1,261 / 2,898
早乙女家 夕食会 Ⅱ
しおりを挟む
リヴィングに行くと、既に雪野さんが料理を並べていた。
いい匂いがする。
俺は磯良を座らせ、三人で食事を始めた。
「いつも主人と二人きりだから、今日は嬉しいわ」
雪野さんがニコニコして言った。
磯良も笑っている。
「こんな広い家で、お二人だけなんですね」
「そうなの。本当に最初はどうしようかと思っちゃった」
「でも慣れると段々ね。結局使っているのは普通の家、まあ結構それでも広いんだけどね。でも何となく落ち着いてきたよ」
「そうなんですか」
磯良はビーフシチューを一口食べて、美味しいと言った。
石神が言っていた。
素直に料理を美味しいと言う人間は、信頼出来る奴だと。
その通りだと思った。
「雪野さんの料理は本当に美味しいんだ」
「久遠さん、やめてください」
「でも、本当に美味しいよ! 俺は今までこんなに美味しいものは、いし、ああ親友の家くらいだ」
「もう」
磯良が笑って聞いていた。
俺が遠慮しないでどんどん食べてくれと言った。
「それにしても磯良くんは、綺麗な顔をしているのね」
磯良が驚いて雪野さんの顔を見た。
「あの、俺の顔の話はどうか」
「え? どうして?」
「小さい頃から散々からかわれて。女みたいだって」
「いいじゃない! 本当に綺麗で素敵な顔だよ?」
「いえ、本当にもう」
磯良が困り果てていた。
相当苦手な話題らしい。
「ごめんね! 分かった、もう言わない」
「すいません、褒めて下さっているのは分かるんですが、本当に辛いんです」
「うん、ごめんなさい」
磯良が雪野さんを見ていた。
「雪野さんこそ、とても綺麗ですよね」
「ありがとう。うん、母親譲りかな」
「そうですか。俺もです。綺麗な人でした」
「そうなんだ」
「この顔を見ると、母を思い出すんです。ああ、でも他人から言われるとちょっと苦手で」
雪野さんが笑った。
「親から譲り受けたものは、恥ずかしがらなくてもいいんだよ?」
「はい。本当はそうなんでしょうけど。何しろ帰蝶さんと胡蝶に散々言われて」
俺が堂前家の娘さんだと話した。
「あの二人こそ綺麗なんですけどね。ああ、母親の加代さんも。それなのにいつも俺のことを自分たちよりも綺麗なんだって」
「そうなの。でも、何となく分かる。あ、ごめん」
「いいですよ、もう。でもなぁ、男なのにどうしてって思いますよ」
俺と雪野さんは笑った。
磯良の初めて子どもらしい悩みを知ったからだ。
「磯良、見た目なんかはどうでもいいんだぞ。それは自分で動かしようがないものだ。そういうもので悩むことはないんだよ」
「それは分かるんですけど。でも、早乙女さんみたいなカッコイイ顔になりたかったですよ」
「おい!」
「ああ、それと最初の頃に一緒に仕事をした人! あの人は本当にカッコ良かったなぁ! 綺麗な顔なんだけど、逞しいって言うか」
「そうだよな! いし、いやあいつは本当にカッコイイ!」
「そうですよね! ああいう大人になりたいな」
「なれるよ!」
「そうですかね!」
三人で笑った。
石神のことをカッコイイと言ってくれたことが嬉しかった。
「凄く強かったですしね。俺なんか必要ないと思いましたよ」
「そんなことはないよ。磯良は必要だ」
「頑張ります」
雪野さんが磯良のシチューを足しに行った。
「あの人、石田さんでしたね。今、どうしているんです?」
「ああ、他の現場で働いているよ。あいつも頼りになるんだ」
「そうですよね! 一目で分かりました」
雪野さんがシチューを持って来て、磯良が礼を言った。
磯良はその一杯を食べて、満腹だと言った。
石神家とは違う。
「久しぶりに、こんなに食べました。美味しかったんで夢中で」
俺と雪野さんで笑った。
雪野さんも、きっと石神家の食事を思い出したのだろう。
「ちょっと作り過ぎちゃったの。磯良くん、良ければ持って帰って」
「いいんですか!」
「うん。いつもの癖でね。寸胴で作っちゃったんだ」
「え!」
俺たちは二人暮らしだ。
寸胴で作る発想に驚いたのだろう。
「時々うちに来る近所の子どもたちが大食いなんだよ。だから、ついね」
「そうなんですか」
楽しく話しながら食事をしたので、もう8時になっていた。
俺は塔のガラスの部屋でお茶を飲もうと言った。
雪野さんが紅茶を淹れ、三人で塔を昇る。
「ああ! 綺麗ですね!」
磯良が喜んだ。
照明を暗めにし、夜の景色を展望しながら紅茶を飲んだ。
「磯良、良かったら泊って行けよ」
「いいですよ、帰りますって」
「まだまだ一緒に話したいよ」
「そうですね。でも、今日は帰ります」
「そうか」
磯良はこの空間を気に入ってくれた。
「ああ、本当にいいですね、ここは」
「そうか」
俺と雪野さんで顔を見合わせて笑った。
磯良が本当に喜んでくれて嬉しかったのだ。
磯良は遠慮したが、俺が自宅まで送った。
「雪野さん、素敵な人ですね」
「そうだろう?」
「アハハハハ! 早乙女さん、幸せですね」
「うん!」
「アハハハハ!」
磯良が楽しそうに笑った。
「お子さんはいつ生まれるんですか?」
「来月の予定だ」
「何かお祝いがしたいな」
「いいって! 磯良はまだ小学生じゃないか」
「でも、今日の御礼もしたいし」
「じゃあ、また来てくれよ。雪野さんも喜ぶ」
「えぇ! でもそれじゃ、また頂くばかりで」
俺は笑った。
「磯良、大好きな人間が家に遊びに来てくれるのは、本当に嬉しいんだよ。俺も雪野さんも、磯良にどんどん来て欲しいんだ」
「ありがとうございます」
磯良の住むマンションに着いた。
「じゃあ、今日は本当にご馳走様でした。美味しかったです!」
「そうか、何よりだ。また来てくれよな!」
「はい! 喜んで!」
磯良は笑いながら手を振った。
俺も手を振って車を発進させた。
「何ニヤけてやがんだ」
「はい、嬉しくて」
「お前は何だかなぁ」
「いいじゃないですか、モハメドさん」
「まあ、どうでもいいけどな」
「モハメドさん」
「なんだよ」
「今日はマグロ、出せなくってごめんなさい」
「いいよ。俺が喰ってたら、あいつ斬ろうとするかもだしな」
「でも、モハメドさんなら大丈夫でしょう?」
「たりめぇだ! 石神さん以外に、俺を殺せるわけねぇだろうが!」
「アハハハハ、すいませんでした」
「それとな」
「はい?」
「俺は別にマグロなんか喰わなくたっていいんだぜ?」
「はい、でもいつも美味しそうに食べてくれるじゃないですか」
「まあな。美味いんだけどよ」
「だったら、どんどん食べて下さい!」
「喰ったからどうってことはねぇんだけどな。まあ、いいよ、喰ってやる」
「ありがとうございます!」
「おい、何ニヤけてやがんだ」
「はい、モハメドさんは照れ屋さんだなと」
「てめぇ!」
「ちょっ! 今運転中なんだから殴らないで下さいよ!」
「うるせぇ! とっとと帰れ!」
「はい!」
俺はアクセルを踏み込んだ。
いい匂いがする。
俺は磯良を座らせ、三人で食事を始めた。
「いつも主人と二人きりだから、今日は嬉しいわ」
雪野さんがニコニコして言った。
磯良も笑っている。
「こんな広い家で、お二人だけなんですね」
「そうなの。本当に最初はどうしようかと思っちゃった」
「でも慣れると段々ね。結局使っているのは普通の家、まあ結構それでも広いんだけどね。でも何となく落ち着いてきたよ」
「そうなんですか」
磯良はビーフシチューを一口食べて、美味しいと言った。
石神が言っていた。
素直に料理を美味しいと言う人間は、信頼出来る奴だと。
その通りだと思った。
「雪野さんの料理は本当に美味しいんだ」
「久遠さん、やめてください」
「でも、本当に美味しいよ! 俺は今までこんなに美味しいものは、いし、ああ親友の家くらいだ」
「もう」
磯良が笑って聞いていた。
俺が遠慮しないでどんどん食べてくれと言った。
「それにしても磯良くんは、綺麗な顔をしているのね」
磯良が驚いて雪野さんの顔を見た。
「あの、俺の顔の話はどうか」
「え? どうして?」
「小さい頃から散々からかわれて。女みたいだって」
「いいじゃない! 本当に綺麗で素敵な顔だよ?」
「いえ、本当にもう」
磯良が困り果てていた。
相当苦手な話題らしい。
「ごめんね! 分かった、もう言わない」
「すいません、褒めて下さっているのは分かるんですが、本当に辛いんです」
「うん、ごめんなさい」
磯良が雪野さんを見ていた。
「雪野さんこそ、とても綺麗ですよね」
「ありがとう。うん、母親譲りかな」
「そうですか。俺もです。綺麗な人でした」
「そうなんだ」
「この顔を見ると、母を思い出すんです。ああ、でも他人から言われるとちょっと苦手で」
雪野さんが笑った。
「親から譲り受けたものは、恥ずかしがらなくてもいいんだよ?」
「はい。本当はそうなんでしょうけど。何しろ帰蝶さんと胡蝶に散々言われて」
俺が堂前家の娘さんだと話した。
「あの二人こそ綺麗なんですけどね。ああ、母親の加代さんも。それなのにいつも俺のことを自分たちよりも綺麗なんだって」
「そうなの。でも、何となく分かる。あ、ごめん」
「いいですよ、もう。でもなぁ、男なのにどうしてって思いますよ」
俺と雪野さんは笑った。
磯良の初めて子どもらしい悩みを知ったからだ。
「磯良、見た目なんかはどうでもいいんだぞ。それは自分で動かしようがないものだ。そういうもので悩むことはないんだよ」
「それは分かるんですけど。でも、早乙女さんみたいなカッコイイ顔になりたかったですよ」
「おい!」
「ああ、それと最初の頃に一緒に仕事をした人! あの人は本当にカッコ良かったなぁ! 綺麗な顔なんだけど、逞しいって言うか」
「そうだよな! いし、いやあいつは本当にカッコイイ!」
「そうですよね! ああいう大人になりたいな」
「なれるよ!」
「そうですかね!」
三人で笑った。
石神のことをカッコイイと言ってくれたことが嬉しかった。
「凄く強かったですしね。俺なんか必要ないと思いましたよ」
「そんなことはないよ。磯良は必要だ」
「頑張ります」
雪野さんが磯良のシチューを足しに行った。
「あの人、石田さんでしたね。今、どうしているんです?」
「ああ、他の現場で働いているよ。あいつも頼りになるんだ」
「そうですよね! 一目で分かりました」
雪野さんがシチューを持って来て、磯良が礼を言った。
磯良はその一杯を食べて、満腹だと言った。
石神家とは違う。
「久しぶりに、こんなに食べました。美味しかったんで夢中で」
俺と雪野さんで笑った。
雪野さんも、きっと石神家の食事を思い出したのだろう。
「ちょっと作り過ぎちゃったの。磯良くん、良ければ持って帰って」
「いいんですか!」
「うん。いつもの癖でね。寸胴で作っちゃったんだ」
「え!」
俺たちは二人暮らしだ。
寸胴で作る発想に驚いたのだろう。
「時々うちに来る近所の子どもたちが大食いなんだよ。だから、ついね」
「そうなんですか」
楽しく話しながら食事をしたので、もう8時になっていた。
俺は塔のガラスの部屋でお茶を飲もうと言った。
雪野さんが紅茶を淹れ、三人で塔を昇る。
「ああ! 綺麗ですね!」
磯良が喜んだ。
照明を暗めにし、夜の景色を展望しながら紅茶を飲んだ。
「磯良、良かったら泊って行けよ」
「いいですよ、帰りますって」
「まだまだ一緒に話したいよ」
「そうですね。でも、今日は帰ります」
「そうか」
磯良はこの空間を気に入ってくれた。
「ああ、本当にいいですね、ここは」
「そうか」
俺と雪野さんで顔を見合わせて笑った。
磯良が本当に喜んでくれて嬉しかったのだ。
磯良は遠慮したが、俺が自宅まで送った。
「雪野さん、素敵な人ですね」
「そうだろう?」
「アハハハハ! 早乙女さん、幸せですね」
「うん!」
「アハハハハ!」
磯良が楽しそうに笑った。
「お子さんはいつ生まれるんですか?」
「来月の予定だ」
「何かお祝いがしたいな」
「いいって! 磯良はまだ小学生じゃないか」
「でも、今日の御礼もしたいし」
「じゃあ、また来てくれよ。雪野さんも喜ぶ」
「えぇ! でもそれじゃ、また頂くばかりで」
俺は笑った。
「磯良、大好きな人間が家に遊びに来てくれるのは、本当に嬉しいんだよ。俺も雪野さんも、磯良にどんどん来て欲しいんだ」
「ありがとうございます」
磯良の住むマンションに着いた。
「じゃあ、今日は本当にご馳走様でした。美味しかったです!」
「そうか、何よりだ。また来てくれよな!」
「はい! 喜んで!」
磯良は笑いながら手を振った。
俺も手を振って車を発進させた。
「何ニヤけてやがんだ」
「はい、嬉しくて」
「お前は何だかなぁ」
「いいじゃないですか、モハメドさん」
「まあ、どうでもいいけどな」
「モハメドさん」
「なんだよ」
「今日はマグロ、出せなくってごめんなさい」
「いいよ。俺が喰ってたら、あいつ斬ろうとするかもだしな」
「でも、モハメドさんなら大丈夫でしょう?」
「たりめぇだ! 石神さん以外に、俺を殺せるわけねぇだろうが!」
「アハハハハ、すいませんでした」
「それとな」
「はい?」
「俺は別にマグロなんか喰わなくたっていいんだぜ?」
「はい、でもいつも美味しそうに食べてくれるじゃないですか」
「まあな。美味いんだけどよ」
「だったら、どんどん食べて下さい!」
「喰ったからどうってことはねぇんだけどな。まあ、いいよ、喰ってやる」
「ありがとうございます!」
「おい、何ニヤけてやがんだ」
「はい、モハメドさんは照れ屋さんだなと」
「てめぇ!」
「ちょっ! 今運転中なんだから殴らないで下さいよ!」
「うるせぇ! とっとと帰れ!」
「はい!」
俺はアクセルを踏み込んだ。
1
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる