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KYOKO PRAYER of HOPE
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「ねー、タカトラ」
「なんだ?」
保奈美さんの「夢」を見た翌日。
私はタカトラに聞いてみた。
「未来ってなんだろうね?」
「あ?」
タカトラは私の質問に笑っていた。
ホワイトボードに、「漢字」を書いてくれた。
「これはな、「いまだしられず」という言葉になっているんだ」
「へー」
「つまりな、俺たちが知らないだけで、未来はもう決まっている、という意味合いがある」
「そうなんだ」
タカトラは特殊相対性理論の「未来光円錐」という話もしてくれた。
よく分からなかった。
バカでごめん。
「俺たちは空間の中を自由に移動できるけどな。でも時間に関しては一方向だけにしか行けないとされている」
「ふーん、なるほど」
「お前、分かってねぇだろ?」
「エヘヘヘヘ」
頭を撫でられた。
「でもな、その後で「平行宇宙」とか「平行世界」という概念が生まれた。それによれば、未来は分岐する」
「じゃあ、決まった未来じゃなくて、別な未来もあるってこと?」
「そうだよ。俺はそっちの方を支持しているけどな」
「私も!」
タカトラは興味があるなら本を持って来ると言った。
私は、どうせ分かんないから断った。
タカトラの言葉だけでじゅーぶん。
私はどうしても変えたい未来が二つあった。
変えたいという気持ちは幾つもある。
でも、どんなに悲しい未来でも、本当は変えてはいけないんじゃないかと思っている。
それでも二つだけ。
私は何とかならないかと思っていた。
タカトラのために……。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「保奈美さーん!」
竹流が手を振って走っていた。
アゼルバイジャンの首都バクー。
保奈美は偶然に知り合った竹流という青年と親しくなっていた。
「保奈美さんは、どうしてここに?」
「うん、仕事でね」
「そうなんですか。日本人に会えて嬉しいです」
「私もよ。もうしばらく日本語で話してないから。竹流君こそ、どうしてこんな場所にいるの?」
「はい、神様に言われて」
「え?」
「あ、あの! 僕の恩人の方をいつも「神様」って呼んでるんです!」
「そうなんだ。恩人の方なのね」
「はい! 僕は孤児だったんですが、神様が僕を救ってくれ、育ててくれたんです」
「そうなの。素敵な方なのね」
「はい!」
保奈美は町への買い出しで偶然出会った竹流と一緒に昼食を摂った。
竹流は明るい青年で、保奈美を日本人ではないかと声を掛けて来た。
「竹流君はいつまでここにいるの?」
「しばらく掛かりそうです。保奈美さんは?」
「私もそう。移動したいんだけど、今はこういう時代だからなかなかね」
「そうですよね」
「ここまで来るのも大変だったんだ」
「そうですか」
お互いに自分の仕事の話はしなかった。
竹流はバイオノイドの殲滅作戦に関わる拠点の防衛任務のために来ていた。
しかしまだ拠点は出来上がっていない。
保奈美は中央アジアのどこかの都市に向かう予定だったが、その情報を収集しているところだった。
「じゃあ、ここにいる間だけでも、いろいろお話ししませんか?」
「いいわね! 是非そうしましょう!」
二人はお互いに相手が優しい人間だと感じていた。
特に保奈美にとっては、そういう相手は周囲に少なく、同じ日本人として話せる竹流は大歓迎だった。
「保奈美さんってお綺麗ですよね」
「何言ってるの! もう化粧の仕方も忘れちゃったよ」
「そんな! ああ、僕の孤児院を経営している方で、神様の恋人の方がいるんです」
「へー!」
「その人が、ああ僕たちは「総長さん」って呼んでいるんですが、物凄い美人なんですよ」
「そうなんだ。じゃあ、竹流君の憧れの人かな?」
「そんな! 総長さんは神様の大事な恋人で! 総長さんも優しい人なんです」
「ふーん。竹流君はいい人たちに巡り合ったんだね」
「はい!」
保奈美は笑って竹流に飲み物の追加を頼んだ。
「私もね、巡り合ったの」
「そうなんですか!」
「若い頃にね。今もその人を追いかけてるんだ」
「今も?」
「そう。その人ね、世界のどこにいるのか分からないの。だから私も世界中を回って、いつか出会えたらなって」
「会えるといいですね!」
「うん。まあ、追いかけてるって言ってもね。無理なのは自分でも分かってるんだけど」
「そんなことはありません! 保奈美さん! 奇跡は起きるんですよ!」
立ち上がって大きな声で言う竹流に、保奈美は微笑んだ。
「そうだよね! 希望を捨てちゃいけないよね!」
「そうですよ!」
「私の追いかけてる人ね。若い頃に一緒にバイクで走ったりしたの。楽しかったなー」
「そうなんですか! 神様も総長さんも、大きなバイクに乗ってるんですよ!」
「そうなの! わー、なんだか竹流君と話してると、あの人に会えそうな気になってきた!」
「そうですよ! きっと会えますって!」
二人は笑った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
(この後で、保奈美さんは急に出発が決まって竹流君と別れてしまう。でも、もしももっと長く二人が一緒にいたら。そうしたら未来は変わるかもしれない)
夢の中で響子は考えていた。
もうちょっとで何か、別な歯車が回りそうな気がした。
(もっとよく見て! 別な未来を引き寄せないと!)
眠っている響子の身体が、ぼんやりと輝き出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
駆け寄って来た竹流に手を振り、保奈美は微笑んだ。
一緒に喫茶店に入り、チャイを頼んだ。
「あーあ」
「どうしたんですか?」
「折角、出発の計画が立ったんだけどね」
「え!」
「それがダメになっちゃった。なんかね、「虎」の軍の人たちが封鎖を始めたんだって」
「え、それは……」
竹流には覚えがあった。
パムッカレ方面へ向かう道路を全て封鎖し、戦闘に巻き込まれないように配慮されたのだ。
「じゃあ、もうしばらく保奈美さんとお話し出来ますね!」
「そうだね! まあ、そういう楽しみもあるか!」
「アハハハハ!」
保奈美は微笑んだ。
優しい笑顔だった。
「保奈美さん、良ければ「花岡」を教えましょうか?」
「え! あれは「虎」の軍の人だけしかダメなんじゃないの?」
「大丈夫です。僕は神様から言われているんです。僕が信用した人間にはどんどん教えろって」
「じゃあ! 竹流君は「虎」の軍の人なの!」
「実はそうなんです。今まで黙っていてごめんなさい」
「ううん! それはいいんだけど、驚いたな」
「はい。あまり話してはいけないことなんですが、さっきも言った通りに僕は信用した人にって」
「竹流君は、偉い人なの?」
「そんなことは! でも、「虎」の直属ではあります」
「!」
保奈美は驚いていた。
「虎」の直属ということは、最高幹部の次の高い階級であることは知っている。
「じゃあ、本当に「花岡」の最高の使い手なんだね」
「僕なんかは全然ですけどね。でも、多分保奈美さんを強くすることは出来ますよ」
「本当に教えてくれる?」
「もちろんです!」
「でも、私は「虎」の軍には入らないよ?」
「構いません! 保奈美さんが自分以外の誰かを救うために働いていることは分かりますから」
「それはそうなんだけど」
「僕が「花岡」を教えれば、そういう人たちを多く救えると思いました。それに、保奈美さん自身も」
「ありがとう。じゃあ、本当にお願いします」
「はい!」
その日から、竹流は時間が空くと保奈美に「花岡」を教えた。
数週間のことではあったが、保奈美は竹流に奥義の一部まで教わることが出来た。
「保奈美さん! 才能がありますね!」
「そうかな。昔、私が今も追いかけている人と一緒に、よく喧嘩とかしてたんだ」
「へー」
「あの人はね、そりゃ強かったんだ。誰にも負けない。それに優しかった」
「そうなんですか」
「じゃあ、ここまでね。今まで本当にありがとうございました」
「いいえ! 僕の方こそ楽しかった。保奈美さんと出会えて良かった!」
保奈美は微笑んで竹流の頬にキスをした。
「!」
「ごめんね。お礼をしたいんだけど、私、何も持って無くて」
「い、いいえ!」
竹流は持って来たスーツケースを保奈美に渡した。
「これは?」
「今度は僕からのプレゼントですよ」
「なんで! 私が竹流君にお世話になったのに!」
「アハハハハ。あの、言い方はアレですが、師匠から弟子へってことで」
「なんなの!」
保奈美が笑った。
スーツケースを開けた。
「これは!」
「最新式の「Ωスーツ」です。保奈美さんの身体に合ってると思いますよ?」
「なんで! これは「虎」の軍でも一部の方にしか配られてないんでしょう?」
「そうですが、僕はある程度自由に出来ますので。保奈美さんをこれで守りたいと思って」
「竹流君!」
「もらってください。今はここでお別れですが、いつかどこかでお会いしましょう」
「竹流君! これはちょっともらえないよ!」
「いいんですよ。神様も保奈美さんのような方に使って欲しいはずです」
「でも!」
竹流が微笑んでいた。
「保奈美さん。これを着て、奇跡を起こして下さい」
「竹流君……」
「きっと起きますよ。保奈美さんは、その人と再会出来ます」
「どうして……」
「僕の勘です。これさえあれば、きっと」
「ありがとう」
保奈美は泣いた。
泣きながら、スーツケースを抱き締めた。
「じゃあ、お元気で!」
「竹流君もね!」
二人は夕陽の中で別れた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「響子!」
自分を呼んでいる声が聞こえた。
「今、石神先生が来るからね! しっかりして!」
六花が泣きそうな顔をしていた。
「六花、大丈夫だよ」
「響子! でも凄い熱が!」
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
「うん! 今、石神先生を呼んだから。すぐに来てくれる」
「分かった。タカトラが来れば大丈夫だよ」
「うん! きっとそう。石神先生はいつもそうだから!」
六花が抱き締めてくれる。
温かく、いい匂いがした。
「プリンが食べたいな」
「もう! 分かった、あとで買って来るね」
「うん、お願い」
「オークラのでいい?」
「うん。烏骨鶏のあるかな」
「作ってもらう!」
「アハハハハハ!」
タカトラが来た。
「響子、熱が高いんだって?」
「うん。でも大丈夫」
「ああ。今解熱剤を処方するな」
「ありがとう」
「後でプリンを作ってやろうか?」
六花と顔を見合わせて笑った。
六花が、オークラで買って来る話をしたと言った。
「なんだ。おい、じゃあ二つ食べるか!」
「うん!」
「またデブになっちゃいますよ!」
「いいじゃないか。俺はデブの響子も大好きだ」
「もう」
みんなで笑った。
(保奈美、頑張って……)
私は目を閉じて祈った。
「なんだ?」
保奈美さんの「夢」を見た翌日。
私はタカトラに聞いてみた。
「未来ってなんだろうね?」
「あ?」
タカトラは私の質問に笑っていた。
ホワイトボードに、「漢字」を書いてくれた。
「これはな、「いまだしられず」という言葉になっているんだ」
「へー」
「つまりな、俺たちが知らないだけで、未来はもう決まっている、という意味合いがある」
「そうなんだ」
タカトラは特殊相対性理論の「未来光円錐」という話もしてくれた。
よく分からなかった。
バカでごめん。
「俺たちは空間の中を自由に移動できるけどな。でも時間に関しては一方向だけにしか行けないとされている」
「ふーん、なるほど」
「お前、分かってねぇだろ?」
「エヘヘヘヘ」
頭を撫でられた。
「でもな、その後で「平行宇宙」とか「平行世界」という概念が生まれた。それによれば、未来は分岐する」
「じゃあ、決まった未来じゃなくて、別な未来もあるってこと?」
「そうだよ。俺はそっちの方を支持しているけどな」
「私も!」
タカトラは興味があるなら本を持って来ると言った。
私は、どうせ分かんないから断った。
タカトラの言葉だけでじゅーぶん。
私はどうしても変えたい未来が二つあった。
変えたいという気持ちは幾つもある。
でも、どんなに悲しい未来でも、本当は変えてはいけないんじゃないかと思っている。
それでも二つだけ。
私は何とかならないかと思っていた。
タカトラのために……。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「保奈美さーん!」
竹流が手を振って走っていた。
アゼルバイジャンの首都バクー。
保奈美は偶然に知り合った竹流という青年と親しくなっていた。
「保奈美さんは、どうしてここに?」
「うん、仕事でね」
「そうなんですか。日本人に会えて嬉しいです」
「私もよ。もうしばらく日本語で話してないから。竹流君こそ、どうしてこんな場所にいるの?」
「はい、神様に言われて」
「え?」
「あ、あの! 僕の恩人の方をいつも「神様」って呼んでるんです!」
「そうなんだ。恩人の方なのね」
「はい! 僕は孤児だったんですが、神様が僕を救ってくれ、育ててくれたんです」
「そうなの。素敵な方なのね」
「はい!」
保奈美は町への買い出しで偶然出会った竹流と一緒に昼食を摂った。
竹流は明るい青年で、保奈美を日本人ではないかと声を掛けて来た。
「竹流君はいつまでここにいるの?」
「しばらく掛かりそうです。保奈美さんは?」
「私もそう。移動したいんだけど、今はこういう時代だからなかなかね」
「そうですよね」
「ここまで来るのも大変だったんだ」
「そうですか」
お互いに自分の仕事の話はしなかった。
竹流はバイオノイドの殲滅作戦に関わる拠点の防衛任務のために来ていた。
しかしまだ拠点は出来上がっていない。
保奈美は中央アジアのどこかの都市に向かう予定だったが、その情報を収集しているところだった。
「じゃあ、ここにいる間だけでも、いろいろお話ししませんか?」
「いいわね! 是非そうしましょう!」
二人はお互いに相手が優しい人間だと感じていた。
特に保奈美にとっては、そういう相手は周囲に少なく、同じ日本人として話せる竹流は大歓迎だった。
「保奈美さんってお綺麗ですよね」
「何言ってるの! もう化粧の仕方も忘れちゃったよ」
「そんな! ああ、僕の孤児院を経営している方で、神様の恋人の方がいるんです」
「へー!」
「その人が、ああ僕たちは「総長さん」って呼んでいるんですが、物凄い美人なんですよ」
「そうなんだ。じゃあ、竹流君の憧れの人かな?」
「そんな! 総長さんは神様の大事な恋人で! 総長さんも優しい人なんです」
「ふーん。竹流君はいい人たちに巡り合ったんだね」
「はい!」
保奈美は笑って竹流に飲み物の追加を頼んだ。
「私もね、巡り合ったの」
「そうなんですか!」
「若い頃にね。今もその人を追いかけてるんだ」
「今も?」
「そう。その人ね、世界のどこにいるのか分からないの。だから私も世界中を回って、いつか出会えたらなって」
「会えるといいですね!」
「うん。まあ、追いかけてるって言ってもね。無理なのは自分でも分かってるんだけど」
「そんなことはありません! 保奈美さん! 奇跡は起きるんですよ!」
立ち上がって大きな声で言う竹流に、保奈美は微笑んだ。
「そうだよね! 希望を捨てちゃいけないよね!」
「そうですよ!」
「私の追いかけてる人ね。若い頃に一緒にバイクで走ったりしたの。楽しかったなー」
「そうなんですか! 神様も総長さんも、大きなバイクに乗ってるんですよ!」
「そうなの! わー、なんだか竹流君と話してると、あの人に会えそうな気になってきた!」
「そうですよ! きっと会えますって!」
二人は笑った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
(この後で、保奈美さんは急に出発が決まって竹流君と別れてしまう。でも、もしももっと長く二人が一緒にいたら。そうしたら未来は変わるかもしれない)
夢の中で響子は考えていた。
もうちょっとで何か、別な歯車が回りそうな気がした。
(もっとよく見て! 別な未来を引き寄せないと!)
眠っている響子の身体が、ぼんやりと輝き出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
駆け寄って来た竹流に手を振り、保奈美は微笑んだ。
一緒に喫茶店に入り、チャイを頼んだ。
「あーあ」
「どうしたんですか?」
「折角、出発の計画が立ったんだけどね」
「え!」
「それがダメになっちゃった。なんかね、「虎」の軍の人たちが封鎖を始めたんだって」
「え、それは……」
竹流には覚えがあった。
パムッカレ方面へ向かう道路を全て封鎖し、戦闘に巻き込まれないように配慮されたのだ。
「じゃあ、もうしばらく保奈美さんとお話し出来ますね!」
「そうだね! まあ、そういう楽しみもあるか!」
「アハハハハ!」
保奈美は微笑んだ。
優しい笑顔だった。
「保奈美さん、良ければ「花岡」を教えましょうか?」
「え! あれは「虎」の軍の人だけしかダメなんじゃないの?」
「大丈夫です。僕は神様から言われているんです。僕が信用した人間にはどんどん教えろって」
「じゃあ! 竹流君は「虎」の軍の人なの!」
「実はそうなんです。今まで黙っていてごめんなさい」
「ううん! それはいいんだけど、驚いたな」
「はい。あまり話してはいけないことなんですが、さっきも言った通りに僕は信用した人にって」
「竹流君は、偉い人なの?」
「そんなことは! でも、「虎」の直属ではあります」
「!」
保奈美は驚いていた。
「虎」の直属ということは、最高幹部の次の高い階級であることは知っている。
「じゃあ、本当に「花岡」の最高の使い手なんだね」
「僕なんかは全然ですけどね。でも、多分保奈美さんを強くすることは出来ますよ」
「本当に教えてくれる?」
「もちろんです!」
「でも、私は「虎」の軍には入らないよ?」
「構いません! 保奈美さんが自分以外の誰かを救うために働いていることは分かりますから」
「それはそうなんだけど」
「僕が「花岡」を教えれば、そういう人たちを多く救えると思いました。それに、保奈美さん自身も」
「ありがとう。じゃあ、本当にお願いします」
「はい!」
その日から、竹流は時間が空くと保奈美に「花岡」を教えた。
数週間のことではあったが、保奈美は竹流に奥義の一部まで教わることが出来た。
「保奈美さん! 才能がありますね!」
「そうかな。昔、私が今も追いかけている人と一緒に、よく喧嘩とかしてたんだ」
「へー」
「あの人はね、そりゃ強かったんだ。誰にも負けない。それに優しかった」
「そうなんですか」
「じゃあ、ここまでね。今まで本当にありがとうございました」
「いいえ! 僕の方こそ楽しかった。保奈美さんと出会えて良かった!」
保奈美は微笑んで竹流の頬にキスをした。
「!」
「ごめんね。お礼をしたいんだけど、私、何も持って無くて」
「い、いいえ!」
竹流は持って来たスーツケースを保奈美に渡した。
「これは?」
「今度は僕からのプレゼントですよ」
「なんで! 私が竹流君にお世話になったのに!」
「アハハハハ。あの、言い方はアレですが、師匠から弟子へってことで」
「なんなの!」
保奈美が笑った。
スーツケースを開けた。
「これは!」
「最新式の「Ωスーツ」です。保奈美さんの身体に合ってると思いますよ?」
「なんで! これは「虎」の軍でも一部の方にしか配られてないんでしょう?」
「そうですが、僕はある程度自由に出来ますので。保奈美さんをこれで守りたいと思って」
「竹流君!」
「もらってください。今はここでお別れですが、いつかどこかでお会いしましょう」
「竹流君! これはちょっともらえないよ!」
「いいんですよ。神様も保奈美さんのような方に使って欲しいはずです」
「でも!」
竹流が微笑んでいた。
「保奈美さん。これを着て、奇跡を起こして下さい」
「竹流君……」
「きっと起きますよ。保奈美さんは、その人と再会出来ます」
「どうして……」
「僕の勘です。これさえあれば、きっと」
「ありがとう」
保奈美は泣いた。
泣きながら、スーツケースを抱き締めた。
「じゃあ、お元気で!」
「竹流君もね!」
二人は夕陽の中で別れた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「響子!」
自分を呼んでいる声が聞こえた。
「今、石神先生が来るからね! しっかりして!」
六花が泣きそうな顔をしていた。
「六花、大丈夫だよ」
「響子! でも凄い熱が!」
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
「うん! 今、石神先生を呼んだから。すぐに来てくれる」
「分かった。タカトラが来れば大丈夫だよ」
「うん! きっとそう。石神先生はいつもそうだから!」
六花が抱き締めてくれる。
温かく、いい匂いがした。
「プリンが食べたいな」
「もう! 分かった、あとで買って来るね」
「うん、お願い」
「オークラのでいい?」
「うん。烏骨鶏のあるかな」
「作ってもらう!」
「アハハハハハ!」
タカトラが来た。
「響子、熱が高いんだって?」
「うん。でも大丈夫」
「ああ。今解熱剤を処方するな」
「ありがとう」
「後でプリンを作ってやろうか?」
六花と顔を見合わせて笑った。
六花が、オークラで買って来る話をしたと言った。
「なんだ。おい、じゃあ二つ食べるか!」
「うん!」
「またデブになっちゃいますよ!」
「いいじゃないか。俺はデブの響子も大好きだ」
「もう」
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