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鷹の愛人 ―斬の名にかけて!―

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 10月下旬の土曜日の早朝4時。
 アラスカへ鷹と一緒に飛んだ。

 いつものように栞、士王、そして桜花たちと挨拶する。
 鷹はすぐに士王にべったりとなり、嬉しそうにあやしている。
 士王もすっかり鷹に慣れて笑っている。
 栞も、そんな二人を優しく眺めていた。
 現地では金曜の朝11時だ。
 今日は椿姫と睡蓮が昼食の支度をする。
 桜花が警護のメインというわけだ。

 昼食は俺が来たので多少豪華だ。

 真鯛の燻製。
 ショートパスタのたっぷりイクラ乗せ。
 マッシュルームとあさりのアヒージョ。
 長薯と漬けマグロとオクラの和え物。
 サワークリームのニョッキ。

 イクラはここでは日本人しか食べない。
 誰かが気付くまで、多くが捨てられていた。
 流通の人員が大幅に変わったことでそういうことが起きた。
 慌てて辞めさせて、日本人の口に入ることになった。
 加工工場も確保した。

 鷹が士王の食事を買って出てくれる。
 お陰で俺は栞とゆっくりと話しながら食べることが出来た。

 食後に、鷹が出掛けて来ると言った。
 栞が俺に相談があると言い、自分の部屋に呼ぶ。
 士王は椿姫が預かった。

 



 「あなた、ちょっとね、鷹の様子がおかしいの」
 「なんだって?」
 「最近、ここに来ると頻繁に出掛けるのよ」
 「そうなのか?」

 栞が辛そうな顔で言った。

 「うん。前はそんなことは無かったの。特に、あなたと来るとずっと一緒にいたじゃない」
 「まあ、そうだな」
 「それでね」

 栞は、一層辛そうな顔をした。

 「ちょっと、あなたには言いたくなかったんだけど」
 「なんだよ」
 「うん、私が鷹の相談に乗ろうと思っていたの」
 「だからなんだ?」
 
 栞は深呼吸した。
 大きな胸が上下する。

 「前に桜花がね、鷹が男の人と一緒にいるのを見たって言うの」
 「あ?」
 「二度も。だから、先日、鷹が出掛けた際に、睡蓮に後を付けさせたのよ」
 「おい!」
 「そうしたらね、鷹が男の人に抱き着いて嬉しそうな顔をしてたって!」
 「なんだと! ぶっ殺す!」

 俺は流石に動揺した。

 「落ち着いて! どうかお願いだから!」
 「ふざけんな!」
 「鷹にちゃんと話を聞こう! ね、お願い!」

 栞が必死に俺に抱き着き、俺も何とか自分を鎮めた。
 元々、鷹の他に女がいるのは俺自身ではないか。
 もしも、俺以外の男を好きになったのならば、それは仕方が無い。
 むしろ、鷹に陰惨な戦いを外れてもらえる。
 寂しいに決まっているが、それは鷹の幸せを願う俺の心の一つではあった。

 「悪かった。鷹が誰かを好きになったって、俺にとやかく言う資格はねぇな」
 「そういうことじゃないんだけど。でも、本当は私が直接鷹に問い質そうと思っていたの。でも、あなたがいる時にまで出掛けるんだから、私もあなたにも知らせておいた方がいいんじゃないかって」
 「ああ、ありがとう、栞」
 「いいの。嫌なことを教えてごめんね」

 俺は栞を抱き締めた。

 「よし、じゃあ俺は鷹が帰ったら話そう」
 
 栞が腕を組んで目を閉じている。

 「おい?」
 「あなた」
 「ああ」
 「鷹を追い掛けよう」
 「え?」
 「鷹は隠すかもしれない。でも、それは私たちの関係では良くないよ」
 「ま、まあな」
 「私も、直接この目で見てみたい。そしてちゃんと真相を暴くの!」
 「おい、大丈夫か?」
 「じっちゃんの名にかけてぇ!」
 「斬の?」

 なんなんだ。

 士王を椿姫に預けたまま、俺は栞と出掛けた。





 俺はハマーを出した。
 鷹が使う電動移動車よりも速い。
 それに電動移動車は都市を制御する量子AIが、優先すべき車両を最短コースで移動させることによって、他の優先度の低い車両ほど待たされたり迂回ルートを走ることになる。
 パピヨンの建設した巨大都市が稼働し始め、結構な量の流通が始まっていた。
 俺のハマーは最優先扱いだ。
 俺の走行を邪魔しないために、電動移動車は制御される。

 「鷹の行き先は分かっているのか?」
 「うん。私もよく知らない建物で、大きな講習会とかやってる場所」
 「ああ、知っている。技術者の育成のための、簡易大学のようなものだな」

 これもパピヨンの提案で作られた。
 大学は別途あるが、もっと回転の早い短期講習などが行なえる機能の建物だ。
 俺はすぐに、そこへ向かった。

 丁度、建物ではランチ休憩のようで、大勢の人間が出入りしていた。
 建物内にも食堂があるが、外でランチを食べようとする人間も多い。
 ここアラスカは、欧米式でランチタイムが長く、二、三時間とる。
 俺たちの方が早く着いたはずなので、栞と二人で物陰に隠れる。
 「闇月花」によって、気配を消す。

 「鷹だ!」
 「!」

 栞が先に見つけた。
 電動移動車から鷹が降りて、建物の中へ入って行く。
 栞と一緒に後ろを追い掛けた。

 「相手はどんな奴なんだ?」
 「写真とかは無いけど、桜花の話では鷹よりも年上のようだったって」
 「そうか」
 「結構なイケメンだったらしいよ」
 「なんだと!」
 「あなた、落ち着いて!」

 俺は慌てて隠形に戻った。

 鷹は迷うことなく廊下を進んでいく。
 エレベーターに乗る。
 俺と栞は、エレベーターの停止階を確認し、隣のエレベーターで追い掛けた。

 8階であり、ここは講師たちの控室になっているはずだ。
 丁度、鷹が奥の部屋へ入るのが見えた。
 俺は栞と一緒に急いでその部屋の前に移動した。
 「虎歩」を使う。
 足音を消して高速移動する技だ。
 二人でドアの両側に立った。
 それ程の防音設計ではない。
 中の会話が聞こえた。

 「また来ちゃった」
 「おい、大丈夫なのか?」
 「うん。だって会いたかったんだもん」
 「お前も甘えん坊だな!」
 「エヘヘヘ」

 ドアをぶち破ろうとする俺を、栞が必死に止めた。

 「今日は泊まりか?」
 「うん。でも、また夜にも来たいな」
 「よせよ。石神さんも一緒なんだろ?」

 俺の名が出たので驚いた。

 「そうよ。あの人は一番大事だけど」
 「だったら、もうここには」
 「だって、会いたいんだもん!」

 いつもの鷹の口調ではない。
 相当親しくしている。

 「おい、鷹!」
 「会いたいのー!」

 俺は栞を振りほどき、ドアを開けた。
 鍵は掛かっていない。
 鷹が男に抱き着いていた。

 「!」
 「「!」」
 「あなた!」

 俺は早足で鷹と男性に近づいた。

 「あなた! ダメ! 殺さないで!」

 栞が後ろで叫んでいた。

 「やあ、お義兄さん、どうも」
 「え、石神さんですか?」
 「石神先生!」
 「なんだとぉー!」

 栞が後ろで叫んでいた。

 



 俺たちは笑いながら、同じフロアの応接室でコーヒーを飲んだ。
 俺の名前で、近くの喫茶店から運ばせた。

 「すいませんでした。栞がどうも鷹が浮気しているらしいって言うんで」
 「あなた!」
 「そうだったの、栞!」
 「いや、あのね」
 「俺は絶対にそんなことはないって言ったんですけど」
 「あなた!」
 「もう、栞ったら」
 「いいんですよ、石神さん。妹をそれだけ思っててくれたんでしょう」

 俺は栞にちゃんと説明した。
 新しい都市で、本格的な和食のレストランを開きたかった。
 日本やアメリカでの希望者を募って、鷹のお兄さんに講習会を頼んだ。
 しばらくは経営についてだが、調理についても指南してもらうことになっている。
 三ヶ月という長期間での要請だったが、快く引き受けてくれた。

 「じゃあ、どうして私にも話してくれなかったのよ!」
 「悪い、時期については失念していたんだ。最初の交渉は鷹に頼んで、あとはこっちのスタッフが打ち合わせていたんだよ」
 「あなたも知ってたんでしょ!」
 「まあ、報告は受けているはずだけど、具体的なことは全部任せてしまったからなぁ。俺も挨拶しなければとは思っていたんだが」
 「栞、悪かったわ。石神先生はお忙しいと思って、私もお話ししなかったの」
 「だとしても、私には話してくれても」
 「ごめんね。ちょっと恥ずかしくて」
 「なんで恥ずかしいのよー!」
 「うーん、なんとなく」

 まあ、さっきの鷹の態度で何となく分かる。
 大好きな兄なのだろう。
 あの冷静沈着な鷹が、あれほど甘えているのだ。
 自分のそんな姿を見せたくなかったのだろうし、兄にも素っ気ない自分を見せたくなかったのだ。

 「もういいけどさ」
 「兄さん、この人が私の大親友の栞」
 「ああ、お話はよく聞いてますよ。妹がいつもお世話になっています」
 「そんな! 私の方こそよっぽど!」
 「これからも仲良くしてやって下さい」
 「もちろんです!」

 午後の講義の準備があるということで、俺たちは退散した。




 「悪かったな、折角の逢瀬を邪魔してしまって」
 「逢瀬じゃありませんよ!」
 「だって、あんなに甘えちゃって」
 「石神先生!」

 俺も栞も笑っていた。
 鷹が真っ赤になっている。

 「でも、カッコイイお兄さんだったな!」
 「そうですか!」
 「ああ。それに優しそうだ。鷹が惚れるのも無理は無い」
 「石神先生!」

 「俺たちに遠慮しないで、どんどん会いに行けよ」
 「はい……」
 「滅多に会えないんだろ?」
 「ええ。実家を飛び出してから、帰ると両親が放してくれなくて。兄も多忙な人なので、家でもあまり話せないんです」
 「ここはいい機会なんだな」
 「はい、すみません」

 鷹から、実家のことや家族のことは余り聞いていなかった。
 話したくないのだろうと思っていたが。

 「さっきは、驚きました。石神先生が一瞬怖いお顔で入って来られて」
 「あ、あー」
 「すぐにハッとされて、にこやかな顔になったので安心しましたが」
 「咄嗟に思い出して良かったよ」
 「この人、ぶっ殺してやる、なんて言ってたのよ?」
 「そうなんですか?」
 「そんなこと言うわけないだろう」
 「そうなんですか?」
 
 「ちょっと言った」

 鷹が嬉しそうに笑った。

 「大体栞がなぁ! ヘンな勘違いで俺に話したから!」
 「あ! 私のせいにするの!」
 「だってそうだろう!」
 「酷いよ! 私はあなたのためを思って!」

 鷹が笑いながら俺たちを納めた。





 その夜は鷹のお兄さんを誘って、みんなで食事をした。
 鷹は、ずっと嬉しそうに笑いながら過ごした。 
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