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十河時宗

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 五月下旬の金曜日の夜。
 俺は青森に来ていた。
 十河時宗に会うためだった。
 神宮寺磯良もそうだったが、能力が桁違いだ。
 特に十河さんの力は世界を滅ぼし兼ねない。
 
 吉原龍子のことだ。
 自分の死後についても、きちんと手は打っていただろう。
 実際、十河さんも何か問題を起こすことなく、平穏に暮らして来た。
 早乙女に能力者の運用を任せようとは考えていたが、俺は十河さんについては自分で確認したかった。
 俺は「業」と戦う者を仲間とする。
 しかし、早乙女には「日本を守る」仲間を結成して欲しかった。
 「業」との闘争は、俺自身の運命だ。
 そのとばっちりを受ける日本を、早乙女に守って欲しかった。
 だが、十河さんに関しては、別な考えを持っていた。




 「石神!」

 大学の同級生であり、同じ医学部であり弓道部だった木村が青森空港まで迎えに来てくれていた。
 現地での案内を頼む予定だった。

 「おう、木村! わざわざ悪いな!」
 「久しぶりだな!」
 「ああ、岡庭の結婚式以来か」

 木村は地元で親の経営する病院に入っていた。
 昔から名士の家系であり、十河時宗のことも調べてくれていた。

 「お前は相変わらず、ダンディだな!」
 「よせよ。お前こそ早々に嫁さんを貰って立派にやってるじゃないか」

 木村は学生時代から今の奥さんと付き合っていて、卒業後そのまま結婚した。
 青森まで結婚式に来たが、木村が相当な家柄だと初めて知った。
 自分の自慢など、全くしない男だった。
 1000人近い客を入れ、国会議員もいたし、総理大臣から祝電も来ていた。
 父親は、十和田市で大きな総合病院を経営している。

 「今回は悪かったな。個人的に十河氏に会う必要があってな」
 「そうか。電話でも言ったけど、今もお元気で会社を経営されているよ」
 「木村の家とは付き合いはあるのか?」
 「まあ、うちはどことでもだからな。商売をやってる家とは、大体付き合いはある。それほど親しいわけでもないけどな」
 「ああ、でも助かった」
 「なに、石神の頼みだ! 何でも言ってくれ」

 車の中で、俺と木村は楽しく昔の話をした。

 「二日間、世話になるよ」
 「いいって! うちは部屋は余ってんだし。それにお前は輝美の恩人だ」
 「おい、二十年も前のことを何言ってんだよ」
 「今でも感謝してる。俺は輝美を喪っていたら、生きていなかっただろう」
 「やめろって」

 1時間半くらいで、木村の家に着いた。
 やはりでかい屋敷だ。
 10年前に建て替えたという家は、鉄筋コンクリートの見事なデザインだった。
 建坪は200坪くらいか。
 三階建てのいい家だった。
 家族の方々が、挨拶に出てくれた。
 俺は土産を渡し、木村のご両親に二日間お世話になることを詫びた。

 「石神さん!」

 木村の奥さんの輝美さんが俺に声を掛けて来た。
 三人の子どもも俺に挨拶する。
 もう一番上は大学生だ。

 「輝美さん、お久しぶりです」
 「うん! 本当によく来て下さいました!」
 「お世話になりますね」

 俺が食事を済ませていたので、木村が酒の用意をしてくれた。
 魚介類が主体の酒肴だったが、どれも美味かった。
 鮮度が違うのだろう。

 木村は学生時代と同じく、優しい男のままだった。
 



 翌朝。
 俺は一人で十河時宗の家に向かった。
 同じ十和田市の中に住んでいる。

 木村にクラウンを借り、運転していく。
 今はナビがあるので、道に迷うこともない。

 十河さんは市街地から少し離れた場所に住んでいた。
 家族はいないらしい。
 この辺では珍しく結婚もせずに独身だったようだ。
 身の回りの世話をする人間と一緒に住んでいる。

 木村が十河さんと約束を取り付けてくれていたので、俺は十河さんの家でスムーズに中へ案内された。
 十河さんと一緒に住んでいるという、曽我という中年の女性だった。

 応接室で茶を出され、十河さんが入って来た。

 「突然訪問してしまい、申し訳ありません」
 「いえ、木村さんのご紹介とのことで」

 俺は名刺を渡し、土産の酒を渡した。

 「木村とは大学時代の友人で。俺が十河さんを探していると言うと、すぐに連絡してくれたようです」
 「そうですか」

 十河さんは80代のはずだが、非常に健康的で肉体も衰えを感じない。
 動作も、老人のそれではなく、矍鑠としていた。
 身長は170センチほどで、この年代ならば高身長だっただろう。
 顔も今は年を取っているが、若い頃は女性にモテただろうと思われる。
 少し薄くはなっていたが、七三に分けた髪はしっかりとしている。
 白いパンツに、ストライプのシャツを着ている。
 オシャレなようだ。
 市内で電気工事関係の会社を経営しているとのことだった。

 「それで、どういうご用件でしょうか?」
 「吉原龍子さんにご紹介を頂きまして」
 「え!」

 十河さんは驚いていた。

 「御存知かもしれませんが、吉原さんは亡くなられ、俺と友人に様々なものを遺して行かれました。友人は遺産を、俺はノートと様々な道具を」
 「……」

 「友人は警察の人間です。今、新しい特殊なセクションを構築中です」
 「……」

 「俺が受け取ったノートに、友人の新たなセクションに有用な人材のことが書き留められていました。十河さん、あなたのお名前も」
 「龍子さんは、あなたがたに託されたのですか?」
 「はい」

 俺は早乙女と吉原龍子との関係を話した。
 俺たちが吉原龍子の遺体を発見したことも。
 十河さんは黙って聞いており、やがて顔を上げて俺を見た。

 「龍子さんには、本当にお世話になったんです」
 「そうですか」
 「石神さん。ここへいらしたということは、私の「力」についても御存知なんですね?」
 「はい。念じると反物質を生成するという」
 「まあ、自在にというわけではありませんが。確かに、そういう力です」

 十河さんは自分の「能力」について話してくれた。

 「気付いたのは、子どもの頃なんです」
 「あの、UFOを破壊したという?」
 「その通りです。石神さんは、宇宙人なども信じていますか?」
 「もちろんです!」

 俺は少し声を大きくして返事した。

 「そうですか。私は両親と十和田湖へ遊びに行っていたんです」

 十河さんの話では、春先の十和田湖に家族三人で行き、そこでUFOを見たのだということだった。
 UFOから人影が降りて来て、自分たちを攫って行こうとした。
 その時、自分の力に目覚めたという。

 「「壊れろ」と念じた瞬間、UFOは爆発し、そのまま飛び去って行きました」
 「じゃあ、十河さんたちは助かったのですね?」
 「ええ、私は。地上にいた宇宙人の何人かが銃のようなものを向けて来て、両親が私を庇ってくれたのです」
 「え!」
 「父が向かって行って。私は母に手を繋がれて必死に走りました。でも、その途中で母も」
 「そうだったんですか」
 「その後で、宇宙人は全部溶けて消えました」

 普通は信じられない話だっただろう。
 でも、俺は全てを信じ、十河さんの両親の崇高さを思った。

 「私が破壊したUFOは、ロズウェルに墜落したものと思います」
 「ああ、あれですね」

 多分、十河さんはその後にUFOのことを自分でも調べただろう。
 ロズウェル事件は、UFOに興味を持つ者ならば、必ず知っている。

 「1947年のことでした。7月7日。七夕だったので、よく覚えています」
 「なるほど」

 十河さんは、その後で吉原龍子と出会ったと言った。

 「私は親戚の家に預けられたのですが、龍子さんがよく訪ねてくれ、私にいろいろなことを教えてくれました。高校を出ると仕事も紹介してくれ、今の会社を立ち上げてくれたのも、龍子さんです」
 「そうだったんですね」
 「本当に優しい方でした。亡くなったことも後で知り、葬儀にも行けなかった」
 「はい」
 「墓参りはしましたが、あれは石神さんたちがご用意下さったものなんですよね?」
 「御存知でしたか。いえ、あれは吉原さんの遺言の通りにしただけで。ご自分で全部、始末を考えていたようですよ」
 「ああ、そういう人だった。自分は他人の世話ばかり焼いているのに、自分のことは全然何もさせてくれなかった」
 「はい。俺の友人も、同じことを言ってましたよ」

 十河さんは俺を見詰めていた。

 「龍子さんに後を託された方から伺いました。石神さんと早乙女さんという方々が、龍子さんに本当に良くして下さったのだと」
 「俺は何も。早乙女も、たまに一緒に酒を飲んでいただけですよ」
 「羨ましい。でも、龍子さんが誰かと酒を飲むなんて聞いたこともありません。余程気に入ったのでしょうね」
 「ああ、バカみたいにいい奴ですからね」

 「石神さんのことも聞きました。人類の存亡をかけた戦いをなさる方だと」
 「いや、俺はそんな大それたものじゃ」

 俺はノートに書かれていた、吉原龍子の遺品を十河さんに渡した。

 「これは、十河さんに渡して欲しいとノートに書かれていたものです。俺にはどういうものかは分かりませんが、確かにお渡ししますね」

 薄葉紙に丁寧に包まれた、葉巻程の長さのものだった。
 重量がある。
 しっかりと糊付けされていたものだったが、十河さんが受け取ると、はらりと紙が解けるように開いた。
 
 独鈷杵(どっこしょ)だった。

 十河さんはそれをしばらく見詰めていた。
 そして、「えい!」と叫んで自分の額にそれを突き刺した。

 「十河さん!」

 俺は急いで傷口を確認しに席を立った。
 しかし、額は傷はおろか、衝撃で赤くなってもいなかった。
 確かに強く打ちつけたはずだったが。

 「石神さん。これで私はあの「力」を取り戻しましたよ」
 「どういうことですか! 大丈夫なんですか!」
 「はい。私は、龍子さんに頼んで、あの「力」を封印してもらっていたんです。この独鈷杵が、その封印を外す道具でした」
 「十河さん……」

 十河さんは笑って俺を見ていた。

 「ああ、これでやっと龍子さんに恩返しが出来る。石神さん、ありがとうございます」
 「い、いえ。あの、ちょっとよく分からないのですが」

 「私の力は、あまりにも大き過ぎました。つまらない感情であの「力」を使うわけにはいかない。だから龍子さんに頼んだんです。でも、いつか龍子さんのために必要になったら、封印を解いて欲しいと。そうもお願いしていました」
 「そんな……」
 「私も戦いますよ、石神さん。こんな老いぼれになってはしまいましたが。でも、いつか龍子さんのためにと思って、身体は鍛えて来たつもりです」

 「十河さん、俺はあなたに戦って欲しくて来たんじゃないんです」
 「分かってますよ。私の力を確認されに来たのでしょう」
 「そうです。十河さんの力は、あまりにも巨大だ」
 「はい。恐らく、あと何度も打てないでしょう」
 「それは!」
 「いいのです。これまで、龍子さんには散々良くして頂いた。龍子さんの望みならば、私はどんなことでも。もう生きている間に、龍子さんに何も出来ないのかと思っていました。石神さん、ありがとうございます」

 俺はまた連絡をすると言って、十河時宗の家を出た。




 途中で車を停め、早乙女に電話した。

 「早乙女。十河時宗と会ったぞ」
 「そうか。どうだった?」
 「吉原龍子に力を封印されていたらしい」
 「ならば!」
 「いや、それが、吉原龍子の遺品を渡したら、封印を解除してしまった」
 「なんだと!」
 「それとな、十河さんの力は、自分の生命を削るようだ」
 「!」
  
 早乙女が驚いている。

 「それでな。ご本人は恩返しがしたいと言って、俺たちの仲間に入りたがっている」
 「それは……」
 「どうするのかは、お前が考えろ。多分、呼べば身辺整理をすぐにして来るぞ」
 「分かった。考えてみる」
 「お前は磯良の方を頼むな」
 「ああ。近々会おうと思っている」
 「そうか」

 俺は電話を切った。

 多分、十河時宗は早乙女の下に付くことになるだろう。
 人格的には申し分ない。
 巨大な力だが、制御できるだろう。

 平穏な暮らしをしていた十河さんを、戦いの道に引き込んでしまう。
 でもそれは、自分で選ぶ道なのだ。
 あの人は、平穏な人生を望んではいなかった。
 吉原龍子のために生きたかった。

 ならば……。





 それでも悲しいのは、俺の弱さなのだろうか。
 俺は、帰り際の十河さんの満足そうな顔を思い浮かべていた。
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