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奈津江 XⅦ

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 あれは、奈津江と一緒に夏休みを通して銀座のデパートでアルバイトをした後だった。
 夏休みにどこへも出掛けなかった俺たちは、9月の連休で旅行を計画した。
 一泊で、北海道にでも行こうかということになった。

 「なんかさ、北海道って何を食べても美味しいんだって!」
 「ほんとか!」
 「うん! ジャガイモが、もうご馳走みたいに美味しいんだってよ?」
 「最高だな!」

 俺はジャガイモが好物だ。
 奈津江も知っている。

 「それに、魚介類がもうスゴイんだって」
 「いいな!」
 「それがまた安いの! ウニを丼一杯食べても、二千円とからしいよ」
 「死んじゃうぞ、それ!」
 「アハハハハ!」

 アルバイトのお陰で、お金には余裕があった。
 奈津江は結婚資金だと言っていたが、それでも今も楽しみたいつもりはある。
 俺も高価な弓を買ったが、まだまだお金はあった。
 奈津江と思い切り美味しいものを食べる旅行が出来る。
 今までのように、安いもので我慢することはない。
 まあ、今回だけだが。

 早速、祝日で三連休になる日程で旅行の計画を練った。
 二人で旅行の話をするだけでも、楽しかった。

 「ついに奈津江と繋がるのかー」
 「繋がらないわよ!」

 俺の冗談に、奈津江も笑って腕を叩く。
 急に思い立って決めた計画だったが、宿も飛行機の手配も出来た。
 翌週の土曜日に出発と決まった。

 「楽しみだなー!」
 「そうだね!」

 残暑が早く終わり、9月に入ると随分と涼しくなった。
 北海道はもっと涼しいだろう。
 寒がりの奈津江に、俺は温かい服装を用意するように言った。

 「うん、そうだね。こっちも随分と寒くなったもんね」
 「おい、まだ寒いなんてほどじゃないだろう」

 学食で奈津江はもう厚手のセーターを着ていた。
 残暑が終わったとは言え、まだ昼の気温は25度はあった。
 奈津江はセーターを着込んでも、時々胸の前で両腕を組んで自分の身体を抱き締めていた。

 「奈津江、本当に寒いのか?」
 「うん」

 旅行の二日前のことだった。
 学食で寒がっている奈津江に初めて気付いた。

 「ちょっと」

 俺は奈津江の額に自分の額をくっつけた。
 熱がある。

 「おい! お前熱があるじゃないか!」
 「え、大丈夫だよ。ちょっと寒いだけ」
 「何言ってる!」

 俺は大学内の保健室に連れて行き、奈津江の体温を測った。

 38度もあった。

 「奈津江! どうして黙ってた!」
 「ごめん。そんなに高いとは思って無くて」
 「何言ってる! 随分と辛そうじゃないか!」

 奈津江はシュンとなって落ち込んだ。

 「だって、二人で行く旅行が楽しみで」
 「バカ!」

 俺はつい、怒鳴ってしまった。
 奈津江が無理をした気持ちはよく分かっているはずなのに。

 「高虎、本当にごめん」
 
 俺は奈津江を抱き締めた。

 「俺の方こそゴメン。つい大きな声を出してしまった」
 「いいの。でも、旅行は行こうよ。ただの風邪だし、行く前に必ず治すから」
 「ダメだ。旅行は諦めよう。お前の方が絶対に大事だよ」
 「高虎……」
 「また幾らでも行けるよ。俺たちはずっと一緒だ」
 「うん。本当にごめんなさい」
 「いいって。さあ、今日は帰ろう。送って行くよ」
 「大丈夫だよ」
 「お前と一緒にいたいんだよ」
 「うん」

 奈津江と一緒に帰った。




 俺は旅行会社に電話し、キャンセルした。
 飛行機も同様にキャンセルする。
 手数料と、キャンセル料を幾らか取られたが、それは仕方が無い。

 奈津江を家まで送り、着替えさせて寝かせた。

 「何か食べたいものはあるか?」
 「大丈夫、もう帰って」
 「何言ってるんだ。顕さんが帰るまでいるよ」
 「いいの?」
 「奈津江といたいんだって」

 奈津江が微笑んだ。
 駅前の薬局で買った解熱剤を飲ませた。
 本当に風邪だろう。
 きっと、夏休み中のアルバイトで疲れていたのだ。
 それが、急に気温が下がったことで、風邪を引いたのだろう。

 「高虎」
 「おう、なんだ?」
 「リンゴの摺り下ろしが食べたい」
 「よし! 待っててくれ!」

 キッチンを見せてもらったが、リンゴは無かった。
 俺は外に出て、リンゴを買って来た。
 桃の缶詰と、ちょっと美味しそうなプリンをケーキ屋で買った。

 リンゴを摺り下ろし、少しだけ蜂蜜を混ぜた。
 奈津江に持って行く。

 「作って来たぞ」
 「ありがとう」

 奈津江はスプーンでリンゴを口に運んだ。

 「あ、美味しい!」
 「そうか!」

 俺は嬉しかった。

 「いつもより甘いよ!」
 「高いリンゴを使ったからな」
 「え、私払うから!」
 「いいって」

 本当は蜂蜜を入れたと言うと、奈津江が笑った。

 「高虎は何を作っても美味しいね」
 「奈津江のためだからな」
 「エヘヘヘヘ」

 食べ終わった奈津江を横にした。

 「食欲はどうだ?」
 「うーん。正直言うと、あんまり無いかな」
 「正直に言ってくれ。まあ、無理して食べることはないからな。しばらく水分だけは摂っておけばいいよ」
 「流石は病気の総合デパートね!」
 「任せろ!」

 二人で笑った。
 奈津江は身体がきつかったはずだが、俺に気を遣って笑ってくれた。

 「少し眠れよ。俺は顕さんが帰るまでいるから」
 「うん」

 奈津江は目を閉じた。

 「高虎」
 「なんだ?」
 「寝てるからって、ヘンなことしないでね」
 「おい!」

 奈津江がクスクスと笑った。
 
 「寝ろよ、タカトラスキー」
 「うん。高虎も寝ていいからね」
 「俺は奈津江の寝顔を見てるよ」
 「やめてよ!」

 


 奈津江はすぐに眠った。
 本当に、体力が衰弱していたのだろう。
 俺に合わせようと、無理をしていたことが分かった。

 申し訳ないとは思ったが、その優しさが嬉しかった。
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