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虎の日本刀

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 麗星たちが帰った土曜日の午後。
 俺は自分の寝室の絵画の掛け替えを考えていた。

 双子悪魔にリャドを踏みつぶされて以来、ベッドの頭の絵画を何度か変えている。
 鴨井玲の人物像にして、ブラマンクの花瓶の花にして、ビュッフェの静物画や小磯良平の人物画、ドラクロワのパリの街角なども掛けてみた。
 一時的には面白いのだが、どうにも俺の寝室には似合わない。
 あのリャドの「カンピン夫人」には到底及ばない。
 
 俺が収蔵庫から絵を何枚も運んでいるので、柳と双子が興味を示して見に来た。

 「見てもいいですかー」
 
 ハーが言う。

 「おう、いいぞ」

 三人が部屋に入って来て、俺が拡げた絵を熱心に見る。

 「お前らにぶっ壊されたからな!」
 「「エヘヘヘヘヘ」」

 双子悪魔が笑った。

 「おい、なんか意見があったら言ってくれ」
 
 三人が真剣に選び出した。
 
 「あ! これいいよ!」

 ハーが一枚を選んで他の二人に見せた。

 「うん! いいね!」
 「これ、絶対いいよ!」

 速水健二の『青の虎』(第一作)だった。

 「やっぱりこれか」
 
 白い月の下に、仄かに青い桜。
 舞い散る花びらの下に、青い虎が立っている。
 僅かにこちらに向けた顔が精悍でいて優しい。

 俺はその絵を壁に掛けてみた。

 「いいよ!」
 「最高だよ!」
 「これはいいですね」

 三人とも喜んだ。
 俺は三人に手伝わせ、他の絵を仕舞い、また速水健二の絶筆の『青の虎』を出した。
 俺の部屋で開いて見せた。
 亜紀ちゃんと皇紀も来た。

 「これは!」
 「凄いよ!」

 ルーとハーが叫んだ。

 「これ、タカさんの顔ですよね!」

 亜紀ちゃんが言った。
 やはり、そう見えるか。

 俺はこの絵を描いた速水健二の話をした。
 以前に真夜と偶然に会った時に話したとも言った。

 「真夜から聞いてない!」

 亜紀ちゃんが怒る。
 俺は笑って宥めた。

 双子は、こっちの作品は素晴らし過ぎて毎日は見れないと言った。
 俺もそう思う。
 全身全霊を掛けて速水が描いた作品だ。
 凄みがあり過ぎる。

 



 三時になり、絵を片付けてお茶にした。

 「タカさん、そういえば前に竹ノ内晴美の絵を見せてもらいましたよね?」
 
 ルーが言った。

 「ああ、見せたな」
 「ああ!」

 柳も思い出した。
 亜紀ちゃんと皇紀は知らない。
 ルーが二人に説明した。

 「タカさんがもらった最後のデッサンは、K県の美術館にあるんですよね?」
 「ああ、そうだ」
 「見たい!」

 ルーが言い、他の四人も是非見たいと言った。
 俺がモデルになったと聞いたからだ。

 「じゃあ、明日にでも出かけるか」
 「「「「「はい!」」」」」

 俺は念のために県立美術館に電話をし、竹ノ内晴美の絶筆と最後のデッサンを観れるか問い合わせた。
 今も常設で掛けてあるという。
 名前を聞かれ、名乗ると学芸員のその人は俺のことを知っていた。

 「デッサンを寄贈下さった石神様ですよね?」
 「ええ。そちらなら一番大事にして下さると思いまして」
 「ありがとうございます! では、明日お待ちしております!」

 俺も礼を言い、電話を切った。





 翌日の日曜日。
 ハマーで出掛けた。
 葉山なので、2時間ほどだ。

 珍しく子どもたちが美術に興味を持っている。
 双子は以前からあったが、亜紀ちゃんと皇紀はまったくだ。
 柳は俺の家に来てから興味を持つようになった。

 亜紀ちゃんは「タカさんヒストリー」と銘打って大興奮だ。
 まあ、理由はともあれ、美術に興味を持ったのは単純に嬉しい。

 駐車場にハマーを入れ、俺たちは美術館の中へ入った。
 企画展があったが、それも一通り眺める。
 そして、目的の竹ノ内晴美の作品に向かった。

 絶筆の他、数点が掛けられている。
 子どもたちは、真っ先に絶筆を見た。

 「凄いね!」

 全員が呆気に取られていた。
 まず、巨大な炎の柱が目を引く。
 そしてその中心に立つ男。
 離れて跪く女。
 俺と竹ノ内晴美なのだろう。
 天空の蓮の池が神々しい。

 双子がお互いの耳元で囁き合っている。

 「あ! これ!」

 亜紀ちゃんが少し離れた場所にあったデッサンを見つけた。
 竹ノ内晴美の最後のデッサンだった。
 俺の顔、全身、そして日本刀を咥えた虎だ。

 デッサンには説明文があり、俺の寄贈だということと、竹ノ内晴美の最後のモデルデッサンであることが記されていた。
 末期がんの壮絶な痛みの中で俺のデッサンをし、絶筆を仕上げたと書かれている。

 「タカさんの名前がありますね!」

 亜紀ちゃんが喜んだ。
 俺たちが見ていると、昨日電話を受けたという学芸員が来た。
 名刺を交換する。

 「素晴らしいデッサンです。絶筆ももちろん素晴らしいのですが、このデッサンこそ、竹ノ内晴美の真骨頂が伺えます」
 「そうですか。本当に10分で描いたんですよ。まあ、その後でも手を入れたのでしょうが」
 「そうなんですか!」
 
 学芸員が驚いていた。
 知らない情報のようだった。
 俺は竹ノ内晴美のアトリエに呼ばれた経緯を話した。

 「石神さんがモデルだということは存じておりました。竹ノ内晴美の日記にも書かれていますので」
 「そうですか」
 「人生の最後に、最高のモデルを得て最高の絵を描けた喜びが綴られていました」

 学芸員は俺に様々な話をしてくれた。

 「タカさん! これ!」

 ハーが叫ぶ。
 俺は静かにしろと窘めた。
 俺を呼んでいるので近寄ると、虎のデッサンを指差している。
 俺はよく見ようと近付いた。

 「!」

 虎が口に咥えている日本刀の握り近くに、「五芒星」が描かれていた。
 反対の先はぼやけていて見えない。

 まさしく、「五芒虎王」だった。
 俺は学芸員に写真を撮っても良いか尋ねた。

 「普段は撮影禁止なのですが、私が同席しているから結構ですよ。他ならぬ石神さんですし」

 俺は礼を言い、柳にスマホで絶筆とデッサンの写真を撮らせた。
 学芸員には外には出さないと約束する。

 俺たちは礼を言って出た。




 遅くなったランチは、地中海レストランに入った。
 ハラペコの餓狼たちが、店ごと喰う勢いで食べた。
 
 「「本日のスープ」が無くなりました」
 「じゃあ、「明日のスープ」を!」
 「リブロースステーキはもう」
 「他の部分を!」
 「ブイヤベースはディナーのみでございまして」
 「じゃあ、夜まで居座るよ!」

 もう二度と来ないでくれと言われた。
 でも、子どもたちは大満足だった。




 結構、衝撃的な発見があったのだが。
 素晴らしい芸術を見たはずなのだが。
 でも、俺も大満足でみんなで楽しく歌いながら帰った。
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