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亜紀ちゃんとドライブ

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 リヴィングに降りた俺を、子どもたちが明るく迎えてくれた。
 双子から、俺の様子がおかしかったと聞いているのだろう。

 「タカさん! 今日はウインナー食べる?」

 ハーが俺に聞いて来る。
 ウインナーを食べれば元気になると思っている。

 「ああ、そうだな。今日は4本喰うか!」
 「うん!」

 ハーが嬉しそうにウインナーを焼く。

 「タカさん、大丈夫ですか?」
 「ああ。ちょっと嫌な夢を見てな」
 「そうですか。でも夢ですからね」
 「そうだな」

 俺にご飯と味噌汁を盛って、子どもたちも席に付く。

 「いただきます」
 「「「「「いただきます!」」」」」

 いつもならばワイワイと食べるのだが、今日はみんな俺の方をちらちら見ている。
 俺は笑って、夢の内容を話そうと思った。

 「フランツ・カフカの『変身』を読んだことはあるか?」

 柳以外は全員読んでいた。
 俺が実存主義が好きなので、カミュとカフカ、サルトルなどを子どもたちが以前に読み漁った。
 柳はその時期を知らないので、まだ読んでいないのだろう。

 「『Die Verwandlung』という原題だな。ザムザという男が、ある朝突然に一匹の巨大な毒虫になってしまうというものだ」

 俺は柳のために、簡単にあらすじを説明した。

 「今朝俺が見たのは、お前たちが1mのイモムシになってしまった、というものだったんだ」

 子どもたちが箸を止め、俺の話を聞き出した。

 「俺も驚いたが、何とかしようと思った。麗星に電話をし、来てもらうように頼んだ。クロピョンなら何とか出来ないかとか、蓮花に義体を作ってもらう事も考えた」

 皇紀と双子が、その可能性を話していた。

 「だけどな。自分がもう何も出来なくなったと思ったお前たちは、密かに殺虫剤を飲んで死んでしまった」

 「「「「「!」」」」」

 「リヴィングに運んでくれと俺に頼んでな。うちで、この部屋が一番思い出があるからだと。そして俺の目の前で死んだ」
 「タカさん……」

 「まあ、夢の中だからな。でもな、俺はもうダメだった。俺もすぐに死のうと思った」
 「ダメですよ!」

 全員が止める。

 「響子ちゃんもいるし、栞さんも士王ちゃんも! 六花さんだって鷹さんだっているじゃないですか!」

 亜紀ちゃんが叫ぶ。

 「ああ、冷静に考えればな。その通りだ。でもな、俺は冷静ではいられなかった。お前たちがいなくなったことで、俺の心は一挙に何も無くなった。空虚しか無かったんだよ」
 「そんな……」

 「いいか、忘れないでくれ。夢であったことだが、俺の弱さが改めて分かった。でもそれは真実だ。俺は本当に弱い。お前たちが戦いの中で死ぬのなら、俺も何とか耐えよう。だけどな、俺のために悲観して死なないでくれ。俺はお前たちがどんなになろうと構わない。だから自分がダメになったからとか、手数を掛けるようになったとか、そんな考え方はしないでくれ」

 「「「「「はい!」」」」」

 「お前たちがそんなことで死んだら、俺は耐えられない」

 「タカさんもですよ」

 亜紀ちゃんが言った。

 「私はタカさんがどんなになっても一緒にいますからね」
 「私も!」
 「僕も!」
 「「私も!」」

 俺は笑って言った。

 「ああ、分かったよ。俺もそうする。だからお前たちもな」
 「「「「「はい!」」」」」

 みんなで食事に戻った。
 俺も大分平静を取り戻した。





 朝食を終え、俺は中庭に出た。
 ロボもついて来る。
 
 亜紀ちゃんがアイスコーヒーを持って来た。

 「暑くないですか?」
 「ああそうだな。でも、外の空気を吸いたかったんだ」
 「まだ、ショックなんですか」
 「アハハハハ」

 亜紀ちゃんが俺の向かいに座った。

 「お酒でも飲みます?」
 「朝から飲むかよ」
 「いいじゃないですか」
 「やめろって」

 亜紀ちゃんの気遣いが有難い。

 「ねえ、どっかドライブしましょうよ」
 「そうだなぁ」
 「横浜とか! 陳さんのお店に行きませんか?」
 「ああ、いいかもな」
 「乾さんのお店も!」
 「そうだなぁ。ディディも戻ってるだろうしな」
 「ほら! 行きましょうよ!」

 俺もその気になってきた。
 いつまでも、落ち込んだ気分ではいたくない。

 「じゃあ、みんなで出掛けるか」
 「え?」
 「なんだよ?」
 「亜紀ちゃんだけでいいじゃないですか」
 「あ?」
 「最近、「亜紀ちゃん道」の鍛錬が足りないですよね?」
 「なんだよ」
 「亜紀ちゃん、カワイーですよー」
 「ワハハハハハ!」

 亜紀ちゃんと出掛けることにした。




 他の子どもたちは、俺の朝の落ち込みを見ていたので、文句も無かった。
 全員で行くと、また俺が思い出すとでも思ったのかもしれない。
 
 「悪いな、またみんなも連れていくからな」
 
 笑顔で送り出された。

 アヴェンタドールで出掛ける。

 「なんか久しぶりですよね!」
 「そうだな!」

 俺も楽しくなって来た。
 もちろん他の誰とでも楽しいのだが、こういう時は亜紀ちゃんがいい。
 途中で陳さんの店に電話した。
 大きな店なので、亜紀ちゃんの食欲でも大した影響はない。
 でも、俺たちが行くと言えば、陳さんも喜んでくれる。

 亜紀ちゃんも俺も、ウキウキで楽しく話した。

 「ああ、亜紀ちゃん。一つだけ、ここだけの話なんだけどさ」
 「はい、なんですか?」
 「今朝の夢な。柳はいなかったんだ」
 「え!」

 「何でだかは俺にも分からん。夢なんだから、酷いと言われても困る」
 「そうだったんですか!」
 「柳が知るとショックを受けるかもしれないからな。黙っててくれ」
 「分かりました!」

 亜紀ちゃんはちょっと嬉しそうだった。

 「でも、私たち兄弟だけなんて、柳さんには悪いですけど、何かいいですね!」
 「そうか?」
 「はい! 柳さんももちろん家族ですけど」
 「そうなんだよなー」
 
 二人で笑った。

 「柳は「俺の子ども」ではないからな。多分だけど、亜紀ちゃんたちは俺の子どもとして何か特別な思いがあるんだろうな」
 「そうですね!」
 「あ! 柳が劣るとかってことじゃないぞ!」
 「分かってますよ!」

 「でも、私たちがもしもタカさんに迷惑しか掛けないとしたら」
 「やめろって! 約束しただろう!」
 「はい!」

 亜紀ちゃんといると、夢の辛さも軽くなって来た。

 「それでよ、ハーが「糸が出せそう」って言ったんだよ」
 「へー!」
 「そうしたら、ウンコしやがった」
 「ギャハハハハハ!」

 「ワンワン泣きやがってな。あいつらしいよな」
 「そうですね!」

 「まあ、喰ってウンコするだけのイモムシだけどな。よく考えれば今と大して変わりねぇ」
 「ひどいですよ!」

 陳さんの店が近くなった。
 俺たちは駐車場に車を停め、店に入った。

 「トラちゃん! いらっしゃい!」
 
 陳さんが明るく出迎えてくれた。

 「また来ちゃいました。今日は長女の亜紀を連れて来ましたから」
 「うん! また一杯食べてね!」

 嬉しそうに俺たちをテーブルに案内してくれる。
 特別な個室だ。

 亜紀ちゃんとメニューを見て、どんどん頼んだ。

 二人で笑いながら、どんどん食べた。
 店員も笑いながら、どんどん運んでくれた。



 俺は幸せだった。
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