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アラスカの夜

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 「飛行」は斬に合わせている。
 アラスカまでは、恐らく30分ほどだ。
 まあ、どの飛行機よりも速い。

 GPSが、ハワイ島上空に近いことを示していた。
 斬に合図し、下へ向かう。
 人気の無い山の中に降りた。

 「どうだ、問題ないか?」
 「ああ」

 斬はそう言ったが、飛行中に何か気にしているのを見ていた。
 俺は斬の「Ωスーツ」を点検した。
 緩んでいるベルトを締め、一部のか所を逆に緩めた。

 「どうだ?」
 
 斬は軽く動いた。
 
 「ああ、具合が良くなった」
 「悪かった。飛ぶ前に俺が見れば良かった」
 「大したことではない。大丈夫だ」

 「お前独りで着たのか?」
 「そうだ。これはお前たちの機密のものなのだろう」
 
 斬はそれを気にして、誰にも手伝わせなかったのだろう。
 だから実際に飛行するまで、不具合にも気付かなかった。

 「一休みしよう」
 「必要ない。すぐに飛ぶぞ」
 「そう言うな。俺が休みたいんだ」
 「分かった」

 俺はスーツケースを開き、斬にペットボトルを渡した。
 ミルクセーキだ。
 随分と甘くしている。

 「甘いな」
 「カロリーを補給するためだ。まあ、飲んでおけよ。子ども時代を思い出すだろう?」
 「ふん!」

 二人で岩場に座り、俺も同じものを飲んだ。
 
 「わしに見せても良かったのか?」
 「何を今更。お前は俺の大事な仲間だ。当然だろう」
 「……」

 斬は俺を見ずに、遠く見える海を眺めていた。

 「綺麗だな」
 「そうか。お前は何でも血みどろに見えてると思ったよ」
 「ふん! でもまあ、そうだな。大体のものはそう見ているな」
 「そうじゃないものもあるってか」
 「そうでなければ、この年まで生きてはおらん。わしにも大事なものはある」
 「そうだったな」

 斬が口笛を吹いた。
 『流浪の旅』だった。
 俺は口笛に合わせて歌った。

 ♪ 流れ、流れて 落ち行く旅は ♪

 「俺は地獄に行く。それ以外行く場所は無い」
 「ああ、そうだな」

 「栞と士王を頼む。お前ならば任せられる」
 「俺も地獄だぞ?」
 「ふん!」

 斬はまた海を眺めていた。

 「おい」
 「なんじゃ」
 「地獄ではよ、先に行った方が先輩だからな!」
 「なんだと?」
 「先輩には敬意を以て接しろよな!」
 「何を。わしの方が先に決まってる」
 「お前は300歳まで生きるんだろう! 士王の孫の孫まで見てからゆっくりと来い」
 「……」

 斬の横顔を見た。
 声を出さずに、笑っていた。

 「そろそろ行くか」
 「ああ」

 俺たちは再び上昇した。





 アラスカには夜中の1時過ぎに着いた。
 日付変更線を超えたせいだ。
 今、日本は夕方の6時頃だ。
 俺がいるので、直接ヘッジホッグの上に降り立つ。
 俺の到着は防衛システムが把握しているので、睡蓮が出迎えていた。

 「石神様、花岡様、お待ちしておりました」
 「夜中に悪いな」
 「とんでもございません。さあ、こちらへ」
 
 睡蓮は俺たちの荷物を持たない。
 旅行ではないからだ。

 電動移送車に乗り込んだ。

 「途轍もない場所だな」
 
 斬が言った。
 上空から、ヘッジホッグや基地全体を見ている。

 「ああ。驚いたか」
 「驚いた。ここを攻め落とすのは不可能に近いな」
 「人間の戦力ならばな」
 「そうだな」

 世界中の軍隊が総掛かりでも、ここは落とせない。
 
 「ここは心配しなくていい。お前はお前の守る場所を頼む」
 「分かっている」

 睡蓮は栞の居住区へ俺たちを入れた。

 「御食事を用意しております」
 「手間を掛ける。頂こう」

 俺たちは部屋へ案内され、着替えて食堂に行った。
 斬も俺も浴衣を着た。
 俺は蓮花に貰った、黒地に竜胆と月のものを。
 斬は水色の地にススキと月のものを。

 「おい、いい柄じゃねぇか」
 「ふん!」
 「誰に貰った?」
 「蓮花じゃ」
 「ああ!」

 俺が笑うと、斬は渋い顔をした。

 食事が運ばれてくる。

 シカ肉のステーキ。
 ジャガイモの煮物。
 オニオン・スープ。
 ショートパスタのバルサミコ酢のサラダ。
 それに白米だ。

 俺も斬も黙って食べた。

 「栞様と士王様は、お休みでございます」
 「構わない。ゆっくり寝かせてくれ」
 「はい」
 「斬、士王の寝顔を見るか?」
 「いや、起こしては可愛そうだ。明日でいい」
 「そうか」

 食事を終え、二人で風呂に入った。
 広い風呂場だ。

 俺が斬の背中を流してやった。
 目立たないが、傷は多い。
 俺ほどではないが。

 「お前の背中を流すのは久しぶりだな」
 「そうだな」
 「初めて、お前の家に泊った時以来か」
 「ああ」
 「なんか、懐かしいな!」
 「なにを言うか」

 斬の表情は変わらない。
 斬が無言で俺の背中を洗った。

 「お前、傷が多過ぎだぞ」
 「そうか?」
 「よくこれで動けるものだ」
 「全然へいき」
 「ふん!」

 二人で湯船に浸かった。
 俺は士王がいかにカワイイのかを語った。

 「なんかよ、あんまし泣かないんだよ」
 「そうか」
 「俺の顔を見ると、いつもニコニコすんだぜ!」
 「そうか」
 「あ、俺だけだからな! 他の子どもたちなんかは普通だから。見てるだけなんだよ」
 「そうか」
 「俺はなー! いつもニコニコだからな!」
 「ふん!」

 「もうハイハイを始めたんだぞ」
 「そうか」
 「俺がいるとよ! 必ず俺の方に向かって来んだよ!」
 「そうか」
 「ニコニコしてな!」
 「ふん!」

 斬が仄かに笑っていた。
 それを言うと機嫌を損ねるから、俺は黙って話し続けた。




 風呂から上がると、酒の用意があった。
 ワイルドターキーだ。

 「斬、ちょっと付き合えよ」
 「ああ」

 睡蓮が俺たちにロックを作る。
 つまみはアスパラと鶏肉の串焼きと、チーズだ。
 俺がグラスを近づけると、斬が軽くぶつけてきた。

 「まさか、俺たちが酒を酌み交わすようになるとはな」
 「ふん!」

 斬に、栞を騙してここに連れて来た経緯を話した。

 「あいつはてっきり、蓮花の研究所で暮らすと思い込んでいたからな」
 「まあ、そうだな」
 「いきなり米軍にここに運ばれてよ。「さむいよー、いしがみくーん」なんて言ったらしいぞ」

 睡蓮が後ろで笑っていた。
 追加のつまみを作っていた。

 「まあ、丁度ブリザードだったしなぁ。でも、聞いて大笑いしたけどな」
 「ふん!」

 斬が笑っていた。

 「最初はワガママも言ってなぁ。なあ、睡蓮!」
 「そんなことはございませんよ」
 「何言ってる! 突然タコが喰いたいとかよ。お前らも大変だったよな」
 「いいえ、そんな」
 「アンカレッジまで探しに行ったんだろ?」
 「まあ、喜んで頂きたくて」
 
 斬が黙って笑っていた。
 俺がエピソードを話して行くと、そのうち声を挙げて笑うようになった。

 「なんだ、お前もそうやって笑うのかよ」
 「まあ、お前の話は面白いからな」
 「そうか! それでよ……」

 俺がまた話して行った。
 睡蓮が鮭のフライを持って来た。
 
 「おい、聞いてるのかよ!」
 
 斬が笑わなくなったので、俺は斬に声を掛けた。
 目を閉じていた。

 「おい?」

 斬は眠っていた。

 「なんだ、こいつ? こんなに弱かったのか!」

 まだ二杯も飲んでいない。

 「御疲れなんでしょうか?」
 「こいつに限って、それはねぇ。なんだ、酒が飲めないくせに、俺に付き合おうとしてくれたのか」
 
 睡蓮が寝室へ運ぶと言ったが、俺が連れて行った。
 食堂に戻った。

 「花岡の当主が、随分と無防備なもんだ」
 「いえ、当主は石神様ですよ?」
 「あ、ああ!」
 
 睡蓮は笑って、斬の食器を片付けた。

 「しょうがねぇ。睡蓮、ちょっと付き合えよ」
 「はい!」
 
 睡蓮がニコニコしてグラスを持って来た。

 「お前ら、また酒を飲んだりしないんだろう」
 「はい。やはりもしものことを考えると」
 「しょうがねぇなぁ。今日の当直は?」
 「今日は椿姫です。桜花は休んでおります」
 「そうか。後で椿姫にも顔を出そう」
 「はい、お願いします」

 椿姫は俺たちが来たことは分かっているが、栞と士王から離れることは無い。
 それは桜花も同じだ。
 きちんと休んで、体調を万全にしておくことが、三人の使命だ。

 「お前、得しちゃったな!」
 「はい!」

 俺は蓮花の研究所の今の様子などを話した。

 「みんな元気にやってるよ。ああ、バーベキューなんかもしょっちゅうやってるらしいぞ」
 「そうですか! いつか行ってみたいです」
 「必ずな。そのうち、栞と士王も移動するようになる。蓮花の所にも必ず寄るからな」
 「はい、楽しみです」

 俺たちはしばらく話し、解散した。




 斬の部屋に水差しとコップを運んだ。
 斬は幸せそうな顔をして眠っていた。

 「他人に寝顔を覗かれるほど気楽になりやがって」

 俺も嬉しい気持ちになった。

 「地獄はゆっくりと来いよな」

 俺は、そっとドアを閉めた。
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