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万歳 「花岡流」

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 金曜日の朝。
 9時に起きて俺は遅めの朝食を食べていた。
 朝食を食べたはずのロボが、亜紀ちゃんに焼いてもらった鮭の皮を俺の後ろで食べている。
 通だ。

 早乙女から電話が来た。

 「いしがみー!」
 「なんだ、今食事中なんだ!」
 「え、すまん。お前が起きる頃まではと、今まで待っていたんだが」
 「お前なぁ。こないだも言ったけど、まずは「おはようございます」だろう!」
 「あ! おはようございます!」
 「とっとと用件を話せ!」
 「……」

 「おい!」
 「ああ、すまない。あのな、夕べいただいたお土産なんだけどな」
 「も、もうお前のものだからな! 返品は受け付けないぞ!」

 俺は慌てて言った。
 やっぱり何かあるんだ。

 「それがさ、朝に起きてみたら向きが変わってるんだよ!」
 「お、おう。幸福方角を向くようになってるかんな!」
 「でも石神、俺と雪野さんが見てる前で、あの足が動いて微調整したんだぞ!」
 「だからそういう風に出来てるんだって!」

 俺は押し通した。
 怖えぇ。

 「石神、あの足って硬い石だよな?」
 「そ、そうだな」

 よく見てない。

 「どうして石が曲がって動くんだよ?」
 「そ、そういう呪いが掛かってんだろうよ」
 「あ! お前! 今「呪い」って言ったか!」
 「違ぇよ! 呪術的なものだって言おうとしたんだよ!」

 やっぱ、家に置かなくて良かった。

 「いしがみー!」
 「あれはいいものだ! あれを持っていた一家は出世するわ金持ちになるわでスゴイ良かったんだよ!」

 今度金を送ろう。

 「そうなのか」
 「そうだ! 俺がお前のためにしたことで、悪いことが一つでもあったか!」
 「いや、無いよ!」
 「そうだろう!」
 「悪かった、石神!」
 「わ、分ればいいよ!」

 電話を切った。
 今度は広い家だ。
 多少不気味なものでも、置き場所には困らんだろう。

 


 俺はこの後で蓮花の研究所へ行く。
 今回は俺一人だ。
 皇紀は大阪で、亜紀ちゃんと双子は早乙女の手伝いと留守番だ。
 先日、向かいの愛鈴がうちに入った妖魔を退治しに来たと話し、注意するように言った。

 「お前はどうする?」

 ロボに聞いた。
 俺に飛びついて来た。

 「おし! じゃあ一緒に行くか!」
 「えー、私も行きたいですよー」

 亜紀ちゃんが言う。

 「またな。ロボ、荷物は自分で用意しろ」

 ロボが自分のおもちゃ箱からピンポン玉を咥えて来たので、預かった。
 俺は亜紀ちゃんが用意してくれた荷物を入れたエルメスの鞄にピンポン玉を入れようとして気付いた。

 「おい、ニャンコパジャマはいらないよ」
 「そうですか?」
 「恥ずかしいだろう! 俺も40過ぎなんだぞ」
 「いつも着てるじゃないですか」
 「家の中だけだ。蓮花にだって見せたことはねぇ」
 
 亜紀ちゃんは「カワイイのに」とかぶつぶつ言いながら仕舞いに行った。
 蓮花の所では浴衣が用意されているだろう。
 俺はロボを連れて、駐車場に向かった。
 アヴェンタドールをアイドリングし、冷房が効くまでの間に蓮花に電話した。

 「これから出発する。昼過ぎに着くと思うぞ。ああ、ロボも連れて行くからな」
 「かしこまりました。お待ちしております」
 
 ロボを助手席に乗せた。
 ロボが人間みたいな座り方をしたので、シートベルトをしてやった。
 嫌がるかと思ったら、嬉しそうだった。
 手足をパタパタさせて喜ぶ。
 亜紀ちゃんが見送りに来て、大笑いした。



 運転しながら、ロボに話し掛けた。

 「あの便利屋よー。道間家の人間だったとはな! トラちゃんびっくり!」
 「にゃー!」

 「亜紀ちゃんがよー。「サーモンも美味しいですね」ってよ。士王は食べるなって思わず言っちゃったよ! 士王、美味しそうじゃん!」」 
 「にゃー!」

 ロボはちゃんと返事するので、俺も話しやすい。
 途中のサービスエリアで一度休憩した。
 アヴェンタドールのシザードアを開け、ロボのシートベルトを外すとOLらしい二人組が駆け寄って来た。

 「カワイー!」
 「スゴイ車ですね!」

 「こんにちは。夏休みかな?」
 「はい! 群馬の実家へ二人で帰ろうと」
 「そうか。俺たちも群馬に行くんだよ」
 「ほんとですか!」
 
 電話が掛かって来た。
 斬からだった。

 「蓮花に聞いた」
 「おい! 最初はまず「こんにちは」だろう!」
 「お前、今まで一度も言ったことないだろう!」
 「うるせぇ! 俺は礼儀正しい人間になることにしたんだぁ!」
 「ふざけるな!」

 「さっさと用件を話せ!」
 「ああ。お前こっちに来るそうだな」
 「そうだよ」
 「うちには寄らないのか?」
 「あ? なんで?」
 「何でもいい。少しでも寄って行け」
 「でもなぁ。連れもいるしなぁ」
 「どうせお前の子どもたちだろう」
 「いや違う」
 「誰だ?」
 「ネコ」
 「……」

 斬はそれでも来いと言った。

 「マグロを用意しておけ」
 「なんだ?」
 「うちのネコが好物なんだよ!」
 「分かった」
 「それと、そろそろ看板を変えろ」
 「なに?」
 「「花岡流」じゃなくて「トラちゃん流」にしておけ」
 「ふざけるな!」

 俺は笑って電話を切った。

 「あの、「花岡」って……」
 
 OLの一人が言った。

 「ああ、知ってるの?」
 「はい! スゴイ拳法で、こないだ長野の御堂家を守ったっていう!」
 「そうそう。今そこの当主と話してたんだよ」
 「え! 「花岡流」とお知り合いなんですか!」
 「まあね」

 ジャングル・マスターと一江の情報操作は上手く行っているようだ。
 一般の人間に良い印象で浸透しつつある。
 
 ロボと一緒にサーティワンのバニラを食べ、OL二人にもご馳走した。
 俺が歌い、ロボとジルバを見せてやると大喜びした。

 俺は蓮花に電話し、斬の家に寄ってから行くと伝えた。
 
 「昼食はちょっと遅らせてくれ」
 「かしこまりました」




 斬の屋敷に寄った。

 「おい、来たぞー」
 「にゃー」

 斬が現われ、俺たちを屋敷に入れた。

 「おい、足を拭ってから上がれ」
 「おう」

 俺は渡された雑巾で靴の裏を拭いた。
 きちんと揃えてから上がった。
 俺は躾がちゃんとある人間だ。

 廊下にロボの足跡が点々とついた。

 「……」

 斬は何か言いたげだったが、黙って俺たちの前を歩いた。
 いつもの座敷に案内された。
 すぐに膳が運ばれ、ロボの前にはマグロの切り身が置かれた。
 膳にはマグロや鯛などの刺身と野菜の天ぷら、幾つかの器物と300gのステーキが乗っていた。
 それに丼の飯と椀物だ。

 「おい、昼は蓮花に用意させてるんだ」
 「よいではないか。お前は幾らでも喰えるじゃろう」
 「でもなー」
 「いいから付き合え」

 斬の前にも大きな膳がある。
 相変わらず健啖だ。
 良かった。

 酒を勧められたが断った。

 「お前は酔うことなどないだろう。それにこの一帯はわしの土地じゃ。警察もお前の車は止めないぞ?」
 「斬。俺たちはろくでなしだ。せめて守れる法は守れよ」
 「ふん!」

 しばらく黙って食べた。
 ロボも喜んで食べていた。

 「栞の所へ行ったんだよな」

 斬には知らせてあった。
 何か言伝があれば伝えると言ったが、特に何も受けなかった。

 「ああ、栞も士王も元気だぞ」
 「そうか」

 斬の表情が柔らかくなった。
 きっと、それが知りたかっただけなのだろう。
 俺に聞けばいいのだが、こいつはそれが出来ないコミュ障だ。

 「士王は離乳食を始めているが、俺が母乳をまだ飲ませている」
 「そうなのか?」
 「母親の愛情を出来るだけ長く味わわせたいからな」
 「そうか」

 「お前は最初からカルピスだったんだよな?」
 「なんだと!」
 「愛情が少ないのもしょうがねぇよなぁ」
 「ふん!」

 斬が飯を頬張りながら、小さく笑っていた。
 ロボがマグロを食べ終えた。
 俺を見ているので、鯛の刺身を乗せてやった。

 「士王は人気者だ。みんなが「カワイー」って言うんだぞ」
 「そうか」
 「次期当主としては、良い才能だな。士王が花岡の当主になれば、世界中に「花岡流」が広まるぜ」
 「ふん! 花岡の真髄はおいそれと有象無象には教えられんわ」

 斬が憮然として言った。

 「斬、俺は広めるぞ」
 「なんじゃと?」
 「もう世界は変わる。強い人間が増えて行かなければ、世界は崩壊する」
 「……」

 「「業」の軍勢は、恐らく膨大な数で攻めて来る。俺たちは強いが、数では圧倒的に負けている。その差を埋めなければならん」
 「……」

 「斬、頼む。多くの人間に、技を教えさせてくれ」
 「お前が現「花岡」の当主じゃ。好きにせい」
 「ありがとう」

 俺は士王がいかにカワイイのかを斬に話した。
 斬はニコやかにそれを聞いていた。
 自分の顔には気付いていなかっただろう。
 黙って食事をしながら聞いていた。





 俺たちは帰ることにした。

 「ああ、ロボにトイレをさせていいか?」
 「ふん! 庭のどこにでもさせろ」

 ロボが庭石の裏で済ませて来た。

 「ああ、雑巾を貸してくれ」
 「あ?」

 玄関に置いてあった雑巾を斬が持って来た。
 俺はロボの足を拭いてやり、アヴェンタドールに乗せた。

 「車の中を汚したくねぇからな」
 「……」

 「花岡、ばんざーい!」
 「にゃー」

 俺とロボが両手を挙げた。
 斬が背中を向けた。
 肩が少し震えていた。
 何でこいつは笑顔を見せたがらないのか。

 俺たちは笑いながら出発した。
 バックミラーで、斬がずっと背中を向けていた。
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