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マグノリアの下で

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 ペガサス騒動の翌日の土曜日。
 三連休になる。
 俺はゆっくりと過ごすつもりだった。

 朝食後に双子と散歩に出た。
 二人とも大きくなった。
 身長が167センチだ。
 まあ、あれだけ喰うのだから、育ってくれないと泣く。
 そろそろパンツ降ろしもやめるか、とは微塵も考えていないが。

 「「タカさーん!」」
 
 両側から腕を組まれると、ニヤけてしまう。
 幾つになってもまったくカワイイ。
 今年から小学校6年生。
 皇紀は中三で亜紀ちゃんは高三だ。
 受験の心配は全く無い。
 まあ、好きな道に進んで欲しい。

 「お前ら、将来どうするとか決めてるのか?」
 「タカさんと一緒にいる」
 「タカさんの傍にいる」
 「最高だな!」

 「「「ワハハハハハハ!」」

 全くカワイイ。
 それに相当な美人になってきた。
 まだ子どものあどけなさはあるが、中学に入ればどんどん大人びて行くのだろう。

 「あれ? タカさん笑ってるよ?」
 「あ、ほんとだ」

 俺に引っ付いて来る。

 「なーに?」
 「なんか思い出した?」

 「ああ、お前らがどんどん綺麗になって行くってな。前はただのクソガキだったのによ」
 「「アハハハハハハ!」」

 「この俺が倒れそうなことをガンガンやってくれたもんなぁ」
 「そうだね」
 「知った時には小学校を支配して小遣いが数百万になってて。「花岡」の秘奥義をマスターして、怪物をけしかけて俺が死にそうになった」
 「最後のはタカさんが自分でやったんだよ!」
 「バカヤロー! お前らを守るために仕方なかっただろう!」

 双子が俺に抱き着いて来た。

 「もうしないでね」
 「私たちのために死なないでね」
 「当たり前だぁー!」

 三人で笑った。

 「昨日、「空の王」って奴に会ったろ? また試練とかってちょっと心配したよなぁ」
 「大丈夫だよ。今回はあっちから頼んで来たんでしょ?」
 「まあ、そうなのかなぁ」
 「そういうのはあり得ないんだけどね。でもクロピョンが間に入ったから」
 「それに、「空の王」もタカさんに協力したかったんだよ」
 「「業」か」
 「そうだね。あれは相当な破滅だから」

 二人が真面目な顔で言った。

 「まあ、しばらくはのんびりしたいんだけどな」
 「そうだよね!」
 「タカさん、いろいろあり過ぎだもんね!」

 いつものソフトクリーム屋に寄って家に帰った。




 昼食後、鷹を映画に誘った。
 銀座のシネスイッチ銀座で映画を観て、資生堂パーラーでお茶を飲んで帰った。
 夕飯を食べ、風呂上がりに皇紀と防衛システムについて話をした。

 「タカさーん!」

 ルーが部屋に飛び込んで来た。

 「どうした!」
 「大変!」
 「だからどうした!」

 ルーに抱えられた。
 ハーがウッドデッキで待っていて、ガラス戸を引き開けた。

 「おい!」
 「「アレ!」」
 「!」

 降ろされて庭を見ると、またペガサスがいた。

 


 俺の姿を見ると、ペガサスが近付いて来た。

 「おい、まだ何か用なのか?」

 ペガサスは俺を見ている。

 《用はない。ただ、なんとなく来てしまった》

 その言葉で、俺は全てを理解した。
 俺は手招いて首に腕を回した。

 「いい匂いがするな」
 《遅咲きのマグノリアの花を先程食べていた》
 「そうか」
 《主はこの香りが好きか?》
 「ああ、いい香りだな」
 《それでは連れて行こうか?》
 「え?」
 《主が良ければ、これから行こう》

 ペガサスが顔を上げて嬉しそうにそう言った。
 表情はよく分からんが、目が輝いているように見える。

 「今晩は月が綺麗だな」
 《ああ、そうだな》

 「よし、行くか」
 《行こう》

 俺は着替えるから待てと言い、デニムと薄手のタートルネックのセーターを着た。

 ペガサスに跨り、庭を飛んだ。
 子どもたちが見上げているのが見えた。





 地上200メートルくらいか。
 ペガサスは夜空を疾走した。
 結構なスピードが出ていたが何か調整しているらしく、風は穏やかだった。
 少し冷たいが気持ちがいい。

 どこへ行くとは聞かなかった。
 どこでも良かった。
 こいつは俺を連れ出したかっただけだ。
 二人で夜空を飛びたかったのだということが分かっていた。

 1時間ほど飛んでいたか。
 多分、群馬の榛名山あたりの山中。
 マグノリアが群生している中に降りた。

 ペガサスは俺に首をすりつけていたが、やがて離れた。
 淡い光に包まれ、美しい女の姿になった。
 レースのような白い透けたドレスを身に着けている。

 「このような姿は主は嫌いだろうか」

 口を開いて話した。
 戸惑っている。

 「いや、美しいな。好きだぞ」
 「そうか」

 二人で岩の上に座った。

 「綺麗な場所だな」
 「良かった」
 「ああ、お前の名前な」
 「ああ」
 「「ルミ子」はちょっと似合わないな」
 「そうか」

 「命名! 「イリス」!」
 「いい名だ」

 銀色の美しい髪がマグノリアの花の色と月光を受けて、虹色に輝いていた。


 イリスは俺の肩に頭を乗せた。
 身長は俺と変わりがない。
 銀色の長い髪が腰まで伸びている。
 鼻が高く、額が広い。
 目は大きく、綺麗な透き通った青の瞳だった。
 それが月光に照り輝いていた。

 胸は突き出るように大きい。
 ドレスから透けて見えている。
 腰は細く、ドレスから伸びた手足は長い。
 抜けるような白い肌だった。

 「イリス、お前は強くはないな?」
 「そうだ。戦う力ということならば、主の元にいる中では最も弱いだろう」
 「そうか。ならばお前は戦うな」
 「いや、私も主のために戦いたい」
 「お前を喪いたくない」
 「!」

 イリスが俺の肩から頭を離して俺を見た。

 「お前たちも死ぬことを俺は知っている。お前は死ぬな」
 「主は私に死んで欲しくはないのか?」
 「当たり前だ」

 「私は人間ではないぞ」
 「分かっている。そんなことは関係ない」

 イリスは俺の前に回り、俺の身体を抱いた。
 身体が震えているのを感じた。
 自分でも戸惑っているのだ。

 「こんなことは初めてなんだ。私が人間を愛するなんて」
 「そうか」
 「自分でも驚いている。どうしようもないんだ」
 「そうか」

 イリスは俺の前で膝を折り、俺を抱き締めている。
 俺もイリスの頭を抱いた。

 「お前は美しいな」
 「……」
 「それに温かい」
 「……」

 俺はイリスをまた隣に座らせた。
 満開のマグノリアの香りが漂っていた。
 花の間から覗く月を二人で見上げた。

 「お前はいつも、こういう場所にいるのか?」
 「いや。いつもは人間には見えない場所にいる。この世界に来ることは可能だが、ほとんどない」
 「そうか」
 「だが、主を知ってしまった。また会いに来てもいいか?」
 「呼んだら来てくれ。また夜空を駆けよう」
 「いつでも、喜んで」

 俺たちは黙って夜空を見た。
 イリスが俺の手に自分の手を重ねて来た。

 俺はエイミー・マンの『Magnolia<Save me>』を歌った。


 ♪ You look like a perfect fit For a girl in need of a tourniquet ♪


 「いい歌だ」
 「そうか」

 イリスはずっと俺に手を重ねていた。

 「イリス、愛することを疑うな。愛することを戸惑うな」
 「ああ」
 「俺たちは愛するために存在している。その他のことは、すべて愛を支え、愛を強くするために有るだけだ」
 「ああ」
 「お前の愛を貫け」
 「分かった。そうしよう」




 人を愛したことに無いイリスが、微笑みながら月光に照らされていた。
 俺は、あやかしたちが人間と深い関りを持つことを改めて感じた。

 イリスの微笑みは、俺の魂を揺さぶるほどに美しかった。
 マグノリアの花の下で、俺たちは黙って月を見ていた。 
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