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早乙女家 夕食会

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 「磯良くんって、何が好きなんでしょうか」
 「うーん、聞いても「何でも好きです」としか言わないんだよ」
 「そうですか」

 石神に言われ、磯良をうちに食事に招待した。
 最初は遠慮して断っていたが、何とか承諾させた。
 人と関わるのが嫌いなのだとは分かっているが、決して他人が嫌いなわけではない。
 俺と一緒にいても、別に会話が苦手とか、そういうこともない。
 石神に相談すると、笑って言われた。

 「お前とそっくりじゃねぇか」
 「え?」
 「お前は本当にいい奴だが、何故か他人と親しくなれねぇんだよな」
 「いや、俺は……」

 「磯良は間違いなくいい奴だ。でもな、だからこそあいつは他人の恩義を感じている。これ以上親切にされるのが怖いんだよ」
 「なるほど!」
 「お前もそうだ。自分のことを求めない人間だから、他人と関わろうとしてこなかった。でもな、お前も磯良も、これから多くの人間と上手くやって行く必要がある。お前はちょっとは分かって来たようだから、磯良の面倒をみてやれよ」
 「うん、分かった」
 「お前なら大丈夫だろう。磯良の扉を開いてやれよ」
 「ああ! ありがとう、石神!」
 「なんだよ!」

 石神は嬉しそうに笑っていた。




 9月の三連休になる土曜日。
 俺が磯良を迎えに行き、家まで連れて来た。

 「なんか、すみません。俺なんかがお邪魔してしまって」
 「何を言うんだ。俺が無理矢理誘ったんだろう。まあ、気詰まりかもしれないが、今日は付き合ってくれよ」
 「分かりました」

 池袋からうちまで約30分。
 磯良は俺の家を見て驚いていた。

 「なんですか、これは……」
 「アハハハハ。ちょっと派手だよな」
 「そんなレベルじゃ……」

 俺はリモコンで門を開け、車をガレージに入れた。
 磯良は終始家を見上げている。

 「ほんとに、ここに住んでるんですか?」
 「そうだよ」
 「いや、家のこともそうなんですが、一番聞きたいのは、アレはなんです?」

 武神ピーポンのことだ。

 「ただの飾りだよ。スゴイよな」
 「よなって! 早乙女さんの家のものじゃないですか!」
 「まあね。いろいろあるんだよ、大人は」
 「それじゃ済まないんじゃ……」
 「アハハハハ」

 いしがみー。




 巨大な玄関を開けて磯良が驚き、中の通路を見てまた驚き、エレベーター前の幸福の柱を見て驚いていた。
 吹き抜けの通路は俺も未だに慣れない。

 「これってなんです?」
 「親友にもらったんだ。置いておくと幸福になるそうだよ」
 「……」

 とてもそうは見えないだろうが、そういうものなんだ。

 「うわ!」

 磯良が飛び退いた。
 柱が動いたのだ。
 磯良の方を(?)向くように移動した。

 「動くんですか!」
 「ああ。幸福方角を向くんだってさ。やっぱり磯良は俺の幸福なんだな」
 「いや! そういう問題じゃ!」
 「アハハハハ」

 笑うしかない。
 俺にもさっぱり分からない。

 エレベーターに一緒に入り、3階の居住スペースに行く。
 雪野さんがエレベーター前で待っていてくれた。

 「磯良くん、いらっしゃい!」
 「妻の雪野だ。もうすぐ子どもが生まれるんだ」
 「そうなんですか! おめでとうございます!」
 「ありがとう! さあ、こちらへどうぞ」

 雪野さんが俺たちが普段使っているリヴィングへ案内する。
 他にメインのリヴィングがあるが、あちらは広すぎて使っていない。
 キッチンに続いた、30畳ほどのリヴィングをいつも使っている。

 磯良を座らせ、雪野さんが紅茶とケーキを持って来る。
 三時のお茶だ。
 石神に倣って、お茶の時間から招いた。
 初めて見たが、磯良の所作は美しかった。

 「磯良くんは普段どんなものを食べているの?」
 「堂前さんの家で厄介になっていますから、そこで作ってくれるものは何でも。いつも美味しいものを食べさせてもらっています」
 「そうなの。ねぇ、中でも何が好きなのかな」
 「いや、本当に好き嫌いは無くて」
 「ハンバーグとか」
 「ああ、いいですね!」
 「他には? 例えばシチューとか」
 「シチューも好きですよ」
 「ビーフシチューとかは?」
 「大好きです。堂前さんの家でも時々作ってくれますが」
 「そうなんだ」

 流石は雪野さんだ。
 俺が聞いても答えてくれないことを、上手く聞き出してくれている。
 今日はビーフシチューをメインに、魚介のグリルとキノコのリゾットを予定していた。
 磯良が苦手なものがあれば、変更するつもりで雪野さんが聞いている。

 「詳しくは警察のお仕事なんで聞いてはいないんだけど。でも小学生なのに磯良くんには、主人が随分とお世話になっていることは知っているの」
 「いえ、俺なんて」
 「いつもね、主人は磯良くんの話をするの。今日も助かったとか、お陰で上手くいったんだとか。だから私も会いたかったの。磯良くんにお礼がしたくて」
 「別に、俺は仕事でやっているだけですから。俺の方こそ早乙女さんにはいつも気遣って頂いて、感謝しているんです」
 「そうなの。ありがとう!」
 「いえ」

 雪野さんが磯良に話し掛け、磯良も和んで来た。

 「あの、ところでこの家って」
 「ああ、あのね、主人の仕事をサポートして下さっている方がいるの。その方からここに住むように言われてね」
 「そうなんですか!」
 「私たちも最初は驚いたんだけど。でも、絶対に必要なことだからってね」
 「よく分かりませんが、凄い方なんですね。こんな建物を用意するなんて」
 「まあ、冗談がお好きな方でもあるだけどね。でも素敵な方なの」
 「そうですか」

 お茶を終えて、俺は家の中を幾つか案内した。
 雪野さんには一息入れてもらう。

 磯良は見るもの全てに驚いていた。
 ステンドグラスの美しい光や、左右の塔の部屋などに感動する。

 「俺の親友がいつも言うんだけどね。人間に最も重要なことはロマンティシズムなんだって」
 「へぇー」
 「憧れに向かって生きるのが人間らしいよ」
 「素敵ですね」

 左の塔の最上階の、ガラス張りの部屋で、磯良はにこやかに笑っていた。

 「その親友の方にも、いつかお会いしてみたいですね」
 「うん、いつか必ずね。親友は日本が、世界が変わることを最初に気付いたんだ。恐ろしい男が、世界を恐怖に陥れるって。だからいち早く対抗手段を考えて、警察内部にも妖魔と戦う部署が必要だと言ったんだ」
 「そうなんですか。スゴイ人ですね」
 「ああ。他にもいろいろと動いているんだ。だからまだ表に出るわけには行かない。準備が整ったら、磯良にも会わせるよ」
 「お願いします」

 インターホンで、雪野さんが夕飯の準備が出来たことを知らせて来た。

 「じゃあ、行こうか。この家って広過ぎて全部は案内出来ないしね」
 「アハハハハ」




 磯良が笑った。
 俺はそれが嬉しかった。
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