1,209 / 2,818
別荘の日々 Ⅶ: NY「幻想」2
しおりを挟む
聖と二人で、何となくブロンクスの方へ歩いた。
サウスブロンクスは黒人とヒスパニックの移民が多く、犯罪発生率が高かった。
俺も聖も、武器は持っていない。
俺たちには不要だった。
まだ昼だったが、人通りはそれほど無い。
危険を冒して無駄な外出はしないのだ。
少し路地を歩いていると、たむろしている若い男たちが俺と聖を見ていた。
でも、襲っては来なかった。
俺たちはそこそこ上背もあり、俺は痩せていたが聖の体格が尋常ではないからだ。
二人ともデニムにブーツ。
上半身はTシャツだが、聖の逞しい上腕はTシャツに収まらず下側を切っている。
首も丸太のように太く、どんな強烈なブローを頭部に浴びても通じない。
そして俺たちの雰囲気を察しているのかもしれない。
「おい、なんだアレ?」
聖が奥の開けた場所を指差した。
黒人たちが、ダンスをしているようだった。
「なんか、楽しそうだな」
俺がそう言うと、聖が目を輝かせて俺の腕を引っ張った。
「じゃあ、行ってみようぜ!」
「分かったよ」
俺は聖の腕を離させるために尻を蹴った。
聖はやり返そうともしないで、俺を振り返って笑った。
見たこともないダンスをしていた。
後に「ブレイクダンス」と呼ばれ、世界中に広まったものだった。
でかいラジカセで音楽を流し、20人くらいの黒人の若者が踊っている。
素晴らしいリズム感に加え、地面で回転するダンスが面白かった。
「ヘイ! お前ら何やってんだ?」
聖が声を掛けた。
みんなが俺たちを見る。
聖の体格に驚いてもいる。
「てめぇら、なんだ?」
「日本人だ。お前らが楽しそうなんでちょっと見に来た」
「邪魔だ、あっちへ行け」
一際でかい、2メートルを超す奴が俺たちの前に立った。
「そう言うなよ。見せてくれ」
俺が言うと、俺の両肩を掴んで来た。
流石に力が強い。
反応しそうな聖を手で制し、俺はしゃがんで身体を前後に動かした。
でかい黒人が後ろに投げられた。
重心移動で転がしたのだ。
「ファック!」
他の黒人たちが俺たちを囲む。
袋叩きのやり方をよく知っている。
「やめろって。俺たちは本当にクールなダンスが見たいだけなんだ」
「ジャップがか?」
「お前らのダンスは最高にクールだ! ジャップにも分かるぜ」
俺と聖は、近くの店で冷えたビールを買って来て黒人たちに配った。
「悪かったな、怪我はないか?」
投げ飛ばした黒人に声を掛けた。
黒人は笑って「ジェス」だと自己紹介した。
俺たちは「トラ」と「セイント」だと言った。
ビールを飲みながら、黒人たちに話を聞いた。
自分たちを「ブレイカー」だと言い、好きな連中で集まってダンスを練習しているそうだ。
「俺たちにも教えてくれよ!」
「ああ、でも結構難しいぜ」
何人かが、俺と聖に手ほどきをしてくれた。
確かに独特のリズムと動きがあって、難しかった。
俺たちのヘンテコな動きを、みんなが笑った。
でも楽しかった。
30分も頑張っていると、俺も聖も段々と馴染んで行った。
「おい、出来てるぞ!」
1時間で、教わったステップは全部覚えた。
「すげぇな、お前ら!」
俺たちは笑って礼を言った。
いつの間にか、黒人の女たちも何人か来ていた。
今いる連中の恋人なのだろう。
何人かが肩を組み、時々濃厚なキスをしている。
俺と聖は次々と新たな技を教わり、聖はヘッドスピンを始めた。
「トラもやれるんじゃねぇか?」
「いや、なんかハゲそうじゃん」
でかい声で声を掛けて来た黒人が笑い、自分が被っていたキャップを俺に貸してくれた。
「これでいいだろう」
「おし!」
俺もヘッドスピンを始め、聖の隣で高速回転した。
黒人たちが大騒ぎした。
「なんだ、こいつら!」
「俺らよりも速ぇぞ!」
聖と脚がぶつかった。
「ガキン」という音がする。
「てめぇ!」
「もっと離れろ!」
「あんだと!」
「やんのかぁ!」
二人で殴り合った。
ダンス以上に壮絶なバトルに、黒人たちが慌てた。
超高速のブロウの応酬は常人には見えない。
時々響く、骨のぶつかり合う音にビビる。
何人かで俺たちを押さえ込み、やっと辞めた。
「お前ら……」
「「ワハハハハハ!」」
俺たちが笑うと、全員が爆笑した。
一人の黒人の少女が俺に近づいて来た。
「大丈夫?」
「え、ああ! 全然! こいつ弱いからな!」
「トラ! まだやんのか!」
俺は笑って、聖を連れ、またみんなに冷えたビールを買って来た。
みんなで飲む。
夕方になっていた。
「こいつは俺の妹なんだ」
最初に俺が投げたジェスが先ほどの少女を紹介してきた。
「へぇー! 全然似てねぇな!」
「そうか?」
「妹はちゃんと人間の母ちゃんなんだろ?」
「なんだと?」
「お前はゴリラ母ちゃんだっただろう?」
「てめぇ」
ジェスが笑った。
妹を「ナンシーだ」と紹介した。
16歳だと言われた。
「じゃあ、ナッチャンな!」
「え?」
「日本人はナンシーだと「ナッチャン」になるんだぞ?」
「そうなの!」
ナンシーは喜んだ。
俺たちはまた明日も来ていいかと尋ねた。
「もちろんだ!」
黒人たちと笑って別れた。
「楽しかったな!」
「そうか!」
俺が言うと、聖が喜んだ。
「じゃあ、トラ! 明日も行こぜ
「そうだな」
俺が笑うと、聖がバカみたいに喜ぶ。
だから俺は聖の前では笑ってやりたい。
どんな時でもだ。
サウスブロンクスは黒人とヒスパニックの移民が多く、犯罪発生率が高かった。
俺も聖も、武器は持っていない。
俺たちには不要だった。
まだ昼だったが、人通りはそれほど無い。
危険を冒して無駄な外出はしないのだ。
少し路地を歩いていると、たむろしている若い男たちが俺と聖を見ていた。
でも、襲っては来なかった。
俺たちはそこそこ上背もあり、俺は痩せていたが聖の体格が尋常ではないからだ。
二人ともデニムにブーツ。
上半身はTシャツだが、聖の逞しい上腕はTシャツに収まらず下側を切っている。
首も丸太のように太く、どんな強烈なブローを頭部に浴びても通じない。
そして俺たちの雰囲気を察しているのかもしれない。
「おい、なんだアレ?」
聖が奥の開けた場所を指差した。
黒人たちが、ダンスをしているようだった。
「なんか、楽しそうだな」
俺がそう言うと、聖が目を輝かせて俺の腕を引っ張った。
「じゃあ、行ってみようぜ!」
「分かったよ」
俺は聖の腕を離させるために尻を蹴った。
聖はやり返そうともしないで、俺を振り返って笑った。
見たこともないダンスをしていた。
後に「ブレイクダンス」と呼ばれ、世界中に広まったものだった。
でかいラジカセで音楽を流し、20人くらいの黒人の若者が踊っている。
素晴らしいリズム感に加え、地面で回転するダンスが面白かった。
「ヘイ! お前ら何やってんだ?」
聖が声を掛けた。
みんなが俺たちを見る。
聖の体格に驚いてもいる。
「てめぇら、なんだ?」
「日本人だ。お前らが楽しそうなんでちょっと見に来た」
「邪魔だ、あっちへ行け」
一際でかい、2メートルを超す奴が俺たちの前に立った。
「そう言うなよ。見せてくれ」
俺が言うと、俺の両肩を掴んで来た。
流石に力が強い。
反応しそうな聖を手で制し、俺はしゃがんで身体を前後に動かした。
でかい黒人が後ろに投げられた。
重心移動で転がしたのだ。
「ファック!」
他の黒人たちが俺たちを囲む。
袋叩きのやり方をよく知っている。
「やめろって。俺たちは本当にクールなダンスが見たいだけなんだ」
「ジャップがか?」
「お前らのダンスは最高にクールだ! ジャップにも分かるぜ」
俺と聖は、近くの店で冷えたビールを買って来て黒人たちに配った。
「悪かったな、怪我はないか?」
投げ飛ばした黒人に声を掛けた。
黒人は笑って「ジェス」だと自己紹介した。
俺たちは「トラ」と「セイント」だと言った。
ビールを飲みながら、黒人たちに話を聞いた。
自分たちを「ブレイカー」だと言い、好きな連中で集まってダンスを練習しているそうだ。
「俺たちにも教えてくれよ!」
「ああ、でも結構難しいぜ」
何人かが、俺と聖に手ほどきをしてくれた。
確かに独特のリズムと動きがあって、難しかった。
俺たちのヘンテコな動きを、みんなが笑った。
でも楽しかった。
30分も頑張っていると、俺も聖も段々と馴染んで行った。
「おい、出来てるぞ!」
1時間で、教わったステップは全部覚えた。
「すげぇな、お前ら!」
俺たちは笑って礼を言った。
いつの間にか、黒人の女たちも何人か来ていた。
今いる連中の恋人なのだろう。
何人かが肩を組み、時々濃厚なキスをしている。
俺と聖は次々と新たな技を教わり、聖はヘッドスピンを始めた。
「トラもやれるんじゃねぇか?」
「いや、なんかハゲそうじゃん」
でかい声で声を掛けて来た黒人が笑い、自分が被っていたキャップを俺に貸してくれた。
「これでいいだろう」
「おし!」
俺もヘッドスピンを始め、聖の隣で高速回転した。
黒人たちが大騒ぎした。
「なんだ、こいつら!」
「俺らよりも速ぇぞ!」
聖と脚がぶつかった。
「ガキン」という音がする。
「てめぇ!」
「もっと離れろ!」
「あんだと!」
「やんのかぁ!」
二人で殴り合った。
ダンス以上に壮絶なバトルに、黒人たちが慌てた。
超高速のブロウの応酬は常人には見えない。
時々響く、骨のぶつかり合う音にビビる。
何人かで俺たちを押さえ込み、やっと辞めた。
「お前ら……」
「「ワハハハハハ!」」
俺たちが笑うと、全員が爆笑した。
一人の黒人の少女が俺に近づいて来た。
「大丈夫?」
「え、ああ! 全然! こいつ弱いからな!」
「トラ! まだやんのか!」
俺は笑って、聖を連れ、またみんなに冷えたビールを買って来た。
みんなで飲む。
夕方になっていた。
「こいつは俺の妹なんだ」
最初に俺が投げたジェスが先ほどの少女を紹介してきた。
「へぇー! 全然似てねぇな!」
「そうか?」
「妹はちゃんと人間の母ちゃんなんだろ?」
「なんだと?」
「お前はゴリラ母ちゃんだっただろう?」
「てめぇ」
ジェスが笑った。
妹を「ナンシーだ」と紹介した。
16歳だと言われた。
「じゃあ、ナッチャンな!」
「え?」
「日本人はナンシーだと「ナッチャン」になるんだぞ?」
「そうなの!」
ナンシーは喜んだ。
俺たちはまた明日も来ていいかと尋ねた。
「もちろんだ!」
黒人たちと笑って別れた。
「楽しかったな!」
「そうか!」
俺が言うと、聖が喜んだ。
「じゃあ、トラ! 明日も行こぜ
「そうだな」
俺が笑うと、聖がバカみたいに喜ぶ。
だから俺は聖の前では笑ってやりたい。
どんな時でもだ。
1
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
「知恵の味」
Alexs Aguirre
キャラ文芸
遥か昔、日本の江戸時代に、古びた町の狭い路地の中にひっそりと隠れた小さな謎めいた薬草園が存在していた。その場所では、そこに作られる飲み物が体を癒すだけでなく、心までも癒すと言い伝えられている。店を運営しているのはアリヤというエルフで、彼女は何世紀にもわたって生き続け、世界中の最も遠い場所から魔法の植物を集めてきた。彼女は草花や自然の力に対する深い知識を持ち、訪れる客に特別な飲み物を提供する。それぞれの飲み物には、世界のどこかの知恵の言葉が添えられており、その言葉は飲む人々の心と頭を開かせる力を持っているように思われる。
「ささやきの薬草園」は、古の知恵、微妙な魔法、そして自己探求への永遠の旅が織りなす物語である。各章は新しい物語、新しい教訓であり、言葉と植物の力がいかに心の最も深い部分を癒すかを発見するための招待状でもある。
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる