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運命の子

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 「店長! 奥さんから電話ですよ!」
 「おう! ありがとう!」

 俺は事務所まで行って、電話に出た。
 俺が働いているレストランには、女房は滅多に電話をしない。
 何か緊急のことがあったか。

 「よう、どうした? 何かあったか?」
 「高虎が! 血を吐いて意識が無いんです!」
 「なんだと!」

 数日前から高熱が出ていた。
 子どもには時々あることと、俺もそれほど心配はしていなかった。
 何しろ元気な奴だ。
 女房に似たか、頭もいい。
 1歳で自分で歩くようになり、結構喋るようになった。
 同年代の子と比べても身体がでかい。
 そっちは俺の遺伝だろうが。

 「池田さんの旦那さんが、病院へ運んでくれると」
 「頼め! 俺はなるべく早く帰るよ」
 「はい。駅前の八代病院へ行きますから」
 「分かった! 何かあったらまた連絡してくれ」
 「はい!」

 俺は心配はしたが、自分に出来ることは無い。
 だからいつも通りに仕事をした。
 女房がいれば大丈夫だろう。
 夜の8時頃に、病院へ着いた。





 「どうだった?」

 病室で、女房が青い顔をして立っていた。

 「それが、原因が分からないそうです。40度以上あるんで、解熱剤を飲ませましたが全然効かずに」
 「そうか」
 「お医者様が、血の病気じゃないかと」
 「血の病気?」
 「それが、よく分からないんです。でも、もしそうだったら大変なことだと」
 「なんてこった」

 俺は一緒に待っていてくれた池田さんに挨拶した。
 ダンプの運転をしている方だ。
 池田さんのお子さんは高虎の一つ下で、いつも仲良くしてもらっている。

 「本当にありがとうございました」
 「いえいえ。でも沢山血を吐いちゃって、本当に驚きました」
 「そうですか」
 「自分はもう帰りますが、何かあったらいつでも言って下さい」
 「ありがとうございます」

 池田さんは帰られた。

 「今晩は私が付いていますね」
 「ああ、頼む」

 高虎は小学二年生だ。
 まだ体力も無い。
 俺は荒い息でベッドに寝ている高虎を見た。
 額に手を置いた。

 「おい、俺が絶対に何とかしてやるからな」

 高虎は無意識に俺の手を握った。
 
 「おし! 俺に任せとけ!」





 大きな病院へ移ったが、高虎は二週間も高熱が続き、医者にもう助からないと言われた。

 「奇跡的に助かったとしても、もう脳が熱にやられているでしょう。44度以上にもなりましたしね。まともな生活は出来ないと思って下さい」
 「そうですか」
 「覚悟して下さい」
 
 女房と一緒に医者から言われた。
 俺は縁を切った実家に連絡した。
 お袋と親父に、高虎が長くないと伝えた。

 「お前! 何でもっと早く連絡しない!」
 
 親父に怒鳴られた。

 「すぐに手を打つからな! それまで絶対に高虎を死なせるんじゃねぇぞ!」

 親父が吉原龍子を俺に寄越した。

 「吉原龍子です。あんたの子を助けて欲しいって頼まれたのさ」

 拝み屋だと言われた。
 俺はそういうものを信じてはいないが、もしも高虎を助けてくれるのならば、誰でもいい。
 女房は俺以上に、吉原龍子に泣きついた。

 「何でもします! どうか高虎を!」

 俺たちはベッドで意識の無い高虎を、吉原龍子に見せた。
 じっと高虎を見ている。

 「これは大変だよ。確かに死ぬね」
 「吉原さん、どうか!」
 「虎影さん、奥さん。この子はね、あまりにも運命が大きすぎるんだよ」
 「はい?」
 「試練さね。まあ、今回は何とか出来るだろうよ。でも、これからも幾度もあるよ?」
 「それは!」

 吉原龍子は大きな数珠を持って何か唱え始めた。
 1分もすると、全身が汗だくになっていく。
 そして、その身体から大量の湯気が立ち上り始めた。
 部屋の温度が確実に上がった。
 1時間も、そうやっていたか。

 「えい! えい! えい!」

 吉原龍子が九字を切った。
 その直後にしゃがみ込む。
 俺が抱えて椅子に座らせた。

 「まったく、なんて大きさだい。私まで死に掛けたよ」
 「高虎は!」
 「大丈夫さね。今回はね。でもね、この子は特別過ぎるんだよ。普通は死ぬ。まあ、私も何とかしてみるよ。この子が死んだら大変なことになるしね」
 「それは?」
 「あんたらは知らない方がいい。でも、この子を死なせたくないだろ?」
 「もちろんです!」
 「じゃあ、それだけでいいよ。絶対にこの子を信じてあげな。それが何よりも大きな力だ」
 「はい!」

 俺は吉原龍子を駅まで送った。

 「あんた、石神の者なんだろ?」
 「ええ」
 「だったら知っているはずだ。石神の人間は、時々ある運命を背負うことになる」
 「まあ、子どもの頃にに聞いたことはありますけどね」
 「あの子、高虎か。あれはとんでもないよ。あんな子が生まれるなんて、この世が終わるかもしれないね」
 「あいつがですか?」
 「この世界はさ、人間が動かしているわけじゃないよ。あんたも、つくづく大変な子を産んだもんだね」
 「はぁ」

 俺にはよく分からなかったが、吉原龍子のお陰で高虎が助かったのは確かだ。

 「とにかくだ。このままじゃ不味い。私も頑張ってみるけど、あんたも覚悟しなよね」
 「はい」

 高虎は医者が驚くほどに急激に回復した。
 幸い、脳には影響は無かったようだ。
 まあ、生まれつきのバカだったが。




 その後、吉原龍子の言った通り高虎は何度も死に掛けた。
 虚弱なのではないことは分かっている。
 病気でない時の高虎は無茶苦茶に元気だ。
 喧嘩三昧で、しかも強い。
 外人の牧師との喧嘩は、俺も驚いた。
 全身の骨を折りながら、相手の牧師も半殺しにしやがった。

 俺は一応叱ったが、高虎のいない所で大笑いした。

 病院によく入院したが、そうしたら医者や看護婦、入院患者の人気者になってやがる。
 みんなから「トラ」と呼ばれ、可愛がられていた。

 まったく、とんでもない虎の子だ。
 全身が傷だらけになっても、一向に喧嘩は辞めない。
 
 高虎の入院費や治療費で、俺の稼ぎはほとんど残らない。
 女房にも働いてもらっているが、それでも追いつかない。
 一度、頭を下げて実家で預かってもらったこともある。
 米も買えなくなったからだ。
 
 そうしたら、実家でも大暴れで、初日にチンチンを火傷し、掘り炬燵に足を突っ込んで火傷し、障子を全部破き、牛に乗って暴走し、馬に蹴られて入院した。

 幸い、親父とお袋が可愛がってくれて、大事にはならなかった。



 でも、高虎は毎月高熱を出し、その他にも訳の分からん病気で何度も死に掛けた。
 その上、よく大怪我をした。
 隣の家の女の子を守るために、腹から内臓がはみ出る怪我をしたこともある。
 俺も、毎回驚くばかりだった。

 女房と相談して東大病院に紹介してもらい、精密検査を受けた。

 「二十歳までは生きられません」

 生理学の権威だという教授に、そう言われた。
 免疫力やホルモンやら何やらが、恐ろしく低下しているらしい。
 俺が途方に暮れていると、女房が俺を叱った。

 「あなた! 私は絶対に信じませんから!」
 「しかしよ、孝子」
 「何をしょげてるんです! 高虎は絶対に死にません!」

 俺は間違っていた。
 親父の俺が何を考えていたのか。
 俺は何でもやる。
 そう誓った。

 

 
 その後、何度か来てくれていた吉原龍子が、俺に吉報を持って来てくれた。

 「京都にね、道間家という家があるんだ。そこは「あやかし」の専門家でね。その家なら、高虎を何とか出来るかもしれないよ」
 「そうか!」
 「ああ。昔からの縁で、なんとか話をした。あんたがいいなら、渡りを付けるよ」
 「頼む! 何でもします!」
 「そうかい」



 高虎が助かる。
 俺は喜びに震えた。
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