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百家訪問 Ⅲ

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 響子が目を覚まし、俺は顔を洗わせてから着替えさせた。
 白の綿のパンツにフリルのついた白のブラウス。
 それに薄い水色のシルクのジャケットを羽織らせる。
 
 教えられた内線で、緑さんに響子が目を覚ましたことを知らせた。
 緑さんは玄関に回って欲しいと言った。
 俺たちは大社を案内してもらう。
 セグウェイの使用を聞いたが、参道では問題ないと言われた。
 ただ、拝殿前の最後の鳥居からは遠慮してもらいたいとのことだ。
 俺は礼を言い、響子のセグウェイを抱えて玄関へ行った。

 


 緑さんはしきりに響子に話し掛け、響子と仲良くなっていった。
 響子もセグウェイに乗りながら、楽しく話している。
 手水舎で手と口を清めた。
 緑さんが説明して響子に教えて行く。
 響子が冷たい水を呑み込んだ。

 「あら、喉が渇いているのね」

 俺たちは社務所に連れて行かれ、お茶を頂いた。
 そこでセグウェイも預かってもらう。

 最後の鳥居を潜り、拝殿に向かった。
 緑さんが響子に作法を教えた。
 響子は初めての日本の神社に興味を示した。

 「なんかスゴイね」
 「そうだろう。ここは日本でも有数の大きな神社だからな」
 「そうなんだ!」

 賽銭を入れる。
 俺は懐から札束を3つ出して賽銭箱へ入れた。

 「石神様!」
 
 俺はニッコリわらって、響子と手を合わせた。
 土産は最初に渡しているが、これは快く響子を招いてくれたことへの礼だ。

 緑さんは一通り境内を案内してくれ、宝物殿にも入れてくれた。
 数々の刀剣や神具などが置いてある。
 緑さんの説明で、主だったものを案内してもらい、俺と響子はしばらく見入った。

 「流石に正宗もあるんですね」
 「はい。石神様の御刀ほどではございませんが」
 「あ、交換します?」
 「オホホホホ」
 
 緑さんが声を出して笑った。

 最後にお守り売り場へ行き、響子に好きに選ばせた。
 響子はカラフルなお守りの数々を夢中で見て、幾つか選んだ。
 緑さんが御代はいらないと言ったが、俺はこういうものはちゃんと買わなければいけないと断った。

 「おい、これ安産祈願だぞ! 沢山子どもが生まれるな!」
 「やったね!」

 俺と響子が笑い、緑さんも喜んだ。

 屋敷に戻り、また少し響子を休ませた。
 今日は沢山歩いた。
 布団に横にさせる。

 「眠かったら寝ていいぞ」
 「うん」
 「しかし、おまえんちって、ニューヨークもここも広いよなぁ」
 「アハハハハ!」
 「俺もガンバルからな!」
 「よろしくー!」

 二人で笑った。

 俺は横になった響子の足をマッサージした。
 響子は気持ちよさそうにしている。

 「よし、パンツを降ろすぞ」
 「やだー!」

 俺は緑さんに内線をし、ポットとカップをお借り出来ないか相談した。
 すぐに緑さんが持って来てくれた。

 「気付かずに申し訳ありません」
 「いいえ。こういう格式のある家ではうろうろするのも申し訳ないので」
 「何か飲みたいものがありましたら、いつでも仰ってください」
 「ありがとうございます」

 俺は持って来たティーバッグで紅茶を淹れた。
 角砂糖もある。
 二人でゆっくりと飲んだ。
 和室だと、響子が慣れていない。
 寝る分には問題はないが、畳に座る習慣が無いのだ。
 ソファを借りるか。
 後でまた相談してみよう。




 6時になり、夕飯に呼ばれた。
 響子の食事は俺が頼み、ヒラメのムニエルにしてもらっている。
 ご飯と汁物は問題ない。
 その他に、出汁巻き卵と蓮のキンピラ、それに香の物。

 俺と他の方々は刺身の盛り合わせに鯛の焼き物だった。
 響子に、鯛を一口やる。

 食事の後で、酒が出た。
 響子はミルクティを貰う。

 「さて、石神様。初めに、うちの事からお話ししてもよろしいですか?」

 尊正氏が言った。

 「はい、お願いします」
 「私どもの家は歴史が長い。そして時折、異能の人間が生まれることは御存知のようで」
 「はい、静江さんから伺いました」
 「それは百家の秘密であり、外には漏らさないことは?」
 「そうは聞いておりませんが、多分そうなのだという認識はあります」
 「「三連星」のことは如何でしょうか?」
 「いいえ、聞き及んでおりません」
 
 尊正氏は、俺を強い瞳で睨んでいた。
 流石に大社の大宮司だけあり、威圧は凄い。

 「三代に亘って異能が開花することを指します。そして私の母、そして姉、そして静江の三代に異能が顕われました」
 「そうすると、何かが起きるのでしょうか?」
 「はい。「光の巫女」が生まれるのです」
 「!」
 「我が家系に伝わる伝承です。このことこそ、一切外部に漏れたことはございません」
 「……」
 「そして、これまで三代はおろか、二代続いたこともございません」
 「「光の巫女」とはどのような存在なのですか?」
 「この世の最後に現われ、邪悪な神と戦うのだと。「光の巫女」は無敵の「虎神」と共に、その邪悪な神を滅するのだと伝わっております」
 
 百家の他の三人は黙っている。
 響子はずっと俺を見ていた。

 「響子が「光の巫女」であり、石神様が「虎神」であると考えて居ります」
 「……」

 「最初は私もまだ確信はしておりませんでした。三人目の静江はアメリカへ渡り、伝承の効果もそこで途絶えるのかもしれないとも思いました。日本人の中から生まれると、私は勝手に思っておりましたので」
 「そうですか」
 「「虎神」についても、信じられないもので。その力は大陸を消し去るほどだとのことでした」
 「……」

 「昨年のアメリカを襲ったテロ。私たちも存じております。あれは「業」という名の者の組織の犯行だったと。でも、あれは石神様、あなたのお力ですね?」

 俺は尊正氏を見た。

 「そうです。私の大事な人間を殺したアメリカへの復讐でした。もっと大規模な破壊になるところですが、道間家の女が止めてくれました」
 「さようでございますか。しかし石神様は道間家とも繋がりがあるのですね」
 「はい」
 「私の姉は半年前に亡くなりました。その最後の力で、アメリカを石神様が降したこと、そして響子が近くここを訪れることを申しました」
 「そうだったんですか」
 「石神様。「虎王」は、百家が神宮寺家に与えた「ヒヒイロカネ」によって完成いたしました」
 「なんですって!」

 俺は思わず立ち上がった。
 響子が驚いた。

 「すみません。つい興奮してしまい」

 俺は椅子に戻った。

 「ですので、「虎王」のことも多少は存じております。若打ちは何本かございますが、真「虎王」はヒヒイロカネによって完成した二振のみ。今、石神様が手にしていらっしゃるものでございます」
 「!」

 「一振の「七星虎王」は、長らく徳川家が所有していたことは分かっています。ですがもう一振の「五芒虎王」については長らく行方が知れず。言い伝えでは《黒き山神》が持ち去ったのだと」

 「クロピョン」のことだろう。

 「伝承では、「虎王」は一振でも絶大な力を発揮しますが、二振揃えば世界を滅する力を持つと。石神様、どのように感じられますか?」
 「俺には分かりません。ですが、二刀を握った瞬間に、その剣技が俺の中に流れ込んで来ました。そして、尋常では無いことが出来るという確信は持っています」
 「さようですか」

 俺は百家の話は終わったと感じた。
 ここからは、俺の陰惨な話を含む。
 響子に聞かせることはないだろう。
 一旦話を中断し、響子を風呂に入れて休ませたいと申し出た。
 百家の方々も了解してくれた。

 俺は畳の生活に慣れない響子のために、ソファをお借り出来ないか言った。
 申し訳なかったと、すぐに用意してくれると言った。

 風呂の準備のために部屋へ戻ると、緑さんの指示で、すぐにソファセットが部屋に入れられた。
 俺は申し訳ないと言い、洋室でもあればと言ってみた。

 「実はあるのですが、このお部屋に泊まって頂きたく」
 「何かあるんですか?」
 「響姉さんのお部屋なんです」
 「!」

 「足りないものは何でも用意いたしますので。申し訳ありませんが、ここを使って頂けますか?」
 「もちろんです。つまらないことを申しました」

 緑さんは微笑んで出て行った。

 


 俺は響子と一緒に風呂に入った。
 10畳ほどの浴室で、一般には広い。
 思った通り、檜の風呂だった。
 ただ、シャワーが無かった。

 「タカトラ、シャワーは?」
 「あ、ああ」

 俺も流石に驚いた。
 俺は桶に湯を汲み、響子に掛けた。
 
 「こうやるんだよ」
 「へぇー!」

 俺も子どもの頃に使っただけだ。
 響子の長い髪を洗うのは大変だった。

 湯船に二人で浸かった。
 向き合って、お互いに足を伸ばす。

 「大変な話を聞いたな」
 「うん」
 「お前、あんまり分かってないだろう?」
 「うん」

 「アハハハハハ!」

 響子が何か歌ってくれと言った。
 俺は少し考えた。
 この、西洋を出来るだけ除いた場所で、何を歌ったら良いのか。
 結局、『忘れな草をあなたに』を歌った。


 ♪ ただ泣き濡れて 浜辺につんだ 忘れな草を あなたに あなたに ♪


 泣きながら、小さな花を摘むことしか出来なかった人がいる。
 そうしながら、強く生きようとした人がいる。
 



 俺は響子を強く抱き締めた。 
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