」
 「親父!」

 親父が俺に急速に迫って来た。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 私はすぐに亜紀ちゃんの容態を診た。
 ハーもそうしている。
 診た瞬間に分かった。

 ((死んでる!))

 口には出さなかった。
 出せば強敵と戦っているタカさんが動揺する。
 それに、亜紀ちゃんの死を知ったら、タカさんはまたどんなに荒れ狂うか。
 日本が滅茶滅茶になるかもしれない。

 「心停止からそんなに経っていないはず!」
 「蘇生措置、始めよう!」

 私が心臓マッサージと人工呼吸を。
 ハーは「手かざし」を。
 ハーが詳しい状況を「手かざし」をしながら観た。

 「左心室に裂傷。そんなに大きくは無いけど、まずこれを塞がないと!」
 「じゃあ、先に「Ω」と「オロチ」だね!」

 私はポケットからその二つを取り出し、亜紀ちゃんの口に入れた。
 その瞬間に、亜紀ちゃんの生命力が爆発するのを感じた。

 「ルー! 行けそうだ!」
 「うん! ハーも頑張って!」

 ハーは「手かざし」の光を左心室の裂傷に集中する。
 数分で塞がるはずだ。
 その後は裂かれた肺の修復。
 そして、輸血が必要だ。
 心臓の裂傷は亜紀ちゃんの血を相当流したはずだから。
 傷が塞がっても、血液量が足りない可能性が高い。
 胸腔に溢れる血を使うか。
 でも、それにはちゃんとした設備が必要だった。
 ここにはポンプも無いし、第一胸腔を一旦開かなければならない。
 タカさんの医学書で知識はあっても、機材が無ければどうしようもない。
 今は目の前のことに集中だ。
 私は蓮花さんに連絡し、状況と必要な事柄を伝えた。
 蓮花さんは、必ず間に合わせると言った。

 私もハーと一緒に「手かざし」を始めた。
 斬さんにも「Ω」と「オロチ」を渡している。
 斬さんはすぐにそれを飲んだようだ。
 もう大丈夫だろう。
 そうしながら、タカさんの方を見る。




 私にも見えないほどの高速で、二人は打ち合っていた。
 激しい打ち合いで、刀身がぶつかり合う音は途切れることなく連続する一音の響きに聞こえた。
 

 (タカさんの「虎王」が打ち負けるわけがない。タカさんは相手を殺さないように手加減している)


 何故なのかは分からない。
 亜紀ちゃんを殺した相手を、どうしてタカさんは殺さないのか。
 さっき、タカさんが「親父」と叫んでいるのが聞こえた。
 どういうことか分からない。
 私は考えるのを辞め、「手かざし」に集中した。
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