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早乙女家 夕食会 Ⅱ

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 リヴィングに行くと、既に雪野さんが料理を並べていた。
 いい匂いがする。
 俺は磯良を座らせ、三人で食事を始めた。

 「いつも主人と二人きりだから、今日は嬉しいわ」
 
 雪野さんがニコニコして言った。
 磯良も笑っている。

 「こんな広い家で、お二人だけなんですね」
 「そうなの。本当に最初はどうしようかと思っちゃった」
 「でも慣れると段々ね。結局使っているのは普通の家、まあ結構それでも広いんだけどね。でも何となく落ち着いてきたよ」
 「そうなんですか」

 磯良はビーフシチューを一口食べて、美味しいと言った。
 石神が言っていた。
 素直に料理を美味しいと言う人間は、信頼出来る奴だと。
 その通りだと思った。

 「雪野さんの料理は本当に美味しいんだ」
 「久遠さん、やめてください」
 「でも、本当に美味しいよ! 俺は今までこんなに美味しいものは、いし、ああ親友の家くらいだ」
 「もう」
 
 磯良が笑って聞いていた。
 俺が遠慮しないでどんどん食べてくれと言った。

 「それにしても磯良くんは、綺麗な顔をしているのね」

 磯良が驚いて雪野さんの顔を見た。

 「あの、俺の顔の話はどうか」
 「え? どうして?」
 「小さい頃から散々からかわれて。女みたいだって」
 「いいじゃない! 本当に綺麗で素敵な顔だよ?」
 「いえ、本当にもう」

 磯良が困り果てていた。
 相当苦手な話題らしい。

 「ごめんね! 分かった、もう言わない」
 「すいません、褒めて下さっているのは分かるんですが、本当に辛いんです」
 「うん、ごめんなさい」

 磯良が雪野さんを見ていた。

 「雪野さんこそ、とても綺麗ですよね」
 「ありがとう。うん、母親譲りかな」
 「そうですか。俺もです。綺麗な人でした」
 「そうなんだ」
 「この顔を見ると、母を思い出すんです。ああ、でも他人から言われるとちょっと苦手で」

 雪野さんが笑った。

 「親から譲り受けたものは、恥ずかしがらなくてもいいんだよ?」
 「はい。本当はそうなんでしょうけど。何しろ帰蝶さんと胡蝶に散々言われて」
 
 俺が堂前家の娘さんだと話した。

 「あの二人こそ綺麗なんですけどね。ああ、母親の加代さんも。それなのにいつも俺のことを自分たちよりも綺麗なんだって」
 「そうなの。でも、何となく分かる。あ、ごめん」
 「いいですよ、もう。でもなぁ、男なのにどうしてって思いますよ」
 
 俺と雪野さんは笑った。
 磯良の初めて子どもらしい悩みを知ったからだ。

 「磯良、見た目なんかはどうでもいいんだぞ。それは自分で動かしようがないものだ。そういうもので悩むことはないんだよ」
 「それは分かるんですけど。でも、早乙女さんみたいなカッコイイ顔になりたかったですよ」
 「おい!」
 「ああ、それと最初の頃に一緒に仕事をした人! あの人は本当にカッコ良かったなぁ! 綺麗な顔なんだけど、逞しいって言うか」
 「そうだよな! いし、いやあいつは本当にカッコイイ!」
 「そうですよね! ああいう大人になりたいな」
 「なれるよ!」
 「そうですかね!」

 三人で笑った。
 石神のことをカッコイイと言ってくれたことが嬉しかった。

 「凄く強かったですしね。俺なんか必要ないと思いましたよ」
 「そんなことはないよ。磯良は必要だ」
 「頑張ります」

 雪野さんが磯良のシチューを足しに行った。

 「あの人、石田さんでしたね。今、どうしているんです?」
 「ああ、他の現場で働いているよ。あいつも頼りになるんだ」
 「そうですよね! 一目で分かりました」

 雪野さんがシチューを持って来て、磯良が礼を言った。
 磯良はその一杯を食べて、満腹だと言った。
 石神家とは違う。

 「久しぶりに、こんなに食べました。美味しかったんで夢中で」

 俺と雪野さんで笑った。
 雪野さんも、きっと石神家の食事を思い出したのだろう。

 「ちょっと作り過ぎちゃったの。磯良くん、良ければ持って帰って」
 「いいんですか!」
 「うん。いつもの癖でね。寸胴で作っちゃったんだ」
 「え!」

 俺たちは二人暮らしだ。
 寸胴で作る発想に驚いたのだろう。

 「時々うちに来る近所の子どもたちが大食いなんだよ。だから、ついね」
 「そうなんですか」

 楽しく話しながら食事をしたので、もう8時になっていた。
 俺は塔のガラスの部屋でお茶を飲もうと言った。
 雪野さんが紅茶を淹れ、三人で塔を昇る。

 「ああ! 綺麗ですね!」

 磯良が喜んだ。
 照明を暗めにし、夜の景色を展望しながら紅茶を飲んだ。

 「磯良、良かったら泊って行けよ」
 「いいですよ、帰りますって」
 「まだまだ一緒に話したいよ」
 「そうですね。でも、今日は帰ります」
 「そうか」

 磯良はこの空間を気に入ってくれた。

 「ああ、本当にいいですね、ここは」
 「そうか」

 俺と雪野さんで顔を見合わせて笑った。
 磯良が本当に喜んでくれて嬉しかったのだ。





 磯良は遠慮したが、俺が自宅まで送った。

 「雪野さん、素敵な人ですね」
 「そうだろう?」
 「アハハハハ! 早乙女さん、幸せですね」
 「うん!」
 「アハハハハ!」

 磯良が楽しそうに笑った。

 「お子さんはいつ生まれるんですか?」
 「来月の予定だ」
 「何かお祝いがしたいな」
 「いいって! 磯良はまだ小学生じゃないか」
 「でも、今日の御礼もしたいし」
 「じゃあ、また来てくれよ。雪野さんも喜ぶ」
 「えぇ! でもそれじゃ、また頂くばかりで」
 
 俺は笑った。

 「磯良、大好きな人間が家に遊びに来てくれるのは、本当に嬉しいんだよ。俺も雪野さんも、磯良にどんどん来て欲しいんだ」
 「ありがとうございます」

 磯良の住むマンションに着いた。

 「じゃあ、今日は本当にご馳走様でした。美味しかったです!」
 「そうか、何よりだ。また来てくれよな!」
 「はい! 喜んで!」

 磯良は笑いながら手を振った。
 俺も手を振って車を発進させた。





 「何ニヤけてやがんだ」
 「はい、嬉しくて」
 「お前は何だかなぁ」
 「いいじゃないですか、モハメドさん」
 「まあ、どうでもいいけどな」

 「モハメドさん」
 「なんだよ」
 「今日はマグロ、出せなくってごめんなさい」
 「いいよ。俺が喰ってたら、あいつ斬ろうとするかもだしな」
 「でも、モハメドさんなら大丈夫でしょう?」
 「たりめぇだ! 石神さん以外に、俺を殺せるわけねぇだろうが!」
 「アハハハハ、すいませんでした」

 「それとな」
 「はい?」
 「俺は別にマグロなんか喰わなくたっていいんだぜ?」
 「はい、でもいつも美味しそうに食べてくれるじゃないですか」
 「まあな。美味いんだけどよ」
 「だったら、どんどん食べて下さい!」
 「喰ったからどうってことはねぇんだけどな。まあ、いいよ、喰ってやる」
 「ありがとうございます!」

 「おい、何ニヤけてやがんだ」
 「はい、モハメドさんは照れ屋さんだなと」
 「てめぇ!」
 「ちょっ! 今運転中なんだから殴らないで下さいよ!」
 「うるせぇ! とっとと帰れ!」
 「はい!」

 


 俺はアクセルを踏み込んだ。
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