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京都の約束

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 金曜の夕飯は、麗星を双子が経営を始めた「ミート・デビル」に連れて行った。
 何故かは分からないが、麗星はステーキが好物になったようだ。

 「今日はステーキでございますね!」
 「そうですよ。双子が経営している店ですが、本格的なアメリカン・ステーキです」
 「楽しみでございます!」

 アヴェンタドールで出掛け、麗星は上機嫌だった。
 双子に言って、特別なVIP席を用意してもらっている。

 「ニューヨークで頂いたステーキも美味しゅうございました!」
 「そうですか」

 俺は笑った。
 こんなにも自分の欲望を明るく話す女は少ない。
 六花もそうだが、麗星は少し違う。
 六花は美獣だが、麗星は人間だ。
 だから人間の汚れや卑しさもあるが、それがまた好ましい。
 穢れを否定していないのだ。
 まあ、そうでなくては妖魔などとは関われないのだろう。

 昔、自分のことを「罪びとの頭(かしら)」と言った者がいる。
 その男は人間の「原罪」を背負って死んだ。

 同じ決意が麗星にはある。
 全てを喪う決意で巨大な怪異を自らの身体に埋め込み、それを以て一族の頂点に君臨する謂れとした。
 そして、全てを俺に捧げようとしている女。
 愛さないわけはない。




 「ここでございますか!」
 
 レストランのVIP用の駐車場にアヴェンタドールを入れた。
 二階の、窓が付き出したようなガラス張りの席に案内される。
 店の宣伝も兼ねた特別な席だ。
 だから、本当に特別な人間しか案内されない。
 
 俺はダンヒルの細い金糸のラインのある麻のスーツを着、麗星は俺に合わせたかのような、同じ麻の上下を着ている。
 純白のシルクのブラウスは胸から肩に、淡いピンクの刺繍がある。
 
 並んでいる客の脇を案内された。
 みんな、俺たちを見てため息を漏らしていた。


 
 サラダの皿が出た。
 山盛りのポテトサラダだ。
 如何にもアメリカらしい。
 好きなだけ自分で取るシステムであり、足りなければ追加が来る。

 次にスープがカップで来る。
 これも必要に応じて何杯でも飲める。
 全てはメインの肉のためだ。

 最初の肉が来た。
 麗星が、不思議そうな顔をする。
 量が少ないのだ。

 「50gです。いろいろな部位や調理法で来ますので、特にお好きな物はお好きな大きさで注文して下さい」

 麗星の顔が輝いた。
 早速肉にナイフを入れる。
 ランプだ。

 「この後も別なお肉が来るんですよね?」
 「そうですよ」
 「どこで決めればいいのか、難しいですね!」
 「アハハハハハ!」

 俺は食事の間に、早乙女の知り合いの吉原龍子の話をした。

 「吉原龍子!」
 「知ってるんですか?」
 「有名な拝み屋です! うちも何度か頼ったことも」
 「そうなんですか!」
 「私は直接はお会いしたことはありませんん。でも名前はもちろん存じ上げています」
 
 吉原龍子が、ある資料を俺に遺したことを話した。

 「彼女が知っている「霊能力者」と言っていいのかな。とにかく特殊な力を持っている人間のリストだったんですよ」
 「それは!」
 「これから早乙女は警察内に、妖魔に対抗できるセクションを作ろうとしています。その成員に、リストの人物を集めようと思ってます」
 「それは凄いお話ですね」
 「そう思われますか?」
 「はい。吉原龍子は「観る」力に優れておりました。人間でもあやかしでも、あらゆる事象について。あの方が生きて居られれば、きっと石神様の御役に立っただろうと」
 「そうでしたか」
 「でも、吉原龍子が認める人間であれば、それは優れた能力者で間違いありません。わたくしも如何様にも協力いたします」
 「ありがとうございます」

 俺は特に気になった何人かを麗星に聞いてみた。

 「まず一番は、「神宮寺磯良(じんぐうじ・いそら)という少年なんです」
 「神宮寺……」
 「何か「斬る」という能力らしいんですが、吉原龍子のノートには「何でも斬る」と書かれてあって」
 「そうですか」
 「その意味が分からないのですが、物質だけではないようで」
 「というと?」
 「命そのもの、存在の根源を斬ることが出来るとか。まあ、俺の想像も入ってますけどね」
 「それではやはり」
 
 麗星が考え込んでいた。

 「何か御存知なのですか?」
 「はっきりしたことではございません。ただ、今はもう無い「虎王」の家系が「神宮寺」という名だったと思います」
 「!」

 「「虎王」は、完成刀を数振り仕上げて途絶えたとされています。ですが、もう一つの伝承がございます」
 「どのような?」
 「刀剣ではなく、能力として「何でも斬る」ことを目指したとか。何でも、当時の「花岡」の家系と協力したとも言われています」
 「拳法ですか!」
 「そのようなものとも違うかもしれません。「花岡」ですから、そうであっても不思議ではないのですが、はっきりとは分かっていないのです」
 
 「虎王」は全てを斬る。
 概念ですら斬れると俺は感じていた。
 それを、人の身で成し遂げる技があるのだろうか。

 「ただですね。吉原龍子が残した資料に生年月日が書かれていたんですが、まだ小学生らしいんですよ」
 「それはなんとも」
 「しかも、両親は既に死んでいて、磯良を育てているのが、吉住連合の傘下の組らしくて」
 「そこから連れ出されるおつもりですか?」
 「まだ分かりません。とにかく会ってみないことには」
 「なるほど」

 次のステーキが来た。
 今度はシャトーブリアンのようだ。
 麗星は、あまりの美味さに腰を半分浮かせたほどだった。

 「石神様! わたくしはこれに」
 「まあ、まだ幾つか来ますから」
 「はい。ですがこれ以上のものがございましょうか?」
 「まあ、食べてみましょう。まだお腹は大丈夫でしょう?」
 「はい!」

 麗星が嬉しそうに笑った。
 俺は他の気になった人間について話してみる。
 麗星は、青森の人間だけ知っていた。

 「十河時宗さんなら、存じております」
 「そうですか。どのような人間ですか?」
 「サイコ・ボンバーと呼ばれておりました」
 「サイコ・ボンバー?」
 「物質の中に「反物質」を生成できるそうです」
 「それは!」
 「石神様でしたらお分かりのように、対消滅によって恐ろしい程のエネルギーが放出されますよね?」
 「規模はどれほどなのでしょうか?」

 僅か1gの質量で、90兆ジュールという膨大な熱エネルギーが発生するとされている。
 TNT2トンくらいになる。
 約6gもあれば、広島型原爆に相当する。

 「分かりません。その能力故に、試すことも出来ないのではないでしょうか」
 「そうですね。でも、実際に使ったことがある、ということですよね?」
 「はい、まあそうなのですが」
 「どのような規模で?」
 「それが」

 麗星は言い淀んだ。

 「あの、わたくしも信じられないのですが」
 「はい」
 「宇宙人の円盤を破壊したと」
 「!」

 俺も夕べやった。

 「それは!」
 「ほら、石神様もお信じにはなれないでしょう?」
 「いえ!」
 「わたくしは、どうもオカルトやらUFOなどは、とても信じられず」

 あやかしの総本山がそう言った。

 「そうですか」
 「7歳の時だったようですが」
 「へぇ」
 「それでも破壊し切れずに、逃げて行ったそうです」
 「それは何年前ですか?」
 「今、確か80歳くらいですから。70年以上前ですかね」

 なんか、その頃に重大なUFO事件があった気がしたが、黙っていた。
 しかし、十河という男は、「花岡」に似た能力を持つらしい。
 「虚震花」は、反物質を生成する技だ。

 「でも、そんな凄い能力を持った人間が、よく世に隠れていましたね」
 「それは、裏のネットワークがございますから」
 「どのようなものなんです?」
 「例えば、吉原龍子のような人間がまとめ上げているとか。特殊な能力を持つ者は、大抵そういうネットワークに取り込まれ、安全を確保されます」
 「そうなんですか」
 「「仕事」の紹介もされます。ほとんどは通常の世間の仕事ですが、能力を生かした特別な場合もございます」
 「ちょっとコワイですね」

 麗星は、やはりシャトーブリアンを追加したいと言ったが、俺は次の「ルー・ハー・スペシャル」を食べてからの方がいいとアドバイスした。

 「でも、反社会的なことはいたしませんのよ? 中にはそういうことをさせる組織もございますが、大抵は潰されます」
 「そうなんですか」
 「如何に強力な力を持っていても、国を相手にするようなことは出来ません。むしろ普通に暮らしたいと考える人間の方が多いですし」
 「そういうものですか」

 考えてみればそうかもしれない。
 俺はレイラのことを思い出していた。
 レイラは突然に目覚めた力に溺れた。
 それに環境が悪かった。
 周囲に酷いいじめを受け、その復讐が出来ると知った瞬間に、堕ちてしまった。
 最初から適切な指導を受けることが出来たら、もしかしたらレイラも幸せになれたかもしれない。

 「石神様?」
 
 麗星が、俺の表情が変わったのを感じ、心配そうに声を掛けて来た。

 「すみません。ちょっと思い出してしまって。俺たちもある程度の力を持ってしまいましたからね」
 「それは違います。ある程度などというものではございません。正真正銘、石神様たちは国を相手に出来る実力です」
 「それはなんとも」

 まあ、その通りなのだが。
 「ルー・ハー・スペシャル」が来た。
 これは肉バカの双子が様々な肉を取り寄せ、更に調理法を研究した究極の逸品だ。
 山形牛のイチボを低温でじっくりと焼き上げ、更に仕上げに塩麹を塗って表面を炙る。
 そのままでも唸る程美味いのだが、卵の黄身で溶いたウニのソースを付けるとまた絶品だ。

 「ルー・ハー・スペシャルを!」

 麗星が立ち上がって叫んだ。
 俺は笑って店員に追加で300gずつ焼くように言った。

 麗星はもう一枚追加した。
 1キロ近く食べたわけだが、ケロリとしている。
 まあ、細い神経ではない人だ。






 「石神様、身体が火照って参りました」
 「じゃあ、風呂はちょっと温めにしましょう」
 「いえ、そういうことではなく」
 「あ、美味しいアイスクリームがありますよ! 召し上がりますか?」
 「ええと、はい、戴きます」

 帰りの車の中で麗星が俺を熱い目で見ていた。

 「石神様は、わたくしに魅力を感じて下さらないのですね」
 
 俺は笑った。

 「そんなことは無いですが。ヨーロッパでも、麗星さんはモテたんでしょう?」
 「はぁ。まあ、ちょっとだけですが、道間の術も使いました」
 
 俺は大笑いした。

 「俺にも使えばいいじゃないですか」
 「石神様にはとても通じません。それに」
 「なんです?」
 
 麗星は前を向いて小声で言った。

 「石神様には、本心で私を愛して頂きたく」
 「そうですか」

 麗星は真剣な顔になった。

 「道間の血筋は、もうわたくしのみです。ですから、わたくしは道間の血筋を残す使命がございます」
 「そうですね」
 「その後でしたら、この身は石神様のためにいつ擲っても構いません」

 俺は麗星に微笑んだ。

 「今度、京都にお邪魔した時に」
 「はい?」
 「麗星さん、あなたが好きです」
 「!」

 アヴェンタドールを道路脇に停めた。
 




 俺たちは長いキスを交わした。
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