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李愛鈴

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 翌日。
 早速早乙女が亜紀を連れて歌舞伎町の「桃源郷」に行った。
 亜紀は早乙女の部下ということになっている。

 「「太陽界」は、日本だけではなく、韓国や中国でも信者が多かったんだ。他にもアメリカやロシアなんかでも支部がある」」
 「そうなんですか」
 「まだ、国外では活動はしている。日本の中でだけテロ活動があったからね。もちろんどこも動揺はしている。本部であんなことがあったから、活動も鈍っているのは確かなんだ」
 「そうでしょうね」
 「李愛鈴は中国での信者だったけど、日本に渡って来た。多分若いけど優秀な人材だったのだと思う。本部に関わるようになって、恐らく「デミウルゴス」を与えられた」
 「酷い話ですね」
 「そうだね」

 亜紀は不機嫌そうな顔をしている。

 「でも、先日の一斉蜂起には参加しなかったんですよね?」
 「そうなんだ。「デミウルゴス」で能力が開花した人間は全員テロに参加したと思っていたんだけど、そうではなかったようだ。まだ「太陽界」は何かを企んでいるのかもしれない」
 「タカさんが本山を潰しましたが、まだ司令塔があるということですか」
 「ああ。大きな教団だったからね。支部が本部と同じような権限を持っていたのかもしれない」
 「もしくは、既に乗っ取られていて、操作されているとか」
 「その通りだよ。石神はそっちの線で考えているね」
 
 「モハメドさん」
 
 早乙女が呼び掛けた。

 《なーに?》
 「……」

 《なんですかー、早乙女さん?》
 「あ、あのですね。今日は最初は何もしないで見ていて下さい」
 《はーい》
 「……」

 午後五時。

 「桃源郷」が開店時間となった。
 既に李愛鈴が店に入っていることは「アドヴェロス」の部下によって確認されている。
 早乙女は亜紀を連れて店に向かった。
 まだこの時間は客もいないだろう。
 李愛鈴と話すのに都合がいい。

 



 店はシャンデリアが照らし、明るい店内だった。
 ボックス席が100席もある、大きなキャバレーだ。

 早乙女は李愛鈴に会いに来たと告げた。
 先日、仕事で助けられた礼をしに来たと。

 ボックス席に案内され、間もなく李愛鈴が来た。

 「本当に来てくれたんだ!」
 「うん。こないだはありがとう」

 早乙女は胸ポケットから封筒を取り出した。
 三万円が入っている。

 「少ないけど、謝礼だよ。受け取って欲しい」
 
 李愛鈴は嬉しそうにすぐに封筒を開け、中身を確認した。
 この辺は、ドライな中国人らしい。

 「ありがとう! あんなことでこんなにもらえるなんて」
 「今日はこのままお酒を頂いてもいいかな。部下も連れて来たんだけど」
 「うん! でも女の人がこういうお店でいいの?」
 「あー、そのー。この子は女性にしか興味が無いんだよ」
 「へぇー! そうなんだ」
 
 亜紀はニコニコしていた。
 李愛鈴がビールを頼んだ。
 つまみと一緒に運ばれてくる。

 三人で乾杯した。

 「李さん。それで聞きたいことがあるんだけど」
 「何でも聞いて!」

 明るく返事をする。

 「君は何か悩んでいないかい?」
 「え、悩み? うーん、そりゃいろいろね」
 「俺で良ければ相談に乗るよ。警察の人間だけど、君の秘密は必ず守るし」
 「えー、でもどうして私に?」
 「俺の直感だ。君はいい人だ。だから力になりたい」
 「へぇー」

 李愛鈴は何も言わない。
 ただ、早乙女の瞳を真直ぐに見ていた。

 「ねぇ、愛鈴さん」
 「なーに?」
 
 亜紀が話し掛けた。

 「あなた、「太陽界」に入信していたでしょ?」
 「!」

 早乙女が止めようとしたが、遅かった。

 「私たちは、あなたが「デミウルゴス」を使っていると考えているの」
 「亜紀ちゃん!」

 亜紀が手で早乙女を制した。

 「早乙女さんはね、あなたがいい人なんだと思ってる。だから、あなたが何とかしたいと思っているのなら力になりたいの。ね、正直に話して?」
 「……」

 奥で待機していた女たちがこちらへ向かって来た。

 「盗聴器か!」
 
 早乙女が気付いた。
 亜紀が立ち上がる。
 早乙女の隣に座る李愛鈴をどかした。

 「ちょっとあんたらさ」

 年配の女が言った。

 「うちの子に面倒事は困るんだけど」
 「いや、そんなつもりは」
 「ちょっと奥に来てくんないかな?」
 
 10人程に取り囲まれた。
 二人の男は腰の後ろに手を回している。
 恐らく拳銃だ。

 「なに? 私たちを力づくでやろうって?」
 「うるせぇよ、ガキ。大人しくついてこい」

 「早乙女、女は全員化け物だぞ」

 モハメドが早乙女の耳元で囁いた。

 「なんだって!」
 「お前が危ないと思ったら、俺がやるからな」
 「待ってくれ、モハメドさん!」

 亜紀が前に出ていた女の顔面に右ストレートを入れた。
 女がぶっ飛んで、向かいのボックス席を派手に壊した。
 同時に亜紀は高速で動き、二人の男の顎を破壊する。
 男たちは動かなくなった。

 次の瞬間。
 亜紀は自分に迫るプレッシャーを感じて跳んだ。
 足元をカマキリのブレードのようなものが通り過ぎる。

 早乙女の前に降りた。
 女たちが変貌していた。
 カマキリの両手を持った者、マウンテンゴリラのような体躯の女は、顔が肩に埋まっていた。
 サソリの尾を持つ者、上半身がキングコブラのようになった者、残りは鬼のような体と顔になっていた。

 「亜紀ちゃん、オーガタイプが多い。攻撃力が高いから気を付けて!」
 「はい!」

 早乙女は、まさかこんなに多くの「デミウルゴス」の使用者がいるとは思ってもいなかった。
 狭い空間では、亜紀の大技が使えない。
 それに店ごと破壊すれば、表を歩いている大勢の市民に影響がある。
 化け物の後ろには、普通の人間がこちらを見ている。

 亜紀が突っ込んで行った。
 早乙女には「モハメド」がついているという判断だった。
 次々と、亜紀は怪物を屠って行く。
 血しぶきが天井に舞った。

 早乙女に、オーガタイプが襲ってきた。
 咄嗟に目を閉じる。

 激しい衝撃音がした。

 「モハメド」の攻撃ではない。
 目を開くと、李愛鈴が青黒い鱗に覆われた両腕で、オーガタイプの攻撃を防いでいた。

 「愛鈴!」

 オーガタイプが叫ぶ。
 そのまま、李愛鈴は鋭い爪が伸びた右手で、オーガタイプの腹を抉った。

 「この人は殺させない!」
 「てめぇ!」

 化け物たちが一斉に李愛鈴を襲おうとしたが、亜紀が全員を瞬殺した。
 「震花」を使ったのだろう。
 壁に向かって、赤い噴流が伸びて行った。
 亜紀の前に、既に敵はいなかった。

 早乙女は電話で状況を説明し、外で待機していた「アドヴェロス」の部下たちを呼んだ。
 
 「李さん、お怪我はないですか?」
 
 李愛鈴の両腕は徐々に元に戻って行く。

 「はい。すみません、こんなことになるなんて」
 「いいんだ。ここは「太陽界」の拠点の一つだったんんだね」
 「はい。中国系の東京での拠点でした。全員「太陽界」の人間です」
 「そうか」

 亜紀が残った従業員を見張っている。
 亜紀の実力を見ているので、誰も抵抗しない。

 「君は、「太陽界」を辞めたかったのか?」
 「そうです。でも無理だと思っていました。何よりも、私はもうこんな身体に……」

 李愛鈴が泣いていた。
 早乙女が抱き締める。
 亜紀が睨んでいるのは分かっていた。
 自分が油断していることも分かっていた。
 でも、泣いている李愛鈴を慰めたかった。

 「もう大丈夫だ。君のことは、俺が必ず何とかする」
 「でも、私は……」
 「君は「デミウルゴス」の影響を受けていない」
 「いえ、あんな変身をするんですよ! 化け物になるんです!」
 「違う! 君は人間だ! 君の心はまだ人間なんだ!」
 「!」

 早乙女の部下たちが入って来た。
 亜紀が状況を説明し、移送車の手配を頼んでいる。

 「李さん。俺が必ず君を守る。約束する」
 「ほんとうですか?」
 「ああ! 俺に任せろ!」

 亜紀が近付いて来た。
 早乙女は、李愛鈴の前に立った。

 「早乙女さん。その人も一緒に連行しましょう」
 「俺が一緒に連れて行くよ」
 「早乙女さん!」
 「俺が保護すると約束したんだ。それに彼女をあいつらと一緒にしたくない」
 「それは……」

 「太陽界」を裏切った李愛鈴は、仲間と一緒にいれば何をされるか分からない。
 そのことは亜紀も納得した。

 「私は念のために、あいつらと一緒に移動します」
 「ああ、助かる。彼女は俺が」
 「気を付けて下さいね! 早乙女さんに何かあったら、タカさんが!」
 「分かっているよ」

 亜紀は早乙女に「モハメド」がついていることで、任せることにした。




 李愛鈴は、早乙女に肩を抱かれて外へ出た。
 待機していたパトカーの後部座席に一緒に乗る。
 間もなく、大型の移送車両が到着し、従業員たちと一緒に亜紀が乗り込む。
 怪物化した遺体は、また別の車両が回収するはずだった。

 夕暮れの時間帯だが、まだ外は明るかった。
 これから新宿は本格的な不夜城と化していく。
 早乙女を乗せたタクシーは、人が多くなった街を静かに走り出した。




 「タカさん」
 「ああ、どうなった?」

 亜紀は電話で石神に状況を話した。

 「そうだったか。よくやってくれた」
 「早乙女さんと一緒にいる女は、どうしましょうか」
 「タマに探らせればいいんだけどな」
 「じゃあ」
 「いや、今はいい。早乙女の好きなようにさせてやろう」
 「タカさん!」
 「大丈夫だ。早乙女には「モハメド」が付いているからな」
 「でも!」
 「亜紀ちゃん。あいつが信じようとしているんだ。俺たちも早乙女を信じてやろう」
 「そうですかー」

 石神が電話の向こうで笑っていた。

 「人を信じるってことはな、命を預けるってことだ。自分が裸になって、相手に何でもさせるってことだよ」
 「はい……」
 「俺は早乙女を信じている。まあ、失敗することもあるだろうよ。でもそれでいい」
 「はい」
 「あいつには大切な人間がいる。自分の命よりもな。でも、あいつはその上で李愛鈴を信じると決めた。亜紀ちゃん、これは途方もないことなんだぞ?」
 「分かりますけどー」
 「まあ、移送が終わったら新宿に戻って来いよ。二人であの焼き肉屋に行こう! 腹いっぱい喰わせてやる」
 
 「やったぁー! あのー! もっとスピード出して! 早くぅー!」





 石神が大笑いしていた。
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