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À mon père(父へ)

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 9月第二週の金曜日の夜。
 俺は風呂から上がり、地下へ行った。
 暫く前から、何となく曲を作ろうとしていた。
 ギターを調弦し、思いつくままに鳴らしていく。
 いいフレーズは、テーブルの譜面に書き残している。
 大分溜まって来た。

 亜紀ちゃんが降りて来た。

 「あれ、タカさん、飲まないんですか?」
 「ああ、今日はいいかな」
 「なんでですか! 一週間の疲れはちゃんと飲んで取らないと!」
 「別に疲れてねぇよ」
 「私なんて、クタクタですよー」
 「お前は夏休みの最中も毎日のように飲んでただろう!」
 「ワハハハハハ!」

 亜紀ちゃんが俺の隣に座る。

 「あー! 何か作ってるんですか!」
 「別にそうじゃねぇよ。何となくいいフレーズを書き留めてるだけだ」
 「弾いて下さいよ!」
 「何でだよ」
 「ほらー!」

 俺は笑って幾つか弾いてみせてやった。
 亜紀ちゃんは目を閉じて聴いている。

 「最高です!」
 「ありがとさん」
 「ちゃんと曲にしましょうよ」
 「別にいいんだよ。そういうつもりでやってるんじゃねぇからな」
 
 亜紀ちゃんは何枚も積み重なった譜面を手にした。

 「おい!」
 「これって、昨日今日の量じゃないですよね?」
 「いいだろう、別に」
 
 俺は譜面を取り返してテーブルに置いた。
 譜面がずれて、一番下のものが飛び出た。

 「あれ、「À mon père」って書いてますね?」

 俺は黙って譜面を持ち直して整えて置いた。

 「タカさん、どういう意味なんですか?」
 「なんでもねぇ。ただ、何となくやってるだけだって」
 「そうですかー」

 「ああ、今日はもう終わるかな」
 「じゃあ、飲みましょうよ!」

 俺は笑ってギターと譜面を仕舞った。
 二階に上がってテーブルに座る。
 亜紀ちゃんがワイルドターキーを出してきて、先にロックを作って俺の前に置いた。

 「今、おつまみ作りますねー!」

 俺はイモの煮ころがしを作ってくれと言った。

 「はーい!」

 亜紀ちゃんがジャガイモの皮を剥き、鍋に湯を少し沸かして乱切りにしたジャガイモを茹でて行く。
 醤油、みりん、出汁を入れ、菜箸で転がしていく。

 アスパラベーコン、ほうれん草とタマネギのバター炒め、自分用のハムを焼いた。

 自分のグラスにロックを作り、俺のグラスに重ねて来る。
 一口飲んで「カァー!」っというので、頭を引っぱたいた。

 「上品に飲め!」
 「はーい!」

 亜紀ちゃんは夏休み中の全国模試の結果を話した。

 「総合でもどの教科でもトップでしたよ!」
 「そうか」
 「皇紀もルーとハーも」
 「ワハハハハハ!」

 日本で飛び級があれば、みんな同級生だ。

 柳が来た。
 何か飲み物を探しに来たようだ。

 「おう、柳も来いよ!」
 「はい!」

 嬉しそうな顔をして、グレープジュースをグラスに注いで来た。
 俺はつまみを前に出してやる。

 「柳さん、タカさんが何か作曲してるんですよ!」
 「そうなの!」
 「そうじゃねぇよ!」

 亜紀ちゃんがさっき見たと言って説明していた。

 「《À mon père》って書いてあったんです」
 「おい、よせって!」
 
 頭を掴んでやめさせようとすると、亜紀ちゃんはグラスを持ったままスルッと柳の背中に回った。

 「《父へ》ってフランス語ですよね?」

 柳が言った。
 俺は顔を上にそむけ、亜紀ちゃんは驚いた顔をして、次に困った顔をした。

 「タカさん、すいませんでした」
 「いいよ」

 柳は分からないという顔をしている。
 亜紀ちゃんは自分の椅子に戻り、下を向いていた。

 「なんだよ、暗くなるんじゃねぇ!」
 「すいません」

 「しょうがねぇ」

 俺は柳に親父のことを話した。

 「裏切られたんだとずっと思っていたんだけどな。全然違った。親父は俺のために騙されて命を売ったんだ」
 「そうだったんですか……」
 「最近知ったことでな。亜紀ちゃんには話していたけど、他の子どもたちも知らない。御堂には話したけど、それだけだ」
 「そうですか」

 「まあ、柳にも知っておいてもらおう。柳は今後妖魔系の戦いを担ってもらうからな。道間家との連携も多くなっていくだろう」
 「はい」
 「それに俺の大事な女の一人だしな。まあ、他の連中にも話そうとは思うんだが、まだ俺の中で整理が付かないんだよ。だから、どう話していいのかも分からないんだ」
 「石神さん……」

 「亜紀ちゃんは俺に万一のことがあったら石神家の中心になるからな。別に後は継がなくていいけど、何が必要になるか分からんからな」
 「タカさん、辞めて下さい」
 「俺はずっと親父を恨んでいたわけではないと、誰かに知っておいて欲しかった」
 「タカさん……」

 俺はつまみを喰えと言った。
 二人とも箸を動かす。

 「前に橘弥生に強制されて、CDを作っただろ?」
 「はい! 私も2枚買いましたよ!」

 柳が言う。
 亜紀ちゃんが自分は100枚買ったと自慢した。
 双子と皇紀で10000枚買い、ロボの分も一枚ありロボのおもちゃ箱に入っている。
 知り合いも随分と買ってくれたが、実は世界のあちこちで売れ、ミリオンセラーになっている。
 子どもたちも知らない。

 「あの時に、門土の最後の曲を入れ、俺はお袋へ捧げる『Para mi Madre』を作曲して入れた」
 「はい! いい曲でした!」
 「だから今度は親父に捧げる曲を作ろうと思ったんだ。俺に出来ることはあんまりないからな」
 「石神さん……」

 俺はグラスを飲み干した。
 すぐに亜紀ちゃんが注いでくる。

 「だけどな、全然出来ないんだよ。お袋への思いは幾らでも湧いて来たのにな。親父のはダメなんだ。まだ俺の中で錯綜しているものがあるんだろうな。まあ、続けては行くけどな」
 「凄い量になってましたよね?」
 「まあな。いつまでも出来上がらないんで、あのザマだ。我ながら呆れるぜ」
 「そんなことはありませんよ!」

 亜紀ちゃんが泣きそうな顔で叫んだ。 

 「親父のことを思い出して曲を作っているんだが、自分でも思った以上にいろいろな思いがあるのが分かったよ」
 「そうですか」

 二人が俺を見ている。

 「最近じゃな、もう出来なくてもいいんじゃないかと思っているよ」
 「そんな、作りましょうよ」
 「そうだけどな。でも、もう一生こうやっていくのもいいかもしれないってな。そう思い始めた」
 「ああ、それもいいかもしれませんね」

 柳と亜紀ちゃんが小さく笑った。

 「すいません、今日は邪魔しちゃいましたね」
 「そうじゃねぇよ。どうせいつも行き詰って困るんだ。丁度いいタイミングで亜紀ちゃんが来てくれたよ」
 「そうですか」

 本当にそうだ。
 やり始めると、いつまでも考えてしまう。

 「今後も、だから来てくれよ。俺もその方がいい」
 「分かりました」

 「俺なんて、全然才能が無いからな。苦労するのは当たり前だしな」
 「そんなことないですよ」

 亜紀ちゃんが微笑んで言った。

 「門土とな、バッハの『マタイ受難曲』をギターで演奏しようとしてたんだ」
 「門土さん!」

 亜紀ちゃんが喜んだ。

 「俺の一番好きな曲だからな。どうしてもやりたかったんだよ」
 「出来たんですか!」
 「いや、ダメだった。幾つも考えてはみたんだけどな。結局満足するようなものは出来なかった」
 「そうなんですかー」







 俺は笑って話し出した。
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