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こんにちは、赤ちゃん

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 「お前、花房武子っていうのか」
 「え! そこですか!」

 みんなが笑った。
 ちなみによしこは「前宮佳子」だった。
 まあ、いろいろ物や金の遣り取りをしているので知っていたが。

 「どうでもいいけどな」
 「「石神さん!」」

 多くの料理を食べ終え、俺はタケとよしこに何か食べたいものはあるかと聞いた。

 「もう喰えませんって」
 「そうか」

 俺は笑って、タピオカココナッツを頼んだ。

 「まあ、食事中の軽い話としては良かったな」
 「ありがとうございます」

 よしこが泣いていた。

 「なんだ、よしこ。ワサビに当たったか?」
 「すいません!」

 六花は北京ダックを食べたのでご機嫌だ。

 「懐かしいな!」

 そう言ってやっぱり泣き出した。
 響子も涙ぐんで六花を抱き締めに行く。

 「タケ」
 「は、はい!」
 「「宝来屋」の看板を出す時には、絶対に俺が贈るからな!」
 「い、いえ!」
 「何だ、俺を関わらせないつもりか?」
 「そんなことはありません!」

 「それとな」
 「はい!」
 「俺の前であんまりいい話をすんじゃねぇ!」
 「はい?」
 「お前ら、最高だな!」

 俺はそう言って、笑って涙を拭った。

 人間にはドラマがある。
 俺たちは全員、それを知っている。




 陳さんに会計を頼んだ。
 100万円を超えなかった。

 「今日は少食ですみません」
 「アハハハハハ!」

 陳さんが大笑いし、俺たちも笑った。

 タケたちはタクシーで移動した。
 歩けない距離でもないが、外はまだ暑い。

 5分程で乾さんの店に着く。

 「乾さーん!」
 「トラ! おお、六花さんと響子ちゃんも!」
 「この二人は六花の仲間で「紅六花」のタケとよしこです」
 「「宜しくお願いします!」」

 「こちらこそ。どうぞ中へ」

 俺たちは中へ入り、ソファに座る。
 ディディが紅茶を持って来た。
 俺にはコーヒーだ。

 「こちらが乾さんの内縁の妻ディディだ」
 「おい、トラ!」

 みんなが笑う。
 
 「乾さん、そろそろお子さんも」
 「ばかやろう!」

 乾さんが怒る。
 俺が宥めて、「紅六花」で購入するバイクの話を始めた。
 タケたちは既に車種を決めていたが、乾さんの意見も聞く。

 「3台はサイドカーを付けるのか。出来なくはないけど、使い道を聞いてもいいかな?」
 「「暁園」という孤児院を経営しているんです。そこの子どもたちを時々乗せてやりたいんです」
 「なるほど、タンデムシートじゃなくだね?」
 「はい。小さい子もいるんで」
 「分かった。でも、申し訳ないんだけど、今注文が溜まっていてね。急いで手配はするけど、1年くらい掛かる物もあるよ」
 「そうですか」
 「国産のものは早いけどね。ハーレーやドゥカティになると、受注生産になるものも多いんだ。それにどうしても船で運ぶことになるからね。今は船便は奪い合いでね」

 「俺の知り合いに頼んでみましょうか?」
 「トラは顔が広いからな。まあ、伝手があるなら頼むよ」
 「分かりました!」

 すぐに契約書を作った。
 ディディが素早く用意してくれる。
 ただ、台数が多いので、サインをしていくのに時間が掛かる。

 乾さんの店の駐車場にハイエースが入って来た。
 外を見ていた乾さんが驚く。

 飛び出して行った。

 「蓮花さん! ミユキさんも!」
 「お久しぶりでございます」

 ミユキは大きな布を巻いたものを持っている。

 「今日はどうしたんですか?」
 「乾様とディディに御届け物を」
 「はい?」
 
 乾さんたちが入って来た。
 蓮花とミユキが俺に挨拶しに来る。

 「よう!」
 
 ディディも駆け寄って来る。
 蓮花とミユキに嬉しそうに挨拶した。

 「乾様、こちらを」
 「なんですか?」

 別な接客ソファにミユキが荷物を横たえた。
 蓮花が丁寧に布を解く。

 現われたものを見て、乾さんが驚く。

 「これ……」
 「乾様とディディの子どもでございます。お二人の性格を元に、AIを構成いたしております。まだ何分赤ん坊ですので、お二人で面倒を見ていただきたいと」
 「可愛いですね、乾さん!」
 「トラ!」

 俺は大笑いした。
 響子たちもこちらへ来る。

 みんなでカワイイと言う。
 人間の赤ん坊の見た目だ。
 もう目が開いており、人間で言えば生後6か月というところか。

 覗き込む俺たちを嬉しそうに見て、ディディに手を伸ばす。
 ディディが微笑んで抱き上げた。
 薄い茶の髪で、乾さんとディディの特徴を仕込んだ顔立ちだった。

 前に蓮花と相談し、どういう子どもアンドロイドを作るか話し合った。

 「乾様の「遺伝子」は流石に取り込めませんでした。沢山いただいておりましたのに、申し訳ございません」
 「蓮花さん!」

 分かる人間は笑った。

 「ディディのメンテナンスに合わせて、少しずつ成長するように考えております。お二人が注いだ愛情も、AIに反映されますので」
 「何を言ってるんですか!」
 「良かったですね、乾さん!」
 「トラ! お前またとんでもないことを!」
 
 乾さんが俺に掴みかかってくる。

 「ほら! 子どもの前で不味いですって! 見てますよ!」
 「なに!」

 乾さんがディディに抱かれた子どもを見た。
 つぶらな瞳でこちらを見ている。
 乾さんが手を離した。

 「おい、どうすんだよ! 俺は子育てなんて出来ないぞ!」
 「大丈夫ですよ。乾さんは可愛がってくれればそれでいいんです。ディディもそうしますしね。きっといい子に育ちますって」
 「トラよー!」

 ディディがこちらへ来た。
 乾さんに子どもを見せる。
 手を伸ばして、乾さんに抱かせた。

 「おい、困るぜ、本当に」
 
 そう言いながら、乾さんの顔が綻んだ。
 優しいあの目で子どもを見詰める。
 子どもも微笑み、うっとりと目を閉じた。

 「男の子ですよ。名前を付けてあげて下さいね」
 「トラ、どうすりゃいいんだ」
 「可愛がってあげれば、それで。抱き上げて撫でてやって話し掛けてやって。ディディと同じで飲み食いはしませんから、それ以外のことで普通に接してやって下さい。昼間は店のどこかに。そのうちにハイハイをするし、歩くようにもなりますけどね」
 「ほんとか!」
 「もちろん、喋るようにもなりますよ。ああ、知識の吸収はディディと同じでスゴイですから。だから夜は一緒に寝てもいいんですが、アレの時は別な部屋で寝かせて下さいね」
 「おい!」

 みんなで笑った。
 従業員も気付いて集まって来る。
 みんな嬉しそうで、乾さんに「おめでとうございます」と言った。

 「やめろって!」

 ミユキが荷台から子ども用のベッドと椅子を持って来た。

 「店の中に置いてもいいですし、昼間は家の方でも。でも「寂しい」って感情がちゃんとありますからね。長い時間放置はしないで上げて下さい。まあ、乾さんなら大丈夫でしょうけど」

 乾さんは夢中で子どもをあやしていた。
 俺の話は聞いていたかどうか。

 「トラ」
 「はい」
 「もう返さねぇぞ」
 「はい!」

 乾さんが幸せそうに笑った。
 ディディが背中から肩に手を回し、後ろから子どもを覗き込んで笑った。
 幸せそうだった。

 「名前は虎彦だ」
 「え?」
 「俺の名前(武彦)と、俺の大好きな奴の名前から取った」
 「乾さん……」
 「ディディ、どうだ?」
 「素敵なお名前です!」
 「そうだよな!」

 


 俺は外のハイエースに向かった。
 後ろの荷台を開けると、前鬼と後鬼が片膝を付いて頭を下げた。

 「護衛、ご苦労。乾さん、喜んでるぞ」
 「そうですか! それは何よりです」
 「「虎彦」だってさ。早速もう名前を付けた」
 「それは!」
 「武彦って名前なんだ。その自分の字と、あとは大好きな奴の名前なんだと」
 「「ワハハハハハ!」」

 二人が笑った。

 「きっと、いい子に育ちますね」
 「やんちゃなだけかもしれんぞ」
 「良いではありませんか。子どもはその方が」
 「そうだな」

 ディディがいれば、乾さんは幸せだろう。
 しかし、ディディは子を産めない。
 俺自身が自分の子を持って初めて分かったことがある。
 それを乾さんにも持って欲しかった。

 「じゃあ、帰りも宜しくな」
 「「ハッ!」」

 俺は荷台を閉めた。
 ブランたちには訪れない幸せだ。
 だからこそ、そういう幸せに関わることをさせたかった。
 蓮花の研究所で「虎彦」が生まれた時、蓮花がどういう子かを全員に説明した。
 乾さんとディディのことを話し、「虎彦」がそこで幸せになるのだと言った。
 ブランたちは喜び、「虎彦」の誕生を祝い、短い間だったが「虎彦」と一緒に過ごした。
 「虎彦」はブランたちの愛情も注がれている。




 店に戻ると、乾さんが大騒ぎで今日はお祝いをするのだと言っていた。
 俺は響子を病院へ戻さなければならないと言い、蓮花たちもそろそろ帰ると言った。
 乾さんは残念がった。

 「また、そのうちに来ますから」
 「絶対だぞ!」
 「分かりましたよ」

 こんなにすぐに受け入れるとは思わなかった。
 タケたちはタクシーを呼んで帰った。
 駐車場で蓮花と別れる時に言われた。

 「きっと、乾様は夢見ておられたのではないでしょうか?」
 「ディディとの子どものことか?」
 「はい。愛する女が自分の子を産んでくれるというのは、男の方が誰しも思うことかと」
 「そうだな」

 俺は笑って響子をシートに座らせた。

 「タカトラ」
 「なんだ?」
 「私も産むね」
 「頼むぞ」
 「うん!」

 響子が俺の背中に身体を寄せた。
 ほのかな温もりを感じた。

 「じゃあ、帰るか!」
 「石神先生!」
 「なんだ!」
 「お腹空きましたね!」
 「まじか! じゃあ、響子の夕飯をちょっと分けてもらうか!」

 響子が笑って、ちょっとだけだと言った。
 俺たちは、歌いながら帰った。

 ♪ こんにちは、赤ちゃん あなたの笑顔 ♪ 
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