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早乙女家の食事

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 別荘から戻って火曜日の夕方。
 響子と六花は病院へ戻っている。
 柳はまた実家へ戻った。
 オロチの世話をするためだ。
 夏休み一杯は向こうにいる予定だった。
 明日、俺たちはアラスカへ行く。
 今回は子どもたちだけなので、「飛行」で一泊の予定だ。
 栞はもっといて欲しがったが、9月にはもっと長くいるということで納得してもらった。
 
 子どもたちは夕飯を作っているが、俺は出掛けることにした。
 早乙女と会うためだ。
 早乙女のマンションへ向かう。




 「石神さん、いらっしゃい」

 雪野さんが出迎えてくれた。
 早乙女はもうすぐ帰って来ると言う。

 「さあ、どうぞ」
 「お邪魔します」

 このマンションももうすぐ引き払う。
 
 「すいません、荷物が片付いていなくて」
 「いいですよ。俺が勝手に引っ越ししてもらうようにしたんですから」
 「まだあの家に住むのに気後れしてますよ」
 「まあ、俺でもそうだったでしょうね!」

 俺がそう言うと、雪野さんが笑った。
 リヴィングに通され、紅茶を頂いた。

 リヴィングには段ボールは無かった。
 もしかしたら、俺が来るので片付けているのかもしれない。

 「主人は毎日石神さんの話をしてくれるんですよ」
 「そんなに話すことはないでしょう」
 「ウフフフ。一杯あるみたいです」
 「気持ちの悪い奴ですね」
 
 雪野さんが笑った。

 「ああ、こないだ磯良君を家に呼んだんですよ」
 「へぇ」
 「小学六年生ということでしたが、随分と大人びているんですね」
 「まあ、あいつは特殊な環境で育ちましたからね。大人にならざるを得なかったんですよ」
 「はい、少し主人から聞いております」

 「幼い頃に両親を殺され、あの吉原龍子に助けられて堂前家へ連れて行かれた。普通の子どもなら大混乱で大変だったんでしょうけどね。でも、磯良はすぐにその環境を引き受けた」
 「はい。さぞ辛かったんでしょうけど」
 
 雪野さんが辛そうな顔をしていた。
 磯良の悲しい心を思っている。

 「あいつは、早乙女に似ているんですよ」
 「え?」
 「早乙女も大概じゃない辛い目に遭った。でも、あいつは警察官として、必ず父親と姉の仇を討つことを誓った」
 「はい」
 「磯良もそうです。両親の仇を討つことを考えた。自分以外のことで目標を決めたことが、磯良が新しい環境に馴染んだ理由の一つです」
 「自分のことを悲しまなかったと?」
 「そういうことです。人間は自分のことを考えれば弱い。でも、自分以外のことを考えれば、どこまでも強くなれる」
 「はい」

 「それと、吉原龍子です。彼女は命懸けで家族でもない磯良のことを助けてくれた。その恩義に報いたいという気持ちも大きかった」
 「そうですか」
 「吉原龍子に教わったんですよ。自分以外のことを考えろと」
 「それは、逃げる途中で?」
 「いいえ、彼女の背中です。人間は言葉で伝えたことはまた弱いんです。語らぬ背中で、人間は本当のことを知る。どんなに言葉で着飾っても、背中で見せられない奴はダメです」
 「なるほど」
 
 雪野さんが感心している。

 「それともう一つ。磯良の母親です」
 「え?」
 「磯良の母親は話すことが出来なかったそうですよ」
 「そうなんですか!」
 「だから、言葉以外で磯良に愛情を注いでいた。それはね、雪野さん。磯良にどれほどの真の愛を伝えたことか」
 「はい!」
 「人間は言葉によって思考する。でも、人間の核である魂は、言葉では言い表せない何かで動くんです」
 「はい」
 「磯良には、巨大な愛が宿った。俺はそう信じています。あいつが大人びた子どもになったことは、あいつの愛がそうさせたんだと思いますよ」
 「誰かのために何かをしたいということですか?」
 「その通りです。子どもらしいというのは、要は甘えです。磯良は、それをとっくに捨てた。自分を守る者だと思わなければ、磯良の中の「子ども」に潰されてしまう」
 「それは……」

 雪野さんが動揺していた。

 「そうですね、悲しいですよね。でも、磯良はそうした。そうならなければダメだと思った」
 「悲しいです。あの、堂前家では、誰もあの子を甘やかしてはくれなかったんでしょうか」
 「俺が知る限りでは、あの家族はみんな磯良のことが好きなようでしたよ。本当の家族のように思っていた。早乙女が会ったのは父親の堂前重蔵と娘の帰蝶でしたけどね。二人はまったく同じく、磯良を守ろうとしていた」
 「そうなんですか」
 「でも、磯良は自分の意志で生きようとしていました。堂前家に愛着というか恩義を感じてはいたようですけどね。それ以上に、自分の意志で動くことを決めているようです」
 「堂前家の方も、それを容認していると?」
 「その通りです。俺は、堂前家もまた磯良に恩義を感じているように思えました。早乙女にその辺りを探るように言っていたんですが、何か聞いていませんか?」
 「いえ、まだ何も」
 「あいつー」
 「ウフフフフ」

 早乙女が帰って来た。
 チャイムを鳴らす。
 自分の家なのに、多分雪野さんに気を遣っているのだろう。
 俺は唇に指を当てた。
 リヴィングの扉を開けると、廊下の突き当りが玄関になっていて見通せる。

 「ただいまー、ゆきのさーん!」
 「はーい!」

 雪野さんがリヴィングの扉を開けて姿を見せた。

 「あ! ゆきのさんがいるー!」
 「あなた!」

 「俺もいるぞー」

 俺も顔を出した。

 「い、石神! もう来てたのか!」
 「なんだよ、悪いかよ」
 「い、いや! ああ、嬉しいぞ!」
 「お前なー。玄関に靴があるのに気付けよ」
 「あ、ああ!」

 「「ゆきのさんがいるー!」じゃねぇぞ、まったく」
 「……」

 いつも、あんな感じなのだろう。
 まあ、悪いことでもないが。
 早乙女は着替えて来ると言って、部屋へ入った。
 部屋着になって来るかと思ったが、ネクタイを外し、上着を置いて来ただけだった。
 こいつは、俺に会う時はいつもちゃんとした格好をしている。
 酷い二日酔いの日でも、シャワーを浴び、ワイシャツを着て出迎えた。

 


 雪野さんが食事を出してくれる。
 俺の好物のシチューと肉じゃがだ。
 俺がそう伝えている。
 肉はしばらくいい。

 非常に美味い。

 俺は食べながら、「アドヴェロス」の活動を聞いた。

 「どうも、「太陽界」以外にも「デミウルゴス」が流通しているのは、確実なようだ」
 「そうか。思った通りだったな」
 「ああ。卸元は主に「太陽界」を主軸としていたようだが、あそこが潰されたので、他のルートが太くなっているようだ」
 「卸元は分かって来たか?」
 「すまん、まだだ。流通経路は途中で何度もジャンプしている。そこで途絶えてしまうんだ」
 「そうか。まあ、頼むぞ」
 「分かっている」

 雪野さんは、一応「アドヴェロス」のメンバーに入っている。
 活動そのものは今は無いが、いずれは情報処理の分野で働いてもらう予定だった。
 そのための拠点が、早乙女の新居にはある。
 あの広さは、警察組織が入れるためのものでもある。

 「モハメド」
 《はーい》
 「……」

 どうも早乙女は俺がモハメドを呼ぶと、微妙な顔をする。
 まあ、上手く行っていないようでもないので、放置しているが。

 「お前は何か気付いたことは無いか?」
 《はーい。磯良ちゃんはいーですねー》
 「そうか」
 《早乙女さんが具体的な指示を飛ばさないでも、ちゃんと状況を把握して処理する能力がありますー》
 「へぇ」
 《あれは戦いに相当慣れてますねー》
 「そうか。それは妖魔相手の戦いということか?」
 《はーいー。でも人間相手でも結構やってますねー》
 「ほう」
 《人間を殺してもー、まったく動揺はありませんー》
 「そうか、分かった」

 モハメドは思いのほか、人間のことを理解しているようだ。
 人間の「思考」を理解出来るということは、人間からの「攻撃」を防げるということだ。
 妖魔は人間を知らないモノが多い。
 自分の「理」を中心にしがちなので、人間と共に生きることが出来ない場合が多い。
 だからこそ、人間と妖魔は「契約」が必要なのだ。
 人間を理解しない妖魔は、人間に従うことでしか、人間と一緒にはいられない。
 もちろん、妖魔の「理」の範囲の中でだが。
 また、その逆もある。
 妖魔が人間を従えるということだ。

 俺が従えている妖魔たちは、人間を理解しているモノが多い。
 まあ、「クロピョン」や「天の王」辺りになると、存在の次元が違い過ぎて何とも言えないが。
 だが、俺が「従える」という信念でやっているので、何とか意志の疎通は出来ている。
 何よりも、俺のために働きたいという思いがあるので助かっている。
 タマやタヌ吉、イリスなどは、人間的な「愛」に近いものがある。
 それは「クロピョン」や「天の王」にも言えることだが。
 人間が妖魔と仮にでも通じ合えるのは、人間の「愛」が崇高だからだ。
 力やシステムで妖魔を従える「業」とは、そこが違う。
 恐らく、この宇宙、次元世界の「正しさ」の一つは「業」の方にある。
 邪悪ではあるが、「理」に則っている。
 俺たちは、もう一つの正しさ、この宇宙が「愛」によって動いていることに則っている。
 全てが崩壊に向かうエントロピーの法則に則る「業」と、そうではない秩序を為す俺たちとの戦いなのだ。

 「石神、どうした?」

 考え事をしていた俺に、早乙女が声を掛けて来た。

 「ああ、ちょっと考えていた」
 「おい、今日は泊って行けよ」
 「あ?」
 「この俺の家に来たんだ。帰すわけがないだろう!」

 早乙女がドヤ顔で言う。
 雪野さんは笑っている。

 「何言ってんだ?」
 「うちは蟻地獄だからな!」
 「バカ、帰るに決まってるだろう」
 「いしがみー」

 雪野さんが大笑いした。




 美味しい夕飯の礼を言い、俺は帰ることにした。

 「引っ越しは来週だったか」
 「ああ。土日の予定だ」

 引っ越し業者が荷物のまとめから運送、新居での開墾、収納まで行なう。
 今は自分たちで梱包したいものだけを段ボール箱に詰めている。

 「雪野さん、荷物の整理で人手が必要でしたら紹介しますよ?」

 俺はうちでいろいろな作業を任せている便利屋の話をした。

 「ちょっと変わった奴ですが、仕事は信頼出来ます」

 雪野さんは早乙女を見た。
 つまり、欲しいようだ。

 「石神、頼めるか?」
 「ああ、分かった。早速連絡してみるよ」
 「ありがとう。ああ! うちで払うからな!」
 「お前、何言ってんだ。俺が持ち出した話で、お前に金を出させるわけはないだろう」
 「ダメだ!」
 「諦めろ。お前は俺の親友なんだからな」
 「そう言えば良かったのかー!」

 俺と雪野さんは笑った。




 俺はその晩に便利屋に電話し、翌日から来て貰えるようになった。
 何気なく言った俺の提案。
 俺はこの日の自分の判断を後に感謝した。
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