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ガンバレ、柳!

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 柳が吉原龍子の遺品に取り憑かれたことが分かった翌日の9月下旬の土曜日。
 俺は麗星に電話をした。
 麗星に、一連の経緯を話す。

 「その人形の姿をもう少し詳しく伺えますか?」

 俺は体長が30センチほどで、座る格好をしていること、そして猿のような顔で、丸い目が見開かれ、耳まで裂けた口の中に、無数の鋭い牙が生えていることを伝えた。

 「間違いなく《鬼猿》だと思います」
 「《鬼猿》?」
 「はい。元は人間の赤ん坊です。一度も乳を飲むことなく、人間の血を与えられて死んだものです。後から瞼と口を切り裂き、口の中には犬の牙や針を埋め込みます」
 「そんな、無残な」
 「もちろん、呪いの道具となるものです。送られた者を精神支配し、命を貪り喰うと言われています」
 「どうしてそんなものが!」

 麗星は少しの間沈黙していた。

 「恐らくは、《鬼猿獣》から《鬼獣王》を生み出すためかと」
 「なんですか、それは?」
 「《鬼猿》は100人の人間を喰らうと《鬼猿獣》となります。その《鬼猿獣》がまた100万人を喰らうと、《鬼獣王》となり、強力なあやかしとして主に従うようになるとか」
 「俺はそんなものはいらない!」
 「分かっております。でも、吉原龍子は必要になるかもしれないと考えておられたのでは」
 「なんてこった!」

 「業」との戦いが綺麗事では済まないことは分かっている。
 しかし、大勢の人間の命を犠牲にすることは、絶対に出来ない。
 
 「石神様、もしかすると、その《鬼猿》が「業」の手に渡らぬためにやもしれません」
 「どういうことですか?」
 「《鬼獣王》は非常に強いあやかしです。一瞬で人の命はおろか、あらゆる事象に「死」を与えます」
 「よく分かりませんが」

 「「死」の使い手なのです。例えば銃で撃ったとしても、弾丸が「死」を与えられ何も起きません。信じられないかもしれませんが、そのようなことが出来るあやかしなのです」

 どこかで聞いたことがある、というか、俺はそういう妖魔を知っている。

 「あの、麗星さん。その《鬼獣王》は、どのような姿なんですか?」
 「それがですね、信じられないとは思いますが、とても小さいのです」
 「蟻のような?」
 「なんと! まさしくそれでございます! いや、石神様の御推察に感銘を受けました!」
 「まあ、その」
 「一体だけ、過去に確認されたことがございます。それがですね! あの虎之介様が相まみえたと」
 「そうなんですか」
 
 麗星が興奮して何があったのかを話した。
 虎之介が「虎王」で滅しようとしたところ、意外にも心根の優しい奴で、虎之介の護衛をしていたそうだ。

 「でも、100万人以上の人間を喰ったのに、どうして優しい奴なんですか?」
 「あやかしには、そのようなことはままあるのでございます。以前は悪逆非道の行ないをしたとしても、成長し進化が終わると、今度は一転して人間の味方になるというものでございます。《鬼猿》は、その典型です」
 「そうですか」

 俺はその後も麗星と話し、吉原龍子の遺産の保管と整理を頼んだ。
 週末に東京へ来てくれると言った。

 「お忙しいんですね」
 「いいえ」
 「はい?」
 「週末であれば、石神様ともゆっくりお会い出来るかと」
 「……」

 仕方がねぇ。

 「では、申し訳ありませんが週末に。ああ、チケットの手配はしますからね! それと到着の時刻を教えて下さい。迎えに行きますから」
 「でも、早乙女様にお願いした方が楽しいのですが」
 「やめてやってください」
 「分かりました」

 電話を切り、麗星から希望の時刻を聞いたのは3時間後だった。
 俺にはお茶目にふざけているようなことを言ったが、やはり忙しい人間なのだ。
 その調整をしてくれたのだろう。

 俺は亜紀ちゃんに言って麗星のチケットの手配をさせた。

 「うわー。こないだ、相当いいものをいただいてしまいましたよね。お夕飯はどうしましょうか」
 「予定ではどうなんだ?」
 「金曜の夜はハンバーグ大会の予定でした」
 「よし、それでいいだろう。麗星さんのものは俺が作る」
 「分かりました!」






 昼食後に、全員に話した。
 あの不気味な猿人形が《鬼猿》というものであること。
 人間に取り憑き、命を奪うものであること。
 その製法については黙っていた。

 「石神さん! 私……」

 柳が立ち上がって言葉を詰まらせた。

 「柳、本当に申し訳なかった。お前には恐ろしい思いをさせてしまった」
 「いいえ! 私がヘンな欲を出したばかりに、ご迷惑を!」
 「そうじゃないよ、柳」
 「違います! 石神さんの家の物なのに、勝手に自分の部屋に置いて! それを黙ってました!」
 「柳、それもあの人形のせいなんだ。お前の心じゃない」
 「でも!」

 柳が最も辛く思っているのはそこだろう。
 まるで自分が盗んで黙っていたと思い込んでいる。

 「麗星さんも言っていた。あれに魅入られれば抵抗できないんだと。だから全部、ちゃんと仕舞っておかなかった俺の責任なんだ」
 「でも、石神さん!」
 「柳、もういいんだ。お前が信頼できる人間なのはよく分かっている。他の子どもたちもな」

 全員がそうだと柳に言う。

 「だからお前に、俺が一番大切な顕さんの家を任せているんだ。もちろん他の子どもたちだって出来るだろう。でも、俺はお前を一番信頼しているから任せているんだぞ」
 「石神さーん!」

 柳がまた泣き出した。
 俺は傍に寄って抱き締めてやる。

 「お前が一番だ。それを忘れるな」
 「はい」

 「来週の金曜日に麗星さんが来てくれる。事情は話してあるから、あの人が来てくれれば万事上手くやってくれるだろう。だから、それまでの間は、一応裏の建物へは出入りを禁ずる。皇紀、ルー、ハー、何か支障はあるか?」
 「大丈夫です。他の作業を優先して進めます」
 「そうか、頼むぞ」

 「柳も大丈夫か?」
 「はい!」

 泣き腫らした目で、柳が応えた。

 「よし! じゃあ俺は今日は鷹の所に泊まるからな! ああ、柳も来るか?」
 「い、いえ、結構です」
 「そうかー」

 双子が「ギャハハハハハハ」と笑った。
 二人の頭を引っぱたいた。





 出掛ける前に、亜紀ちゃんを部屋へ呼んだ。

 「柳のこと、頼むぞ」
 「はい! 任せて下さい!」
 「誰が何と言おうと、あいつは気にしているからな。今日は柳が好きなものを夕飯に出してくれ」
 「はい、さり気なくやります」
 「いや、「柳さんが元気がないので、好きな物を作りました」と言え。そうやって気持ちをちゃんと伝えることで、あいつも気が楽になる」
 「なるほど」
 「みんなが気にしている、心配しているのだとちゃんと示してくれ。もちろん俺も心配しているしな」
 「はい!」
 「どうせ石神家はみんな不器用なんだ。だったら、堂々とやろう」
 「はい、分かりました!」

 亜紀ちゃんが明るく笑う。

 「タカさんはいつも通りなんですね!」
 「ばかやろう! あれしきのことで家族総出でやることはねぇ!」
 「アハハハハハ!」
 「ワハハハハハ!」

 二人で笑った。

 「タカさんは、そうやって「何でもない」って示してるんですね」
 「まあ、そんな感じかな。実際、柳のせいなんて、これっぽっちもねぇんだ」
 「はい」




 その日の夕食は、亜紀ちゃんが柳が好きな海老真丈を作り、双子がイカソウメンを作り、皇紀がチーズケーキを作った。
 みんなで「柳に元気を出して欲しいから」と言い、柳がまた泣いた。
 柳はみんなに感謝し、元気を出さなきゃと言ったそうだ。

 失敗はどうでもいい。
 誰かの失敗で負けたっていい。
 俺たちは、そんなことのために生きているのではない。

 死ぬまでにじり寄る。

 それだけが、俺たちの人生だ。




 イカソウメンは、ロボに取られたらしい。 
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