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御堂家の癒し Ⅳ
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正巳さんが部屋へ戻り、亜紀ちゃんと柳にも寝ろと言った。
御堂と二人で飲んだ。
「いい月だな」
「ああ」
二人で月を眺めた。
黙って酒を飲み、時間が流れた。
「さっきな、澪が言っていたんだ」
「なんだ?」
「スイカがお洒落だと澪が言ったら、お前が父親が料理人だったからと答えたって」
「ああ、言ったな」
「初めてお前のお父さんの話を聞いたって言っていた」
「そうか」
また黙った。
「俺が中学三年の時にな、音楽の先生に言われて合奏団でトランペットを吹くことになったんだ」
「そうか」
「そうしたらな。お袋がニニ・ロッソの大ファンだって初めて知ったんだよ」
「へぇー」
「親父は民謡しか聴かない人だったから。二人でこっそりニニ・ロッソのLPを聴いた。楽しかった」
「そうか」
御堂が微笑んでいた。
「マーク・トウェインはさ。子どもの頃に自分の父親が余りにも無知で、だから大嫌いだった。でも、自分が大人になってから、父親からどれだけ多くのことを学んだのかを知って驚いたと」
「ああ」
「俺は親父のことを何も知らなかった。おっかない人で、俺が何をやっても怒鳴られた」
「アハハハハハ!」
「貢さんにギターを習い始めても、「うるせぇ!」ってなぁ。仕方なく、毎日山で弾いていたよ」
「うん」
御堂が俺を見ていた。
「今、やっと俺は親父にいろいろなものを教わったことを感じた。やっとだ。俺が子どもたちにしょっちゅう怒鳴ってぶん殴っているのにな。俺の何もかもは、親父から教わったことだ。料理もそうだよ。俺はどこかで、親父が料理人だったことを誇りに思っていたんだな」
「石神の作るものは、何でも美味しいよね」
「そうだ。親父がいたからだ。酒が好きなのも、親父の影響だよ」
「そうなのか?」
「親父は酒が好きだった。まあ、俺のせいで、滅多には飲めなかったけどな。本当に、それは申し訳ないと思う」
「そうか」
俺の空いたグラスに、御堂が酒を注いでくれた。
「まだ俺が小学3年生の時だ。家にナポレオンがあった」
「ああ」
「親父の一番大事なものだ。どうやって手に入れたのかは知らない。でも、二度と手に入らない可能性が高かった。俺のせいでな」
「アハハハハ!」
「一度だけ、俺に話してくれたんだ。「お前が酒が飲めるようになったら、一緒に飲もう」って。それまで大事にとっておくからってな」
「いいな」
「俺が「じゃあ、今すぐに飲もう」って言ったら、ぶん殴られた」
「アハハハハ!」
俺は御堂のグラスに酒を注いだ。
「それでな。でかい地震がきたんだ。夜中だったと思う。余りにも揺れて、俺も目を覚ました。横浜の市営住宅でな。狭い家だったから、親子三人で寝てた。そうしたら親父が飛び起きて、ナポレオンを棚から持ち出そうとした。俺の胸を踏んづけてよ」
「え!」
「お袋も起きた。親父は右手でナポレオンを持って、左手で俺を抱き起こそうとした。俺は絶叫したんだ」
「どうしたんだ?」
「親父に胸を踏み抜かれて、肋骨が何本も折れてた」
「なんだって!」
「お袋が電灯を点けて、俺の胸が酷いことになってるのを見た。親父に殴りかかったよ」
「おい!」
「お袋が怒ったのは、あの時一度だけだな。本当に優しい人だったからな」
「大丈夫だったのか?」
「まあ、すぐに病院に運ばれて開胸手術よ。肺に3本刺さってたからなぁ」
「なんとまあ……」
俺は笑った。
「親父に謝られたのも、あの時一度だけだ。お袋が散々言ったんだろうな。親父が「高虎、済まなかった」ってさ。思い出すと、今でも笑えるなぁ!」
「石神……」
「御堂。父親っていうのは大変だな」
「そうだね」
「お前はよくここまでやったな。柳も正利も本当にいい子に育ってる」
「石神だって、ちゃんとやってるじゃないか」
「俺は全然ダメだよ。あの飯の喰い方を見ろよ」
「アハハハハハハハハ!」
御堂が大笑いした。
「あれは楽しいよ。親父も大好きだ」
「あんなものなぁ。俺はやれって言ったことはねぇのにな。いつのまにか、勝手にあんなことになった。まあ、俺も止めなかったしな」
「そうだよね」
「俺が子どもの頃は小さい茶碗で二杯までだったってぇの。おかずも毎食一品だ。メザシとかなぁ」
「アハハハハ」
「あれもよ、俺がちょっとは資産に余裕があったからだ。でもさ、いつの間にか、双子が俺の何万倍も稼いでやがった」
「アハハハハハハハ!」
「もう、俺の親父としての威厳もねぇ。いろんなものを双子にねだって買ってもらってるからな!」
「アハハハハハハハ!」
二人で大笑いした。
「こないだよ、子どもたちが俺の部屋の引出しを勝手に開けやがってな」
「そうなのか」
「それで、俺がメモしていた家計簿というかな。まあ備忘録みたいなものを読んだらしい。まあ、思ったことは書き留めていたから、財産の分与とかな」
「そうか」
「俺が帰ったらさ、子どもたちが泣いて謝って来るんだよ。勝手に見て申し訳ないって。それと、自分たちのことを考えてくれてありがとうってなぁ」
「そうか」
「叱れなかったよ。何だか恥ずかしくってな」
「うん、分かるよ」
「俺は、あいつらのことが大事だなんて、恥ずかしくてな。俺なんかがなぁ、あんないい連中を」
「石神はいい奴だよ」
「御堂がそう言ってくれるのが、唯一の慰めだけどな」
御堂とまた、遠く美しく輝く月を見た。
夜風が涼しく吹き過ぎた。
「そのお父さんのナポレオンは?」
「親父が急にいなくなって。家にまだあったんだ」
「うん」
「俺は庭に叩きつけて捨てた」
「そうか」
「俺はいろんな酒を飲んで来たけど、ナポレオンだけはない。まあ、今じゃ随分と安い酒になったけどな」
「そうだね」
「親父の持っていたもののラベルはよく覚えてる。しょっちゅう見てたからな。シュバリエ・アポロンだった。もう2000円もしねぇ」
「うん」
「俺の肋骨をかえせぇー!」
「アハハハハハハ!」
俺たちはもう寝ようと言った。
二人でテーブルのものを厨房に持って行って片付けた。
俺は思い立って、御堂に「霊破」をグラス一杯もらった。
「何をするんだい?」
「オロチに飲ませてみようと思う」
「ああ!」
「妖魔にやられた傷だ。もしかしたら効くかもしれない」
「なるほど!」
俺がまた庭に出ると、御堂もついてきた。
俺たちが近付くと、オロチがこちらを向いた。
「遅くに悪いな」
オロチは舌を出し入れする。
ニジンスキーたちもオロチの頭の辺りに集まっていた。
「ちょっとこれを飲んでみてくれよ。霊的なものによく効くらしいからな」
俺はオロチの頭の横に座った。
「あーん」
「石神!」
オロチが口を開けたので、俺は笑った。
ゆっくりと、「霊破」を流し込んでやる。
底に少し残ったのは、ニジンスキーたちに舐めさせた。
こいつらも何か影響があったかもしれない。
「じゃあ御堂。今晩はここで寝るわ」
「え、石神」
俺はそのまま横になった。
「じゃあ、布団を運ぶよ」
「いらないよ。俺はどこでも眠れるしな」
「でも」
「大丈夫だ。おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
御堂は家に戻った。
ニジンスキーたちが、俺の胸や腹に頭を乗せて来る。
「じゃあ、寝るか!」
俺はすぐに眠りに落ちた。
御堂と二人で飲んだ。
「いい月だな」
「ああ」
二人で月を眺めた。
黙って酒を飲み、時間が流れた。
「さっきな、澪が言っていたんだ」
「なんだ?」
「スイカがお洒落だと澪が言ったら、お前が父親が料理人だったからと答えたって」
「ああ、言ったな」
「初めてお前のお父さんの話を聞いたって言っていた」
「そうか」
また黙った。
「俺が中学三年の時にな、音楽の先生に言われて合奏団でトランペットを吹くことになったんだ」
「そうか」
「そうしたらな。お袋がニニ・ロッソの大ファンだって初めて知ったんだよ」
「へぇー」
「親父は民謡しか聴かない人だったから。二人でこっそりニニ・ロッソのLPを聴いた。楽しかった」
「そうか」
御堂が微笑んでいた。
「マーク・トウェインはさ。子どもの頃に自分の父親が余りにも無知で、だから大嫌いだった。でも、自分が大人になってから、父親からどれだけ多くのことを学んだのかを知って驚いたと」
「ああ」
「俺は親父のことを何も知らなかった。おっかない人で、俺が何をやっても怒鳴られた」
「アハハハハハ!」
「貢さんにギターを習い始めても、「うるせぇ!」ってなぁ。仕方なく、毎日山で弾いていたよ」
「うん」
御堂が俺を見ていた。
「今、やっと俺は親父にいろいろなものを教わったことを感じた。やっとだ。俺が子どもたちにしょっちゅう怒鳴ってぶん殴っているのにな。俺の何もかもは、親父から教わったことだ。料理もそうだよ。俺はどこかで、親父が料理人だったことを誇りに思っていたんだな」
「石神の作るものは、何でも美味しいよね」
「そうだ。親父がいたからだ。酒が好きなのも、親父の影響だよ」
「そうなのか?」
「親父は酒が好きだった。まあ、俺のせいで、滅多には飲めなかったけどな。本当に、それは申し訳ないと思う」
「そうか」
俺の空いたグラスに、御堂が酒を注いでくれた。
「まだ俺が小学3年生の時だ。家にナポレオンがあった」
「ああ」
「親父の一番大事なものだ。どうやって手に入れたのかは知らない。でも、二度と手に入らない可能性が高かった。俺のせいでな」
「アハハハハ!」
「一度だけ、俺に話してくれたんだ。「お前が酒が飲めるようになったら、一緒に飲もう」って。それまで大事にとっておくからってな」
「いいな」
「俺が「じゃあ、今すぐに飲もう」って言ったら、ぶん殴られた」
「アハハハハ!」
俺は御堂のグラスに酒を注いだ。
「それでな。でかい地震がきたんだ。夜中だったと思う。余りにも揺れて、俺も目を覚ました。横浜の市営住宅でな。狭い家だったから、親子三人で寝てた。そうしたら親父が飛び起きて、ナポレオンを棚から持ち出そうとした。俺の胸を踏んづけてよ」
「え!」
「お袋も起きた。親父は右手でナポレオンを持って、左手で俺を抱き起こそうとした。俺は絶叫したんだ」
「どうしたんだ?」
「親父に胸を踏み抜かれて、肋骨が何本も折れてた」
「なんだって!」
「お袋が電灯を点けて、俺の胸が酷いことになってるのを見た。親父に殴りかかったよ」
「おい!」
「お袋が怒ったのは、あの時一度だけだな。本当に優しい人だったからな」
「大丈夫だったのか?」
「まあ、すぐに病院に運ばれて開胸手術よ。肺に3本刺さってたからなぁ」
「なんとまあ……」
俺は笑った。
「親父に謝られたのも、あの時一度だけだ。お袋が散々言ったんだろうな。親父が「高虎、済まなかった」ってさ。思い出すと、今でも笑えるなぁ!」
「石神……」
「御堂。父親っていうのは大変だな」
「そうだね」
「お前はよくここまでやったな。柳も正利も本当にいい子に育ってる」
「石神だって、ちゃんとやってるじゃないか」
「俺は全然ダメだよ。あの飯の喰い方を見ろよ」
「アハハハハハハハハ!」
御堂が大笑いした。
「あれは楽しいよ。親父も大好きだ」
「あんなものなぁ。俺はやれって言ったことはねぇのにな。いつのまにか、勝手にあんなことになった。まあ、俺も止めなかったしな」
「そうだよね」
「俺が子どもの頃は小さい茶碗で二杯までだったってぇの。おかずも毎食一品だ。メザシとかなぁ」
「アハハハハ」
「あれもよ、俺がちょっとは資産に余裕があったからだ。でもさ、いつの間にか、双子が俺の何万倍も稼いでやがった」
「アハハハハハハハ!」
「もう、俺の親父としての威厳もねぇ。いろんなものを双子にねだって買ってもらってるからな!」
「アハハハハハハハ!」
二人で大笑いした。
「こないだよ、子どもたちが俺の部屋の引出しを勝手に開けやがってな」
「そうなのか」
「それで、俺がメモしていた家計簿というかな。まあ備忘録みたいなものを読んだらしい。まあ、思ったことは書き留めていたから、財産の分与とかな」
「そうか」
「俺が帰ったらさ、子どもたちが泣いて謝って来るんだよ。勝手に見て申し訳ないって。それと、自分たちのことを考えてくれてありがとうってなぁ」
「そうか」
「叱れなかったよ。何だか恥ずかしくってな」
「うん、分かるよ」
「俺は、あいつらのことが大事だなんて、恥ずかしくてな。俺なんかがなぁ、あんないい連中を」
「石神はいい奴だよ」
「御堂がそう言ってくれるのが、唯一の慰めだけどな」
御堂とまた、遠く美しく輝く月を見た。
夜風が涼しく吹き過ぎた。
「そのお父さんのナポレオンは?」
「親父が急にいなくなって。家にまだあったんだ」
「うん」
「俺は庭に叩きつけて捨てた」
「そうか」
「俺はいろんな酒を飲んで来たけど、ナポレオンだけはない。まあ、今じゃ随分と安い酒になったけどな」
「そうだね」
「親父の持っていたもののラベルはよく覚えてる。しょっちゅう見てたからな。シュバリエ・アポロンだった。もう2000円もしねぇ」
「うん」
「俺の肋骨をかえせぇー!」
「アハハハハハハ!」
俺たちはもう寝ようと言った。
二人でテーブルのものを厨房に持って行って片付けた。
俺は思い立って、御堂に「霊破」をグラス一杯もらった。
「何をするんだい?」
「オロチに飲ませてみようと思う」
「ああ!」
「妖魔にやられた傷だ。もしかしたら効くかもしれない」
「なるほど!」
俺がまた庭に出ると、御堂もついてきた。
俺たちが近付くと、オロチがこちらを向いた。
「遅くに悪いな」
オロチは舌を出し入れする。
ニジンスキーたちもオロチの頭の辺りに集まっていた。
「ちょっとこれを飲んでみてくれよ。霊的なものによく効くらしいからな」
俺はオロチの頭の横に座った。
「あーん」
「石神!」
オロチが口を開けたので、俺は笑った。
ゆっくりと、「霊破」を流し込んでやる。
底に少し残ったのは、ニジンスキーたちに舐めさせた。
こいつらも何か影響があったかもしれない。
「じゃあ御堂。今晩はここで寝るわ」
「え、石神」
俺はそのまま横になった。
「じゃあ、布団を運ぶよ」
「いらないよ。俺はどこでも眠れるしな」
「でも」
「大丈夫だ。おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
御堂は家に戻った。
ニジンスキーたちが、俺の胸や腹に頭を乗せて来る。
「じゃあ、寝るか!」
俺はすぐに眠りに落ちた。
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