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別荘の日々 XⅨ: 花火大会3

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 篠崎公園には、4時半頃に着いた。
 開始は19時過ぎなので、随分と早い。
 俺たちは工事現場の駐車場へ行った。

 《赤虎様 予約駐車場》

 赤いパイロンに張り紙がしてあった。

 「なにこれ!」

 奈津江が笑う。
 俺も笑いながらパイロンをどかし、ポルシェを入れた。

 田辺さんに挨拶をしようと、工事現場に入った。
 丁度夕礼が始まるようで、現場事務所に行くと田辺さんたちがいた。

 「お邪魔します! 石神高虎です!」
 「おう!」

 田辺さんがにこやかに寄って来て、奈津江を見た。
 奈津江も挨拶する。

 「紺野奈津江です。今日は本当にありがとうございました」
 「おい、赤虎! 随分と美人の彼女さんじゃねぇか!」
 「そうでしょ!」

 奈津江が恥ずかしがった。

 「田辺さん、駐車場ありがとうございました。笑っちゃいました」
 「ワハハハハハ!」

 俺たちは礼を言い、菓子折りを渡した。

 「なんだよ、気を遣いやがって。まあ、会場の方も押さえてあるからな。行けば分かるよ」
 「はい、ありがとうございます」
 「椅子は置いといていいからな」
 「椅子? え、用意してくれたんですか」
 「まあな。地べたじゃ疲れるしよ」
 「いろいろとすみません」

 俺たちはお邪魔したことを詫びて事務所を出た。

 「工事現場なんて初めて入ったよ」
 「そうか。俺はああいう男の現場って好きなんだよな」
 「ふーん。まあ、私も高虎にはそういう場所にいて欲しいけどな」
 「あ?」

 肩を叩かれた。

 「もう! 女の子がいると、みんな高虎に寄って来るじゃない!」
 「ああ!」

 俺たちはブラブラと歩いて、かき氷をやっている喫茶店を見つけた。
 二人で入る。
 二人で練乳イチゴのかき氷を頼んだ。
 外は暑かった。

 「涼しいね!」
 「そうだよなー」
 「時間までどうしよう」
 「うーん。場所に行ってようと思ってたけどな。これじゃちょっときついな」
 「私は平気だよ?」
 
 奈津江は白地に紫と青の朝顔の涼し気な浴衣を着ていた。
 俺は紺地に背中に満月のある浴衣だった。
 裾に少しススキがあしらってある。

 奈津江は履き慣れない草履だったので、あまり歩かせたくはない。
 6時まで喫茶店で時間を潰し、篠崎公園に行くことにした。
 トイレを借りた。

 途中で駐車した車から、荷物を出す。

 「はい、これ!」

 奈津江が団扇を渡してくれた。

 「用意がいいな!」
 「うん!」

 奈津江が嬉しそうに笑った。

 「気遣い女王だな!」
 「うん!」
 「料理はダメだけどな!」
 
 背中を叩かれた。





 二人でゆっくりと歩いて、公園内の芝山に向かった。
 既に大勢の観客がシートを敷いて待機していた。
 二日前から場所取りしている人間もいるらしい。

 「どこかな?」
 
 二人で芝山に上がった。

 「高虎、あれ何?」

 みんながレジャーシートを敷いている中で、ポツンとベンチが置いてある。
 近付くと、ピンク色に塗られていた。

 《赤虎様・奈津江様 専用ベンチ 江東区〇〇組》

 「「!」」

 恐らくは一番いい場所に据え付けてあった。
 木々が河川敷に開いており、遮るものがないままに花火が見れる。

 「おい」
 「何よ、これ」

 取り敢えず座ると、周囲から注目された。
 多分だが、既に場所取りをしていた人たちがこのベンチを見て、どんな奴が来るのかと待っていただろう。

 「みんなこっちを見てるよ」
 「だな」

 今更動くのもおかしいので、俺たちは堂々と座っていた。
 レジャーシートならば、これほど目立つことも無かっただろう。
 周囲で椅子に座っている人間は一人もいない。
 腹が減っていたが、ここで喰うのは恥ずかしい。
 奈津江がベンチの下にレジャーシートを敷いた。
 多少目立たなくなった。

 「頭いいな!」
 「うん!」

 俺たちは笑って弁当を食べた。




 二人で楽しく話していると、突然花火が上がった。
 大量の花火が連続して上がり、夜空を輝かせた。
 奈津江が歓声を挙げた。

 「高虎! 上がったよ! 綺麗だよ!」
 「……」

 奈津江が夜空を見上げている。
 花火の光に照らされ、美しい顔が輝いていた。

 「ワァー!」

 奈津江が喜んでいる。

 「凄いね!」
 「……」

 「高虎?」
 「……」

 俺は笑った。

 「高虎! どうしたの! 震えてるじゃない!」
 「な、なんでもねぇ」
 「何言ってるの! 身体の調子が悪いの?」
 「大丈夫だ」

 奈津江が半狂乱になっている。

 「どうしたの! 無理してたの?」
 「違うよ。大丈夫だ」
 「大丈夫じゃない!」

 奈津江が大声で叫んでいるので、近くの人が気付いた。

 「大丈夫ですか?」
 「あの、彼の様子がおかしいんです!」

 友人同士で来ていたらしいグループが、俺たちの方へ来た。
 男性三人に担がれて、移動した。
 俺たちの荷物を、一緒にいた女性たちが運んでくれる。

 「病院へ」
 「いえ、大丈夫です。ちょっとあの大きな音と光が」
 「え?」

 奈津江がタオルで俺の頭を覆ってくれた。

 「ああ、大分楽になった」
 「高虎!」

 「ごめんな。急に気分が悪くなって」
 「病院へ行きましょう!」
 「大丈夫だって。本当に楽になったから」

 俺はタオルを巻いたままで、運んでくれた人たちに礼を言った。
 俺たちは帰るからと言って、ベンチを使って欲しいと言った。

 俺は奈津江に手を繋がれ、車まで戻った。
 心配する奈津江を制して、花火大会の場所を離れた。

 車を停める。

 「高虎、大丈夫なの?」
 「ああ、心配かけたな」
 
 奈津江が不安そうに俺を見ていた。

 「ちょっと休ませてくれ。もう大丈夫だ」
 「うん」

 助手席から、俺の右手を握ってくれる。
 
 「コーヒーを飲む?」
 「ああ、頼む」

 奈津江が魔法瓶からコーヒーを注いで俺にカップを寄越した。
 一口飲むと、本当に楽になった。

 「ああ、もう大丈夫だ。悪かったな」
 「高虎、花火が苦手だったの?」
 「いや、今回初めてだったからな。そうだとは思ってもいなかった」
 「だって、木下食堂で苦手だって言ってたじゃない!」
 「違うんだ。特別に好きってことじゃなかったけど、自分が花火に弱いとは思ってなかったんだよ」

 俺は奈津江を傷つけないように、慎重に言葉を選んだ。

 「私が無理に……」

 俺は奈津江の頭を撫でた。

 「そうじゃないって。俺が自分でも知らなかっただけだよ」
 「でも、さっきも無理してた」
 「いや、あれは」
 「私が喜んでたから、高虎は無理してたんでしょ?」

 「お前が綺麗だったから」
 「え?」

 「綺麗なお前の顔がさ。花火の光で一層輝いて見えた。あれが見れたら、俺はもう……」

 「バカ」

 奈津江が俺に身体を寄せて来た。
 俺たちは軽く唇を重ねた。

 「これで今日は来た甲斐があったな」
 「バカ」

 奈津江もコーヒーを注ぎ、二人で少し休んだ。

 「高虎、もう無理はしないでね」
 「ああ」
 「本当にね」
 「約束する」




 奈津江を送って行くと、顕さんが帰っていた。

 「花火大会は楽しかったかい?」
 「はい!」

 俺が笑顔でそう言うと、奈津江は黙っていた。

 「そうか! 良かったね!」
 「遅くまで連れ回してすみません。じゃあ、おやすみなさい」
 「ああ、おやすみ! 気を付けて帰ってね!」
 「高虎、おやすみ。今日はありがとう」
 「うん!」

 奈津江は心配そうだったが、俺が笑うと笑顔になった。



 本当に、あの輝く奈津江の顔が見られて良かった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「タカさん! やっぱりダメなんじゃないですか!」

 亜紀ちゃんが猛然と怒っている。

 「どうして無理するんですか!」
 「いや、あれから鍛錬したからな」
 「鍛錬?」
 「日本中の花火大会のDVDを集めてな。もう大丈夫だ」
 「バカ!」

 亜紀ちゃんが怒る。

 「だってよ」
 「なんですか!」

 「お前らの輝く顔も見てみたいじゃん」
 「は?」

 「きっと、綺麗だろうな」
 「バカ」

 亜紀ちゃんが、俺の頭を抱いた。

 「はい! 今後石神家は一切花火大会には行きません!」
 「「「「「「はい!」」」」」」

 「おい」

 「うちの近所で万一開かれる場合、すべて消し炭にします!」
 「「「「「「はい!」」」」」」

 「やめろって!」

 亜紀ちゃんが席に付き、別な話を始めた。

 「おい、響子は誰か連れてってやれよ」
 「私はタカトラと一緒の場所がいい」
 「響子……」

 「タカトラが苦しむ場所なんてイヤ」
 「そっか」
 「そうだよー!」

 俺は響子を抱き締めた。

 「じゃあ、今度一緒に花火大会のDVDを観るか」
 「大丈夫なの?」

 「ああ、鍛錬したからな! 綺麗だぞ?」
 「うん!」

 


 俺は大きな音でも眩い閃光でも、全然平気だ。
 大きな花火だけだ。
 恐らくは、モモの思い出と繋がっている。
 こればかりは、自分でもどうしようもない。
 
 でも、俺はそれでいいと思っている。
 モモのために苦手になったのだ。
 それでいい。

 


 俺は奈津江の輝く笑顔が見れた。
 それでいいじゃないか。 
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