上 下
1,065 / 2,806

ペガサスの朝

しおりを挟む
 4月下旬の金曜日の朝。

 「タカさん!」

 ルーが慌てながら俺を起こしに来た。

 「なんだ! 敵襲か!」
 「違います!」
 
 まあ、敵が襲って来て俺が察知できないはずもない。
 だがルーの慌てぶりは尋常ではなかった。

 「庭に!」
 「なんだよ、またロボがヘンなの捕まえたのか」
 「違うよー!」

 ルーが俺を持ち上げて庭に運んだ。
 ウッドデッキから出て庭を指差す。

 「あんだ、あれ?」
 
 羽の生えた真っ白い馬がいた。

 「ロボは?」
 「リヴィングでご飯!」
 「馬肉?」
 「違うよー!」

 ルーの様子がヘンなので、みんなが探しに来た。

 「「「「あにアレ?」」」」
 「ニャ?」

 ロボが時々ヘンなものを捕まえて来るが、うちの庭にはこういう連中がよく来るのだろうか。
 
 「ペガサスかよ」

 俺が呟くと、近づいて来た。
 一応手を振った。

 「おーす!」
 「「「「「タカさん!」」」」」

 ペガサスが俺の前に来て、膝を折り頭を下げた。

 《我らが王よ》

 「「「「「テレパシー!」」」」」
 「なんだ、喋れるのか」

 《王に一目お会いし、挨拶をと》
 「王って、どういうことだ?」

 《地の王を統べ、このたび天の王が従う王の中の王》
 「なんだよ、そりゃ」

 《真の『神獣と霊獣の王』よ》
 「そうかよ。それで挨拶に来たってことか?」

 《そうだ。そして我と共に天の王に相まみえて欲しい》
 「天の王に?」

 《我と共に》
 「いいけど。亜紀ちゃん!」
 「はい!」
 「「虎王」を持って来てくれ!」
 「はい!」

 《王よ、無理だ》
 「なんだ?」

 《『霊獣の王』となったからには、もう「虎王」は王以外には持てない》
 「へぇ」

 俺は家に入り、自分の部屋へ行った。

 「おもーい!」

 亜紀ちゃんが「虎王」を持とうとして持ち上げられないでいる。

 「亜紀ちゃん」
 「は、はい!」
 「絶対に持って来い」
 「はい!」

 俺はウッドデッキに戻った。
 10分後、亜紀ちゃんが「虎王」を必死に持って来た。

 「クッソォーーーー!」

 俺の前まで来て、倒れた。

 「た、た、タカさん……」
 「ご苦労」

 《王よ……》

 「下の者に無理だと言われて引っ込むのなら、王なんて冗談じゃねぇ。うちの家族を舐めるなよ」

 ペガサスが笑った。
 テレパシーで笑うとどういうことになるのか分かった。
 全身が揺さぶられる感覚だった。

 《人の身でよくぞ。久方ぶりに楽しかった》
 「人間も大したものだろ?」
 《そうだな。我らや王にとっては卑小な存在だが》

 「俺も人間だぁ!」

 《王が?》

 またペガサスが笑った。

 「笑うな! 俺はちゃんとお袋の腹から生まれて来たんだ!」
 《それは些細なことだ、王よ》
 「大事なことだぁー!」

 《まあ、そういうことにしておこう》
 「てめぇ」
 《では、我の背に乗ってくれ、王よ》
 「お前、王って呼ぶ割にタメ口だな」
 《些細なことだ、王よ》
 「これも大事だぁ!」

 子どもたちが観ている。

 「あ!」
 《どうした、王よ?》
 「俺、パジャマじゃん!」

 俺の大好きなニャンコ柄だ。

 《気になるのか?》
 「当たり前だぁ! ちょっと待ってろ!」

 俺は10分で支度をした。

 《もう良いか、王よ》
 「よし、行け!」

 子どもたちが心配そうに見ていた。





 ペガサスはどこまでも上がって行った。
 そのうちに星が見えて来た。
 その向こうに、半透明に光る長大な帯のようなものが見えて来た。

 《あれが空の王だ》

 成層圏を越えたはずだが、不思議と息苦しさが無い。
 きっとペガサスが何かやっているのだろう。
 俺は人間だ。

 「あんなに遠くにいるのかよ。大気圏越えてるぞ?」

 地表や星の見え方から、成層圏を越え、カーマンラインも越えているはずだ。
 
 《空の王が大地に近づけば多大な影響がある。だから普段はああやって高い場所にいるのだ》
 「へぇー」

 俺は三角関数で計算しようとした。
 対比物が無いので概算もいいところだが、見えている帯状のものは、恐らく数千キロの長さだろう。
 幅だけでも数百キロはある。
 
 帯状のものから「波動」が来た。
 クロピョンと同じく、存在のレベルが違うので、人間の概念での交流が出来ない。
 しかし、何を伝えようとしているのかが何となく分かった。
 俺は人間だが。

 「よし! お前も舎弟にしてやる! 命名! 「百万モメン」!」

 恐ろしく巨大な波動が来た。
 クロピョンの「笑い」と同じものだ。

 《驚いた。空の王が笑っている》
 
 ペガサスが言った。

 「よし、戻れ」

 ペガサスが地上に向かった。
 病院の屋上で降りた。

 「ああ、そうだ。お前の名前は「ルミ子」な!」
 《分かった》
 「天馬だからな!」
 《?》

 ペガサスは飛び立って行った。

 「あ! 財布忘れた!」

 慌てて支度したので、スマホも何も持っていないことに気付いた。

 



 「一江、悪いんだけど100万貸して」
 「え!」
 「頼むよ」
 「なんでそんな大金!」
 「いや、財布忘れちゃってさ。昼も喰えねぇ」
 「食堂で定食700円ですよ!」
 「帰りのタクシー代もねぇんだ」
 「電車で帰ればいいじゃないですか!」
 「パスモもねぇ」
 
 一江が呆れている。

 「じゃあ、どうやって来たんですか?」
 「実はな」
 「はい」
 「驚くなよ」
 「おう」

 「ペガサスに乗って来た」

 一江に頭をはたかれた。
 コワイ顔で鞄から千円札をデスクに叩きつけて自分の席に戻った。

 その日は食堂で700円の「A定食」を食べた。
 六花が付き合ってくれた。
 ナースたちが寄って来て、楽しく話した。

 遅くまでオペが入っていた。
 いつもなら俺が弁当などを最後にいた連中と一緒に食べる。
 しかし、300円しか持って無かった。
 帰りの電車賃が必要だ。
 
 一江がオペ室まで来た。
 俺とオペ看たちを食堂へ連れて行く。
 叙々苑の弁当があった。

 「一江ぇー!」
 「はいはい」

 喰い終わる頃に、柳が迎えに来てくれた。
 一江が連絡してくれたらしい。

 「柳ぅー、一江ぇー!」

 自分の部屋へ戻ると、六花から電話が来た。

 「石神先生、今日はうちへ泊りませんか?」
 「ああ!」

 「柳、俺は六花のマンションに泊まるわ!」

 一江と柳が俺の尻を蹴った。

 「悪い、六花。みんなが親切にしてくれたんで、今日は帰るよ」
 「そうですかー」
 「すまんね。ありがとう」
 「いいえ」







 俺って、なんかスゴイ「王」らしいんだけど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...