富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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別荘の日々 Ⅶ: NY「幻想」2

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 聖と二人で、何となくブロンクスの方へ歩いた。
 サウスブロンクスは黒人とヒスパニックの移民が多く、犯罪発生率が高かった。
 俺も聖も、武器は持っていない。
 俺たちには不要だった。

 まだ昼だったが、人通りはそれほど無い。
 危険を冒して無駄な外出はしないのだ。

 少し路地を歩いていると、たむろしている若い男たちが俺と聖を見ていた。
 でも、襲っては来なかった。
 俺たちはそこそこ上背もあり、俺は痩せていたが聖の体格が尋常ではないからだ。
 二人ともデニムにブーツ。
 上半身はTシャツだが、聖の逞しい上腕はTシャツに収まらず下側を切っている。
 首も丸太のように太く、どんな強烈なブローを頭部に浴びても通じない。

 そして俺たちの雰囲気を察しているのかもしれない。




 「おい、なんだアレ?」

 聖が奥の開けた場所を指差した。
 黒人たちが、ダンスをしているようだった。
 
 「なんか、楽しそうだな」

 俺がそう言うと、聖が目を輝かせて俺の腕を引っ張った。

 「じゃあ、行ってみようぜ!」
 「分かったよ」

 俺は聖の腕を離させるために尻を蹴った。
 聖はやり返そうともしないで、俺を振り返って笑った。

 見たこともないダンスをしていた。
 後に「ブレイクダンス」と呼ばれ、世界中に広まったものだった。

 でかいラジカセで音楽を流し、20人くらいの黒人の若者が踊っている。
 素晴らしいリズム感に加え、地面で回転するダンスが面白かった。

 「ヘイ! お前ら何やってんだ?」
 
 聖が声を掛けた。
 みんなが俺たちを見る。
 聖の体格に驚いてもいる。

 「てめぇら、なんだ?」
 「日本人だ。お前らが楽しそうなんでちょっと見に来た」
 「邪魔だ、あっちへ行け」

 一際でかい、2メートルを超す奴が俺たちの前に立った。

 「そう言うなよ。見せてくれ」
 
 俺が言うと、俺の両肩を掴んで来た。
 流石に力が強い。
 反応しそうな聖を手で制し、俺はしゃがんで身体を前後に動かした。
 でかい黒人が後ろに投げられた。
 重心移動で転がしたのだ。

 「ファック!」
 
 他の黒人たちが俺たちを囲む。
 袋叩きのやり方をよく知っている。

 「やめろって。俺たちは本当にクールなダンスが見たいだけなんだ」
 「ジャップがか?」
 「お前らのダンスは最高にクールだ! ジャップにも分かるぜ」

 俺と聖は、近くの店で冷えたビールを買って来て黒人たちに配った。

 「悪かったな、怪我はないか?」
 
 投げ飛ばした黒人に声を掛けた。
 黒人は笑って「ジェス」だと自己紹介した。
 俺たちは「トラ」と「セイント」だと言った。

 ビールを飲みながら、黒人たちに話を聞いた。
 自分たちを「ブレイカー」だと言い、好きな連中で集まってダンスを練習しているそうだ。

 「俺たちにも教えてくれよ!」
 「ああ、でも結構難しいぜ」
 
 何人かが、俺と聖に手ほどきをしてくれた。
 確かに独特のリズムと動きがあって、難しかった。
 俺たちのヘンテコな動きを、みんなが笑った。
 でも楽しかった。

 30分も頑張っていると、俺も聖も段々と馴染んで行った。

 「おい、出来てるぞ!」
 
 1時間で、教わったステップは全部覚えた。

 「すげぇな、お前ら!」

 俺たちは笑って礼を言った。
 いつの間にか、黒人の女たちも何人か来ていた。
 今いる連中の恋人なのだろう。
 何人かが肩を組み、時々濃厚なキスをしている。

 俺と聖は次々と新たな技を教わり、聖はヘッドスピンを始めた。

 「トラもやれるんじゃねぇか?」
 「いや、なんかハゲそうじゃん」

 でかい声で声を掛けて来た黒人が笑い、自分が被っていたキャップを俺に貸してくれた。

 「これでいいだろう」
 「おし!」

 俺もヘッドスピンを始め、聖の隣で高速回転した。
 黒人たちが大騒ぎした。

 「なんだ、こいつら!」
 「俺らよりも速ぇぞ!」

 聖と脚がぶつかった。
 「ガキン」という音がする。

 「てめぇ!」
 「もっと離れろ!」
 「あんだと!」
 「やんのかぁ!」

 二人で殴り合った。
 ダンス以上に壮絶なバトルに、黒人たちが慌てた。
 超高速のブロウの応酬は常人には見えない。
 時々響く、骨のぶつかり合う音にビビる。

 何人かで俺たちを押さえ込み、やっと辞めた。

 「お前ら……」
 「「ワハハハハハ!」」

 俺たちが笑うと、全員が爆笑した。

 一人の黒人の少女が俺に近づいて来た。

 「大丈夫?」
 「え、ああ! 全然! こいつ弱いからな!」
 「トラ! まだやんのか!」

 俺は笑って、聖を連れ、またみんなに冷えたビールを買って来た。
 みんなで飲む。
 夕方になっていた。

 「こいつは俺の妹なんだ」
 
 最初に俺が投げたジェスが先ほどの少女を紹介してきた。
 
 「へぇー! 全然似てねぇな!」
 「そうか?」
 「妹はちゃんと人間の母ちゃんなんだろ?」
 「なんだと?」
 「お前はゴリラ母ちゃんだっただろう?」
 「てめぇ」

 ジェスが笑った。
 妹を「ナンシーだ」と紹介した。
 16歳だと言われた。

 「じゃあ、ナッチャンな!」
 「え?」
 「日本人はナンシーだと「ナッチャン」になるんだぞ?」
 「そうなの!」

 ナンシーは喜んだ。
 俺たちはまた明日も来ていいかと尋ねた。

 「もちろんだ!」

 黒人たちと笑って別れた。





 「楽しかったな!」
 「そうか!」

 俺が言うと、聖が喜んだ。

 「じゃあ、トラ! 明日も行こぜ
 「そうだな」

 俺が笑うと、聖がバカみたいに喜ぶ。
 だから俺は聖の前では笑ってやりたい。





 どんな時でもだ。
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