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無影刀とヘンゲロムベンベ

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 水曜日の夜。
 俺は早乙女と待ち合わせ、神宮寺磯良と会うことにした。

 磯良の能力の確認だ。
 俺は早乙女の部下であり、磯良のサポートのために同行する、という人間となった。

 「俺のことは石田と呼べ。お前の部下なんだから、ボロを出すなよ?」
 「分かっている」

 早乙女はずっと「いしだ、いしだ、いしだ」と呟いていた。


 磯良を連れて行くのは、最近判明した「太陽界」の残党の潜伏先だ。
 赤羽の河川敷の倉庫ということだが、ならば既に「怪物化」が始まっている可能性が高い。
 倉庫の周辺には、常に見張りが立っているということだった。
 だから所轄の刑事たちも、内部のことは分かっていない。

 「石田、磯良にはどこまでやらせるんだ?」
 「もちろん怪物の殲滅だ。それが出来なきゃ、磯良には用は無い」
 「だが、磯良はまだ小学生だぞ」
 「関係ない。あいつの運命だ。ならば、お前が支えてやればいいだけだ」
 「……」

 早乙女には、まだ現代日本の常識がある。
 子どもは守られ、優しくされて育つものだという。
 しかし俺は違う。
 俺は「子ども」という概念が無い。
 一人の人間だ。
 大抵は能力が低く、精神も弱い。
 それは分かっている。
 だが、俺は一つの尊厳を持つ人格として、これまでも子どもたちと接して来た。
 うちの子どもたちがいい例だ。
 双子は小学二年生の頃から、俺と一緒に戦おうとしている。
 子ども故の危うさや不足はもちろんあるが、俺はそれも含めてあいつらの尊厳を守って来た。
 親として叱ることはあれど、人間同士として共に笑い共に泣いて来た。
 それが俺たちの絆だ。


 磯良は、待ち合わせの下落合の駅前で既に立っていた。
 早乙女が助手席から手を振って磯良を呼んだ。
 一度車を降りて、後ろのドアを開けて磯良を乗り込ませる。

 赤羽に向かう中で、早乙女が磯良に説明した。

 「「太陽界」のことは知っているかな?」
 「はい。新興宗教団体で、先日早乙女さんが本部を潰したとか」
 「そうだ。あの教団は「デミウルゴス」という麻薬を捌いていた。人間を化け物にしてしまう、恐ろしい麻薬だ」
 「どういう原理なんでしょうか」

 俺は聞きながら、磯良の知性と柔軟性に驚嘆していた。
 子どもの思考ではない。
 自分を中心に考えるのが子どもの思考だ。
 しかし、磯良は状況を正確に掴もうとし、その中で自分の役割を見出そうとしている。
 
 こいつは戦える男だ。

 「詳しい原理は分からない。でも、俺たちは化け物の「種」を含んだ麻薬だと考えている」
 「種?」
 「そうだ。実際に、化け物を身体に取り込んだ事例を知っている。凶悪で恐ろしい相手だった。今回の「デミウルゴス」による怪物化は、それよりも劣るが、それでも十分に脅威だ」
 「普通の武器が通用しないんですね」
 「どうしてそう思う?」
 「俺が呼ばれたからですよ。刃物も銃もあまり役には立たない。だから、それ以外の方法でやる必要がある」

 「その通りだ」

 早乙女も、磯良の優秀さに気付いている。
 俺を見たので、頷いた。
 打ち合わせた、最も高いレベルで情報を渡してもいいということだ。

 「「デミウルゴス」は、供給源は既に断った。でも、これまでに回ってしまったものがある。それによる怪物化した奴らを狩るのが、俺たちの仕事だ」
 「分かりました」
 「それと、その後ではもっと強力な敵と戦わなければならないと思う」
 「それは?」
 「怪物本体や、それとは別な凶悪な連中だ」
 「人間もいるんですか?」
 「人間の範疇かどうかは分からないけどね。でも、俺は人間ではないと考えている」
 「分かりました」
 「ある世界的なテロ組織によって改造された連中だ。人間の心は持っていない」
 「そうですか」

 磯良に動揺や迷いは無い。
 淡々と事実を受け止めている。

 「磯良君は驚かないんだね」
 「俺の能力も大概ですからね。自分でも人間の範疇かどうかも危ぶんでいる」

 「君は人間だよ」
 「……」

 「俺の親友も、途轍もない力を持っている。でもね、そいつは大事な人間のために怒り、泣くんだ。そういう人間を抱いているのならば、君は必ず人間だ」
 「そうですか」

 磯良は、先ほどとは少し異なった口調で返事をした。
 知性だけではない、何かが言葉に乗っていた。

 「今日は、少し危ないことになるかもしれない。でも、俺が必ず君を守る」
 「早乙女さんも、能力者なんですか?」
 「そうではないけどね。でも、ああいう連中と戦うことが出来る」
 「へぇ」
 「俺のチームは特殊でね。君のような能力者もいれば、そうでない人間もいる。でも、各々の役割で、俺たちはチームとして戦う」
 「俺はあんまり他人と一緒に戦った経験はありませんが」

 「俺がそのためにいる。俺に任せろ」

 俺は早乙女を向いて、口元だけで笑った。
 磯良には見えない。

 赤羽に入った。
 俺は事前に頭に叩き込んだ地図で、現場に向かった。
 細い道が多くなり、ハマーでは注意が必要だ。
 「太陽界」の連中が潜んでいる倉庫の近くで車を停めた。

 三人で外へ出る。
 俺は黒の綿のパンツに黒のシャツ。
 早乙女は濃紺のスーツ。
 磯良はジーンズに長袖のグレーのTシャツだった。
 
 早乙女は後部から出した布を巻いたM82対物ライフルを抱え、俺はブリガディアを手に持った。
 磯良が見ている。

 「石田、それは隠せ」
 「はい」
 
 俺はレジ袋にブリガディアを突っ込んだ。

 三人で歩く。





 現場の倉庫では、情報通りに見張りが入り口に立っている。
 武器は手にしていないが、上着の膨らみが、銃を吊っていることを示していた。
 俺たちは普通に前の道を歩いた。
 見張りがこちらを見ている。

 俺が横を向きざまに、ブリガディアを取り出して二人を撃った。
 腹にマグナム弾が吸い込まれ、轟音の後で二人が沈黙した。

 「殺してないよな?」
 「まだ、大丈夫ですよ」

 俺が駆け寄り、倉庫の扉をスライドさせた。
 早乙女はM82の布を剥ぎ取りながら近づいて来る。
 磯良は普通に歩いて来た。
 俺がいきなり銃撃したのに、驚いてもいない。

 中から異臭がした。
 死体の臭いだ。

 中は暗かった。
 しかし、濃厚な気配がある。
 磯良を見ると、同時にそれを感じていた。

 
 《ボスッ》

 
 大きな圧縮音がした。
 30センチ程の、尖った何かが俺たちの後ろの壁を貫いた。
 激しい音がして、壁に突き刺さっていた。

 「早乙女さん! 攻撃されました!」
 「磯良! 出来るか?」

 磯良は暗い空間を睨んだ。
 
 「終わりました」

 気配が消えていた。
 全くの無音だった。
 俺は、殺気だけを感じていた。
 早乙女は何も気付かなかっただろう。

 俺はブリガディアを一発放ち、一瞬の閃光で倉庫の配電盤を見つけた。
 蓋を開き、主電源を入れた。
 意外と明るい照明が、部屋の中を露わにした。
 
 「こいつか」

 全身が黒く、太い両腕に、先端を剥いた針状のものが生えている。
 先ほど飛ばしたのは、この一本だっただろう。
 怪物は首を刎ねられていた。

 怪物の周囲には、数人の女の死体があった。
 全員、身体の一部が喰われていた。

 「磯良君、今の技は?」
 「「無影刀」です。不可視の刃で斬る技ですよ」
 「こいつらには銃も効かない。それでも君の技は斬れるんだね?」
 「俺が斬ろうと思いましたからね」

 磯良は俺を見ていた。

 「あの、石田さんですか。あなたもいい腕ですね」
 「ありがとう。銃の扱いはそれなりにね」
 「その銃は怪物にも有効なんですか?」
 「無理だろう。だが、牽制にはなる。俺が動きを止めている間に、早乙女さんが撃つ。そういうサポートだ」
 「なるほど」

 早乙女が電話で連絡していた。
 恐らく、近くで待機している回収チームだ。
 早乙女がまたライフルに布を巻き、俺たちは撤収した。
  
 「磯良君、ありがとう。お陰で助かった」
 「いいえ。今日は俺の能力を見るとのことでしたが、これで良かったんでしょうか?」
 「ああ、十分だ」

 俺は磯良に聞こえないようにため息を漏らした。

 「磯良君。僕は銃の専門家だから聞きたいんだが、君の力はどれくらい先まで有効なのかな?」
 「大体50メートルまでですね」
 「君はもう一つ「無限斬」という力があるらしいけど」
 「俺にとっては同じものなんですよ。まあ、他人から見ると物質を斬るのが「無影刀」で、そうでないものを斬るのが「無限斬」ということですかね」
 「じゃあ、君はただ「斬る」と思うだけなのかい?」
 「そうです」
 「すごいね! ああ、もう一つだけ。遮蔽物がある場合はどうなるんだ?」
 「僕が斬ると思ったものだけです。ただ、見えていなければならないので、建物の外からは無理ですかね。建物ごと、ということは出来ますが」
 「なるほど。ありがとう、よく分かったよ」

 もっと聞きたいこともあったが、俺があまり出しゃばるのも不味い。
 早乙女がヘッドレストで見えないように、俺に頭を下げた。





 磯良を下落合の駅まで送り、俺たちも帰った。

 「このバカ! 何のために磯良を連れ出したんだ!」
 「石神、すまん! 俺もあまりのことで動揺してたんだ!」
 「お前が磯良の能力を把握しねぇでどうする!」
 「だから悪かったって!」

 俺は右手で早乙女の頭を殴った。

 「まったく。でも、俺が聞いたことを鵜呑みにするなよ?」
 「え、どういうことだ?」
 「磯良だって、俺たちに初めて会うんだ。全部素直に話すわけはないだろう」
 「なるほど」
 「多分、言ったことは出来る。でも、もっと出来るのかもしれん」
 「分かった。注意しておくよ」
 「バカ!」
 「お前がいてくれて良かった」
 「キモイんだよ! そういうことは雪野さんに言え!」
 「うん」

 早乙女は思い出したか、ニコニコした。
 まったく、しょうがねぇ。


 「ところで、お前は何か変わったことはないか?」
 「あ、ああ。そうだな。ちょっと寝付くのが遅くなったかな。その程度だ」
 「おい!」
 「なんだ?」
 「それは多分、ヘンゲロムベンベの攻撃だぞ!」
 「なんだって!」
 「不味いな。早速やられてしまったか」
 「石神! どういうことなんだ!」

 「精神攻撃だ。ああ、でも安心しろ。すぐに解除出来るから」
 「頼む、教えてくれ」

 俺は早乙女に教えた。

 「いいか、必ず俺の言う通りにするんだ。大事なことだからな!」
 「わ、分かった!」
 「まず、自分の愛する人間の前で、下半身だけ裸になれ」
 「え?」
 「重要なんだ! 人間の愛の力とリビドーで解除しなければならん」
 「そ、そうか!」
 「お前の場合は男だから、オチンチンを雪野さんの顔の前でゆっくりと左右に揺らせ」
 「うん!」
 「顔になるべく付けてな! 10秒でいい。そうしたらまたゆっくり時計回りに一回転。反時計回りに二回転だ」
 「分かった!」
 「その後で、オチンチンを雪野さんの頭に乗せろ」
 「そ、そうか!」
 「「チョンマゲチンチン」」
 「「チョンマゲチンチン」」
 「そう唱えれば終わりだ」
 「よし! 覚えたぞ!」




 俺は早乙女を家まで送った。
 上がって行けと言われたが、すぐに精神攻撃を解けと言った。
 早乙女が走って行った。

 俺が家に帰る途中で、早乙女から電話があった。
 路肩に車を寄せて受けた。

 「石神! ちゃんとやったぞ! 何だか身体がスッキリした!」
 「そうか。一応雪野さんにも異常がないか確かめる。替われ」
 「うん! 頼む!」

 雪野さんに、冗談だったと言った。
 雪野さんが爆笑した。

 俺も笑いながら家に帰った。
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