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太陽界の女 Ⅵ

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 俺と早乙女はハマーで出掛けた。 

 代々木の教団の本部では、念入りに身体検査をされた。
 そのまま部屋で待たされ、一時間後に案内が来た。

 「どうぞ、こちらへ」

 白の袴姿の男が、俺たちの前を歩く。
 まだ、来栖霞とも会っていない。

 俺は異様な気配を感じていた。
 巨大な建物だ。
 10階建ての高さの、寺院のような形をしている。
 3階部分にまで伸びる広大な階段があり、2000人も収容できる大本堂がある。
 その上は様々な施設なのだろうが、教祖の部屋は最上階にあった。

 高さ5メートルの巨大な扉があった。
 豪奢な模様で覆われている。
 案内した男が扉を開いた。
 肉を打つような、風圧のようなプレッシャーを感じた。

 中には10人の屈強な男が立っている。
 その中心に座っている威厳のある老人が教祖と感じた。
 
 部屋の隅に立っている中年の男が、恐らく霞の父親なのだろう。
 来栖霞が、その脇に立っていた。

 扉が背後で閉まった。




 「お前が石神高虎か」
 「はい」
 「セイントPMCか。有名な会社だな」
 「どうも」

 俺のことを調べたらしい。
 まあ、俺の言うがままにだが。

 「お前が「太陽界」に入るというのか」
 「そうですよ。欲しいでしょ?」
 「お前は強いそうだな」
 「まあね」
 
 10人の男たちが前に出た。

 「だがそれも、「人間」のうちだ」
 「なに?」
 「我々は「人間」を超える」
 「へぇ」
 
 来栖嵐山が男の一人に命じた。
 無防備に俺に近寄って来る。

 男の眼球から何かが飛び出た。
 俺は「螺旋花」で伸びて来た触手を消した。

 「!」

 そのまま「震花」で男を消す。

 「お前!」
 「人間じゃなくなっただけだな。相手にならねぇ」
 「なんだ、その技は!」
 「教えると思うか?」
 「何者だ!」
 
 俺はせせら笑った。

 「お前ら、日本で革命を起こしたがってるらしいけどな」
 「なんだと!」
 「俺はアメリカと喧嘩して勝ったしな」
 「何を言っている!」
 
 早乙女に向いた。

 「早乙女、こいつらはもうダメだ」
 「ああ、分かった」
 「魂を売っちまった。これ以上はもうな」
 「石神、やってくれ」

 俺は嵐山に向き直った。



 その瞬間、身体が動かなくなった。



 「フフフ。お前は確かに強いようだ。わしたちがこんなに努力して到達した強さを遙かに超えている」
 「てめぇ」

 身体は指一本動かせないが、口は利けた。
 早乙女も同じ状態のようだった。
 あっちは口も開かないが。

 「じゃが、お前が幾ら強くても無駄よ。わしの神通力はお前を自在に操れる」
 「ほう」
 「強がりはよせ。もうお前を殺すことなど、造作もない」
 「やってみろよ」
 「ふん。霞、お前がこいつを厳重に洗脳しろ」
 「はい、かしこまりました」

 来栖霞が頷き、俺に寄って来た。

 「石神さん。すぐに本当の自分に変えてあげますね」
 「あんた……」

 「教祖様のお力は、誰も抗えない。全ての上に君臨される方なんですよ。あなたの力は、私たちのために存分に振るっていただきますからね」
 「お前らじゃ無理だ」
 「そうですかね」
 「俺の魂に触れることは出来ないよ」
 「教祖様は魂を消すことだって出来ますよ」
 「だから無理だって」
 「どうしてです?」

 

 「タマ!」



 俺は叫んだ。

 「どうした主」
 「俺を自由にしろ」
 「分かった」

 部屋にいた全員が、突如出現した着物姿の女に驚いていた。

 「タマ」
 「なんだ」
 「あのじじぃの記憶を探れ」
 「何を知りたい?」
 「「デミウルゴス」という麻薬のことだ。今どこにあるのか、どこに撒いたのか。どこを潰せば消えるのかだ」
 「分かった」

 タマが嵐山を見ていた。
 嵐山は微動だにできなかった。

 タマが俺に教えた。
 この本部に全てがある。
 幾つかの卸先は、霞が把握している。
 
 俺たちは来栖霞を連れ出し、ハマーに乗って教団本部を出た。

 「石神、あいつらはどうするんだ?」
 「地獄へ堕とす」

 タヌ吉を呼び、全てを「地獄道」へ呑み込ませた。




 竹芝桟橋へ行った。
 早乙女が来栖霞から、「デミウルゴス」のルートのデータを受け取った。

 「私はどうなるの?」

 来栖霞が言った。

 「お前は最初から、俺たちを裏切る気だったんだな」
 「そうじゃないわ。私はずっと「太陽界」のために動いていただけ」
 「まあ、分からない理屈じゃないけどな」

 来栖霞は埠頭のベンチに座っている。
 俺と早乙女はその前に立っていた。
 夜の海面に、月が照り映えていた。
 霞はその海面を見詰めていた。

 「「デミウルゴス」では無理だと思っていたわ。でも、石神さんが現われた。私は、あなたがきっと、本当に「太陽界」を世界に君臨させるものにしてくれると思った」
 「そうか」
 「あなたの強さは尋常じゃない。戦うことに関しては、格が違う。さっき、アメリカと喧嘩したって言ってたわよね?」
 「そうだ」
 「本当の話なの?」
 「そうだよ。軍事基地を二つ潰して、その後の反撃も全部潰して。西海岸を半壊させて全面降伏させた」
 「あの事件!」

 俺は海上に「轟雷」を放った。
 巨大な雷光が数十秒激しく暴れまわった。

 「!」

 来栖霞は驚愕し、その後で美しくも妖しい雷光に魅せられた。

 「もう分かった」

 そう言って微笑んだ。

 「霞さん、一つだけ答えて欲しい」

 早乙女が言った。

 「何?」
 「俺と結婚してくれるつもりだったのか?」

 微笑んだまま、早乙女を見た。

 「忘れたわ」
 「俺はあなただけだったんだ。あなただけが、俺のことを好きだと言ってくれた」
 「どうだったかしら」
 「だから俺も本気で霞さんを……」

 来栖霞は立ち上がった。

 「私は「太陽界」の女だった。結局そうだったのよ。私が何を考え、何を望んだとしてもね。私の人生は、もう決まっていたの」
 「霞さん……」

 「私は散々酷いことをした。何十人も死なせたし、破滅させもした。あの麻薬だって、最初は私が引き入れたの。いつか、「太陽界」が日本を支配し、やがては世界に君臨するために。あの薬が人間を化け物に変えるのが分かっても、私は改良出来るかもしれないと思った」
 
 来栖霞は熱に浮かされたように話した。

 「教祖様はね、特別な力を授かった人だった。でも、それだけじゃ足りない。もっと大きな力が必要だった。だって力で支配するんですもの! そうでしょう? 石神さんの力を見た時に、ついに私が手に入れたと思った!」

 来栖霞は急に糸が切れたかのように頽れた。

 「でもね、もう分かった。私には無理だった。私は平凡な女だったの。誰かのお嫁さんにでもなれば、それで良かったのに」
 「霞さん」
 「「太陽界」の女になりたかった。だって、そうじゃないと……」
 「霞さん……」


 「そうじゃないと、あの時早乙女くんと別れた意味がなかったのよ!」

 「……」

 「石神さん、お願いします」
 
 来栖霞が俺を向いて笑った。
 早乙女が後ろを向いた。

 俺は「虚震花」で来栖霞を消した。
 彼女が消え、海面に映る美しい月が揺らいでいるのが見えた。

 「早乙女、帰るぞ」
 「ああ」
 
 「今日は雪野さんに甘えろよ」
 「ああ」

 「あの人は優しいからなぁ」
 「ああ」

 「お前が羨ましいぜ」
 「そうか」

 「俺のお陰だよな!」
 「そうだな」
 「お前を喜ばせるのも、泣かせるのも俺だ」
 「石神……」

 「感謝しろよ!」
 「ずっとしているよ」
 「そうか」
 「そうだ」






 早乙女は俺の前では泣かなかった。
 家に戻っても泣けないだろう。

 俺は早乙女の家の近くで降ろした。
 きっと、どこか泣ける場所を探すだろう。
 そして、あいつは雪野さんの待つ家に帰る。

 あいつは帰るのだ。
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