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挿話: 決着! 下呂シリーズ

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 李愛鈴が早乙女に家を与えられた二日後。

 「なんだろう? なんか臭いわ」

 朝に目が覚めると、部屋の中が臭う。
 窓を開けて換気をしようとしたが、開けた瞬間に、強烈な悪臭がした。
 慌てて窓を閉める。

 「なにこれ!」

 異常事態だが、襲撃にしてはおかしい。
 早乙女からは何かあったらすぐに連絡するように言われていた。
 そのためのスマートフォンも与えられている。
 しかし、こんなことで連絡してもいいのだろうか。

 早乙女から、万一の場合と言われ、ガスマスクと防疫服を説明されていた。

 「俺にもよく分からないんだけど、物凄い悪臭を持つ敵もいるそうなんです。何度か親友も襲われていて、念のために渡されたんですよ」
 「そうなんですか」

 そんな会話をした覚えがある。
 まさか、本当にこんなものを使うことになるとは思わなかった。
 
 気が引けたが、早乙女に連絡した。

 「すいません。今朝起きたら、家の外が物凄く臭くなっていて」
 「なんですって!」
 「これから防疫服を着ようと思うんですけど」
 「すぐにそうして下さい! 俺も向かいます!」

 早乙女に躊躇は無かった。
 愛鈴は早乙女の強い優しさを感じた。

 早乙女が到着する前に、自分で確認しておこうと思った。
 何の能力もない早乙女を危険に晒したくはなかった。
 悪臭以外に、何ら攻撃はない。
 もしかしたら、妖魔ではない可能性もある。

 「でも、こんなに物凄い臭いは……」

 玄関から出た。




 ドアを開けても、悪臭は感じなかった。
 用意された防疫服の性能が良いのだろうと思った。

 気配がある。
 愛鈴は庭を回った。

 驚いた。
 空中に50センチほどの円盤のようなモノがいる。
 やはり妖魔だったか。

 《お前は石神を知っているか?》

 突然、頭に声が鳴り響いた。

 「知りません!」
 《そうか。俺は多少、人間の心が読める。お前は確かに知らないな》
 「あなたは誰なんですか!」
 《俺の名前は雲国斎下呂五郎。石神に怨みを持つ者だ》
 「この臭いはあなたのせいなのですか!」
 《そうだ。済まなかった。お前や他の人間を苦しめるつもりは無かった。石神を探してここまで来たのだが、ここにはいないようだった》
 「あの、それでしたら、どうか攻撃をやめていただけませんか?」
 《攻撃ではないのだがな。でも分かった。すぐに立ち去ろう。俺の臭いはなるべく回収して行こう。迷惑を掛け、済まなかった》
 「いえ、この臭いを消して下さるのなら、それで」
 《人間の女よ、もしも石神の居場所が分かったら、教えてもらえないだろうか》
 「それは……」
 《いや、お前に迷惑を掛けるつもりはない。お前がその気になったら、「雲国斎下呂五郎」と呼んでくれれば、それで良い》
 「はぁ」

 そう言って、何かの光を照射した後で謎の円盤は飛び去って行った。
 
 その少し後で、早乙女が到着した。
 防疫服を着ている愛鈴に驚く。

 「何をやってるんですか!」
 「今、円盤のような妖魔が来ていました」
 「何故外に出たんですか!」
 「自分で確かめておこうと」
 
 早乙女が怒っていた。
 愛鈴の腕を掴み、玄関へ入れる。

 愛鈴は早乙女に、今見た「雲国斎下呂五郎」と名乗った妖魔について説明した。
 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 別荘で早乙女から驚く連絡を受けた。

 「愛鈴さんが、「雲国斎下呂五郎」という妖魔と遭遇したんだ」
 「なんだと!」
 「愛鈴さんの家の庭に浮いていたようだ。監視カメラにも映っていた」
 「下呂五郎と名乗ったのか!」
 「そうだ。最初に窓を開けた時には、耐えられないほどの悪臭があったそうだよ」
 「間違いねぇ! でも下呂四郎じゃないのか」
 「ああ、そこは確かだ」

 不安が的中した。
 やはり、あいつは自分の臭さに耐え切れずに分裂を繰り返してやがった。
 そして俺を探して、家の近くまで来た。
 不在だったので、向かいの愛鈴の所へ行ったのだろう。
 愛鈴が俺のことを知らなかったので助かった。
 関係者だと分かれば、何をされたか分からない。

 早乙女から、俺を見つけたら連絡するように言われた話を聞いた。
 決着を付けねば。

 俺はハーを呼んだ。

 「タカさん、来たよー」
 「おう! 実はな、今朝うちの向かいにいる愛鈴の所へ、「雲国斎下呂五郎」という奴が行ったようだ」
 「えぇー!」
 「下呂四郎ではない。下呂五郎だ」
 「それじゃ、下呂四郎もいるってこと!」
 「そうだ。多分、もっといるだろう」
 「大変じゃん!」
 
 ハーも焦っている。
 前回は危うくやられそうだったからだ。

 「ありがたいのは、あの防疫服が有効だったことだ。愛鈴が着て外に出ても、臭いは感じなかったようだ」
 「そうなんだ!」
 「ただ、あの「ウンコビーム」は耐えられないだろう。防疫服が瞬時に溶解して、あの激臭でやられる」
 「そうだね!」
 「それに、何度もこれから襲われるのは敵わん。何とか決着をつけるぞ!」
 「うん!」

 俺たちは燃える瞳をぶつけ合った。

 「タカさん」
 「なんだ」
 「でも、どうして私だけに?」
 「お前、ウンコの専門家じゃん」
 「……」

 うちの家族で最も多くのウンコ問題に関わり、一度は全身にウンコを浴びた唯一の人間だ。

 「頼むぞ」
 「うん」

 


 俺とハーは作戦を話し合った。
 ハーは今後作戦指揮官として有望だ。
 そういう俺の意向もあった。
 ルーもそうだが、こういうことは「独り」で背負う必要がある。
 ルーはまた別な機会だ。

 「今度は、呼べば来るってことだよね?」
 「そうだな」
 「じゃあ、罠が張れるね!」
 「おう」

 今回は俺たちに有利だ。
 これまでは、突然の襲撃で俺たちが後手に回ったことが苦戦の原因だ。

 「罠はタヌ吉の「地獄道」だね」
 「ああ、あれでいいな」
 「問題は、下呂四郎や下呂六郎たちをどうするかだよね」
 「全員を呼んでもらおう」
 「え!」
 
 俺は計画を話した。
 本来はハーに全てやらせたかったが、まだ本当の「ワル」にはなっていない。
 
 「タカさん! すごいね!」
 「そうだろう」
 「ワル過ぎでコワイね」
 「こいつぅー!」

 「じゃあ、下呂温泉!」
 「それはやめろ。クレームが付く」
 「ん?」
 「「雲国斎温泉」だ」
 「ふーん」

 そういうことになった。
 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 8月下旬の土曜日。
 俺たちは丹沢の訓練場にいた。
 愛鈴には、ここの場所に「石神」たちが集まることを伝えてもらった。
 それと。

 「何かお詫びがしたいと言ってました」
 《なんだと?》
 「みなさんのために、特別な居場所を提供したいということでした」
 《なんと!》
 「これまで、みなさんは居場所に困っていたのではないかと。ですので、お詫びに、みなさんで暮らせる場所を提供したいと」
 《まことか!》
 「是非、みなさんお揃いでいらして欲しいと」
 
 下呂五郎は狂喜したようだ。
 仲間の復讐はどうした。




 日時と場所を伝えてもらっている。
 俺と亜紀ちゃん、ルー、ハーの四人が、防疫服を着込んで待っている。
 タヌ吉には、特別な温泉の空間を展開してもらう予定だ。

 臭気計が反応した。
 
 「来たぞ!」
 「タカさん……」

 全員が驚く。
 多い。

 《石神! 来たぞ!》
 「よくお出で下さいましたぁ!」
 《お前たちはどんなにウンコ塗れにしても飽き足らん!》
 「申し訳ございません!」
 《だが、我らの居場所を用意すると言う心がけは買う》
 「ありがとうございますです!」
 《見せてみろ。まやかしであれば、すぐに我ら650体がお前たちをウンコにしてやるぞ!》
 「はい! 開け!」

 目の前の空間が裂け、その向こう側に風光明媚な温泉郷が拡がった。
 広大な空間で、無数の家が建ち、それぞれに専用の風呂がある。
 中央には300平米の巨大な大温泉が拡がっている。

 「こちらであれば、皆様は距離を取りながら一緒に生活が出来ます。あの温泉は体臭を激減させる効果がございます。まあ、皆様にとってどれほどかは分かりませんが」

 正直に言う。

 下呂シリーズたちが驚いているのを感じた。

 《気に入った! 是非使わせてもらおう!》
 「御存分に」

 650体の下呂シリーズが次々に空間に飛び込んだ。
 先に入ったモノが、大喜びしている。

 《確かに臭いが減るぞ!》

 その声を聞き、疑っていたらしい残りも飛び込んで行く。

 「タマ!」
 「なんだ」

 着物姿のタマが現われる。

 「隠れている奴は!」
 「3体いるな」
 「よし、クロピョン! 隠れているやつらを全部放り込め!」

 長い触手が3本伸び、円盤を三つ放り込む。

 「タヌ吉! 閉じろ!」
 「はーい」

 小屋で控えていたタヌ吉が空間の裂け目を閉じた。

 「クロピョン! 一帯の臭いを取れ!」

 触手が無数に現われ、地面や俺たちも薙いでいく。
 作業が終わり、妖魔たちも帰らせた。

 「タカさん、下呂たちは、温泉で暮らすんですか?」

 亜紀ちゃんが問う。

 「ああ、そうだな」
 「そうですかー」

 ハーが気分の悪そうな顔をしていた。
 こいつだけが知っている。

 温泉郷はもう「地獄道」に変わっている。
 あの空間ごと「地獄道」に呑み込まれ、全ての下呂シリーズが消滅したはずだ。

 ハーには、汚れ仕事というものを教えた。
 全員が知る必要は無い、汚い役目だ。
 これから、俺たちの戦いは綺麗事だけでは立ち行かない。
 それを、指揮官としてのハーに教えた。



 
 ハーを抱き締めた。
 ハーは俺の胸に顔を埋めた。

 「お前、ちょっと臭いぞ?」
 「臭くないもん」
 
 「皇紀が「虎温泉」を用意してるよ」
 「うん」
 「みんなで入ろう」
 「うん」

 「もう、いねぇだろうなぁ」
 「アハハハハ!」



 ハーが涙を浮かべていたが、笑った。
 綺麗ないい笑顔だった。
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