富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
上 下
1,259 / 2,898

道間家: 霊素の探求 Ⅴ

しおりを挟む
 翌朝、また豪華な朝食を頂いた。
 
 京都の最高の豆腐が数種類。
 湯葉の煮びたし。
 蕪のそぼろ煮。
 鮎の炭火焼き。
 鰆の西京焼き。
 椀は蛤だった。

 子どもたちは圧倒され、一江と大森は大喜びだ。

 麗星がいなかった。
 五平所さんに聞くと、外に出ているのだと言った。

 「すぐに戻りますので、どうか」

 そう言われた。




 朝食を終え休んでいると、麗星が呼びに来た。
 俺を案内したい場所があるのだと言う。
 玄関前に五平所さんがロールスロイスのクラウドⅢを回して待っていた。
 子どもたちは置いて来ている。

 「どうぞ」

 ドアが開けられ、麗星と一緒に座った。
 麗星は花を抱えている。
 20分程走り、ある寺の前に来た。
 五平所さんがまたドアを開け、麗星と二人で降りた。

 「道間家の菩提寺でございます」

 歩きながら、麗星がそう言った。
 墓所に入り、そのまま歩いて行く。
 奥まった場所で、麗星が立ち止まった。
 俺に深々と頭を下げる。

 「本来は、最初にご案内差し上げるべきでした。申し訳ございません」

 俺は墓石を見て分かった。
 親父の墓だった。

 「勝手にこのようなことを。でも、石神様にどのようにお詫びして良いか分からず」

 麗星は花を脇に置き、地面に膝を付いた。

 「立って下さい。本当にありがとうございます」
 
 麗星は俺を見上げ、ゆっくりと立ち上がった。
 俺は花を受け取り、花挿しに挿した。
 
 「ここには何も入っておりません。宇羅が虎影様をどのようにしたのか皆目分からず。本当に申し訳ございません」
 「そうですか」

 墓石だけのものだ。
 墓碑には親父の享年、没年月日が彫られている。
 記録を元に刻んだのだろう。
 俗名はあったが、戒名は掘られていない。
 俺の指示を待っているのだと思った。

 「このような立派なものを、ありがとうございます」
 
 麗星、道間家の精一杯の償いなのだと分かった。
 どのように俺に償おうかと考え、せめてもとこの墓を建ててくれた。
 俺にはその気持ちが十分に分かった。

 「お気に召さないのであれば、すぐに取り払いますので」
 「いいえ、どうかこのまま。あの、今度何か送りますので、ここに納めていただけますか?」
 「もちろんでございます! わたくしが責任をもって」
 「ありがとうございます」

 麗星が線香を焚き、俺は手を合わせ「般若心経」を唱えた。
 麗星も隣で手を合わせてくれていた。

 「綺麗な花ですね」

 竜胆の青が鮮やかで、ゼフィランサスの清澄な白とシュウメイギク、ペンタスが上品にあしらわれている。
 今朝、麗星が手配してくれたのだろう。

 「出口でお待ちしております。どうかごゆるりと」

 麗星が、そう言って離れて行った。




 俺はしばらく線香の煙がたなびく様を見ていた。

 「親父、悪いな。俺のために命まで擲ってくれたのに、何もしてやれないや」

 美しい庵治石で作られた墓石だった。
 俺は静かに話し掛けた。

 「お袋も逝ったよ。親父のことは何も知らないままでな。しょうがないよな、親父が何も話してくれなかったんだから」

 「お袋、再婚したんだ。幸せな人生だったよ。相手の人は本当にいい人だった。子どもが二人いてな。その人たちもいい人だった。お袋のことを慕ってくれてなぁ」

 旅行を楽しんでいたことと、ゴルフに夢中になっていたことを話した。

 「信じられないだろ? でも本当に楽しんでたんだよ」

 線香が燃え尽きそうになっていた。
 それほど長い時間、俺は夢中で話していた。
 俺はスマホを取り出して子どもたちの写真を見せ、士王の写真を見せ、響子や栞や六花、鷹たちの写真を見せた。
 一人一人を親父に説明した。

 「でもさ。俺は親父とお袋と三人で暮らしたかったよ。俺、医者になって、結構稼ぐようになったんだ。親父に美味い酒を幾らでも飲ましてやれるよ。家も結構いいんだぜ。ああ、だけど親父は気に入らないかなぁ。ちょっと派手だからな」

 「だったらさ、近くに家を建ててやるよ。日本家屋がいいだろ? 庭もちょっと広めでさ。あ、お袋は半々な! 俺も傍にいて欲しいからな!」

 線香が消えた。
 灰の中にあった熾火も消えた。

 「なあ、どうして……」

 どうしてではない。
 全て、俺のせいだ。

 「どうしてぇ!」

 俺は叫んだ。
 俺の叫びは、辺りに鳴り響いた。

 墓石に頭を下げ、俺は立ち去った。




 墓所の出口で、麗星が待っていた。
 随分と長く立たせてしまった。
 俺を見て、頭を下げる。

 「すいません、お待たせしました」
 「いいえ。宜しければ、いつでもお出で下さい」
 「はい、ありがとうございます」

 麗星が連絡し、ロールスロイスが回って来た。
 後ろのシートにまた二人で座る。

 「前にね、お袋に捧げる曲を作ったんです」
 「さようでございますか」
 「昔からの知り合いのピアニストに強要されまして。でも、すぐに作れたんですよ」
 「はい」

 「こないだ麗星さんから親父のことを教えてもらって。だから、親父に捧げる曲も作ろうとしたんです」
 「それは素晴らしいことと思います」
 「でもね、まだ出来ないんですよ。親父との思い出は一杯あるのに、全然まとまらない」
 「……」

 「いい思い出も多いんです。大好きだったんです。でも、ダメなんです。譜面に何十枚も書いたのに、全然終わらない。お袋との思い出の方がずっと多いのにね。そっちはすぐに曲になったけど、親父のはダメだ」
 「はい」
 「何でしょうね? 終わらないんですよ。俺は本当にダメな奴だ。親父のために、こんなこともしてやれないなんて」
 「石神様……」

 麗星が俺の頭を抱き、自分の胸に寄せた。

 「わたくしもお手伝いいたします。虎影様のことを、これからも何としても探して参ります」

 麗星の涙が、俺の頭を濡らした。

 「必ず、わたくしが」

 俺はその涙に、ただ甘えるしかなかった。




 昼食はバーベキューだった。
 俺が驚いていると、麗星が言った。

 「霊素のことが分かりかけて来ましたので、そのお祝いでございます」

 もちろん子どもたちは大喜びで、一江と大森も楽しそうに食べていた。
 
 「タカさん! プロのバーベキューですよ!」

 亜紀ちゃんが興奮して言いに来る。
 俺は笑って、味わって頂けと言った。

 「一皿ごとに、「道間家バンザイ」と言え!」
 「はい! 道間家バンザイ!」

 麗星と五平所さんが笑った。




 双子が駆け寄って来て、麗星に耳打ちした。
 麗星の顔が輝き、辺りを見回した。
 そして、双子の指さす方向へ深々と頭を下げた。

 気持ちの良い風が流れた。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 61

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...