1,259 / 2,806
道間家: 霊素の探求 Ⅴ
しおりを挟む
翌朝、また豪華な朝食を頂いた。
京都の最高の豆腐が数種類。
湯葉の煮びたし。
蕪のそぼろ煮。
鮎の炭火焼き。
鰆の西京焼き。
椀は蛤だった。
子どもたちは圧倒され、一江と大森は大喜びだ。
麗星がいなかった。
五平所さんに聞くと、外に出ているのだと言った。
「すぐに戻りますので、どうか」
そう言われた。
朝食を終え休んでいると、麗星が呼びに来た。
俺を案内したい場所があるのだと言う。
玄関前に五平所さんがロールスロイスのクラウドⅢを回して待っていた。
子どもたちは置いて来ている。
「どうぞ」
ドアが開けられ、麗星と一緒に座った。
麗星は花を抱えている。
20分程走り、ある寺の前に来た。
五平所さんがまたドアを開け、麗星と二人で降りた。
「道間家の菩提寺でございます」
歩きながら、麗星がそう言った。
墓所に入り、そのまま歩いて行く。
奥まった場所で、麗星が立ち止まった。
俺に深々と頭を下げる。
「本来は、最初にご案内差し上げるべきでした。申し訳ございません」
俺は墓石を見て分かった。
親父の墓だった。
「勝手にこのようなことを。でも、石神様にどのようにお詫びして良いか分からず」
麗星は花を脇に置き、地面に膝を付いた。
「立って下さい。本当にありがとうございます」
麗星は俺を見上げ、ゆっくりと立ち上がった。
俺は花を受け取り、花挿しに挿した。
「ここには何も入っておりません。宇羅が虎影様をどのようにしたのか皆目分からず。本当に申し訳ございません」
「そうですか」
墓石だけのものだ。
墓碑には親父の享年、没年月日が彫られている。
記録を元に刻んだのだろう。
俗名はあったが、戒名は掘られていない。
俺の指示を待っているのだと思った。
「このような立派なものを、ありがとうございます」
麗星、道間家の精一杯の償いなのだと分かった。
どのように俺に償おうかと考え、せめてもとこの墓を建ててくれた。
俺にはその気持ちが十分に分かった。
「お気に召さないのであれば、すぐに取り払いますので」
「いいえ、どうかこのまま。あの、今度何か送りますので、ここに納めていただけますか?」
「もちろんでございます! わたくしが責任をもって」
「ありがとうございます」
麗星が線香を焚き、俺は手を合わせ「般若心経」を唱えた。
麗星も隣で手を合わせてくれていた。
「綺麗な花ですね」
竜胆の青が鮮やかで、ゼフィランサスの清澄な白とシュウメイギク、ペンタスが上品にあしらわれている。
今朝、麗星が手配してくれたのだろう。
「出口でお待ちしております。どうかごゆるりと」
麗星が、そう言って離れて行った。
俺はしばらく線香の煙がたなびく様を見ていた。
「親父、悪いな。俺のために命まで擲ってくれたのに、何もしてやれないや」
美しい庵治石で作られた墓石だった。
俺は静かに話し掛けた。
「お袋も逝ったよ。親父のことは何も知らないままでな。しょうがないよな、親父が何も話してくれなかったんだから」
「お袋、再婚したんだ。幸せな人生だったよ。相手の人は本当にいい人だった。子どもが二人いてな。その人たちもいい人だった。お袋のことを慕ってくれてなぁ」
旅行を楽しんでいたことと、ゴルフに夢中になっていたことを話した。
「信じられないだろ? でも本当に楽しんでたんだよ」
線香が燃え尽きそうになっていた。
それほど長い時間、俺は夢中で話していた。
俺はスマホを取り出して子どもたちの写真を見せ、士王の写真を見せ、響子や栞や六花、鷹たちの写真を見せた。
一人一人を親父に説明した。
「でもさ。俺は親父とお袋と三人で暮らしたかったよ。俺、医者になって、結構稼ぐようになったんだ。親父に美味い酒を幾らでも飲ましてやれるよ。家も結構いいんだぜ。ああ、だけど親父は気に入らないかなぁ。ちょっと派手だからな」
「だったらさ、近くに家を建ててやるよ。日本家屋がいいだろ? 庭もちょっと広めでさ。あ、お袋は半々な! 俺も傍にいて欲しいからな!」
線香が消えた。
灰の中にあった熾火も消えた。
「なあ、どうして……」
どうしてではない。
全て、俺のせいだ。
「どうしてぇ!」
俺は叫んだ。
俺の叫びは、辺りに鳴り響いた。
墓石に頭を下げ、俺は立ち去った。
墓所の出口で、麗星が待っていた。
随分と長く立たせてしまった。
俺を見て、頭を下げる。
「すいません、お待たせしました」
「いいえ。宜しければ、いつでもお出で下さい」
「はい、ありがとうございます」
麗星が連絡し、ロールスロイスが回って来た。
後ろのシートにまた二人で座る。
「前にね、お袋に捧げる曲を作ったんです」
「さようでございますか」
「昔からの知り合いのピアニストに強要されまして。でも、すぐに作れたんですよ」
「はい」
「こないだ麗星さんから親父のことを教えてもらって。だから、親父に捧げる曲も作ろうとしたんです」
「それは素晴らしいことと思います」
「でもね、まだ出来ないんですよ。親父との思い出は一杯あるのに、全然まとまらない」
「……」
「いい思い出も多いんです。大好きだったんです。でも、ダメなんです。譜面に何十枚も書いたのに、全然終わらない。お袋との思い出の方がずっと多いのにね。そっちはすぐに曲になったけど、親父のはダメだ」
「はい」
「何でしょうね? 終わらないんですよ。俺は本当にダメな奴だ。親父のために、こんなこともしてやれないなんて」
「石神様……」
麗星が俺の頭を抱き、自分の胸に寄せた。
「わたくしもお手伝いいたします。虎影様のことを、これからも何としても探して参ります」
麗星の涙が、俺の頭を濡らした。
「必ず、わたくしが」
俺はその涙に、ただ甘えるしかなかった。
昼食はバーベキューだった。
俺が驚いていると、麗星が言った。
「霊素のことが分かりかけて来ましたので、そのお祝いでございます」
もちろん子どもたちは大喜びで、一江と大森も楽しそうに食べていた。
「タカさん! プロのバーベキューですよ!」
亜紀ちゃんが興奮して言いに来る。
俺は笑って、味わって頂けと言った。
「一皿ごとに、「道間家バンザイ」と言え!」
「はい! 道間家バンザイ!」
麗星と五平所さんが笑った。
双子が駆け寄って来て、麗星に耳打ちした。
麗星の顔が輝き、辺りを見回した。
そして、双子の指さす方向へ深々と頭を下げた。
気持ちの良い風が流れた。
京都の最高の豆腐が数種類。
湯葉の煮びたし。
蕪のそぼろ煮。
鮎の炭火焼き。
鰆の西京焼き。
椀は蛤だった。
子どもたちは圧倒され、一江と大森は大喜びだ。
麗星がいなかった。
五平所さんに聞くと、外に出ているのだと言った。
「すぐに戻りますので、どうか」
そう言われた。
朝食を終え休んでいると、麗星が呼びに来た。
俺を案内したい場所があるのだと言う。
玄関前に五平所さんがロールスロイスのクラウドⅢを回して待っていた。
子どもたちは置いて来ている。
「どうぞ」
ドアが開けられ、麗星と一緒に座った。
麗星は花を抱えている。
20分程走り、ある寺の前に来た。
五平所さんがまたドアを開け、麗星と二人で降りた。
「道間家の菩提寺でございます」
歩きながら、麗星がそう言った。
墓所に入り、そのまま歩いて行く。
奥まった場所で、麗星が立ち止まった。
俺に深々と頭を下げる。
「本来は、最初にご案内差し上げるべきでした。申し訳ございません」
俺は墓石を見て分かった。
親父の墓だった。
「勝手にこのようなことを。でも、石神様にどのようにお詫びして良いか分からず」
麗星は花を脇に置き、地面に膝を付いた。
「立って下さい。本当にありがとうございます」
麗星は俺を見上げ、ゆっくりと立ち上がった。
俺は花を受け取り、花挿しに挿した。
「ここには何も入っておりません。宇羅が虎影様をどのようにしたのか皆目分からず。本当に申し訳ございません」
「そうですか」
墓石だけのものだ。
墓碑には親父の享年、没年月日が彫られている。
記録を元に刻んだのだろう。
俗名はあったが、戒名は掘られていない。
俺の指示を待っているのだと思った。
「このような立派なものを、ありがとうございます」
麗星、道間家の精一杯の償いなのだと分かった。
どのように俺に償おうかと考え、せめてもとこの墓を建ててくれた。
俺にはその気持ちが十分に分かった。
「お気に召さないのであれば、すぐに取り払いますので」
「いいえ、どうかこのまま。あの、今度何か送りますので、ここに納めていただけますか?」
「もちろんでございます! わたくしが責任をもって」
「ありがとうございます」
麗星が線香を焚き、俺は手を合わせ「般若心経」を唱えた。
麗星も隣で手を合わせてくれていた。
「綺麗な花ですね」
竜胆の青が鮮やかで、ゼフィランサスの清澄な白とシュウメイギク、ペンタスが上品にあしらわれている。
今朝、麗星が手配してくれたのだろう。
「出口でお待ちしております。どうかごゆるりと」
麗星が、そう言って離れて行った。
俺はしばらく線香の煙がたなびく様を見ていた。
「親父、悪いな。俺のために命まで擲ってくれたのに、何もしてやれないや」
美しい庵治石で作られた墓石だった。
俺は静かに話し掛けた。
「お袋も逝ったよ。親父のことは何も知らないままでな。しょうがないよな、親父が何も話してくれなかったんだから」
「お袋、再婚したんだ。幸せな人生だったよ。相手の人は本当にいい人だった。子どもが二人いてな。その人たちもいい人だった。お袋のことを慕ってくれてなぁ」
旅行を楽しんでいたことと、ゴルフに夢中になっていたことを話した。
「信じられないだろ? でも本当に楽しんでたんだよ」
線香が燃え尽きそうになっていた。
それほど長い時間、俺は夢中で話していた。
俺はスマホを取り出して子どもたちの写真を見せ、士王の写真を見せ、響子や栞や六花、鷹たちの写真を見せた。
一人一人を親父に説明した。
「でもさ。俺は親父とお袋と三人で暮らしたかったよ。俺、医者になって、結構稼ぐようになったんだ。親父に美味い酒を幾らでも飲ましてやれるよ。家も結構いいんだぜ。ああ、だけど親父は気に入らないかなぁ。ちょっと派手だからな」
「だったらさ、近くに家を建ててやるよ。日本家屋がいいだろ? 庭もちょっと広めでさ。あ、お袋は半々な! 俺も傍にいて欲しいからな!」
線香が消えた。
灰の中にあった熾火も消えた。
「なあ、どうして……」
どうしてではない。
全て、俺のせいだ。
「どうしてぇ!」
俺は叫んだ。
俺の叫びは、辺りに鳴り響いた。
墓石に頭を下げ、俺は立ち去った。
墓所の出口で、麗星が待っていた。
随分と長く立たせてしまった。
俺を見て、頭を下げる。
「すいません、お待たせしました」
「いいえ。宜しければ、いつでもお出で下さい」
「はい、ありがとうございます」
麗星が連絡し、ロールスロイスが回って来た。
後ろのシートにまた二人で座る。
「前にね、お袋に捧げる曲を作ったんです」
「さようでございますか」
「昔からの知り合いのピアニストに強要されまして。でも、すぐに作れたんですよ」
「はい」
「こないだ麗星さんから親父のことを教えてもらって。だから、親父に捧げる曲も作ろうとしたんです」
「それは素晴らしいことと思います」
「でもね、まだ出来ないんですよ。親父との思い出は一杯あるのに、全然まとまらない」
「……」
「いい思い出も多いんです。大好きだったんです。でも、ダメなんです。譜面に何十枚も書いたのに、全然終わらない。お袋との思い出の方がずっと多いのにね。そっちはすぐに曲になったけど、親父のはダメだ」
「はい」
「何でしょうね? 終わらないんですよ。俺は本当にダメな奴だ。親父のために、こんなこともしてやれないなんて」
「石神様……」
麗星が俺の頭を抱き、自分の胸に寄せた。
「わたくしもお手伝いいたします。虎影様のことを、これからも何としても探して参ります」
麗星の涙が、俺の頭を濡らした。
「必ず、わたくしが」
俺はその涙に、ただ甘えるしかなかった。
昼食はバーベキューだった。
俺が驚いていると、麗星が言った。
「霊素のことが分かりかけて来ましたので、そのお祝いでございます」
もちろん子どもたちは大喜びで、一江と大森も楽しそうに食べていた。
「タカさん! プロのバーベキューですよ!」
亜紀ちゃんが興奮して言いに来る。
俺は笑って、味わって頂けと言った。
「一皿ごとに、「道間家バンザイ」と言え!」
「はい! 道間家バンザイ!」
麗星と五平所さんが笑った。
双子が駆け寄って来て、麗星に耳打ちした。
麗星の顔が輝き、辺りを見回した。
そして、双子の指さす方向へ深々と頭を下げた。
気持ちの良い風が流れた。
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、
ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、
私のおにいちゃんは↓
泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる