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石神家の憂鬱

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 7月第二週の月曜日。
 俺が家に帰ると、柳が泣いていた。
 みんなに慰められている。

 「おい、どうしたんだ?」
 
 ルーに聞くと、柳が大学の学食でバカにされたそうだ。

 「柳ちゃんがね、ステーキを5枚食べたんだって」
 「ああ」
 「そうしたら、近くのテーブルの女の子が信じられない大食いだって大笑いしたんだって」
 「へー」
 「たった5枚でだよ?」
 「そーだなー」

 普通は大食いだ。
 俺は泣いている柳の肩を叩いた。

 「なんだよ、有象無象の言うことなんか気にするなよ」
 「違うんです」
 「なに?」
 「私、いつの間にか大食いになっちゃってたー!」

 今更かよ。

 「いいじゃねぇか、別に。仮にお前が大食いだったとして(絶対そうだが)、お前がカワイイ柳であることに、何ら変わりは無いんだぞ?」
 「石神さん!」
 「取り敢えずよ」
 「はい」
 「唐揚げ喰うのは止めろよ」
 「……」
 
 喰いながら泣いていた。
 亜紀ちゃんが泣き止ませるために出した。
 柳が気付いて、己が性の深さに一層泣いた。

 「俺は前から言ってるけどよー」

 全員をテーブルに着かせて言った。
 一応ジェシカも座っている。
 ロボも俺の隣にいる。

 「俺はお前らにどんどん食べてもらいたい。食べて美味しいと言い、幸せな笑顔になって欲しい」

 子どもたちが俺を見ている。
 頷いている。

 「しかしだ。外では外面が出来るようになって欲しいと言ったよな?」
 「「「「「はい!」」」」」
 「そうなんですか」
 「ニャ!」

 「あ、ロボはいいのな。お前は外で食べないからな」
 「ニャウー♡」

 「それはお前たちに恥を掻かせないためだ。でもまあ、俺も考え方を改めて、好きなようにさせようとも思った。しかし、やっぱり多少はな。出来た方が上手く行くこともあるだろう。柳が泣くのは俺も辛い」
 「石神さん!」

 「他に、辛い思いをしたことがある奴はいるか?」

 亜紀ちゃんが手を挙げた。

 「はい、亜紀ちゃん!」
 「私は新宿の食べ放題のお店全てで出禁を喰らってます!」
 「そうか」
 「8件くらい行ったところで、お店同士で回状が回ったようです」
 「そうか」
 
 亜紀ちゃんが憤る。

 「私の顔写真がお店に貼られてるんですよ! 名前入りで! 「石神亜紀! お前は来るな!」って!」
 「酷いな」

 面白い。

 「他には?」
 
 双子が手を挙げる。

 「はい、ルー、ハー!」
 「千葉の〇ザー牧場に行ったんです」
 「お前ら遠くまで行くなー」
 「牧場の牛を狩って、「これでステーキを」って言ったの」
 「お前ら!」
 「物凄く怒られました」

 問題が違ってきている。

 「お金で許してもらったけど、そのまま追い出されました」
 「ステーキ食べられなかったよー」

 当たり前だ。

 「のこぎり山でキョン狩って食べました」
 「……」

 二人に拳骨を落とし、丹沢の俺の山以外で野生動物を狩るなと言った。

 「皇紀は無いか?」
 「僕は別に……」

 「皇紀ちゃんは、中野坂上の〇〇でねー」
 
 ルーが言った。
 コミックとエロDVDとオナニーグッズの多彩な店だ。

 「DVD買おうとしたんだよね?」
 「やめてよー」
 「大人ぶってたけど、店員に「学割効くよ」って言われて学生証出して怒られたの!」
 
 全然問題が違う。

 「ああ、今度俺と一緒に行こうな」
 「はい!」

 明るく笑う。
 亜紀ちゃんと柳が俺を睨む。

 「ということでだ! やっぱり、お前らには「外面」の訓練が必要だ! 家では幾らでも喰ってくれ。でも、そうでない食事も出来る所を見せてやれ!」
 「「「「「はい!」」」」」

 「ところで柳」
 「はい?」
 「木下さんの店では、不埒な真似はしてないだろうな?」
 「……」

 俺の行きつけだった、大事な定食屋だ。
 柳が黙っている。
 こいつは嘘を吐けない。

 「おい!」
 「あの、大したことは」
 「お前! 何しやがった!」

 柳が汗を流し始める。

 「最初に石神さんと行った時に」
 「おう」
 「魚の煮汁で卵かけご飯を食べたじゃないですか」
 「やったな」

 亜紀ちゃんと双子が絶対に美味しいと騒ぐ。

 「あれをですね」
 「おう」
 「お鍋を借りてやりました」
 「あ?」
 「お鍋一杯にご飯を入れてもらって」
 「なんだ?」
 「煮汁を一杯掛けてもらって」
 「おい!」
 「卵を7つもらって」
 「お前!」
 「美味しかったです」

 面白いことをしやがる。

 「それで木下さんは!」
 「大笑いされてました」
 「幾ら払った!」
 「それが、私はいつもの500円でいいからって」
 「お前! そのまま出て来たのかぁ!」
 「はい、すみません!」

 「亜紀ちゃん!」
 「はい!」
 「木下食堂に千疋屋の季節の果物の一番高いセットを手配しろ!」
 「はい!」

 ロボに「大スクリューななつ星キック」をやれと言った。
 柳がぶっとぶ。

 俺は翌日の夜に、全員に病院へ来るように伝えた。




 俺の仕事が終わった7時。
 子どもたちは、病院の食堂で待っていた。
 俺の最後のオペを手伝った人間たちと一緒に、叙々苑の焼肉弁当を食べる。

 「悪いな、子どもの教育の一環で、今日は一緒に喰ってくれ」

 みんな、美味しいと言いながら、弁当を食べた。
 ジェシカも箸の使い方に苦労しながら食べていた。
 一口口に入れ、笑顔になる。

 子どもたちは、あまりの量の少なさに呆然としている。
 その上、今日はいつもよりも食事の時間が遅い。
 いつもは遅くとも6時には食べているので、腹を空かせている。
 だから黙って見ていた。
 箸を持てば、アッと言うまに食べ尽くす。

 「ゆっくり味わって食べてくれな」

 双子が我慢出来ずに箸を持つ。

 「ルー、ハー!」

 亜紀ちゃんが悲痛な声で叫んだ。
 双子が泣きながら掻き込み、食べ終わってまた泣いた。

 「食べちゃったよー」
 「もうないよー」

 亜紀ちゃんと皇紀が悲しそうな顔で二人を見た。

 「どうした、お前らも食べろよ」

 俺が声を掛ける。

 「ちょっとお水飲んで来ますね!」
 「あ、私も!」
 「僕も!」

 三人が食堂の冷水器で水を3杯ずつ飲んだ。
 席に戻って、また弁当を見詰める。

 他の連中が、そろそろ食べ終わってくる。

 「石神先生! いつもご馳走様です!」
 「おう、お疲れ!」

 徐々に帰って行く。
 ついに亜紀ちゃんたち三人だけになる。

 「そうだ、ご飯を一粒ずつ食べれば!」
 「それだよ、亜紀ちゃん!」
 「なるほど!」

 「早く喰え!」
 「「「えーん!」」」

 あっという間に食べ終わった。

 みんなでハマーに乗って帰った。
 ジェシカが助手席で「美味しかったです」と言った。
 しかし、後ろのシートの空気がどんよりと重かった。
 双子がまだ泣いていた。




 家に着き、子どもたちがゾンビのように歩く。

 「皇紀! 荷台から荷物を降ろせ!」
 「はい!」

 皇紀が荷台のドアを開き、段ボールを持ち上げた。
 三つあるので、ルーとハーにも手伝って貰った。

 「あ!」
 「いい匂いがするよ!」

 「あと一人10個ずつあるからな!」
 
 亜紀ちゃんが皇紀から段ボールを奪い取って、走って家に入った。
 双子も追いかける。

 出迎えたロボが無視されて行くので怒った。
 俺が優しく撫でて抱き上げて階段を昇った。




 結局、あっという間に弁当は消えた。
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