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早乙女家の引っ越し

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 「ドミノ」事件の翌週の土曜日。
 本当は先週の予定だった早乙女達の引っ越しをした。
 大雨が降るのが分かったので、延期になったのだ。
 まあ、俺としては助かった。

 別に俺が何かを手伝うわけでもなかったが、子どもたちには手伝わせるつもりでいたし、俺も顔を出してちょっとは手助けしようとは思っていた。

 基本は引っ越し業者が荷造りから運送、開梱、収納までやる。
 でも、大事なものなどは自分たちでやるので、人手はあった方がいい。

 掃除は既に「ラン、スー、ミキ」の三体の家事アンドロイドたちが十分にやっている。
 家具も俺が勝手に入れたものが多い。
 早乙女の本の他は大した荷物もない。
 引っ越しは、本来楽なもののはずだった。

 俺は早乙女の新居で双子と待っていた。
 亜紀ちゃんだけがちょっとした手伝いがあればと、早乙女の家に行っていた。
 皇紀は留守番だ。
 研究とチンコいじりが必要だった。




 「来たよー!」
 
 ハーが早乙女のポルシェを見つけて叫んだ。
 亜紀ちゃんが後ろをCBRで付いて来た。

 「よう!」
 「石神! 今日はありがとう!」
 「いいって。雪野さん、大丈夫ですか?」
 「はい! 本当にありがとうございます」

 早乙女は車を駐車場に入れ、吉原龍子の御札を大事に両手に抱えて降りて来た。

 「これをまず寝室に置きたいんだ」
 「ああ」

 俺たちは一緒に家の中に入った。
 ラン、スー、ミキたちが出迎える。

 豪奢な通路を早乙女達がキョロキョロと見渡し、慣れない仕草で奥のエレベーターに乗った。

 「しかし、派手な家だなぁ」
 「石神!」

 俺と子どもたちが笑った。

 寝室には既にキングサイズのベッドが置かれ、布団もちゃんとある。
 壁に御札を置くための棚が設えてある。
 早乙女と雪野さんが、丁寧にそこへ置き、手を合わせた。

 「さて、業者が来るまでに間があるから、うちに来いよ。食事にしよう」
 
 300メートルほど離れている。
 俺たちは楽しく話しながら歩いた。





 昼食は海鮮丼にしてある。
 石神家の場合、好きなネタを好きなだけ乗せていいことになっている。
 早乙女と雪野さんも大喜びで自分の丼を作っていた。

 「モハメド、俺がマグロを切ってやろう」
 《ほんとうですかー! ありがとうございますー!》

 早乙女の肩からテーブルに飛び跳ねた。

 「今日のマグロはお前のために最高のものを用意したからな。いつも早乙女を守ってくれてありがとうな」
 《いいえー、とんでもありませんー》

 俺は宝石のルビーのように輝くマグロを、1センチ角に二つ切った。
 モハメドは大興奮で(アリだからよく分からんが)食べた。
 自分の身体の何倍もあるが、綺麗に食べ尽くした。

 《ありがとうございましたー》
 「おう! これからも宜しくな!」
 《はいー》

 早乙女が嬉しそうに見ていた。
 大分仲良くなったらしい。
 
 食後に、雪野さんが図面を拡げた。
 引っ越しの荷物の置き場所を書いている。
 やはり優秀な女性だった。
 
 俺は亜紀ちゃんたちに配置を指示し、その場所の荷物を覚えさせた。
 ルーが雪野さんに断ってコピーを撮る。

 業者も昼食を摂ってから来るので、大体3時頃になる予定だ。
 まだ1時半だが、みんなで新居に移動した。
 広大な新居を楽しく見て回る。

 「広すぎてどうかと思ってましたけど、なんだか素敵でいいですよね!」
 「亜紀ちゃん!」

 早乙女が俺をじっと見ていた。

 「あ、あの! うちもこういう広いのにしましょうか!」
 「そ、そうだよな!」

 絶対いらねー。
 雪野さんが笑っていた。

 1階のエレベーターホールに戻る。

 「石神、あの「柱」はここに置こうと思うんだ」

 早乙女が言った。

 「ここかぁ」
 「折角お前に貰ったものだ。毎日見たいからな」

 こいつの性格が分からん。
 俺は絶対に嫌だ。

 「まあ、いいんじゃねぇか?」
 「そうだろ!」
 「お前たちの好きにしろよ」
 「うん! あれは大事にするよ。今日もあれだけは美術運送で頼んだんだ」
 「そうか」

 バカじゃねぇのか。

 見て回っているうちに、いい時間になった。
 俺たちは配置に着いた。

 荷物の量は本が多いのと、何しろ新居が広大なので、結構な人数が揃っていた。
 俺は念のためにタマを呼び、全員に怪しいことが無いかを探らせた。
 また、帰る時には全員にこの家の間取りなどの記憶を消させてもらう。
 
 どんどん荷物が運ばれ、指示通りに収納されて行く。
 俺は蔵書室に貼りついた。
 しかし、便利屋が丁寧に箱に内容を書いていたので、スムーズに本棚に並んで行く。
 父親と姉の本を見たが、本当の本好きのようで、独自の世界が紡がれているのがよく分かった。
 早乙女と雪野さんは、小説が多かった。
 二人とも文庫がほとんどだ。
 まあ、これからも増えていくのだろう。
 父親と姉の本は、もう増えることが無い。
 でも、それはそれでいいものだった。

 蔵書室が大丈夫そうなので、俺は1階のホールに戻った。
 そろそろ終わる頃だ。

 丁度、美術運送のトラックが来て、丁寧に荷下ろしがされた。
 クッション性の高い布にくるまれている。
 カーゴに入れられ、養生された床をゆっくりと進んでくる。

 「ここに置いて下さい」

 早乙女が指示した。
 業者が開梱し、柱が姿を現わした。
 驚いた。

 「おい!」

 白かった柱が、ピンク色になっている。

 「何でピンク色なんだ!」
 「え? そうだったじゃないか」
 「何言ってる! 俺が運んだ時は真っ白だったぞ!」

 だから大理石かと思っていた。
 今は柱もその下の四本の足も、全て同じピンク色だ。
 毒々しいものではない。
 桜の花弁よりも、もう少し濃い上品なピンクだ。

 「夜は気付かなかったけど、朝になって見たらこの色だったぞ?」
 「!」

 俺は外に出て皇紀に電話した。

 「緊急! アラスカ「虎の穴」に入電! 俺に柱をくれたイヌイットの長老に問い合わせろ! あの柱がピンクになった! どういうことか至急聞け!」
 「はい!」
 「「皇紀通信」の使用を許可! 東雲に最優先事項! 急げ!」
 「はい!」

 20分後、皇紀から折り返しの連絡が来た。

 「タカさん! 長老から「最高の幸福がもたらされる時に、柱はピンク色に染まるそうです!」
 「本当か!」
 「はい! 伝承ではこれまでたった一度だけ! 神が降臨し、百年間豊富な獲物を与えてくれたそうです」
 「そうか」

 『サーモン係長』が、爆発的に売れるのだろうか。
 俺は長老から聞いた話を早乙女に伝えた。

 「そういうことなのか!」
 「ああ、良かったな」

 早乙女は喜んで、雪野さんに知らせに行った。
 俺は独り残された。

 「お前、早乙女たちとこの家を宜しく頼むな」

 柱を優しく撫でた。
 柱が紫色になった。

 「おい! 戻れ!」

 戻らなかった。
 俺は外に出て皇紀に電話した。

 「緊急! アラスカ「虎の穴」に入電! 俺に柱をくれたイヌイットの長老に問い合わせろ! あの柱が今度は紫色になった! どういうことか至急聞け!」
 「はい!」
 「「皇紀通信」の使用を許可! 東雲に最優先事項! 急げ!」
 「はい!」

 15分後、皇紀から折り返しの連絡が来た。

 「分からないそうです!」
 「なんだと!」

 早乙女が雪野さんを連れて来た。
 エレベーターが開き、二人でニコニコして降りた。

 「あれ?」

 二人が紫色になった柱に驚いた。

 「あのよ! 今問い合わせたんだ!」
 「なんだって?」
 「それがな、もう信じられないくらいに幸福になっちゃうんだってさ!」
 「そうなのか!」
 「石神さん! ありがとうございました!」

 早乙女と雪野さんがキラキラした目で俺に近づいて感謝した。
 二人に両手を取られ、ブンブンされた。















 お、俺がお前らを絶対に幸せにしてやる!
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