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NY Passion Ⅴ

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 夕方の4時半にロックハート家に着いた。
 麗星はリムジンの中で目を覚まし、無理矢理俺と亜紀ちゃんの間に座って来た。
 十分に休んだろうから、俺は麗星をロックハート家の庭に連れ出し、ここの霊的防衛の検討をさせる。

 「帰ったばかりですのに」
 「まあ、そう言わずに」

 ちょっとむくれていたが、俺が腕を組んで歩くと、ニコニコした。

 「ここも、産土の神を呼んだ方がいいんですかね?」
 「それはそうなのですが、わたくしはちょっと」
 「はい?」
 「石神様が呼び出すあやかしは、随分と桁外れですので」
 「そうですか?」

 俺たちは敷地内の開けた場所に移動した。
 大規模なパーティの際の駐車場のようだった。
 隣接してテニスコートやバスケットコートなどもある。

 「じゃあ、この辺で呼びますか」
 「あの、わたくしはちょっと離れておりますので!」

 麗星は走って敷地の壁まで移動した。

 「どうぞー!」

 叫んでる。

 「あのー! ここの家を守ってくれるかたー!」

 突如、地面の下から真っ黒いものが出て来た。

 「ぷ! ぷ! ぷ! ぷ! ぷ!」

 麗星が叫んでいる。

 「……」

 俺は麗星にこっちへ来いと手招いた。
 両手を上に上げ、「×」を示した。

 《我を呼んだか?》

 頭の中に響いた。
 日本語ではないのだが、意味は理解できた。

 「ルドンのあれじゃん!」
 《ルドン?》

 画家ルドンの描いた、目玉の怪物にそっくりだった。

 「命名! 「ルドンメ」!」
 《そうか》

 「じゃあ、この家と人間を守ってくれな!」
 《分かった》

 「そんだけ」
 
 ルドンメはまた地面に吸い込まれるようにして消えた。

 「麗星さーん! 終わったぞー!」

 麗星は動かない。
 近づいていくと、立ったまま気を喪っていた。

 「しょうがねぇなぁ」

 俺は担いで中に入った。




 麗星を部屋に寝かせ、みんなで夕飯をいただいた。
 またロドリゲスが腕を振るって美味いものをどんどん出してくれる。
 子どもたち用に、今日は80キロのステーキを用意していた。
 それが全部喰われて、放心していた。

 俺はアル、静江さん、響子と四人でテーブルを囲んでいた。
 本格的なフレンチを堪能する。
 やはり、プロの料理人は違う。
 響子のものは量を減らしていたが、響子は旺盛な食欲を見せ、みんなを喜ばせた。

 デザートを食べていると、麗星が連れられて来た。
 俺たちのテーブルに案内される。

 「すみません、遅くなってしまいました」
 「大丈夫ですか?」
 「はい、もうすっかり。あの、みなさんお食事はもう終わってしまわれたのでしょうか」
 「ええ。でも麗星さんのものはすぐに用意してもらいますよ」

 「ステーキを!」

 麗星が立ち上がって右手を挙げた。
 静江さんが笑った。
 静江さんが用意するように言った。

 ロドリゲスが来た。

 「申し訳ございません。実はステーキ用の肉は先ほどお子様たちに全て出してしまいまして」
 
 麗星が子どもたちを睨む。

 「サーモンでしたら、今日は特別に良いものが」
 「……」

 俺は笑って、外へ食べに行くと言った。
 流石に可愛そうだ。

 俺は店に電話し、アルたちに断って、俺は麗星を連れ出した。
 静江さんが気を遣って車を出してくれる。
 ロールスロイスのゴーストだ。
 リアシートに、俺と麗星が座った。

 「デルフリスコーズ・ステーキハウスへ行って下さい」
 「かしこまりました」

 麗星はニコニコしている。
 店に着いて、帰りはタクシーで帰るからとショーファーに伝えた。
 ここはサービスがとにかくいい。
 名前を告げる前に、「お待ち申し上げておりました、イシガミ様」とドアからすぐに案内された。
 いい席に着いた。

 フィレミニョン12オンスを三つとクラブケーキ、クランチサラダとほうれん草のソテー、マッシュポテトを頼んだ。

 「ステーキは追加できますから言って下さいね」
 「はい!」

 皿ごと温めた熟成肉のステーキが来る。
 俺が切り分けて、麗星にサパーした。
 
 「まずはそのままで。その後で塩を少々で食べて下さい」
 
 麗星は一口そのまま食べた。
 感動していた。
 その後で、俺の言ったように、塩を少し振って食べ、自分の舌で確認した。
 俺もフィレミニョンを一つ食べる。
 相変わらず美味い。

 「石神様はよくこちらへ?」
 「まあ、ニューヨークへ来て時間がある時には。大抵、聖とですけどね」
 「さようでございますか」

 流石に麗星の食べ方は優雅だ。
  
 「あの、先ほどのあやかしですが」
 「ああ、ルドンメ!」
 「またそのような……でも、石神様はあのような強大なあやかしを前にして、どうして平然とされていらっしゃるのですか?」
 「え? まあ、普通ですが」
 「ありえません! わたくしとて、鍛錬をしてきたつもりです。それでも意識を喪うほどの波動でしたのに!」
 「まあ、クロピョンを乗り越えてますからねぇ」
 「はぁ」

 麗星の「ぷぷぷ」が何なのかを聞きたかったがやめた。

 「今度、「空の王」を紹介しましょうか?」
 「やめてください! あの眷属のペガサスですら一杯一杯です」
 「そうですかー」

 二人でステーキを食べ終えたので、俺は追加するか聞いた。
 麗星はもういいと言った。
 まあ、アメリカらしく結構なボリュームだった。
 俺はコーヒーを頼んだ。

 「しかし、どこにでもああいうのがいるもんですね」
 「そんなことはございません! 石神様が御呼びになるから現われるのです!」
 「そうなんですか?」
 
 俺は真剣な顔で麗星に言った。

 「俺たちは結構強力な妖魔を従えています。「業」に対抗できると思いますか?」
 「もちろんです。石神様はもう世界を支配出来るほどの力をお持ちです」
 「しかし、「業」の力も相当だと思いますが」

 麗星は俺の顔をじっと見詰めていた。
 
 「はい、その通りです。アレも、凡そ人間の範疇を大きく越えております。数においては、石神様を遙かに上回るかと」
 「どれほどなんですか?」
 「恐らく、百億を超える数かと」
 「全世界の総人口を越えてますね」
 「さようでございます。それでも石神様が従える、例えば大黒丸だけでも対抗は出来ます。しかし、それは正面からぶつかった場合でして」
 「そうではない攻撃を仕掛けてくると」
 「はい。わたくしもまだ想像も出来ませんが、きっとそのようなことかと」

 俺たちは店を出た。
 当然、麗星は一度も財布を出さなかった。




 「じゃあ、タクシーを拾いましょうか」

 麗星が腕を絡めて来た。

 「この辺りはホテルも多いのでしょうね」
 「そりゃ、都会ですからね」

 俺を上目遣いで見て来る。

 「ちょっと休んで参りませんか? ほら、「旅の恥は掻き捨て」と言うじゃありませんか!」

 俺は笑った。
 相変わらず素直と言うか、躊躇が無い。
 そこは好ましい性格なのだが。

 「いや、帰りますよ。まだ麗星さんと、そういう仲になるつもりはありません」
 「まだ!」

 麗星が喜んだ。

 「分かりました。またいずれ」

 



 俺のために、今回も何度も恐ろしい目に遭ったと思う。
 俺のために周囲から反対されても止められても嘲られても、来てくれる女。
 頼みもしないのに、俺の危機を救ってくれる女。
 真直ぐに、俺のことを愛していると言ってくれる女。
 それに美しくスタイルが良く、知的で情熱的で優しい女。

 愛おしくないはずがない。
 
 でも、まあ。
 だから抱く、というものでもない。
 戦う戦友であることは確かだ。
 今は、まだそこに留めておきたい。

 麗星が腕を組みながら、俺を見て微笑んだ。
 倒れそうになるほどの愛おしさを感じた。
 
 まったく、いい女過ぎる。





 絶対に口には出せないが。
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